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ステータス [CSTATUS]
コンテストカテゴリ [CCATE]
投稿期日 [CESDATE]〜[CEEDATE]
投稿数 1 件
賞金 [CAWARD]
投稿上限文字数 [MAX]
最大投稿数 [TMP3]
総評 [TMP2]

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入賞した作品

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秘伝のレシピ

19/05/17 コメント:0件 待井小雨

 結婚記念日に妻が見たことのない料理を作ってくれた。
「母から教わった秘伝のレシピなの」
「へえ」と大した興味もなく口にしたそれは、しかし信じられないほどに美味しかった。これまで食べてきた物とは次元が違うと言っていい。味も薫りも素晴らしく、僕はこの料理の虜となった。
 特別な日にしかあの料理を作らない妻に、僕は普段も作ってくれるようせがんだ。しかし妻は「特別な料理だから」と取り合・・・

2

夕暮れ前に焼き飯を食う人々

19/04/16 コメント:8件 クナリ

 キャバレー勤めのまま三十路をとうに越え、腕や腹の肉が貫録を与えてくれるのは、いいやら悪いやら。
 この頃は、舌打ちが増えた。始終イライラしている気がする。

 昨夜の無茶な酒が体に残っている。
 まだ無人の店に入ると、初夏の十五時の空気は生暖かかった。
 掃除用具を出していると、裏口のドアから見知った子供が入って来た。私は、ち、と舌打ちする。
「あんたさ、今年・・・

2

ヤオのはじまり

19/04/16 コメント:6件 海見みみみ

 昔々。中国の山奥で仙人と共に修行をしている若者がいました。
「今までこの辛い修行をよく耐えてきた。免許皆伝じゃ。このレシピを持っていけ」
 そう言って仙人が渡したもの。それは不老不死のクスリのレシピが記された書でした。

 修行を終えた若者、ヤオは早速不老不死のクスリの調合を始めました。
「月のしずくに黄金桃の果汁、それに砂糖とジャンとなにかステキなものアル」

2

つなぐ【エッセイ】

19/04/15 コメント:1件 宮下 倖

 双葉の家な、秋にほどくことにしたから。
 2018年の元旦、おせちと雑煮の朝食を終え食後のお茶を飲むと、父はまっすぐに私たちを見てそう言った。
 並んで座っていた私と妹は互いを見ることはなかったけれど「きたか」と背筋を伸ばす。
「うん。わかった」
 そろって静かに頷けば、一瞬止まったように思えた時間が私たちを窺うように動き出した。
 私の実家は福島県の浜通り、双葉町・・・

1

実家アロマ

19/04/05 コメント:2件 松本エムザ

 何をしても疲れが取れない。
 連日連夜に渡る激務。口煩い上司、調子のいい同僚、頭の硬すぎる後輩に囲まれて、四面楚歌の毎日。

 久々の休日、私は食料やトイレットペーパー等の生活用品をGETすべく、フラフラと街へ出た。本当は、何もかも忘れて一日中ベッドで眠りこけていたかったのだけれど、人として最低限の生活を維持する為に、渋々と。
 何しろ私の部屋ときたら「驚愕!片付けられな・・・

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ロックンロール ニアリー アルコオル

19/03/22 コメント:1件 入江弥彦

 親父が素面でいるのを見たことがない。
 朝は俺が起きるよりも早くから飲んでいて、夜は俺が寝るよりも遅くまで氷の音を響かせている。酒癖が悪いわけではなかったし、暴力をふるうこともなかったけれど、無関心で無気力な男だった。
 俺が東京に行くと言った時も、そうかと一言吐き出しただけで、こちらも見ずに瓶をさかさまにしていたのをよく覚えている。止めてほしかったわけではないし、応援してほしかった・・・

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虫食いだらけの世界で僕はひとり砂を踏む

19/03/18 コメント:2件 入江弥彦

 僕らの世界は、バグに侵食されている。
「リョウスケにバグがでたんだって」
 まるで明日の天気や、遠い異国の話でもするようにチナホが言った。頬杖をついて見つめる窓の先には砂漠が広がっている。地平線の端が明滅を繰り返していた。校庭というには広すぎる砂のなかでサッカーをしているクラスメイトが転ぶのが見える。
「バグって、あのバグ?」
「それ以外になにがあるのよ」
 冷静に・・・

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余計なプレゼント

19/03/17 コメント:2件 悠真

 食器類が片付けられた夜のテーブル。テーブルの上には一つの紙袋。紙袋を挟んで向かい合うように座る二人。二人は夫婦。
「あなた、ゲームなんてしないでしょう」口を開いたのは女。「どうして受け取ったの?」
 紙袋の中身は最新のゲーム機だった。空気が重たいのは、それが男の同僚である女性からの贈り物だと知れたからだった。
 仕事から帰宅した男が下げていた紙袋を見て、それどうしたの、と女が問・・・

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つつむもの

19/03/17 コメント:4件 秋 ひのこ

 春松百貨店の入口に、3月末をもって閉店の貼紙が出たのは、新春初売りの初日のことだった。
 創業57年。開業当時は、客を根こそぎとられることを恐れた駅前商店街の猛反対にあったが、10年、20年と経つうちに地域のランドマークと化し、40年、50年で過疎化に伴い町の小売店がばたばたと消えゆく中、それでも住民を商店街につなぎとめる唯一の枷として、開業当時とは別の意味でその存在は「希望」となっていた・・・

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贈る言葉

19/03/04 コメント:1件 浅月庵

 先生は今日お前らに、伝えたいことがある。輝かしい未来へと羽ばたくために非常に重要なことで、言うなれば“贈る言葉”ってやつだ。
 おいおい騒ぐな。羽山、五月蝿いぞ。え? 卒業式に言うならわかるけど、三年生の頭に贈る言葉だなんて、頭おかしいんじゃないかって? なーに、遠慮するなって。そうだ。羽山、順番はお前からにしようか。

 羽山お前さ、イケメンで成績優秀だなんて、天は二物を与え・・・

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宝島より愛をこめて

19/02/19 コメント:8件 クナリ

 少し昔の、ある田舎町の話だ。
 中学一年生の頃、僕はよく、近所のベーカリーに通っていた。
 南仏風の、穏やかで明るい造形。
 うちとはあまりにも違った。
 僕の家は町の誰よりも大きかったけれど、暖かい場所はひとつもなかった。

 店内のカウンタには川原祥子さんという二十代半ばの女の人がいつも立っていて、厨房ではその夫の剛健さんがパンを造っていた。
 傍目・・・

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いつか爆ぜた心

19/02/17 コメント:2件 野々小花

 午後の授業を終えた教室は解放感に満ちている。
「誰か、立候補者はいないのか」
 担任が声を上げても何の反応もない。まだホームルーム中だというのに帰り支度に勤しむ者や、スマートフォンでオンラインゲームに興じている生徒もいる。
「仕方がないな。……杉里、お前、頼めるか」
 そう言いながら、一番前に座る生徒に視線を落とした。担任の申し訳なさそうな顔が、一番後ろの席に座る僕にもは・・・

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膨らんじゃった絶望

19/02/15 コメント:3件 繭虫

「クラスの男子、全員殺そう。」

放課後の教室で、箒を片手にミサキは呟いた。

「ンッフ。」

掃き掃除をしながらユウは妙な笑い声を上げる。

「わりと本気なんだけどな。」

――ミサキとユウ。二人は幼なじみで、小学校では親友だった。
今は、よくわからない。あまり口を利かなくなったな、とユウは感じている。
中学に上がってから、・・・

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爆発ピアノ

19/02/13 コメント:4件 腹時計

 結婚なんて、死んでもしたくないなあと、ココロの中で思っている。
 そんなあたしは、小学六年生だ。ふつう、こんなこと考える必要なんてない。ウェディングドレスにあこがれを抱く友達はいても、「死んでも結婚したくないなあ」とか言う友達はいない。
 どうして結婚なんてするのだろう。好きだから? だったら、どうしてケンカするのだろう? どうして離婚もせずにケンカばっかりしているのだろう?
・・・

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雨つぶ

19/02/13 コメント:1件 吉岡幸一

 午後になってようやく雨があがった。三日間降り続いた雨は大気を浄化し梅の香りにも色をつけている。空たかく舞うやせたトビの姿もはっきりとして、木の葉をはこぶ風にも影が写るようだった。
 軒下から雨粒が一滴一滴間を開けながら落ちていた。ブリキ製のバケツの底に雨粒はぶつかっては弾けている。耳を澄ませても聞き取れないほどの透明な音をたて、小さな一滴をさらに小さく何滴も扇状にわけてバケツの底にひろがっ・・・

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足枷同盟

19/01/20 コメント:3件 小高まあな

 三十代後半。友人が次々と結婚して、子持ちになっていく。
「お前もそろそろ地に足つけろよー」
 そんな言葉に苦笑いを返す。
 地に足つけるって、なんだよ。どういうことだよ。どいつもこいつもバカにして。ムカムカしながら食事から帰った翌朝、俺は宙に浮いていた。五センチぐらい。まじかよ。
 歩いても進まないので、家具に捕まりつつ、手で進む。
 いやいや、地に足ついてないって・・・

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向日葵の風船

19/01/20 コメント:2件 野々小花

 高校生になったばかりの今の私の生活は、平穏そのものだ。学校では友達も出来たし、父は毎日、魚市場に仕事へ行っている。
 両親が離婚したのは半年前のことだった。それを機に私と父は、父の生まれ故郷であるこの海沿いの町に越してきた。言い争う父と母の声が無い家の中は、痛いくらいの静寂に満ちている。
 静まり返った部屋の中は、ひどく息苦しい。父は昔からギャンブルにのめり込んでいた。酒が原因で職・・・

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パラシュート部隊

19/01/09 コメント:0件 デヴォン黒桃

  西日差し込む窓の側。突然の目眩に襲われて、膝から崩れ落ちて床にうつ伏せにバタリと倒れた身体。薄れゆく意識の中に見えたモノは、リンゴ程のサイズの小さなパラシュートを装着し、手の平に乗りそうな小さい人の形をしたナニカがユラユラと舞い降りてくる光景であった。

 小さな手足をバタバタさせて俺の太ももに降り立ったナニカは、パラシュートを畳み、背中からロープのようなものを取り出して俺の太もも・・・

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異能力窮鼠

19/01/06 コメント:1件 悠真

 数十分前に死を覚悟したつもりだったが、いざ目前に迫ると、そんな覚悟は所詮形だけだったのだと、自分の生への執着心の強さを思い知らされるのだった。
 事実、漫画みたいに突然特殊な力に目覚めて退屈な現実から抜け出したいと言う夢想を常々抱いていた。そしてそれは叶った。どういう経緯でそうなったのか、つい先刻のことなのでまだ俺の頭が追いつけていないが、とにかく俺は能力を手にした。他の能力者と戦うトーナ・・・

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最初の一歩

18/12/27 コメント:6件 W・アーム・スープレックス

 地質学者のハーンがもたらした分析結果が、惑星調査船ギ・ルレア号の搭乗員たちを心底驚嘆させたその数時間前、惑星上に着陸したギ・ルレア号のエアロックから出た十名の隊員たちは、スロープ式タラップにずらりとならんだ。地表には呼吸するに充分な大気がみちているので、簡易式生命維持装置をまとったかれらは、短いタラップを、はやる気持ちをおさえておりはじめた。
 処女惑星におりたつときの感激はまたとなかった・・・

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不思議の部屋のアリス

18/12/22 コメント:4件 田辺 ふみ

 ママはイライラしている。
 原因は上の家の騒音だ。
 今は静かだけど、夜になると、何だかうるさい。音楽に笑い声。ドンドン響いて、振動もある。
 パパに抗議に行ってもらおうとしたんだけど、ご近所さんとけんかしたくないって言ったものだから、余計にママは怒っている。
「管理組合も役に立たないし」
 エレベーターのところに『夜間の騒音は迷惑です。気をつけましょう』という張り・・・

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沈む部屋

18/12/13 コメント:3件 たま

 ドーム型の背のひくい建物だった。
 どう見ても、マンションには見えなかった。巻き貝の殻の口のような入り口を入ると、建物の円周に沿った青い絨毯貼りの廊下があって、そこを過ぎると、だだっ広い円形のホールに出た。どうやらここがマンションのエントランスで、ホールの中央には直径10メートル余りの穴があった。なだらかな螺旋階段が地下に向かって延びている。

「エレベーターはありませんので…・・・

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うさぎ小屋に名前を

18/12/04 コメント:8件 秋 ひのこ

 アパートやマンションのことを、祖父は「うさぎ小屋」と呼んだ。
「そんなうさぎ小屋に住んでどうすんだ。隣近所と壁一枚でくっついてるなんてな、家畜小屋だ」
 人口200人に満たない山間の村に生きる祖父は、村を見下ろす段々畑の上に建てた木造二階建てが自慢で、そこに祖母と母、私の4人が暮らしていた。婿養子の父が隣村の女と浮気して逃げて以来、祖父が父代わり。その祖父に、死んでしまえと何の罪悪感・・・

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504号室王国の王子

18/11/30 コメント:4件 繭虫

504号室王国。

人口は2人。

少数民族国家である。

時空ハイツ大陸の503号室王国と505号室王国の間に位置している。


503号室王国には、大陸唯一、「猫」の生息が確認されている。可愛い。
505号室王国は武力国家で、紛争が絶えない。よく、怒鳴り声や大きな物音が聞こえてくる。
その間に位置する504号室王国は、一人の女王・・・

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名探偵のナミダ

18/10/31 コメント:2件 若早称平

 義姉のナミさんから久しぶりの連絡がきたのは兄が亡くなって半年経った十月の終わりだった。ナミさんと私は歳が近いのもあり兄の生前は兄抜きでもよく遊びに行ったりしていた。気の合う友達のような関係だったが、兄が交通事故で亡くなって以来、法事以外で会うことはなくなっていた。私と会うことで兄のことを思い出してしまうのかな? などと考えて私から連絡することも控えていた分、「明日会えない?」とナミさんから言われ・・・

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消し炭になった畑中君はゴミじゃない

18/10/22 コメント:4件 クナリ

 私の高校一年の冬は、中学までとあまり変わらなかった。
 つまり、迫害はされても友達はいない状態だ。

 十二月一日の放課後、関東ならでは穏やかな寒さの中、私は校舎の裏にある焼却炉を目指した。
 ゴミの残り火がくすぶっている間は、その真後ろにいると、人目にもつかず暖かく過ごせる。
 しかし、寒風の中焼却炉に着くと、いつもと様子が違った。
 焼却炉は私の胸くらいの・・・

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赤トンボ

18/10/21 コメント:2件 みゆみゆ

 「トマトを食べたんだよわたし」朝ごはんのあとの縁側でしほちゃんは興奮しています。「パパとおばあちゃんはさ、病院へ行けなくなっちゃったからガッカリして朝ごはん残してたのに、わたしはぜんぶ食べたの!」赤トンボは半球体の大きな目をグリグリとしほちゃんに向けて、じっと聞いていました。人間に話しかけられたのなんて初めてです。「本当はキライなんだよ、トマト」しほちゃんは得意気にニッと笑うと両手をついて顔を寄・・・

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先輩への伝言

18/10/12 コメント:0件 ササオカタクヤ

「先輩、なんかさっき伝言を預かったんですけど」
喫茶店でアルバイトをしている私は先輩に密かに恋心を抱いている。私は十分アピールをしているけど、先輩は私にあまり興味がないみたいで、正直ほとんど勝算はない。
「伝言?誰から?」
ある日、先輩と久しぶりに話すキッカケを手にした。それはある人から伝言を預かったという内容だ。先輩もこの話にはしっかり耳を傾けてくれたので、しっかりと会話が繋が・・・

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知覚する

18/10/07 コメント:2件 浅月庵

 あなたは自身が大病を患い、もう長くないと、微かにロッキングチェアを揺らしながら、ぽつりと零した。日に日に痩せ細っていくあなたを見て、私はとうに病のことには感づいていた。
 だけど私の心配は、あなたを救うことに直結することは到底ありえないし、私が悲しみに暮れていることを、あなたは知らない。

「ぼくには娘がいるんだ」
 一人娘で名前はエマ。幾度となく彼女との思い出話を聞いた・・・

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フッセージ!

18/09/22 コメント:3件 宮下 倖

 りんろんという澄んだ電子音に、ぼくは行き詰まった数学問題集から顔を上げた。スマホを引き寄せて画面を覗き込む。
<ハルカさんからフッセージが届きました!>
 明るく灯る小さな画面には見慣れた通知が光っていて、ぼくは思わず頬をゆるめた。
 トンと画面をたたくと文章が現れる。
<□の課題やった? □分□分わかんなーい!>
 今日はわかりやすい。
 塾の課題やった? ・・・

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案山子たちの首

18/09/22 コメント:2件 待井小雨

 親族だけしかいないような村の中、叔父の田んぼだけが何体もの案山子に囲まれている。
 その案山子たちは、藁の胴体の上に人間の生首を据えていた。
 幼い頃はひどく恐ろしかった。
 案山子は風に揺られて、時折首の断面を曝した。藁との隙間に見えるそれは、干し葡萄のように粘着質に黒かった。首は皆何かを呟いているが、それを聞きとれる者はいない。
 案山子に怯えてすがり付いた幼い私に、・・・

4

いつか、届け

18/08/20 コメント:2件 宮下 倖

 閉じただろうか。開いたままだったろうか。
 記憶を巻き戻すように何度も思い返しているけれど開いたままだった気がする。
 先生が急に呼ぶからいけないんだ。大至急手伝えなんていうから何事かと慌てて行ってみれば花壇の水遣りだった。
 鳳仙花に水をかけながら私は気が気ではなかった。
 ひとり教室に残って書いていたノート。呼ばれてそのままあたふたと出てきたからちゃんと閉じていなかっ・・・

3

花の名前

18/08/20 コメント:2件 野々小花

 結婚してしばらくはアパート住まいだった。夫の仕事場の近くに手頃な賃貸物件を見つけて、息子の蓮が六歳になるまでは家族三人で2LDKの部屋で暮らした。アパートの玄関を出て大通りを抜けると、新しい戸建てが並ぶエリアがあった。ぴかぴかの家と、丁寧に手入れを施された庭。
 庭には、季節ごとにきれいな花が咲いていた。アパートのベランダは狭くて、洗濯物を干すだけで精一杯だったから、余計に羨ましいと思った・・・

2

ANSWER

18/08/20 コメント:2件 R・ヒラサワ

 アキコが二十歳ぐらいから知るショッピングセンターは、オープンから既に三十年は経つだろう。ここにはしばらく来なかったが、最近また利用するようになったのは、十年以上連れ添った夫と別れた事がきっかけだった。
 夫の浮気が原因で離婚してから半年。今年で五十歳になるアキコにとって、熟年離婚は簡単な事ではなかった。
 夫が提示した慰謝料によって、経済面の不安がある程度解消された事と、何より、自分・・・

1

ハッチ

18/08/16 コメント:0件 みゆみゆ

 僕の名前はハッチ。コンパクトハッチバック車だからハッチだと、ユリちゃんが名付けてくれた。彼女は免許を取りたてだったからあちこちに傷も付いたけれど、そんなことは最初のうちだけだったし、ユリちゃんのお父さんはいつでもちゃんとディーラーさんに傷の修理を頼んでくれていたから、何の問題もなかった。
 ユリちゃんの通う大学やアルバイト先への往復のほか、いろんな場所へ僕らは出掛けていった。知らない田舎道・・・

4

兄の一計

18/07/23 コメント:3件 宮下 倖

 平沢の妹が訪ねてきたのは、あいつの四十九日が過ぎていくらか経ったころだった。
 大きな茶封筒を大事そうに胸に抱き、背筋を伸ばして俺の前に座っている。意志の強そうな澄んだ瞳に力が戻っているのを見て、俺はひどく安堵した。
「金井さん、兄の書斎からたいへんなものを見つけたんです。それを見ていただきたくて」
 そう言ってもどかしそうに封筒の中に手を入れる彼女に俺は苦笑した。
「香・・・

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土まみれの純白

18/07/16 コメント:12件 飛鳥かおり

 一番初めに覚えた諺は「出る杭は打たれる」であった。子ども用のことわざ辞典をめくっていたときに、「ああ、私のことだ」と思ったのだ。
 小学校に通いだした私は、教室で大人しく座っているというノルマを毎日こなしていた。
 教科書は配られた週の週末に読み終えていた。算数ドリルをもらった翌日に全問解いたものを提出したら「みんなに合わせようね」と先生に呆れられた。
「どうして?」
 ・・・

7

ほんうたい

18/07/16 コメント:5件 宮下 倖

 信号が青に変わった。再生ボタンが押されたみたいに一斉に人々が動き出す。
 その流れに足を任せ、ぼくは左手に持っていた本を右手に持ち替えた。周囲にも本を携えて歩く人がいる。彼らの足取りは弾み、表情も楽しげだ。もしかしたらぼくも同じように見えているのかもしれない。
 しずかに宵が迫ってきた。鬼灯色の夕陽が空を溶かし、地平からゆっくりと夜を引き上げてくる。
 今日はよく晴れていたから・・・

5

小説家の洞窟

18/07/12 コメント:3件 若早称平

 もともと書くのが早い方ではなかったが、ここまで書けなくなったのは作家になってから、いや、小説を書き始めてから初めてのことだった。机に向おうが散歩をしていようが食事中だろうが、寝ても覚めても小説のことを考えているのになにも書けない。アイディアが浮かばない。とうとう雑誌のページに穴をあけ、八つ当たりのように仕事用のノートパソコンを壊したとき、妻であり、編集者でもある一実からしばらく休んで旅行にでも行・・・

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ユタのあとがき

18/07/03 コメント:0件 向本果乃子

 小説のあとがきは不要派だとユタは言う。
「俺が夢中で読んできた物語について、実はこういう気持ちで書いていた、こんなきっかけで書き始めた、あれが最後へ繋がる伏線だった、とかそんなこと終わってから言われても、俺が感じて考えてたことと全然違ったらどうなるんだよ。えーそんな意味だったの?とか知りたくないんだよ。百歩譲って作者の近況とか内容に関係ない話だったらいいけど、でもそれはそれで本の雰囲気や世・・・

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哀しい人

18/07/02 コメント:10件 向本果乃子

 家の中にいても波の音が聞こえる。
「ここに住んでたんだよね」
 海辺にある平屋の一軒家。
「すごい物の量」
「週末で片付けるのは無理だね」
 溜息をつく妹の頭に白髪を見つけた。三つ下の妹は三十七になる。自分たちがそんな歳になったなんて信じられない。でも七十の父が心筋梗塞で亡くなったのだから確かに月日は流れたのだ。
「お母さんが死んで一年もたなかったね」
・・・

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カバディーカバディー・コメディーコメディー

18/06/25 コメント:2件 むねすけ

「カバディーとコメディー聞き間違えちゃった作戦?」
「そうです!!」
 先輩にお小遣いはたいてホテルのケーキバイキングを奢る。逃げも隠れもモンブランだ。断るも拒絶するもレアチーズのパンナコッタだ。意味などない、感じれば甘い、のだ!!
「だってさヤッちゃん。あんた東堂女子に通うんでしょ?」
「はい」
「ヤッちゃんのお母様はカバディー部創部者で、今も監督さんよ?」
・・・

2

マッスル・ド・エリカの死闘──深い敬愛と友情と筋肉と──

18/06/23 コメント:0件 長玉


「コメディコメディコメディコメディコメディ!」
先攻は筋肉芸人マキシ・マム。
筋肉最高神マッチヨーに認められた、世界最高の筋肉戦士である。
「コメディコメディコメディ!」
息が続くかぎりマムは叫び続け、そして変顔をくり出し相手選手の笑いをさそう。
「コメディコメディコメディ!」
相手選手のマッスル・ド・エリカがおもわず口元をゆがめる。
攻撃側は「コ・・・

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友達のインターネットの検索履歴

18/06/12 コメント:2件 忍者の佐藤

 俺が同じ大学で一人暮らしをしている橋本の下宿先へ行った時の事だ。急に橋本が

 「ちょっと用事で出てくる」

 と言って外へ出て行ってしまった。

 暇だなあ、と思って部屋を見渡していた俺の目はデスクトップPCで止まった。

 あいつは普段、ネットで何を調べているのだろう? 

 気になった俺は一抹の罪悪感を感じながらも検索履歴を古い方・・・

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駆け落ちの賭けをしようか

18/06/03 コメント:2件 腹時計

 彼はそのとき高二で、高橋はその担任だった。残暑厳しい秋の日の放課後、束ねていないカーテンが波打つ教室で、彼は爆弾発言を投下した。

「先生、ぼくと駆け落ちしてください」

 高橋はしばらくその意味がつかめず呆然とした後、激しく咳き込み、息苦しさに身体をくの字に曲げる。なんだか胃がむかむかするのは、きっと気のせいではない。元凶の発言をかましてくれた生徒は、無表情のまま、冷め・・・

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人生はコメディ

18/06/01 コメント:0件 みゆみゆ

 「あのね、これからはぼくが、お母さんを笑わせてあげるよ」おやつのホットケーキをもぐもぐしながら晴斗が言う。小学生になって、一度に二枚食べるようになった。「笑うとね、元気が出るんだって」
 「じゃあ、ママを元気にしてくれるの?」晴斗は「そうだよ」とうなずいてホットケーキを口に運ぶ。この時間に私の幸せが詰まっている。幼稚園で泥だんごを作っていた頃の顔を、学校での出来事を話す顔に重ねて見える成長・・・

2

浮遊する言葉たち

18/05/28 コメント:0件 小峰綾子

学校の帰りに100円ショップによってうろうろしている時だった。いつものようにスマホでラジオを聴きながら。耳にはイヤホンが入っている。

隣に立っていた同い年ぐらいの男子が私の方を見てハッとしたようで、何か言っている。イヤホンをしていたので聞こえなかったので、片耳だけ外して
「なんですか」
と聞いた。
「そのステッカー、金曜のラジオの・・・」
私のスマホに張ってい・・・

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月凪公園奇譚

18/05/28 コメント:2件 宮下 倖

「……防犯カメ……映像……犯人の特ちょ…………不審物には充分……てください……」
 ラジオのチューニングがうまく合わない。一週間前から電波がよくないのでラジオもテレビも調子が悪いが、これはしばらく仕方ないだろう。
「……次は、月凪公園浮遊のニュースです。突如として月凪公園が浮き上がってから一週間が経ちました。各分野の研究者が調査を続けていますが未だに原因は特定できず、周辺住民の不安は続・・・

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俺とアイツの3時間

18/05/22 コメント:2件 飛鳥かおり

 「急がば回れ」などという言葉がある。
 ちょっとばかし閉所恐怖症の俺は、エレベーターには極力乗らずにいつもは階段を利用する。だが、オフィスのある九階から一階まで降りるのはやはりエレベーターの方がだいぶ早い。
 仕事を終えた俺は、時計を見ると今日は予定より一本早い電車に乗れそうだったので、珍しくエレベーターに乗り込んだ。良くも悪くも、それがすべての始まりだった。

 やはり・・・

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浮かぶ魚と、セーラー服

18/05/18 コメント:6件 秋 ひのこ

 入り江の先に、オレンジ色のひとの頭ほどの玉が浮いている。一列になって、ぷかぷかと。そこに向かい、泳ぐというか流されるというか、一度も止まらず、まっすぐ進んでいく小さな頭。
 こんなにも私が吼えているのに、振り向きもしない。



 弟のセイジが好きなもの、最大の関心事は、「浮いているもの」だ。
 物心つく頃からずっと。それこそ大人たちが「おや、この子はもしや・・・

2

つぼみ

18/04/30 コメント:2件 宮下 倖

 仕事帰りのいつもの路地にいつもの公園、いつもの早足をふと緩めて私はゆっくり夜空を仰いだ。立ち止まり大きく首を廻らせるが月は見えず、星がやけに瞬いているように感じられる。
 私は静かに息を吸い深々と吐きだした。すとん、と何かが落ちた気がする。
 私の気もちの中の何かが……と考えて「いやいや」と振り返った。本当に何かの気配がしたのだ。
 公園の中に目を凝らすとジャングルジムのそばに・・・

7

朝の時間

18/04/30 コメント:6件 野々小花

 いつも、私は決まって朝六時に目が覚める。起きる必要もないのに目が覚める。何もすることがないから、しばらくパジャマ姿のままで布団の上に寝転がっている。ぼんやりと天井を眺めていると、窓の外から朝の音が聞こえてくる。車やバイクが通り過ぎていく音。私の部屋は二階にある。橙色のカーテンを開けて、道路に面した小さな窓を覗くと、中年の女性二人が家庭ゴミを抱えたまま立ち話をしていた。軽やかな女性ふたりの話声が耳・・・

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手放す、心得

18/04/23 コメント:2件 秋 ひのこ

 真新しいくまのぬいぐるみを胸に押しつけ、仏頂面した子供の隣で、小奇麗な女性が支配人に深く頭を下げた。支配人がにっこり笑い、ふたりを見送る。
 私はそれを、従業員用の扉の隙間から覗き見る。
「一件落着」
 背後で野太い声がして、私は飛び上がった。
 ホテル『やすうら』清掃チーフの高根さんだ。勤続22年の自称「永遠の25歳」。
「いい勉強になったでしょ。ああいうののため・・・

5

街のヒーロー

18/04/16 コメント:2件 秋 ひのこ

 ぼくの父は、大きなトラックでゴミを集めるのが仕事です。
 社長ですがそっせんして現場で働き、街をきれいにするヒーローなのです。

 小学5年の春。あの作文をクラス皆の前で誇らしげに読み上げたアイツは、その日からいじめの対象となった。
 
 *

 店を出ると、薄いカーディガン越しの肩に冷えてけぶった空気が触れた。
 午前5時半。闇を浄化するように空・・・

2

復讐の接吻

18/03/20 コメント:2件 キップル

「あなた、行ってらっしゃい…。」 「ああ、行ってくる。」  俺は、7年連れ添った妻の美紀に手を振った。もう二度とこいつの顔を見ることもないだろうと内心思った。目鼻立ちは昔と変わらず整っていたが、髪や肌にはもう艶がない。美紀の性格はお見通しで、これ以上発見も望めなかった。飽きていた。そろそろ生活を一新する必要があった。  俺は出張へ行くため、新幹線に乗った。閑散とした車内で椅子を倒し、目を閉じた・・・

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この日のために

18/03/14 コメント:4件 向本果乃子

 とうとうこの日が来た。三十八年という人生、この日のために生きてきた。私は壇上におかれた金屏風前の椅子に座る。たくさんのカメラのフラッシュがたかれ、テレビカメラも入っている。日本で一番有名な文学賞受賞の記者会見の場。私は買ったばかりのスーツのポケットに手を入れる。そこには十年前にネットで入手してずっとお守りのように持っていた毒物のカプセル。今日こそ私を迫害した人々への復讐を果たし、このろくでもない・・・

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宝石を食べる悪魔と契約した話

18/03/04 コメント:1件 小高まあな

 結婚式まであと二週間だった。招待状も出したし、ドレスも料理も何もかも全部決まっていた。  なのに、あの男は、 「ごめん! 彼女のことが好きになったんだ!」  後輩に手を出していた。 「先輩っ、ごめんなさい」  わざとらしく、後輩が泣いている。 「すまない、彼女は悪くないんだ。俺がっ」  全員が同じ職場だ。私が結婚することを後輩も知っていた。迫ったのが彼からだったとしても、女が悪くないわけがない。・・・

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子どもの報酬

18/03/04 コメント:3件 待井小雨

 父は私がすっかり大人になった今でも、ごほうびだと言ってキャンディやチョコを用意している。 「だってお前、甘い物が好きだろう」  そう言って目尻を下げてとても優しく笑う。  ええ、好きだったわ。甘い物が好きな小さな女の子だった。けれどお父さん、私はもうチョコで口の周りを汚していた女の子ではないのよ――とそう言っても、父は「そうか」と言ってまた忘れ、私の為のお菓子を用意して待っている。 「嫌いじゃな・・・

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再会

18/01/24 コメント:2件 秋 ひのこ

 8年ぶりに再会した宮下は、記憶にあるよりほんのちょっとオッサン化していた。30なんて感覚としては学生の頃と大差ないが、時は確実に過ぎているらしい。  私が選んだ人気のスペイン料理店。カジュアルだが客単価が若干高めなので落ち着いた雰囲気だ。宮下とこんなお店に入る日がこようとは思わなかった。  サーバーに飲み物を聞かれ、宮下はメニューも開かずに「生」と応じる。  私の胃がきゅっと縮んだ。サーバーは慣・・・

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月の夜に

18/01/19 コメント:2件 奥森 ゆうや

上弦の月が出ていた。 底冷えする寒さのなか、月明かりを頼りにキンと冷えた井戸水で野菜を洗う。木製の勝手口からは客の楽しそうな笑い声が漏れ聞こえてくる。 「光太、来るついでに紅さつきを持ってきてくれないか?」 勝手口が少し空き、店主銀次が声を掛けた。光太は振り向いて首を伸ばし「ハイ!」と返事をした。 光太は野菜と一緒に冷やされていた薩摩焼酎『紅さつき』を水から拾い上げタオルで水滴を拭った。カウンター・・・

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この一杯のために

18/01/16 コメント:1件 若早称平

 子供の頃、私にはお父さんがよく口にする嫌いな言葉があった。仕事から帰宅して晩酌する時に一杯目のビールを美味しそうに飲んで必ずこう言うのだ。 「あぁ、この一杯のために生きてるわー」  それを聞くたびにお父さんは私よりもお酒の方が大事なのかな、などと思って勝手に傷付いていた。我ながら可愛いらしい少女時代だ。それでも時々私が正面の席に座り、ビールをお酌してあげると「由依が注いでくれるビールは格別だな!・・・

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世界のあばら骨がズレている

18/01/15 コメント:1件 小高まあな

「このあばずれ!!」  そう叫びながら、変な女がこちらに向かって走ってきた。 「危ない!」  突然のことに動けない私の代わりに、カレシが私の手をひっぱって、女の進行方向から避けさせてくれた。  殴る対象がいなくなって、女は前につんのめる。 「な、なんなんですか!」  私を背中に庇い、彼が怒鳴る。  頼りになるな、と思わずきゅんっとしてしまった。私のカレシは同い年の高校生とは思えないぐらい落ち着きは・・・

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この女

18/01/15 コメント:4件 光石七

 きょとんとする瑛司に私はもう一度告げた。 「赤ちゃんができたの。三か月だって」  瑛司の顔に喜びと責任感が入り混じる。 「結婚しよう。未羽もお腹の子も必ず幸せにする」  瑛司のプロポーズに私は頷いた。  翌週末、私の実家へ二人で挨拶に行った。結婚と妊娠、ダブルでめでたいと両親は祝福してくれた。次の週末には瑛司の実家を訪ねた。 「初めまして。多倉未羽と……」 「このあばずれ! どうやって瑛司をたぶ・・・

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愛を教えて

18/01/11 コメント:2件 向本果乃子

五日前に別れたはずの男に睨み付けられ美優は戸惑う。 「もう男がいるって本当かよ」 聞かれて正直に頷く。別れた次の日に今の彼と付き合い始めた。 「もう、したのかよ」 男の言葉に美優は首を傾げる。 「寝たのかって聞いてんだよ」 美優はびっくりしながら頷く。つきあい始めたその日のうちに抱かれた。 「やっぱり噂どおりだったんだな」 睨み付けている目が少し濡れているように見えた。 「試してみて正解だったよ」・・・

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引火メチル着火アルコホル

18/01/08 コメント:1件 クナリ

 中学二年生になったばかりの岡田マイは、普段から愛想がない。 「お母さんの、キャバクラの仕事って忙しいみたい」 「へえ」  同じ団地に住む、しかし常にそっけない幼馴染みの加藤ケイスケと、昨年からゴーストタウン化したその団地の物陰で話すのが、マイの日曜日の過ごし方だった。  地面に打たれたコンクリートが、何のせいなのか一メートル四方ほどクレーター状に浅くえぐれた場所がある。そこにはよく水が溜まってい・・・

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崩れてゆく世界で、私たちは

18/01/01 コメント:1件 冬垣ひなた

 私は生まれて初めて、新聞を読んだ日を覚えている。  真夜中に響く消防車のサイレンの音に目を覚ました私たち家族は、火災現場が驚くほど近いことに不安を覚えた。複数のサイレンが大きな火災を知らせる。 「団地が燃えているらしい」  その言葉に私は息を飲む。9棟からなる川向こうの大きな団地には、私の友達が大勢暮らしていた。しかし情報を得る手段の少ない昭和の時代、詳細は分からず、10才やそこいらの子供だ・・・

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友達になるということ

17/12/31 コメント:4件 ひーろ

 その少年は、孤独でした。孤児院には一人も友達がいません。淋しさのあまり涙を流すこともしばしば。頼れる人など、誰もいないのです。淋しい。涙。淋しい。涙。毎日がその繰り返しでした。  あるとき、少年は自分の置かれている現状に耐え切れなくなって、神様にこんな願い事をしました。 「日本中の人たち全員と友達になりたい」  彼の思いは極めて強いものでした。それゆえ、悩みに悩んだ挙句、神様は彼の願い事を叶えて・・・

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2 plus 1

17/12/18 コメント:2件 光石七

 夕食後に翌日のお弁当の仕込みをするのが私の日課だ。青椒肉絲に使うピーマンと筍を細切りにし、唐揚げ用の鶏肉を大きめの一口大に切る。切った鶏肉は塩麹で揉みこみ、生姜と大蒜、醤油を加えて一晩漬けておく。副菜は作り置きしてある野菜と茸のマリネにきんぴらごぼう。明日の朝は卵焼きを作り、メイン二品を仕上げて三人分の弁当箱に詰めるだけだ。  後片付けをしていると、妹の莉那が不機嫌気味な顔で帰ってきた。 「平井・・・

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尻取りなので悪意なんて

17/12/18 コメント:2件 戸松有葉

「ねぇ美亜、中途半端に時間余ってるから、尻取りでもしない?」 「え? まあ、いいけど。(スマホでもいじっていればいいのに、尻取りするの? っていうか私、尻取りなんて小さな頃以来したことないかも)」 「じゃああたしから。あいうえおの『あ』で始めるね」 「うん。(尻取りの『り』からじゃないんだ。別に決まってないから不自然でもないか)」 「『あばずれ』」 「…………」 「ほら、続けて」 「(他意はないよ・・・

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べんとう はなえ

17/12/16 コメント:0件 秋 ひのこ

 山あいの小さな町、川に面した一本道に、間口一間(いっけん)にも満たない小さな店がある。  『べんとう はなえ』。ヒロシの婆ちゃんが40年続けてきた弁当屋である。師走に入ったその月、木枠のガラス窓に手書きの貼紙が出た。 『閉店のお知らせ 長らく町内の皆さまに愛されて参りましたが、年内で店をたたむことに相成りました。 おせちの予約は十二月二十日まで。通常の弁当販売は三十日まで。三十一日はおせちの受・・・

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緑の血

17/12/11 コメント:0件 浅月庵

 ◇  些細なことで僕に緑の血が流れていると知られて、友達を全員失った。小学一年生の時だ。    ただ時間が経つにつれ、血のことなんてみんな気にも留めなくなるけど、僕をボッチにする図式自体は変わらないまま続く。  ーーもし心が可視化されたのなら、萎んだ風船みたいな形になってるんだろうけど、誰もそれに気づくはずもないので、僕は高校でも孤独の道を悲しく歩んでいる。  そんななか、僕は同じクラスの野・・・

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誰が為の弁当

17/12/10 コメント:2件 氷室 エヌ

 勤務先に合わせて、会社近くのアパートに一人暮らしをすることになった。壁の薄いワンルームで、手狭な間取りだった。びっくりするほど安くて、噂によると事故物件らしいが、男の一人暮らしには十分だ。  ちゃんと自炊しようという当初の決意とは裏腹に、僕はすっかり疲弊していた。上司に注意され、胃を痛める日々。自炊する暇なんてない。昼食は菓子パンで済ませるような日々が、数ヶ月続いた頃のことだった。 「あれ?」 ・・・

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弁当屋は巡回する

17/12/10 コメント:1件 吉岡幸一

 その人気の弁当屋は高層ビルの五十六階にあった。人気があるということは行列が出来るということで、弁当を買うためには列に並ぶ必要があった。普通の店ならばビルの五十六階までエレベーターを使って昇ればよかったのだが、この店は人気があるために階段を歩いて登らなければならなかった。つまり一番下の階から最上階までの螺旋状の階段をずっと人が並んでいるのだった。  数時間並べば弁当が買えるというほど生易しくはなか・・・

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血と灰の熱 ――リース・リストリイの喀血

17/12/09 コメント:1件 クナリ

 「歌と水の街」は、大陸の端にある一大芸能都市である。  その中枢をなす歌劇団にあって、リース・リストリイは、中心的な存在ではなかった。  歌い子の潮時は二十五歳までと言われる中、彼女は今年、二十八歳になる。  最年長のリースの歌は、今なお最上級ではない。しかし、美貌は優れている。 ■  公演の後、私は歌劇場支配人の執務室に呼び出された。 「リース。エドワーズ氏とは良好なのだな」  エドは私の・・・

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あの日に戻れたら

17/12/05 コメント:0件 若早称平

 笑えない、最悪な連絡を私は決勝戦の舞台袖で聞かされた。  私となーこは出会ってすぐに意気投合し、その日のうちに漫才コンビを結成した。芸人にしておくにはもったいないくらいの容姿なのに天然ボケで人見知り、一人ではなにも出来ないなーこは、なにをするにも私の後をついて来た。  なーこがボケて私がツッコむというスタイルで五年やってきた。私が書くネタには絶対の自信があったがなかなか芽は出ず、漫才のコンテス・・・

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今までなくしたもの

17/12/04 コメント:6件 霜月秋旻

『あなたが今まで失くしたもの、すべて見つけてお届けします』  会社の昼休みにスマホでネット検索をしていたら、そう書かれた広告を見つけた。ためしにその広告を開いてみた。 『ご登録有難うございます。お客様の名前は井尻 須磨雄さまですね。生年月日は×月×日、ご住所は…』  なんと広告を開いた途端に、俺の個人情報が次々と表示されていた。まずいと思い、すぐその広告を閉じようとしたが、何処をタップしても広告が・・・

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シュロの髪の毛

17/12/03 コメント:4件 待井小雨

 シュロの木をあまり見つめてはいけないと言われていた。あの幹に絡みついているのは、あれは人の髪の毛だから。  祖父母の家は古びた家屋で、庭にはシュロの木が生えていた。その幹にまとわりつくようなその繊維は、幼い目には人の毛のように見えもした。ごそりとした手触りのそれに指を埋めれば、そこから人の目が覗くような気さえしていた。  子供の頃、両親に何か用事があって家を空ける日があった。その日は祖父母の家・・・

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饒舌な沈黙の行方

17/11/30 コメント:1件 向本果乃子

 真冬の深夜の弁当工場はその清潔さが寒々しい。俺は焼売をひたすら詰める。それは段々と焼売に見えなくなりついには話しかけてくる。「しけた顔してんな」「向き逆だよ」一瞬の出会いだが、同じ顔の焼売が去り際に一言ずつ話しかけてくるから会話が続いてるように錯覚する。それは俺の脳内で作り上げてる会話だ、わかってる、大丈夫だ。黙っていると視界が歪んで頭がぼーっとしてくるから担当食材と話すようになった。誰とも話さ・・・

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ホラー映画で女子を見せる!

17/11/24 コメント:1件 ササオカタクヤ

私はある日、冬馬くんに映画に行こうと誘われた。冬馬くんはクラスの中でも1.2を争うイケメンで人気のある男子。冬馬くんを彼氏にしたら、あらゆる女子が嫉妬することだろう。そんな女子たちを私は見下すことができる。だからこのチャンスはしっかり物にしておきたかった。 「この映画なんだけどさ、怖いのとか大丈夫?」 冬馬くんが一緒に見たいと言った映画はホラー映画だった。私は正直、ホラー映画が好きじゃない。理由は・・・

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スクールカースト

17/11/20 コメント:0件 入江弥彦

 ここで飛び出して行けば、標的は間違いなく僕に変わるだろう。  かといって、この光景を無視してどこかに逃げてしまえば、罪悪感で眠れなくなる。  怖い。怖すぎる。できるわけがない。  スクールカーストという言葉はもしかすると、僕ら下位の人間が自分の立ち位置に納得するために作ったものなのかもしれない。  僕の朝は、清掃から始まる。  靴の中のゴミを分別して捨て、机の落書きを雑巾で消す。公共物だと・・・

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山中の鬼

17/11/19 コメント:8件 待井小雨

 黄昏時の山中で鬼に会った。口減らしで捨てられて三日が過ぎた頃だった。 「お前、捨てられたのか」  巨躯を揺らして愉快そうに鬼は言った。最後に持たされた食料も尽きていて、私は木の根に背中を預けたまま力無く頷いた。 「へへへ、酷いもんだな。食いもんがないと人間は子供を捨てる」  裂けたように大きな口で酷ぇよなあ、と笑う。 「なあお前、憎いだろう。村の奴らが恨めしいだろう」  鬼は赤く血走った目でにや・・・

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迷いたいのに君は

17/11/10 コメント:1件 ササオカタクヤ

あぁ、迷いたい。必死に迷ったフリをしてるのに、どうして君は正しい道を見つけてしまうのだろうか? 「こっちの道の方が近いかもしれないよ」 「そうね、そっちで行きましょうか」 僕の迷いたい願望をまんまと受け入れてくれた君。僕はとっても嬉しかった。君と一緒にいられる時間が少しでも多くなるから。 しかし君はすぐに僕が提案した道から外れようとする。 「こちらの道の方が早く着きそうね」 君は僕が提案した道が遠・・・

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ここまでふたりで

17/11/04 コメント:4件 秋 ひのこ

 長年通った駅前の喫茶店が、その春なくなっていた。代わりに人気の大手コーヒー店が店を構えている。
「なんと、ついにこんな田舎まで」
 弟の直也が顔をしかめた。
「『タシロ』のホットケーキを俺は半年間心待ちにしてたのに」
 ぶつぶつ言いながら店の前で霊園行きのシャトルバスに乗り、20分。山に囲まれた平たい町を見下ろす丘に到着した。斜面を彩る薄桃色の桜がまぶしく、私は目を細める・・・

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ノースマホ

17/11/03 コメント:2件 田中あらら

 美沙は駅前のポチ公銅像の前で、悟が来るのをかれこれ30分ほど待っていた。腕時計に目をやるとすでに1時20分、約束は1時だった。いつもならラインで連絡を取るのだが、今日はスマホを家に置いてきたので連絡手段がない。ポチ公前には大勢人がいて、皆スマホの画面に釘付けだ。ぼーっと立っているだけなんて、なんと無駄な時間!と心の中でつぶやいた。その時不意に、背後から肩を叩かれた。振り向くと悟が笑っていた。

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海老について思うこと

17/10/30 コメント:2件 マサフト

「海老が食べたい」 ふとそう思ったのは昼食の後だった。思えば好物の海老をもう長い事食べていない。今日の昼食も社員食堂で一番安いカレーライスだった。せめてシーフードカレーなら海老でも入っていたかもしれない。そんなメニューこの食堂にあるわけ無いが。 子供の頃、家族内でのお祝いには決まって海老があった。例えば尾頭付きの、車海老の塩焼き。例えば牡丹海老のお寿司。御節にも入っていたな。 独り立・・・

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スナイパー

17/10/24 コメント:0件 佐川恭一

――私は恋人ができたことがありません。デートしたこともありません。デートなんてほんとくだらないよ、私はね、ふと行きたくなったときに居酒屋に寄って酒を飲む、その繰り返しこそが人生であると考えています。それ以外の行為というのは全て蛇足だね。はい、その前の方。ボーダーの。

ボーダー ありがとうございます、えー、先生は居酒屋で酒を飲めればいいということでしたが、同じような考えの異性とならお付・・・

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【エッセイ】Wの財布

17/10/23 コメント:4件 野々小花

 がま口の財布を手にしたのは二十三歳の頃だった。その少し前に、私は結婚して家計を預かる立場になっていた。生活費と自分の小遣いとをひとつの財布に入れて管理するのは、案外難しいことに気づいた。
 たとえば小遣いから千円を出して五百円のお釣りを貰ったとする。しばらくして財布を開けたとき、その五百円が小遣いとして使えるお金だったか生活費として使うぶんだったかが分からなくなっているのだ。レシートを全て・・・

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伊達は君のもの

17/10/17 コメント:1件 ササオカタクヤ

伊達くんに恋する私はある日、本屋さんで凄い本を見つけた。
その本のタイトルは【伊達は君のもの〜過ごし方次第で彼との距離がググッと近づく!】という本だった。こんな伊達くんを落とすための本が売られていることに私は驚いた。そしてこの本を買わなければ、違う誰かがこの本を買って伊達くんと付き合ってしまう恐れがあると考え、私はこの本をすぐに買った。
早速家に帰ってこの本を読み始める。そこにはいくつ・・・

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生活

17/10/09 コメント:6件 鬼風神GO

 わたしは夫の財布を開いた。
 悪事を働いているわけではない。ただの日課だ。
 共働きで、夫は繁忙期は終電で帰ってくる日も少なくない。わたしも朝が早いので夫が寝ている間に身支度して出勤する。
 弁当を作ってやる暇もなく、休みの日にネットで見つけたおいしそうな料理を二人で協力して作るぐらいだ。
 五年前の誕生日にプレゼントした、外国で出会った優しいおじさんみたいな名前の、赤や・・・

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いつか忘れられてゆく運命だとしても

17/10/08 コメント:11件 そらの珊瑚

 古いコンクリートの壁はあちこちがひび割れて、中でも二階と三階の間の踊り場の壁に出来た亀裂はとりわけ深く長く、途中で三つの筋に分かれている。それを眺めるたびいつも川みたいだと思う。階段を昇ってきて、座って乱れた息を整えながら、赤ん坊だった娘と私と夫が、文字通り川の字になって寝ていた頃を思い出す。娘の世話に夜も昼もなく明け暮れていた頃、私の願いは思う存分眠りたいという事だけだった。あの頃の私は、それ・・・

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財布の中には玉ちゃん

17/10/04 コメント:2件 ササオカタクヤ

俺の財布の中には玉ちゃんがいる。玉ちゃんと出会ったのは半年ほど前だった。コンビニでお釣りを受け取った時にたまたま出会ったのが玉ちゃんだ。
玉ちゃんは見た目はそこらの十円玉と変わらない。しかし玉ちゃんには俺にしか聴こえない言葉を持っている。
はじめのうちは玉ちゃんが財布の中から話しかけてくることに嫌悪感を抱いていた。いちいち話しかけてくる玉ちゃんを手放そうとした時もあった。しかし財布の中・・・

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じけんのかみさま

17/10/03 コメント:2件 秋 ひのこ

 ビルとビルに挟まれた小さな神社の前でスギノは足を止める。
 赤い鳥居に続く参道は短く、本殿も小ぶり。名所でも何でもない、どこにでもあるまちの神社に見えた。
 上司のヤベからこの神社の話を聞いたのは、昨夜のことだ。国内大手のA新聞社社会部でスクープを夢見る新米記者スギノは、日々の雑務と叱責で早くも心折れそうになっていた。
 そこへ記者歴20年のヤベが「事件の神様って知ってるか」と・・・

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噤みの群れ

17/09/28 コメント:4件 野々小花

 あの事件が起ったのは、実咲が小学一年生の頃だった。近所の公園で、バラバラになった女性の遺体が見つかった。二週間後に廃材置き場で、その翌週にはスーパーの駐車場で、同じくバラバラになった遺体が発見された。逮捕されたのは、宇野清和という若い男だった。
 宇野は取り調べで罪を自供した。すでに、裁判で死刑が確定している。あの男が生きてこの町に戻ってくることはないとわかっている。それでもまだ、この町の・・・

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私は財布

17/09/27 コメント:2件 W・アーム・スープレックス

 よくまあこんなしょぼい店があったものだと思えるような、それはひどくみすぼらしい食堂だった。汚れて黒ずんだテーブル四席にそれぞれ一人づつ着いて、黙々とたべている客たちの姿はそろいもそろってこの店にあわせたようにみすぼらしく、そういう私もまた、労働で疲弊したからだでかつがつ夕食をほおばっていた。
「ごちそうさん」
 先客の男が、厨房内の親父に勘定をもとめた。
「五百円です」
・・・

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すりとった財布

17/09/26 コメント:2件 W・アーム・スープレックス

 男はあまりにも無防備だった。そのためスリ健こと久保健介は、狙いはさだめたもののいっとき躊躇した。
 混雑する車内で、つり革にぶらさがるひとりの中年男の胸ポケットにさしこまれた長財布。駅からのりこむさい健介は、はだけた上着のすきまにのぞくそれを、しっかり目に焼き付けた。ダークブラウンの、札がつまっていそうな上物だった。
 男は、何か考え事でもあるのか、乗車してからというものどこか上の空・・・

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あしたの約束

17/09/25 コメント:2件 宮下 倖

 窓から見える空は鈍色、食卓には鮭と納豆、テレビの星占いは11位。
 いつもと変わらない朝。本当に、まったくなにも変わらず、同じ朝だ。
 昨日も一昨日もくり返した同じ一日を、俺はまた始めようとしている。
「いってきます」
 ため息まじりの俺の声に、母は「いってらっしゃい」と昨日と寸分違わぬ笑顔でこたえた。
 
 高校への通学路も朝のクラスの様子も、何度も観た映画・・・

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【 お・や・く・そ・く 】

17/09/25 コメント:7件 泡沫恋歌

映画やアニメを観ていると、あるセリフを登場人物がいうと必ず発動する展開というものがあります。
画面を観ていて、「あっ! 言っちゃった!!」と思ったら、その後は予想通りに話が進んでいって……ああ、言わんこっちゃない! たいてい最悪の結果となる。
――だが、そうなってしまうのは、抵抗できない。【 お・や・く・そ・く 】という謎の法則のせいなのだ。
特にホラーやサスペンスものなどで多く・・・

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袋男事件

17/09/23 コメント:3件 クナリ

 ある晩夏の夜、私は新入社員ながら、随分遅い帰途についていた。
 駅から家までの道を歩いていると、街灯の少ない路地に出る。
 最近、近所で男子高校生三人が行方不明になる事件があったと聞いた。道の不気味さと相まってより不安が煽られる。
 道の先をふと見ると、二車線分くらいはある道路の左の塀沿いに、朧に人影が見えた。よく見えないが男性のようだ。こちらを向いて立ち止まっている。
・・・

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緊急逮捕

17/09/18 コメント:2件 与井杏汰

その男が入った瞬間、支店内は凍り付いた。
明らかに銀行強盗だった。
覆面にサングラス、皮手袋には拳銃を持っていた。
最初に気づいた男性行員は即座に無音の非常通報ボタンを押した。
直後に「キャー」という悲鳴が店内の客から聞こえた。
覆面の男は、一番近い窓口に近寄ると、小さな声で言った。
 「金を出せ。2000万以上、すぐだ」

さすが窓口の女性行員は悲・・・

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事件の表裏――それぞれの葛藤

17/09/16 コメント:3件 文月めぐ

 「ない」と気づいたのは、職員室に戻ってしばらく経った後だった。隣の席の本郷先生が「七時か」とまだ明るい外を見ながら呟いた時だ。俺も時刻を確認して「ですね」とでも相槌を打とうとした時だ。
 腕時計が、ない。
 あの時、プールサイドに置いたじゃないか、と一瞬で思い出し、俺は慌ててプールめがけて走り出した。「松岡先生、廊下は走っちゃいけないよ」と暢気な本郷先生の声も、今の俺には届かない。<・・・

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約束しない

17/09/15 コメント:2件 小峰綾子

今日二人が揃ったのは21時で、比較的早めの時間だった。金曜の夜、毎週定時前後でメールを送りあい、今日は何時に仕事が終わりそうだとか、今日は別の友人と飲むことになったから行けないとか、連絡を取り合うようになってもう何年目だろう。

明子と優は高校の同級生、同じクラスの時によくつるんでいた友人たちの中の2人だ。お互いに大学進学のために東京に出てきたのだが、大学時代はお互いの生活が忙しく二人・・・

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斜陽、あるいは黎明

17/09/11 コメント:2件 冬垣ひなた

「副工場長、生産ラインの稼働を来月から縮小する話ですが、工場従業員もリストラ対象ではないかと、皆動揺しています」
 東京出張中の工場長に代わり書類に目を通す滝谷は、製造部1課長の報告に耳を傾けながら、これまでの人生を振り返る。


 老舗電機メーカー傘下の工場に滝谷が就職したのはバブル崩壊前の好景気時であった。職場としては今も恵まれている。不況の折にも会社が業界のトップクラ・・・

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俺の上司が異次元の迷子な件

17/09/10 コメント:3件 小高まあな

 深山凜子さんは、完璧に近い女性だ。
 アプリ開発を手がける会社に勤める俺の、上司だ。
 二十八歳で係長だし、作ったアプリはヒットするし、社長からの覚えも良い。優しいし、厳しいことも素直に受け入れられる言い方をしてくれる。背が高いし、スタイルいいし、美人。上からは一目置かれ、下からは尊敬されている。
 ただ本人にもどうしようもない、決定的な欠点がある。

 俺はパソコ・・・

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とかげ

17/09/08 コメント:2件 向本果乃子

 その年の夏は煮えたぎるように暑かった。息を吸うと湿った空気が喉にべったりとはりつき、汗なのか湿気なのかわからない生ぬるい水滴が身体中を覆った。じっとり湿った大気を突き抜けて届く鋭い太陽の光が、通りを歩く人々にジリジリと容赦のない紫外線を浴びせている。その人々の中に、まだ十五歳の私がいた。
 夏休みの新宿駅南口前、午後2時。暑さもピークだというのに何の用があるのかあふれんばかりの人、人、人。・・・

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社長、揺れています!

17/09/08 コメント:1件 吉岡幸一

「社長、あの、それが揺れています」
 秘書が怯えたように指をさすと、社長は慌てて頭に手をやってズレていたカツラを元通りに整えた。
「あ、わかってると思うが、くれぐれもこのことは他の社員には内密にな」
「はい。もちろんですとも」
 秘書は目を見開いたまま何度も頷くと、我に返ったように目を閉じて今度は首を横に振った。
「違います社長、揺れているんですよ」
「地震か。・・・

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夏の隙間

17/08/28 コメント:0件 葉山恵一

小学校にあがってすぐの頃、僕とクラスのある女の子は画家の卵だった。授業が終わると教室に二人残り、黒板をキャンバスにして過ごしていた。性格も嗜好も正反対だったが、ともに母子家庭で放課後を持て余しているということが僕たちを結びつけていた。誰もいない教室での落書きはそんな僕たちのささやかな暇つぶしだった。担任教師も家庭の事情を知っていて特に文句も言わなかった。
その日も放課後の教室には僕と女の子の・・・

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黒板パンデミック

17/08/28 コメント:1件 宮下 倖

 ぼくの学校の黒板はみんな宇宙人です。
 黒板が魔法のような方法で話をするのをぼくは見てしまいました。
 あれは夏休み中のことです。ぼくはプールで泳いだあと、こっそり学校の中に入りました。本当は、先生にことわらずに勝手に入ってはいけないと言われています。
 でも、みんながいない学校はひっそりしていて、ぜんぜん知らない場所みたいで、ぼくは探検してみたくなったのです。
 昇降口・・・

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そこにしか、見えない

17/08/25 コメント:6件 秋 ひのこ

 夫のテラさんがうつ病になった。
 先の見えない休職よりヒキコモリより何より困るのは、喋らなくなってしまったこと。
 ぞっとするほど表情が乏しくなってしまったので、せめて言葉で説明してほしいことが山程ある。おいしいか、おいしくないか、冷たいのと熱いの、どっちがいいか、お義母さんが正月はどうするか聞いてるけど、どうしたいか。
 知り合いの提案で筆談も試してみたが、うまくいかなかった・・・

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秘密の恋

17/08/21 コメント:2件 木原式部

「じゃあ、これ、倉庫にしまっておいてくれる? 悪いね」
 上司の林課長はそう言うと、私に背を向けて部屋から出て行こうとした。でも、ふと思いだしたようにメモ用紙に何か書くと、私が持っている書類の上に置き、今度こそ部屋を出て行った。
 私は林課長が置いていったメモ用紙に目を通した。
 ――今日の19時、いつもの場所で。
 私はメモ用紙に書かれた文字を読みながら、思わず表情を緩ま・・・

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上手にその手を離せるように

17/08/13 コメント:2件 野々小花

 暖かい手に繋がれていた記憶がある。まだ小学校に上がる前。養護施設「くすのき園」の園長先生が、化粧っ気のない顔で微笑んでいる。
 周りの皆には、時々、お父さんやお母さんが会いに来てくれる。私には誰も来ないけれど、園長先生がいるから平気。手を、しっかりと繋いでいてくれる。それだけで、私は安心できた。

 カーテンの開く気配で目が覚めた。三歳になる娘の陽菜が、おぼつかない手つきでカー・・・

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いつか二つ転がる

17/08/10 コメント:4件 待井小雨

 あなた方は失敗したのです。それを認めてどうか傲慢な姉をこの家から追い出して下さい。

「お姉ちゃんはいつになったら働くの?」
 ――と、何度か繰り返してきた問いを両親にぶつける。二人はいつもと同じ答えを返した。
「あの子にもペースがあるから」
「もう何年も働いていないよね」
 詰め寄っても父母は困ったように微笑むばかり。
 歳の離れた姉妹だった。私が中・・・

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だってきみは

17/07/31 コメント:4件 氷室 エヌ

 端的に言えば僕はいじめられていた。
 何をきっかけに始まったのかはもう覚えていない。いじめている男子数人のグループだって、多分覚えていないと思う。そんな些細なきっかけとは対照的に、僕は今クラスの全員から無視されるようになっていた。以前仲良かった友人も、自分がいじめられる標的になりたくはないからと、今では僕とあまり話さなくなっている。
 それは多分、仕方のないことなのだと思う。それを理・・・

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時計のない旅に出る

17/07/30 コメント:4件 みや

その駅は銀色に光り輝いていた。まさしく近未来と呼ぶに相応しいスタイリッシュなその駅は、列車で宇宙旅行に行ける駅だ。

列車で宇宙旅行だなんて、遠い昔に古いアニメーションで見た記憶があった。レトロな列車で宇宙を旅する少年、と彼を見守り導く美しい女性ー
思い出すだけで中年の私も少年の頃に戻った様に胸が踊る。そんな夢物語が、今では現実のものとなっている。そのアニメーションの作者は未来が・・・

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旅人の哀歌

17/07/29 コメント:9件 待井小雨

 物置部屋で一幅の絵を見つけた。
 手前から奥に向かい、遠くの山への道が長く伸びるだけの絵だ。その道に、馬を連れてこちら側に背を向けて歩く男の姿が描かれている。これは旅人の絵だ。
 何となく惹かれ、書斎に飾る事にした。
「傷んでいるな」
 長い事放置されていたのだろう、くすんだ色が気になった。空しい色合いの絵に指を伸ばす。と、触れた部分が仄淡く色づいた。
「しまった」・・・

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私、母親、ソダチマル

17/07/24 コメント:5件 クナリ

 高校生になった私は、身長では母を上回った。大人っぽいね、どっちが親か分からないね、と近所の人たちによく言われる。
 母子家庭で一人っ子だったので、娘の私がしっかりしなくてはいけないと自分に言い聞かせてきた。
 母は大人しい人だったが飲酒癖があり、酔っても暴力を振るったりはしなかったけれど、泥酔すると恐ろしく悲観的で自虐的になる悪癖があった。
「お父さんがいなくてごめんね」「女の・・・

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二分の一 成人式

17/07/17 コメント:4件 風宮 雅俊

「とうちゃん、作文の宿題があるんだ」
 夕飯の片づけが終わって、とうちゃんが風呂に入る前に捕まえる。一日に一回のチャンスだ。
「おまえの宿題だろ?」
 逃げの態勢のとうちゃんに低姿勢かつ逃げ場を与えない様に言わなくてはいけない。
「生まれた時の事を両親に訊いて書かく様に先生に言われたんだ」
「産んでないよ」
 面倒くさい全開のオーラが出ている。
「とうちゃ・・・

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あるニャン事訴訟

17/07/16 コメント:9件 光石七

 右手の甲に痛みと赤い筋が走った。――このバカ猫! 鬱憤が爆発し、私は即座にニャン事訴訟を起こした。K島ニャン裁M出張所はその場で受理してくれ、夕方からの審理が決まった。

「平成二十九年(ニャ)第22号。原告 七石ヒカリ、被告 七石ちー」
 私は静かに原告席に座った。ちーはニャン護士に抱きかかえられ被告席へ。訴えられているのに呑気に欠伸、毛繕い。私が睨んでもどこ吹く風だ。ほどな・・・

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猫の部屋へ

17/07/16 コメント:1件 小峰綾子

三毛猫のメスだからミケコ、という安易な名前を付けられたうちの飼い猫は時々室内で行方不明になる。マンション5階の部屋から外に出さないようにしているのでどこかにはいるはずなのだが、ベットの下、テレビの裏など猫が入り込みそうな場所を一通り覗いてみてもどこにもいない。まあ、1時間もすればひょこっとまた現れるのでとくに心配もしていないのだが。
妻はそのプチ行方不明を「猫の部屋に行っちゃった」という。妻・・・

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あした海になる

17/06/27 コメント:6件 待井小雨

 とぷりと水の音がした。
 吸い寄せられるようにして、私は音の方に首を向ける。閉めきられた障子の向こう、縁側の先は池のある庭だ。
「どうしたの」
 母が怪訝な顔で振り返る。
「いま――潮の香りが」
 ……したような気がして。
「するわけないでしょう、そんなの。ここから海まで何時間かかると思ってるの」
 そんなことより、と母は言う。
「ちゃんと、おば・・・

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フグ

17/06/25 コメント:4件 田中あらら

 リアス式海岸の小さな町は、複雑に入り組んだ海岸線のわずかな平地と小さな谷あいに家々がへばりついていた。水田はほとんど見られず、畑は山に向かって石垣で段々に上がっていき、柑橘類の栽培が盛んだった。みかん畑から見下ろす海は、穏やかで美しかった。

 葉子の家は、目の前が海だった。正確にいうと、海と家は船着場と堤防に阻まれていたが、海までの距離は徒歩10秒だった。船着場は小さな子供が一人で・・・

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パスタの茹で方、猫の飼い方

17/06/25 コメント:2件 miccho

 昼食はパスタにしよう。そう決めて鍋いっぱいにお湯を沸かし麺を茹でてみたものの、出来上がったパスタには違和感があった。どうにも柔らかすぎて、歯ごたえがない。
 妻の早紀がいつも作ってくれたパスタは、芯の部分は残っていて、きちんとアルデンテに仕上がっていた気がする。
「ゆで時間さえきちんと計ってあげれば、誰だってできるわよ」
 早紀にはそうやって笑われそうだ。
 うどんのよう・・・

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たまちゃんと老女

17/06/21 コメント:2件 ササオカタクヤ

人間はいつも偉そうなのに、実は大したことない生き物だ。私たちは豊かな知能を活かして個々の存在を認め合って生きていると抜かしたことを言っている。そして俺たちみたいな猫や犬をペットとして飼って優越感に浸っているんだ。
「たまちゃん、ごはんの時間よ」
俺は今、老女の家で暮らしている。朝昼晩と毎日決まった時間に同じ飯が用意される生活を送っているが、元々野良猫だった俺は今の生活が嫌いだ。
・・・

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人風猫

17/06/19 コメント:0件 W・アーム・スープレックス

 しおたれた顔つきの中年男が近よってきたかと思うと、いきなり若者の手首をつかんだ。
 混みあった電車内でのできごとだった。腕を貫く激痛にその若者は、思わず悲鳴をあげそうになった。
「きみ、いまその女性の、あっ―――」
 男性がそこまでいったとき、なぜか件の女性は、乗客にまぎれこむようにしながら向こうの車両に消えていった。
「まいい、きみ、次の駅でおりるんだ」
 若者は・・・

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ガソリンスタンド

17/06/14 コメント:4件 Fujiki

 ぼくが働くガソリンスタンドはちょっと変わった場所にある。海の上だ。面積十平方メートル程度の小島で、本島から離れた沖合いに浮かんでいる。もちろん自動車は一台もない。車がないのにガソリンスタンドだけあるってのも変な話だけど、ここは最初から離れ小島だったわけではない。ずっと昔に地殻変動が起こってガソリンスタンドだけ本島からちぎれてしまったんだって。もう何年も前に死んだチーフが教えてくれたことだ。ぼくが・・・

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スティーラー卒業試験

17/06/11 コメント:4件 むねすけ

 地下室のミーティングがおひらきになって、僕らはそれぞれのねぐらに戻る。
「トゥイン、戻らないのか?」
 僕は部屋に戻る前に、一度中庭に出て、空を見たかったんだ。
「あぁ、ちょっと中庭に出てからにするよ」
 父さんの分厚い体から語られた、卒業試験の内容と、クリアした先の僕らの拓かれた未来に、みんなはすっかり中てられてしまって、ちょっとついてけないんだよ。
「先に戻って・・・

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メッセージ・イン・ア・ボトル

17/06/06 コメント:4件 若早称平

 はじめに僕の子供の頃の話をしようと思います。そう話し始めると生徒達は真剣な表情で僕を見上げました。普段の授業中もこのくらい集中してくれるとありがたいんですけど、僕が皮肉を言うと、早く教えて下さい、なんて言い出す始末です。
 僕が生まれ育ったのは家も学校も遊び場も、生活の全てが海の近くの小さな島でした。幼い頃は本当に世界はこんな風に潮の香りしかしなくて、海の無い場所なんて存在しないものだと思・・・

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おやすみでぇす

17/06/05 コメント:5件 宮下 倖

「ママこれなあに?」
 公園まで行った散歩の帰り道、直也の指さすほうを見て澄子は「ああ」とうなずいた。
 郵便ポストと並んだ赤い自動販売機に「故障中」という手書きの紙が貼ってある。
「これはね、ええと……おやすみってことよ。自販機さんも疲れちゃうからね」
 壊れてるのよという言葉を飲み込んだのは、最近、直也のお気に入りのおもちゃが壊れて大泣きしたことを思い出したからだ。

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ゴン太の華麗なる休日

17/06/03 コメント:12件 待井小雨

 せっかくの休日だというのに彼氏の休日出勤でデートがキャンセルになった。
 ちぇー、とむくれて私は我が家の柴犬、ゴン太に抱きつく。
「ゴン太は寂しい私を慰めてくれるよねぇー」
 ぐりぐりと顔をすりつける――と、その頬ずりが肉球によって押し返される。
「ぐえ」
 呻く私にゴン太は人の言葉でこう言った。
「すいません、今日はペットをお休みしますので」
「は――・・・

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神罰

17/05/31 コメント:9件 浅月庵

 ◇
 “この世界は神が作った物語であり、現実離れした不測の事態も十分起こり得る”という結論まであなたは行き着いている。
 それ故に、踠いても足掻いてもその指に空虚しか絡みつかないことを悟ると、涙を流しながら膝をつき、神への許しを請うのであった。

 ◇
 母は日に二度、二階にあるあなたの部屋をノックし、食事を置いていく。
 その行為は機械的であり・・・

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そんなに優しくしなくていいよ、泣くのはそれほど好きじゃないから

17/05/27 コメント:5件 クナリ

 八階建てのビルの屋上のへりは、風が強く、柵の外側に腰かけた少年と少女は、頼りなく空中に投げ出した足を揺らした。
 夏の夕方はまだ明るいが、路地裏に向いた一角であるため、地上からはまだ見つかっていない。
 二人は同じ中学の同学年で、背格好もほとんど変わらない。それぞれの制服姿でなければ、同性に見えたかもしれない。
「もう何十度か体を前に傾ければ、死んじゃうのね」
 少女は眼・・・

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開演

17/05/22 コメント:2件 風宮 雅俊

「お先に失礼します」
 階段を軽快に踏み鳴らして降りると、タイムカードに打刻する。そのままの勢いでエントランスまで行くと、ワンテンポ遅れて自動ドアのモーターが唸り音を上げ半分ほど開けた隙間をすり抜け雑踏の中に飛び込んだ。
 そう、今日は金曜日だ。今日の為に一週間がある。金曜日だけは一番に帰る僕の事に同僚は興味があるみたいだけど、それは内緒だ。でも一度だけ答えた事がある、コンサートに行く・・・

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人さらいの夜

17/05/21 コメント:6件 待井小雨

 僕が失敗をすると、ばあちゃんはいつも「悪い子は人さらいに連れてかれるんだよ」と怖い顔をして言った。
 お味噌汁を零すと僕の頭を掴んで「お前なんか攫われてしまえばいいんだ」と言う。お皿を割ってしまうと「悪い事ばかりして!」と怒鳴る。
 僕は正義の味方が出てくるアニメが好きだった。僕もあんな風に強くなりたい。
 けれどそのテレビもすぐに消されてしまう。ばあちゃんは僕の頭を小突いて「・・・

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ただ、静かな日々を

17/05/18 コメント:4件 ツチフル

 
 破かずに読んでいただければ幸いです。

 
 204号室様
 ありがとうございます。
 あなたのおかげで月島さんが越してくる前の静かな日々が戻ってきました。
 何しろ、月島さんの犬には私だけでなく近所中が迷惑していましたから。
 散歩に行かないせいでいつも吠えているし、トイレの始末をしないから庭はフンだらけ。回覧板を届けるのが苦痛でした。風向き・・・

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その階段を前に私は考えた。『

17/05/14 コメント:2件 笹山ナオ

 地下につながる階段は細長いビルの脇にあり、一見すると通り過ぎてしまいそうなほど目立たない看板がその階段口に立てられている。
 階段を降りて行き、突当りの扉を開けると、カランコロンとドアベルの音が静かに響き、空調の効いた店内が私を迎える。夏の眩しい陽光と雑踏の人だかりから逃れた私には、間接照明の穏やかな明かりと物静かな他の客に、無言で迎え入れられたように感じられ、すぐにその店に馴染み深いもの・・・

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スイーツを楽しむ腹

17/05/08 コメント:1件 木野 道々草

 午後、彼は散歩から帰ると、妻に分かるよう食卓テーブルの上に袋を置いた。定年退職後、散歩が日課になっている。
「ま、かわいい。三色うさぎ饅頭ですって」
 袋の中身を見た妻は、表情を明るくした。
「着替えてくる」
「でも二パックも」
 妻は、三つ入りのパックを両手に持って少し考えていたが、一パックだけ開けて皿を二つ出した。
 戻ってきた彼は、テーブルの上を見た。<・・・

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17/05/08 コメント:3件 OSM

 私が住む町は正午前に暴風域に入った。台風の勢力は、夕方が来ようかという現在も衰える気配がない。降り付ける大粒の雨。吹き付ける強風。ひっきりなしに震える窓硝子が痛ましかった。台風の目に入ってくれれば一息つけるのだが、そう都合よくはいかないらしい。
 私は一人、ダイニングの椅子に座っている。頭上の照明は灯っているが、両隣のキッチンとリビングは消灯されているため、私がいる場所だけが異様に明るい。・・・

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陽だまりケーキ

17/05/07 コメント:6件 待井小雨

 洋菓子店の帰り道、私はひたすら息子をなだめていた。
「イチゴのケーキも好きでしょ?」
「やだ!」
 いつもなら売っているモンブランが今日は売切れていた。そんな時に限って息子が「黄色いケーキがいい」と駄々をこねたのだ。
 落ち着けるために立ち寄った公園には、私達の他にベンチに七十代ほどの男性が一人。うるさくてごめんさい、と心の中で侘びる。
「黄色いケーキはまた今度ね?・・・

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喜びと悲しみが溶け合った味のするケーキ

17/04/27 コメント:3件 吉岡幸一

「喜びと悲しみが溶け合った味のするケーキを探さないといけない」と、妻が急に言い出した。
 いったいどんな味なのか想像することもできない喩えだ。甘くて苦い味なのか、濃厚で堅いケーキなのかさっぱりわからない。言った妻自身も食べたことがないから味なんてわからないという。
 妻の母、僕からみれば義母が亡くなる前に食べたいと言ったのがそのケーキだというのだ。結局そのときはすでに食べ物が喉に通らな・・・

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待ち人

17/04/24 コメント:8件 日向 葵

 その老婆は海に向かってゴミを投げていた。遠目から察するに、それは丸められた紙片のように見える。漁師である私にとって、老婆のその行為はとても許せるものではなかった。「海にゴミを投げ入れるのはよしなさい」と咎めれば良いのだが、老婆があまりにも汚らしく、およそ常人とは思えぬ風貌であったので、私は声をかけるのを躊躇っていた。しかし、このまま放置しておくわけにもいかず、意を決して老婆の元へと歩を進めた。<・・・

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遠い未来のトロイメライ。

17/04/24 コメント:10件 滝沢朱音

 銀色の車体は、まるで息継ぎをするかのように浮上した。窓から春の自然光が注がれ、車内の照明が消える。都心のターミナルからしばらく地面の下を這い進むこの路線は、郊外で闇を抜け、地上駅を北へと辿る。恵はほっと一息ついた。
『デパートにでも行っておいで。孝は俺が見ておくから』
 朝、珍しく夫がかけてくれた言葉を反芻する。育児疲れの妻を心配したのだろう。その優しさに甘え、恵は久しぶりにきちんと・・・

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恥知らず

17/04/24 コメント:2件 むろいち

 靴は左足から履く。
 つま先でトントンとはしない。
 家の玄関を左足から出る。
 鍵をかける。
 鍵を抜き、ドアノブを回して、鍵がかかっているか確認をする。
 階段を左足から降りる。
 左足を最初の一歩にしているのは単なるポリシー。
 踊り場にタバコの吸い殻が落ちている。
 恥知らず。
 吸うのは構わない。だが、ポイ捨ては喫煙者失格。
・・・

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夏、カマキリ浦島とロンリー亀

17/04/20 コメント:2件 秋 ひのこ

 香川県の北西、瀬戸内海に突き出た荘内半島のとある中学。二年の春に東京から若林という転校生がやってきた。
 讃岐の方言も田舎生活も見下し、いつも冷めた目で一匹狼を気取るため、夏休みを迎えた今も友だちはひとりもいない。

 全身から湯気が昇るほど酷暑の午後、若林はいつもの場所に赴く。
 鴨之越。
 穏やかな瀬戸内の海と、こんもり緑に覆われた丸山島を望むここは、童話『浦島・・・

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竜宮の亀

17/04/16 コメント:8件 待井小雨

 夏の日差しが射すアスファルトの路上に、亀が引っくり返っている。
 海は遠く、近くに水場は無い。子供の悪戯だろうかと、俺は掌ほどの大きさの亀に歩み寄った。
「大丈夫か」
 車通りのない道だから轢かれる事はあるまいが、そのままにしておく気にはなれなかった。
「やめて下さい」
 手を触れる寸前、当の亀から声が上がった。
「助けないで下さい。私にどうか、触れないで下さ・・・

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デンオとテツオ

17/04/02 コメント:5件 入江弥彦

 僕は電車オタクだ。
 自分でそう言っているわけではないし、本当はみんながいうほど電車が好きなわけじゃない。
 けれどもそれが僕のイメージであり、まわりからの評価なのだから仕方がない。電車オタクでは長いからと、デンオと呼ばれている。
 クラスメイトが僕のためにとランドセルがパンパンになるほど詰め込んでくれた紙くずを捨ててから、いつもの場所に向かった。
 立ち入り禁止の看板を・・・

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アポリネールの鐘は鳴る

17/03/28 コメント:4件 吉岡幸一

 今日も僕は博多駅発の快速電車に乗って家に帰っている。午後六時過ぎの車内は仕事帰りの人々で溢れている。話す人は少なく、誰もが黙って目的地の方角を向いている。
 立っている人も多かった車内は一駅ごとに減っていき、ちらほらと空席も増えていく。
 僕は一人この一番前の車両で座ることもせず立っている。車窓に広がっていた賑やかなビルの群れも減ってきて、背の低いマンションや一軒家の地域を過ぎていく・・・

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帰ってきたタロー

17/03/27 コメント:4件 W・アーム・スープレックス

 タローは亀に乗せられ、竜宮城をあとにした。
 美しさとかわいさを兼ねそろえた類稀な女性乙姫と過ごした、夢のような幸せな毎日が、頭のなかを繰り返し去来した。
 魚たちが陽気に明るく舞い踊るそのけなげでサービス精神満点の姿に心から癒され、そのうえ、女の魅力のすべてをさらけだして尽くしてくれる乙姫がつねにそばにいてくれるのだから、ままならない浮世の苦労や人生の悩みがたちまち雲散霧消して、時・・・

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浦島太郎の怨返し

17/03/27 コメント:2件 風宮 雅俊

 竜宮城での三日三晩の宴を終え村に戻った太郎は、乙姫から貰った玉手箱を脇に抱え亀に告げた。
「当たり前の事をしただけなのに、楽しいひと時を過ごす事が出来ました。でも、亀さん今度は助けなくても良い様に、子供たちには用心して下さい」
「太郎さん、ありがとうございます。これからの事も心配してもらい、ホント良い人に助けて貰って感謝の言葉もありません」
 お互いに深々とお辞儀をすると、太郎・・・

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失敗メガネ

17/03/26 コメント:3件 ササオカタクヤ

僕はある日、友人から不思議なメガネを貰った。
「このメガネ、お前にやるよ。このメガネは不思議なメガネでさ、かけるとこの先の未来が見える代物なんだ」
友人がくれたメガネは未来が見えるメガネ。未来といっても失敗する未来だけが見える不思議なメガネだった。
失敗する未来を事前に確認することで、失敗しない未来に向かうことができる。まさに夢のような道具を僕は手に入れた。
ただこんな夢の・・・

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父と私の在来線帰省

17/03/23 コメント:3件 こあら

新幹線を降り改札を出て目をあげると、父が立っていた。
「あぁ、ありがとう」
私はぼそっと言って、駅の出口へと歩き出す。
「おぉ、佐奈枝。今日はそっちじゃない」
父はオレンジ色の切符を差し出しながら言った。
「今日は在来線で帰るぞ」

父と私は、人気のない車両の四人掛けボックス席に、斜めに向き合う形で座っていた。
私の実家は、新幹線の駅から電車で三十分・・・

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A Whole New World

17/03/18 コメント:4件 藤光

「おれのは失敗やったなあ」
「なにがですか」
 先輩が応じるまでもなく、家保さんは話しはじめた。注がれだばかりのビールのグラスにまだ水滴はついていない。
「結婚や、ケッコン」
『よし来』の店内は客の多い割に静かで、間接照明に照らされた打ち放しのコンクリート壁も落ち着いた雰囲気を醸し出している。煮しめたような杉の一枚板の上にグラスが三つ。突き出しはオクラと豆腐の和え物だ。ぼく・・・

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教訓

17/03/15 コメント:4件 秋 ひのこ

拝啓
突然の手紙をお許しください。
あなたが近く内田鮎雄さんと結婚すると偶然耳にし、大変驚き、また困惑し、いてもたってもいられず筆をとりました。

アユオさんはあなたに私という存在のことをどれだけ話していたのでしょう。
あなたに「略奪」という自覚がどれほどあったのでしょう。
正直、私には知る由もありません。

単刀直入にお聞きします。
あなた・・・

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空襲の夜に消えた地下鉄

17/03/13 コメント:8件 冬垣ひなた

 アツイ、アツイヨゥ。タスケテ。至る所から呻く声が聞こえる。
「千津子……!」
 母の呼ぶ声がする。広い道路一杯に逃げ惑う黒い人波に押され、転んで倒れていた千津子は、ぐっと空を仰いだ。
 焼夷弾の火の滝で、夜空は真っ赤だった。大阪随一といわれる洒落た御堂筋の街並みを焼き尽くしながら、炎の壁が嘲笑うように人々を追い詰める。1945年3月14日未明、華やかだった大阪の中心街は、三〇〇・・・

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『タコ唐八ちゃん』のキセキ

17/03/12 コメント:5件 光石七

 Q県の駄菓子メーカー『青丸製菓』は危機に直面していた。一番の取引先である地域大手のスーパーが全店舗で契約を打ち切ると言ってきたのだ。
 主力商品は『タコ唐(から)八ちゃん』だが、知名度と人気は今一つ。新商品の開発にも取り組んでいるが、どれも鳴かず飛ばずで売上向上には結びついていない。新たな販路開拓を期待して起ち上げたオンラインショップは、年に数件小口の受注があるのみ。先行きの見えない弱小企・・・

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夕暮れの街で彼に会えたら

17/03/12 コメント:8件 待井小雨

 非常に珍しい事に、自分に近いモノとすれ違った。
「あれ――人面犬?」
 不繊布のマスクのまま久しぶり、と笑いかける。
「口裂け女じゃねぇか」
 おっさん顔をした小汚い犬がしかめっ面でそう言った。

 ベンチに腰掛けて缶コーヒーにストローをさす。人面犬にも適当な器にコーヒーを注いであげた。
「ストローなんかで飲むのかよ」
「マスクを外さずに飲む方法が・・・

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夕暮れの街で彼女に遭えたら

17/03/11 コメント:6件 待井小雨

 夕暮れの住宅街で一匹の犬とすれ違った。その瞬間、ずっと謝りたい人がいた事を思い出した。

 俺は口裂け女に「遭った」事がある。
 小学生の頃の事だった。夕日に染まる公園で一人、砂に絵を描いて過ごしていた。そこに、大きなマスクをした女性が近づいてきた。
「……ねえ」
 笑んだ瞳が綺麗に半月の形を作っていた。優しそうな人だ、なんて何の根拠もなく思った。だから一人きりで寂・・・

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ミサイルマンの憂鬱

17/03/07 コメント:4件 若早称平

 自分が「ミサイルマン」と呼ばれている事を男が知ったのは扉が閉まる間際に白衣の男達が話していた雑談が聞こえたからだった。もっとも自分がなんと呼ばれようと、外出が一切禁止されていようとこの生活に男が不満を持つ事はなかった。
 男の朝は八時のアラームで始まる。朝食をとり、歯を磨き、顔を洗い、メディカルチェックを受け、九時ちょうどに扉一枚隔てた職場へ入る。
 真っ白な六畳程の部屋には中央にモ・・・

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その怪獣

17/03/05 コメント:6件 W・アーム・スープレックス

 その怪獣には、二種類の能力があった。
 ひとつは口から吐き出す破壊光線によって文字通り、地上のあらゆるものを破壊することができるのと、あとひとつは、あてると何もないところから生命を育むことのできる生成光線だった。
 最初のうち怪獣は、まず破壊光線で地上のごつごつしたところ、あるいはいびつに捻じ曲がったところなどを形も何ものこらないまでに破壊しつくし、そのあとに百花繚乱の花々を育てあげ・・・

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失敗

17/02/27 コメント:4件 ツチフル

 まともに生きることに失敗。
 やけになって人を殺そうとして失敗。
 自分を殺そうとして失敗。
 もういちど懸命に生きようとして、大失敗。
「まったく何て人生だ。やることなすこと全て失敗に終わるんだからな!」
 私はどうでもよくなって、銀行から全財産を下ろしてナンバーくじを買う。
 もちろん、すべてはずれだった。
 無一文になった私は、公園でホームレスを・・・

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自転車とたんぽぽ【エッセイ】

17/02/27 コメント:4件 宮下 倖

 春の草が土手をやわらかな緑に染めている。そこに自転車が一台横倒しになっていた。
 赤いフレームに添うようにたんぽぽがいくつも咲いている。
 緑と赤と黄色のコントラストを見下ろしながら私は唇をつよく噛んだ。
 もしこの自転車が話せたなら、私になんと声をかけるだろう。

 * * * 

 東日本大震災において、私は中途半端な被災者だった。
 私の実家・・・

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おばあちゃん

17/02/26 コメント:1件 いありきうらか

母に子供が出来たことを報告したとき、母は、私もおばあちゃんか、と感慨深く呟いていた。
そうか、母は私の子供からすればおばあちゃんになるのか、そんな当然のことを頭の中で反芻した。
私は、窓の外に置いてあるすっかり茶色に錆び付いた自転車を見つめた。

おばあちゃんは孫の私にとても優しくしてくれた。
おばあちゃんは自分の家から2時間ほど離れたところに一人で暮らしており、私が・・・

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「ヒト……」

17/02/23 コメント:2件 若早称平

 フロントガラスを叩く雨に男は満足げな笑みを浮かべていた。濡れたアスファルトがヘッドライトを反射する。刻々と雨足は強くなっていった。

「あなたは私のことを全然見てくれない」
 ある雨の日、深夜に帰宅した男の元に妻が車にはねられたという連絡が入った。仕事が忙しく家ではいつもイライラしていた男と妻はその日の朝些細なことで喧嘩をし、男が乱暴にドアを閉める直前に聞こえた妻の最期の言葉だ・・・

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壁のない箱庭の中で、わたしたちは

17/02/19 コメント:6件 秋 ひのこ

「スズ、お茶淹れてくれ」
 畑から戻ってきた舅が汗を拭いながら台所に顔を出した。そのタオルをスズの鼻先に押しつけてくる。
「ほれ、男の臭い」
 スズは思い切り眉を寄せて顔を背けた。舅は「興奮するなよ」とニヤけ、スズの尻をパンとはたく。
 毒があればとっくに仕込んでいる。スズは急須に湯を注ぎながら、唾でも入れてやろうかと口内を舐める。
 次いで、姑がやってきた。
・・・

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誰かさんがころんだ(顔落とし)

17/02/17 コメント:9件 クナリ

 「誰かさんがころんだ」という遊びがある。
 人気のない、ある高台のお堂が僕らにとってのこの遊びの舞台だった。
 子供たちが数人で、お堂の周りを時計回りにぐるぐるかけっこする。鬼が一人いる。振り返ってはいけない。だからすぐ後ろに誰かが迫って来ても、鬼かどうかは分からない。鬼に捕まったら、その子が次の鬼。周回遅れなどは度外視。
 この遊びは、夕暮れに行なってはいけないことになってい・・・

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水底から一閃

17/02/13 コメント:6件 入江弥彦

 無機質な声が注意事項をアナウンスし、数秒後に座席が大きく上下に揺れた。
 息子が驚いたように息をつめて、孫は小さく悲鳴を上げた。ごうごうと水の音が響いて、窓の外は一気に暗くなる。揺れが収まると、窓の外が照明に映し出される。立ち上がった添乗員が、右手をご覧くださぁい、と甲高い声で私たちにアナウンスした。
 息子からの提案だった。八十歳のお祝いに故郷を見に行くのはどうか、と。私のためとい・・・

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新宿駅で待ち合わせ

17/02/10 コメント:2件 PineLeaf723

 降車場は巨大な建物の中だった。
 長野発の高速バス。終点は新宿駅のはず。閑散としたフロアに取り残され、やっと私は思い至った。ここ、去年に鳴物入りで完成したターミナルビルだ。
 外へ出ようと階段を下りたが、降りすぎて地下に潜ってしまったらしい。完全に迷い、待ち合わせしている親友に助けを求めた。
『うそ、もう着いたの。何番?』
 見たこともない場所だとLINEに返すと、

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サヨナラ、新宿

17/02/07 コメント:2件 秋 ひのこ

『今日未明、「未確認飛行物体」が新宿上空に出現。雨のような光線を発射し、およそ1時間に渡り攻撃しました。「未確認飛行物体」の無差別攻撃は、東ヨーロッパのベラルーシ共和国、アフリカのジンバブエ、中国の天津に続き、4件目です』
 厳しい表情で女性キャスターが原稿を読み上げると、隣で夫がうなった。
「なんで日本だけ主要都市やねん。ほかは微妙なとこばっかやのに」
「そんな失礼なこと言いな・・・

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304号室は死産0

17/01/31 コメント:12件 むねすけ

 宿題が出た。
 作文の宿題。
 お仕事インタビューだって。
 大人にお仕事の内容について質問して来るんだってさ。
 答えがひとつじゃない宿題は、センスで順位が決まるから僕は好きだ。
 僕の父さんはビールメーカーの宣伝マン。
 僕の母さんは薬局の店員さん。
 つまんない。センスゼロだ。
 こんな時は変わりものの親戚に頼るに限る。
 僕の伯母さん・・・

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坂の自転車屋

17/01/31 コメント:2件 W・アーム・スープレックス

坂の途中に店を出す自転車屋に、その少年はやってきた。
ひょろりして、病み上がりと思えるほど顔色もわるかった。その少年の押している自転車は、そんなに大型ではなかったがそれでも彼にはふつりあいなまでに重く大きく感じられた。店主は、整備していた自転車から顔をあげると、店の前で黙っている少年を訝しげにみやった。それはついさっき、ブレーキの具合が悪いといって立ち寄った少年だった。店主は自分で自転車に乗・・・

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開かれた世界

17/01/22 コメント:2件 つつい つつ

 土曜日の夕方、誰かがアパートのドアを叩いた。今まで突然部屋を訪ねてきた人なんかいないし、そもそも友達にも会社の同僚にもアパートの場所は教えていない。新聞か宗教の勧誘だろうとしばらく無視していたけど、あまりにしつこく叩き続けるからドアを開けた。
「隣の三〇五号室の柏木です」
 たまにすれ違う三〇代の痩せこけて貧相な男が立っていた。
「あの、壁に穴を開けてしまって」
 そう言・・・

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歌舞伎町クライスト(泣き嘆く人の子らより)

17/01/17 コメント:4件 クナリ

 新宿は歌舞伎町、区役所本庁舎の脇を道なりに行く。
 雑居ビルの二階に、ニューハーフ(以下NH)バー「碧空」はあった。
 店内は和風のショットバーで、店員さんとおしゃべりしながら、焼酎ソムリエの資格を持つ二十六才の若き店長の集めた焼酎だのウイスキーだのを飲む。
 NHと遊ぶというより、気のいい人たちと笑い合うための場所。
 僕が初めてここを訪れたのは、知人がスタッフとして入・・・

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優しさの復讐

17/01/16 コメント:5件 光石七

『  ぼくのお母さん    二年二くみ 木山なおき
 ぼくのお母さんはかえでという名前です。いつもニコニコしていて、ぼくのすきなりょう理を作ってくれます。ぼくがすきなことをさせてくれます。
 ぼくを生んでくれたお母さんは三年前にしんでしまいました。ぼくはかなしくて、さびしくて、何どもなきました。でも、今はかえでお母さんがいるのでさびしくありません。
 ぼくは何でもしてくれるやさし・・・

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三線を弾く部屋

17/01/16 コメント:2件 Fujiki

 出版社を辞めて県庁で働き始めてから和馬はモノレール通勤になった。電車も地下鉄もないこの島では一路線しかないモノレールが唯一の鉄道である。バスよりも正確に運行し、渋滞に巻き込まれる心配もない。家がある丘の上からは二十分で職場に着く。
 モノレールの中で和馬は毎朝車両の右側を向いて立つ。帰りは左側に体を向ける。自宅の最寄駅が終点なので朝は席が空いているが、あえて座らない。車窓から朝夕同じアパー・・・

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新宿コロッケ

17/01/16 コメント:4件 深海映

 出張でたまたま新宿に来ていた私は、ふとどこからか漂ってきたコロッケの香ばしい匂いに、昔のことを思い出した。

「東京は観光するには良いが、人の住むところじゃない。ごみごみしていて、人は冷たいし料理はまずい」
 母は常々そんな風に私に言っていたので、私は何となく東京は住みずらいところで、だから大概の人は職場は東京にあっても千葉だとか埼玉に住んでいるのだと思っていた。
 なの・・・

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見る目のない私たちの強かな未来

17/01/14 コメント:3件 宮下 倖

 香帆のブレスレットがグラスに触れて澄んだ音をたてた。私と律子の視線が余韻を追って香帆の手首に注がれる。彼女がわざとグラスに当てたであろうことは、「あっ、ごめん」と言いながらまるで悪びれず、むしろ見せびらかすように手首を上げたことで察せられた。
「わあキレイ! 香帆、それ新しいやつ?」
 律子が声のトーンを上げて訊いた。そうやって香帆の欲しい言葉をすぐに放れる律子はすごい。私が喉元でご・・・

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ジャジャジャジャーン!

17/01/12 コメント:3件 若早称平

 引っ越しを機に捨てようと思っていたコンバースに一度足を通してすぐにまた脱いだ。全ての荷物を運び、掃除を終えた五年間住み慣れた部屋を最後にもう一度目に焼き付けておきたかったからだ。
 一通り思い出に浸った後、以前ソファの置いてあった床に大の字に寝転がって天井を眺める。これから鍵を返し、転居先の片付けをして、その前に市役所に行こうか、などと考えているとチャイムが鳴った。面倒だなと思いながら起き・・・

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年末ジャンボ宝くじ

17/01/08 コメント:4件 タキ

今年も残すところあと8時間。妻は「身を清める」と言ってシャワーに入った。「年末ジャンボ宝くじに当選する為の儀式」らしい。珍しく宝くじを買った妻だが、凄まじい意気込みを感じる。何しろ【数多くの当選者を輩出したという宝くじ専門の神社】にまでわざわざ出かけて買ったのだ。

「当たったらどうしようかな」
ドライヤーで髪を乾かしながら、妻が無邪気に言ってきた。
うーん。どうしよう…。・・・

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お母さん大好き

17/01/04 コメント:11件 デヴォン黒桃

 ぎゃあ……おぎゃあ……ぎゃあ……ぎゃあ……
 マア、なんて可愛い私の坊や。
 産毛みたいな髪の毛が、抱っこしたら鼻をくすぐって仕方がなかった。
「こんにちは赤ちゃん。私がお母さんよ」
 アノ時アナタに向けたお母さんの愛はトッテモ深いものだったのよ。

 眠る時間がグンと少なくなっても、坊やがヒトツ咳をしただけで、其の晩は寝ずに過ごしたものよ。
 チョット・・・

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可能性探偵の迷宮推理

17/01/02 コメント:2件 浅月庵

 とあるアパートの一室で、一人の男性が殺された。
 死因は、包丁により腹部を刺されての出血多量によるものだ。
 助手である私は、探偵のハガナイさんと共に、早速現場へと急行した。

「ダイイングメッセージかな」
 ハガナイさんは遺体の元へ屈み、そう呟く。
「私には、数字の304に見えます。304号室の人が犯人ですよ!」
 遺体の指先で床に書かれた、自身の血に・・・

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愛を確かめ続ける砂時計

17/01/02 コメント:11件 そらの珊瑚

『手作りオリジナル砂時計お作りいたします・トアノ砂時計屋』

 今どき、砂時計? と思う人は少なくないだろう。
 時計と名がついてはいるが、そもそも砂時計は今現在の時間を示す時計ではなく、砂時計が落ちるまでの時間を示すものだ。つまり時刻を知るためのものではなく、一定の時間を刻むことを約束したタイマーともいえる。
 或いは普通は見ることの出来ない時間、思い出と呼ばれる類を、可・・・

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資産家と後妻さん

16/12/30 コメント:2件 夏川

 木造平屋、畳張りのこじんまりした広間。派手さはないが、木の温もりを感じられる落ち着いた空間だ。
 部屋の中心に置かれた長机の周りには数人の老人たちが集い、おしゃべりに興じている。一見何の変哲もない至って普通の老人たちだが、彼らは全員が一代で財を成した超一流の経営者、そして資産家なのである。現役時代は激しい火花を散らし、自らの会社の利益のため騙しあいを繰り広げていた彼らも今やすっかり優しい目・・・

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36792000分の余暇

16/12/29 コメント:4件 待井小雨

 進歩を続ける科学技術により、人類は超高速の移動手段を手に入れる事となった。装置のある場所なら何処へでもごく短い時間で移動――すなわちワープが可能となったのである。かつて誰もが空想した瞬間移動には及ばないが、人類にとって大きな一歩となった。
 この技術が一般的なものとなるまでには時を要したが、次第に誰もがこれを利用するようになり、通勤や通学、買い物から海外旅行まで五分で行けるのが当然となる。・・・

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消失のサンタ

16/12/19 コメント:5件 奈尚

 昨夜見た夢の話だ。羽の生えた少女が現れて、まっすぐ私を指さし言った。
 あなた、サンタクロースにおなりなさい、と。

「そういえば今日はクリスマスイブだっけ」
 顔を洗いながら、鏡越しにカレンダーを確認する。社会人となり一人暮らしを始めてからというもの、すっかり行事というものに注意を払わなくなってしまっていた。
(なんであんな夢を見たんだろう。サンタなんて柄でもない・・・

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カエ男

16/12/19 コメント:8件 クナリ

 ある町内に、ある老人が住んでいた。
 彼は近くの川の護岸工事に反対していて、しかし強硬に反対活動をするでもないので、自治体からは少々煙たい変わりものに見られていた。
 昼間から時折、道路の側溝に手を突っ込み、泥水の中をさらうような動作をしてニヤニヤしているので、どこかおかしいのではないかと思われていた。
 しかしどういうわけか彼には友人が多く、老人はいつも楽しそうにしていた。<・・・

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クリスマス・ニャロル

16/12/17 コメント:6件 宮下 倖

 カイは助走をつけることなく軽やかにブロック塀に飛び乗った。背負いなれないリュックが不安定に揺れる。急に開けた視界に目を細め、しなやかに四肢を伸ばして夜空を仰ぐと、満天の星が瞬いていた。カイは鼻を動かし、キンと冷えた空気を吸い込んだ。

 知る人は稀だが、日本において聖夜にサンタクロースの手助けをしているのは野良猫たちである。その昔、初めてサンタが日本に来た際、あまりの忙しさに「猫の手・・・

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おとうとの彼女

16/12/16 コメント:3件 黒谷丹鵺

「ナマイキだ!」
 あたしは白い息を吐き散らしながら坂道をのぼっていた。
「今日は彼女とデートだから遅くなる? ふざけんな!」
 まだ柔らかい雪をドスドス踏みつけて進む。ショートブーツの上から雪が入って踝のあたりが濡れているけれど、そんなことはどうでもいい。冷たさも感じない。
「家族を大切にしろっての!」
 文句を言いながら勢いよく踏み出した足がツルンと滑り、あたしは・・・

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雪解けは灯滅と共に

16/12/11 コメント:5件 日向 葵

 十二月の冷たい雨が病室の窓を叩いていた。病院のベッドに横たわる父の姿は、暫く見ないうちに、しぼんで小さくなっていた。

「もう長くないから」

 久しぶりにかかってきた実家からの電話の主は母だった。何もクリスマスに呼び出さなくても良いではないか。相変わらずの空気を読まない態度に、私は憤りを通り越して呆れ果てた。手短に見舞って帰ろう。そう思い、最小限の荷物と金を持っ・・・

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5分間延長保険

16/12/10 コメント:6件 秋 ひのこ

『「5分間延長保険」のおかげで、主人ときちんとお別れすることができました』
『僕のお父さんは交通事故で死んでしまいました。でも「5分間延長保険」があったから、お父さんは戻ってきました』
『「5分間延長保険」で、妻が命がけで生んでくれた子供を最期に見せてやることができました……』
――5分間延長保険は、お亡くなりになった後、5分間だけどこにでも、どなたにでも会いに行ける保険です。と・・・

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キャベツの値段

16/12/05 コメント:1件 ケイジロウ

 二人のおばさんがイスに腰を掛け、美術館にそぐわない音量で、今年のキャベツの値段について議論していた。おせんべいとお茶が彼女ら間においてありそうだったが、それらはなかった。僕はそのイスをあきらめて他のイスを探し求めた。
 腕時計を見ると、入場してからまだ30分しかたっていなかったが、僕はすでに重い疲労を感じていた。壁に掛かっている絵をなるべく見ないようにして、先ほどのキャベツの話に意識を集中・・・

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小さな大望

16/12/05 コメント:0件 OSM

 初冬の午後、彼は最寄りのバス停から美術館行きのバスに乗り込んだ。無聊を慰めるのが目的だった。彼は美術品の鑑賞に興味がない。暇を潰す手段なら他にも山ほどあるにもかかわらず、何故美術館へ行くことにしたのか。それは彼自身にも分からなかった。
 バスには数名の乗客が乗っていた。彼らは皆、大望を胸に秘めているらしかった。
 senseを追いかけて何になるのだろう。彼は心中で苦々しく呟く。片端か・・・

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512の夜

16/12/03 コメント:5件 秋 ひのこ

 512は担当のN地区に到着すると、長年使いすっかり手に馴染んだ懐中時計をピタリと止めた。
 闇に舞う雪が、宙に浮いたまま堕ちることを止める。明かりが灯る街から音が、動きが、臭いまでもが消える。512と、彼をのせた橇(そり)をひくトナカイの息遣いだけが、白く漂っている。
「さ、行くか」
 512は最初の家へ手綱を切った。

 12月25日午前0時、識別コードのついたサ・・・

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わたしたちの秘密の約束

16/11/25 コメント:12件 糸白澪子

『怖い』というのが、ここ、美術館に来たアカリの抱く気持ちであった。

そもそも今朝起きたときからアカリは「今日はどこかいつもの日曜日とは違うな」と確信していた。まず、お母さんがそわそわしていた。妙にニヤニヤして、キレイな服を出し、アカリにもお気に入りのワンピースを着せてくれた。(このワンピースは、くるんと回るとスカートがふんわり広がり、『シンデレラ』のドレスとそっくりなのだ)さらに、お・・・

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捨て台詞を笑う者は捨て台詞に泣く、かもしれない

16/11/21 コメント:10件 光石七

 ある日の午後、丸跋交番に一人の青年が訪れた。
「落とし物を届けに来ました」
「どうぞ、こちらにお掛けください」
 新米警官の沢津はにこやかに椅子を勧めた。先輩の矢内は午前中の物損事故の書類を仕上げている。
「さっき、バイト帰りに拾ったんです」
 背中からリュックを下ろし、青年が話し出す。沢津は拾得物件預り書を用意し、机を挟んで青年と対座した。
「星印書店の脇の・・・

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ぼくらの捨てゼリフ

16/11/16 コメント:3件 ウサバオウカ

帰り道にセリフが捨てられていた。その日は雨が降っていて、ぼくは大学から帰る途中だった。

ぼくは実家、しかもマンション暮らしなので、セリフなんてとても飼えない。ぼくは気の毒に思いながらも、家路を急ぐことにした。

しかし、彼はぼくが通り過ぎたところで、微かに鳴き声をあげた。思わず振り返ると、セリフはただただ静かにぼくを見ていた。美しい目だった。

ぼくは舌打ちを・・・

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平和の小部屋

16/11/04 コメント:11件 待井小雨

 学校から家に帰るなり、酒で顔を赤くした父親にいつもの小部屋に放り込まれた。階段の上、小窓とテレビしかない部屋だ。無抵抗のまま縄で縛られ、足がつかないよう吊るされる。
 父は僕の顔近くで酒臭い息をいっぱいに吐きながら、ものすごい剣幕で怒鳴りたてた。
「ニュースを見てみろ!」
 父の太い指が指すテレビの中では、日常の一コマのように事故や事件のニュースが流れていた。
「これは何・・・

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寡婦とヒーロー

16/11/02 コメント:4件 秋 ひのこ

 また、地を揺るがす音と共に、食器棚が小刻みに揺れた。
 音はうんと遠い。多分、山のずっと向こうだろう。ネリ子はちらりと窓の外をみやり、再び手元の刺繍に戻る。
 1日中つけっ放しのテレビが、緊急速報のお知らせ音を発する。ニュースに切り替わらず字幕で済ませる程度なら、たいしたことはない。ネリ子は黄色い糸で細かく花を縫っていく。
<『怪獣』が東京湾沖100kmに出没。『ヒーロー』が応・・・

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悪の檻

16/11/01 コメント:2件 佐川恭一

《安全運転を心がけます》。そう書かれたプレートが暗い車内で白く光っている。ラジオのニュースが小さなボリュームで流れている。タクシードライバーの名はイシザキといった。目的地を告げた後、僕は気まずさとは遠く離れた沈黙の中で、窓から夜の街並みを心地良く眺めていたのだが、イシザキのかすれた声がそれを切り裂いた。
「お客さん、こんなに遅くまでお仕事ですか」
「ええ、まあ」
 おしゃべりなタ・・・

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主(あるじ)が呼ぶので

16/10/29 コメント:2件 秋 ひのこ

 時計の針が午前0時を指す頃、犬が帰ってきた。と、思ったら、夫だった。
 夫が犬の姿で帰ってきた。
 「どうしたの、その」と言いかけて、言葉に詰まる。うん? と疲れた顔で見上げてくる夫は、どこをどう見ても、犬だ。
 ごはん? お風呂? と聞くと、「風呂」と返ってきた。
 夫のことを考えながら、夕飯を温めなおす。だが、それも長くは続かない。アノ声が私を呼ぶ。私は電子レンジに煮・・・

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泣き笑いの窓際

16/10/24 コメント:2件 宮下 倖

 背中でガタガタと抗議するランドセルをものともせずに走って帰ってきたアツシは、家の玄関を開ける前に須藤さんの家を振り返った。
 あ、今日も笑ってる。
 須藤さんちのおじいちゃんは、たいてい道路に面した窓際に座って外を見ている。そしていつも笑っている。それはもうにこにこと楽しそうに。その笑顔を見ると、アツシも何だか嬉しい気もちになる。
 けれどアツシの母は言うのだ。須藤さんのおじい・・・

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あの夏の香り

16/10/21 コメント:2件 かめかめ

 長崎には坂が多い。
 僕が通った中学校も坂の上にあった。あの日も僕は夏休みだというのに、息をきらして坂を駆け上がっていた。
 八月九日。長崎市内すべての学校で原爆記念日の平和教育が行われる。戦争の惨禍や現代にまで残る傷跡を写真や文章で見ていくのだ。毎年のことなのに休みに慣れてしまった僕は、うっかり寝過ごして、汗みずくで走っていた。始業時刻もとっくに過ぎた無人の校門にようやくたどり着い・・・

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ドーナツを覗いたら何が見える

16/10/20 コメント:7件 奈尚

「なあツナ。ドーナツって穴を残したまま食えるかな」
「はあ? なんだよ、急に」
 ぽかんとする俺をよそに、ウドはまじめな顔でドーナツをほおばった。
「問答だよ。なぞなぞ。穴って事は、そこには何もないんだろう? ないものは食えるはずがない。なのにドーナツがなくなると、その穴までなくなっちまう。穴を残して、ドーナツだけ食う方法はあるだろうか」
「馬鹿か。そんな事できるわけねえだ・・・

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笑い金魚

16/10/10 コメント:2件 Fujiki

 夏の昼下がり、ガラスの水槽の中を金魚がふわふわと泳いでいる。南に面した窓から射しこむ光が水槽の中を明るく照らし、たえず口をカプカプと動かして笑い続ける金魚は揺らめくローソクの炎のように輝いて見える。開け放たれた窓から入ってくる心地良い風はかすかに潮の香りをはらんでいるものの、部屋から海は見えない。外に広がる景色は、住宅街に茫漠と連なるコンクリートの屋根と青空だけである。ひきこもり男はガラスを指先・・・

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【繰り返される時と彼の笑い】

16/09/25 コメント:0件 吉岡幸一

 この時間を繰り返すのは、もう何度目だろうか。
 午前八時、大学に行くためにアパートを出て、徒歩十分のJRの駅まで行って、電車に乗り込みドアが閉まった瞬間、彼はアパートの玄関ドアの前に立っていた。
 時計の針は午前八時を指したまま。電車に乗り込んだ瞬間、時間が巻き戻り彼はアパートにタイムスリップしていたのだ。
 アパートに入ろうにもドアは開かない。鍵は鍵穴にささらず、ドアは開くこ・・・

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雨の匂いは遥か彼方に

16/09/21 コメント:0件 かわ珠

 傘を回すと、私はタイムスリップすることができた。
 時計回りで未来へ、反時計回りで過去へと。
 だから、雨の日はいつも傘をクルクルと回して遊んでいた。
 原理は不明。理論も理屈も理由もわからないけれども、傘を閉じれば、いつでも元の時代に帰ってこられたし、困ったことは一度もない。
 世の中に不思議なことの一つや二つ、あったって別にいいじゃないか。むしろ、過去や未来のいろんな・・・

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願い

16/09/13 コメント:2件 W・アーム・スープレックス

俺たちは、森の奥にみつけた小屋をめざして、じりじりと包囲のわを縮めていった。
これまで嫌というほどゲリラたちと死闘を繰りひろげ、あちこちにしかけられた地雷の恐怖にみんなはほとんど極限状態に達していた。こんなときだ、人間の本性が露わになるのは。
Kなどは、欲情に目を爛々ともえあがらせ、どこかに村の女が隠れていはしないかと、戦いよりもむしろそちらのほうに神経を傾けているようだった。おまけに・・・

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Monologue for myself, including some omissions and some lies

16/09/12 コメント:11件 光石七

世の中に絶対なんてものは無い。
形あるものは姿を変えゆき、
人の心も移ろう。
常識は時代や場所によって非常識へと変わり、
強者と弱者、
栄える者と衰える者、
立場と状況はめまぐるしく入れ替わっていく。

絶対じゃないものを絶対であるかのように錯覚するから、
裏切られたと思うのだ。
落胆する者、
悲嘆する者、
憤る者、
反・・・

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柱妖ちゅうよう――黒い視線

16/09/03 コメント:7件 クナリ

 近年、日本国もようよう大戦の痛手から復興せんという世相である。
 一軒の古本屋が、私の住まいであった。二階建てで、一階を丸ごと店舗にしてある。
 その店の中央には、四角く野太い柱が突き立っている。実は中が空洞で、柱の一片にある扉(そうとは見えぬよう細工してある)を開けると、大人一人くらいは中に立っておれる空間がある。
 元は万引きを見張るために設けた――酔狂としか言えぬのだが―・・・

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深夜ラヂオ

16/08/24 コメント:7件 石蕗亮

 暑苦しくて夜中に目が覚めた。
完全に目が覚めてしまってどうしようかと思ったが、ここでスマホの明りなんぞ目にした日には翌朝眼性疲労で鈍痛が起きるのは確定なので枕元のラヂオを手探りで点けた。
「ハーイ、リスナーのみなさん。今晩もうらめしや〜。
今日も丑三つ放送を聴いてくれてありがと〜。」
静かながらもややジャブの効いた単語を繰り出す放送が流れ、現在は夜中の2〜3時だと推測した・・・

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深夜専門のタクシー

16/08/22 コメント:19件 泡沫恋歌

「びっくりしました! ヘッドライトに白い影が浮かび上がった時には、もう悲鳴をあげそうでした」
 一台のタクシーが思いがけない場所で客を拾った。 
「こんな時間に、あんな場所で……人が歩いてるなんて驚いた」
 真夜中のトンネルの中を人が歩いていたのだ。
「手を上げて、お客さんに呼び止められたけど……本当は乗車拒否しようかと思ったくらいですよ」
 タクシーが止まると、若い・・・

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スウィジ・ゴースト・トラップス

16/08/20 コメント:7件 クナリ

 随分前にリフォームしたらしいそのアパートに引っ越してきたのは、僕が大学四年の時だった。住んだ人間が何人か蒸発している事故物件で、オンボロながら格安である。
 大学院へ進むことが既に決まっており、周りに比べれば少し弛緩した日々を送る中で、その事件は起きた。
 アパートの風呂場はユニットバスになっていたのだが、あちこち傷みがあり、洗濯物を干すための心張り棒を左右の壁にかますと、わずかに壁・・・

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パペル

16/08/15 コメント:2件 高橋螢参郎

「……であるからして、エントロピー増大則に基づきパピプペポが証明されるのであります」
 T教授のいつもと一切変わらない語調の狭間に、その単語は危うく埋もれてしまうところだった。もちろん講義室の学生よりも先に、発話者であるT教授が内心首を傾げていた。
 確かに自分は今、宇宙の熱的死と言ったはずなのだ。一般教養レベルの講義はこれまで何百コマもこなしてきた。今更間違えようもない。ホワイトボー・・・

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海の青さとパピプぺポ

16/08/12 コメント:6件 そらの珊瑚

 僕らの高校は小高い山の上にある。学校へ続く坂道を下りて約十分ほどで、海へ出る。僕が所属する演劇部は、土日の部活で、海までランニングをするのを日課としていた。

 足の遅い僕は、たいていビリでゴールする。入部する前に、演劇部が表向きは文化部だが、中身はほぼ運動部だと知っていれば入らなかっただろう。いや、知ったあとも、何度退部したいと思ったかしれない。
 入部したての時は、腹筋十回・・・

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殺された記憶

16/08/10 コメント:4件 ひーろ

 僕は幽霊。誰かに殺された。
 実は、殺された時のショックで、ほとんどの記憶をなくしてしまった。僕を殺したのは誰なのか、何も覚えていない。殺される間際の恐怖の感覚だけは、いまだに鮮明に残っていて、僕を嫌な気分にさせる。
 僕を殺した憎き殺人鬼を見つけ出し、何とかしてやらないと気が済まない。呑気に成仏なんてできやしないというのに、それが誰なのか、さっぱり見当もつかないではないか。
・・・

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アイナ〜北国のハワイから〜

16/08/01 コメント:13件 冬垣ひなた

『空』にかかる『虹』を見上げ
『夢』のように
『私』は、『あなた』を『愛しています』

 ハワイはその昔、文字の文化を持たず、その豊かな自然に宿る神話と歴史は、書物ではなく、フラ(踊り)やメレ(歌)によって、人々に受け継がれてきた。
 フラは語る。
 手話のように優雅なハンドモーション。
 波のリズムで揺れるステップ。
 踊る動作の一つ一つには意味が・・・

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女子力のない私と口数の多い幽霊

16/08/01 コメント:10件 クナリ

 高校二年生にして、私は霊にとり憑かれてしまった。
 私の斜め上辺りに浮いたり消えたりする霊の名前は、ユウヤといった。先月死んだばかりで享年は十四歳だと言う。
「ヨーコさんの部屋、物少ないね」
 うるさい。
「俺の姉ちゃんのが百倍女子力あるな」
 黙れ。
 私が男子バスケ部のマネージャにいそしんでいる間は、構ってもらえないせいでユウヤは姿を消したりする。
・・・

6

次に踊るは、おじいちゃんの僕

16/07/15 コメント:4件 にぽっくめいきんぐ

「週末は?」
「嫁や息子と。昔は歌舞伎町でオールばかりしてたけど」
 そう返すと、意外そうな顔をされる。僕は真面目に見えるらしい。

 でも、イメージが間違ってます。遊びの「内容」についてのイメージが。

 ◆

 僕には師匠がいる。

 師匠ほど、才能があって、話も合う人はいない。「この人には絶対にかなわない」と思っている。

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好奇心と最後のダンス

16/07/09 コメント:16件 デヴォン黒桃

 僕は親友と、田舎の爺さんのとこに泊まりに来ている。
 と言っても、ほとんど会った事も無かった。

 来年就職するから、今のうちに旅行にでも行きたい、ナンテ母に言ったら、
「アンタ、小さい頃に行ったお爺ちゃんの事、覚えてる? アソコの海は綺麗だから、行くと良いよ。お爺ちゃんのトコに泊まれば安く上がるわよ」

 ダカラ、会った事すらアマリ覚えてない爺さんの田舎に来・・・

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そして空気を震わせることのない絶叫

16/07/09 コメント:7件 クナリ

 幼い頃から、世の中には聞きたくないことの方が多かった。
 小学生の時には、クラスの男子が私の外見上の劣等性を揶揄する声が、当たり前に教室に響いた。
 中学に上がると、私を社会的弱者として擁護する気遣いや、降って湧いたような同情を押しつける言葉が私の耳に流れ込んできた。
 そのため、私は中二の夏頃に、ある特技を身につけた。こめかみを指で三回叩くと、周囲からの音をシャットアウトして・・・

6

引越ソバ(砂漠版)

16/07/01 コメント:6件 にぽっくめいきんぐ

「引越ソバ届けて。4人前」
 そんな手紙がやってきた。期日は1週間後。

「あいよーっ!」
 客に届くはずのない声を、お腹から絞り出す。威勢の良さが売りさね! 
 
 そして寝る。
 今から作ってもソバがのびるだけだ。

 ◆

 1週間後。
 ソバ屋の真っ白い服を着て、木の色をした特製おかもちを2つ持って、出かける。
・・・

4

おべんとう切符

16/06/26 コメント:6件 待井小雨

 一日に数本しかバスの来ない停留所で、お弁当を食べながらバスを待つのが私の日課だ。日差しを遮る屋根の下、私の他にバスを待つ人間はいつもいない。
 ベンチに座り、母に持たされたお弁当の包みを取り出す。
「やっぱり、大きいなぁ」
 いつもは普通の弁当箱に詰めてくれるのに「今日は作り過ぎちゃって」と重箱を持たされた。とても食べきれる量ではない。
 いざ食べようかと箸を構えた時、バ・・・

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塩味のフライドポテト

16/06/25 コメント:8件 Fujiki

 月二回のお弁当持参の日、由香の弁当箱にはまたしてもフライドポテトがぎっちり詰まっていた。蓋を開けば黄土色の一色で、他にはごはんもおかずも入っていない。
「お、ポテトうまそー!」隣の席のワタルが目ざとく覗き込む。
「由香、少し食べさせて。私のラフテーと交換しよう」と、向かいに机をつけて座っている美帆が言った。
「大丈夫、ポテト好きだから」
 由香は両肘をつき、弁当箱を腕の中・・・

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夜啼蕎麦のブルース

16/06/20 コメント:5件 泉 鳴巳

 これは私がまだ新入社員だった頃の話だ。

 その夜、大衆居酒屋を梯子した挙句、何軒目かの店を出た私と直属の先輩は、街灯の下をふらふらと彷徨っていた。
 もはやどこへ向かっているのかさえ分かっていない。私は、呂律は回らず足許も覚束ない先輩に肩を貸し、自身もふらつきながら身体を引き摺るように歩いていた。そんな折、どこからか物悲しい音色が私の耳に飛び込んできた。
 音の正体が気・・・

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雨樋エイトビート

16/06/09 コメント:4件 まきのでら

雨が降ると心が踊った。

それは物心ついた時には既にあった感情だった。
僕の部屋のある二階の窓辺には、ベランダとまでは言わないが、ちょっとした出っ張りがあり、壊れた雨樋からはその日の雨量によっては結構な量の雨水がこぼれ落ちていた。
ある日、些細な理由から両親に叱られた僕は自室にこもって隅っこのほうで泣いていた。
その日も雨がジャアジャア降っていた。
不意に、雨樋・・・

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私の父とそばアーマー

16/06/06 コメント:12件 クナリ

 高校二年のある春の日。
「そばアーマーでは、悪漢どもの攻撃を防げんな。だって柔らかいからな」
 父にそう言われて、ああこの人はおかしくなってしまったんだな、と私は静かに覚悟した。
 日曜日の昼下がりの居間。いつも通り銀縁メガネに七三分けの父は、茹で上がったそばを全身にくまなく巻きつけ、仁王立ちしてあさっての方向を睨んでいる。
 そばから湯気が立っているのが、無性に腹立たし・・・

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天空の駅、ひとり

16/05/30 コメント:11件 冬垣ひなた

 1人分の朝食、1人分のリュック、1人分の切符――。
 平ヶ谷 有希様(ヒラガヤ ユウキ サマ)。
 プリンターで印刷した宿泊情報に書かれた、元の姓には簡単に馴染めなくて、私はすぐさま防寒着のポケットに突っ込んだ。
 2人が3人にならず、1人になった時思った。
 心の財産は等しく割り切れることはない。離婚して軽くなったのは、心から見えない血が流れすぎたからなのだ。
<・・・

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友達に会える日

16/05/29 コメント:6件 つつい つつ

 把空薔薇(バーバラ)ちゃんはいつものようにお気に入りの絵本を寝そべりながら読んでいます。そこには、クジラ、サメ、イルカ、ジュゴン、アザラシ、セイウチ、トドなどの海の生きもの達の写真や可愛いイラストがたくさんのっています。その中でもバーバラちゃんは特にイルカさんが好きです。いつかイルカさんと仲良くなって、いっぱいいっぱい遊びたいなって思っています。
 バーバラちゃんは、すくっと立ち上がるとリ・・・

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斎藤にまつわる、いくつかの存在証明

16/05/27 コメント:2件 秋吉キユ

「雨水って汚いんだぜ?」と、斎藤に言った。
 
俺の差すビニール傘が届く範囲では、とても斎藤を雨から守り抜くなんてできなかった。

びしょ濡れになった色素の薄い髪と肌を気にも留めず、斎藤は大きく手を広げて、唇を開いて。舌の上で跳ねる雨の粒を、慈しむように舐めた。
 
「それって美味いの?」
 
質問を重ねると、ようやく斎・・・

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のさりの甘夏

16/05/23 コメント:14件 冬垣ひなた

 忘れ難い、5月が巡り来る。
 熊本県・不知火海(しらぬいかい)に面した山の斜面は、濃い緑に包まれていた。
 果樹園に注ぐ太陽の光は、日に日に増し、木々は新しい大地の果実を育むために花咲かす。小さく可憐な白い花が、艶のある葉の間から顔を覗かせ、柑橘類の花の芳香が農家の人々の鼻孔をくすぐった。
 健やかな甘夏の無事を祈りながら、今年もまた一年が始まった。
 ここからは住み慣れ・・・

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給水塔の丘

16/05/23 コメント:4件 雨宮可縫花

 中学一年の夏休み、総太はひとりで旅に出た。
 といっても自転車で日帰りできる距離だから、そう遠くへ行くことはできない。目的地は決めずに家を出た。特に行きたい場所はなかった。ただ、思うままに走ってみたかったのだ。
 中学生活に馴染めないうちに一学期が終わってしまった。小学生の頃にはなかった科目、学校生活を送る上で必要なルール。皆はもうすっかり慣れているように見える。自分だけが馴染めてい・・・

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独り狂いとハッカ飴

16/05/14 コメント:6件 クナリ

 勢いまかせで家出した中学生の所持金などたかが知れていて、一ヶ月もしないうちに底をついてしまった。
 家を出る時に一緒だったアカネはもういない。
 アカネは置き手紙代わりに、僕の好物のハッカ飴を残して去り、二人での逃避行は終わった。幼馴染とはいえ、彼女の家は稀有な資産家だ。温室のバラには、屋根の下の方がよく似合う。あの時は裏切られたと思った僕も、今はそれで正しかったと思っている。

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秘しても色あふるる世界

16/05/09 コメント:6件 宮下 倖

 
 「お似合いですよ」と絶妙な曲線で口角を上げた店員に僕は苦笑した。袖を通したジャケットの襟元を直しながら妻を振り返る。目線だけで「どうだ?」と問うと、彼女は小首をかしげた。

「うーん、いいんじゃないかな」

 艶やかに彩られた妻の唇をちらりと見やり、僕はまた苦笑した。あまり有用な意見はもらえないようだ。生地もそこそこ、値段もそこそこ、ベーシックなデザインで色はグ・・・

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トワイライト甘夏ストローラ

16/04/30 コメント:9件 クナリ

 甘夏を皮ごと食べきると変身ができることは、あまり知られていない。
 何に変身できるかというと、甘夏である。
 そういうわけで、うっかり丸ごと食べてしまった私は、高一にして、甘夏となって自宅の台所のテーブルに鎮座している。
 母親が出て行ってから五年近く経つ台所を、甘夏になった状態で見回す。どこも汚い。床はべとついているし、戸棚は割れている。全体的に薄暗く、生臭い匂いが染みついて・・・

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識者≒愚者≒敗者の連立思考

16/04/17 コメント:9件 クナリ

 目が覚めると、俺はコンクリート製の立方体の部屋の中にいた。
 五メートル四方程度の部屋の中には家具はなく、鉄製のドアが一つある。
 ドアの脇には、十個ほどのボタンが横一列に並んでいた。全て異なった色で塗られている。ドアを開けるボタンだろうか。
 俺は、床を見て悲鳴を上げた。そこには、うつ伏せの人間がいたのだ。成人男性らしいが、無地のTシャツと短パンという格好で何者なのか分からな・・・

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太陽の色は? 海の色は?

16/04/15 コメント:10件 犬飼根古太

 太陽は赤。
 海は青。
 浜は黄。
 ――幼稚園児の息子が「おっきな花丸をもらった!」と喜びながら見せてくれた画用紙に描かれていたのはそんな絵だった。
 十二色のクレヨンで幼稚園児の息子が、写実的な絵が描けるなどとは思っていない。
 妻からはよく親馬鹿だのとからかわれるが、その程度の常識は弁えている。
 それでも――
(仮にも、画家の息子としてこの色彩感・・・

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僕らの水族館の壁が流された日のこと

16/04/11 コメント:7件 犬飼根古太

「俺らで秘密基地、作らへん?」
「秘密基地? でも二人しかいないよ?」
「いいやん。別に。……俺らを除け者にした奴らが羨ましがるぐらいごっつい秘密基地作ったろうぜ」
 父の転勤の都合で、愛知県名古屋市のベッドタウンに当たる海辺の片田舎に引っ越してきた小学五年生の僕は、同級生のタッちゃんと遊びの相談をする。
 タッちゃんは、いつもホッペを赤くして青洟を垂らし、靴底に泥をべった・・・

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猫の姓名判断に関するささやかな伝説

16/04/09 コメント:2件 末永 DADA

遠い昔、砂漠に真ん中にあったとある王国での話。
ある日、女王が宮殿に迷いこんだ猫を見つけた。水晶のような青い目と黒曜石のようにきらきらと黒光りする毛並をもった、世界に並ぶものがないほど美しい猫だった。
女王は猫の両脇をかかえて顔の前まで抱き上げた。猫はミャーオと言って女王の鼻の頭をなめた。女王は猫に頬ずりした。
女王は猫を大変気に入り、宮殿で飼うことにした。女王と猫はいつも一緒に・・・

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寸劇:スカートの中の猫

16/04/02 コメント:9件 クナリ

・登場人物:先輩(男)、後輩A(女)、後輩B(女)

開幕

(放課後の文芸部室、先輩が一人で本を読んでいる)
(足音のSE、引き戸を開くSE)
(後輩A登場)
 先輩、お疲れ様です。
「おう」
 先輩、私、そこで猫を拾いまして。迷い猫みたいなんですが。
「へえ。どこにいるんだ?」
 ここです。
「いねえじゃん」
 スカ・・・

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野良猫のルドルフ

16/03/29 コメント:11件 泉 鳴巳

 おれは猫だ。名前もちゃんとある。

 名はルドルフ。濡れたような艶のある毛並みが自慢の黒猫だ。
 この名前はハヅキさんという人間が付けたんだ。なんでも人間の読み物からとったそうだ。おれは名前なんて何でも良いのだけれど、しかしルドルフという響きはなんだか気に入ってもいた。

 おれは野良猫として生まれ、自分の力だけで生きてきた。野良として中堅の域に達していたおれだが、・・・

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©「アイソカイム」製作委員会

16/03/28 コメント:9件 滝沢朱音

 とっておきの呪文は「アイソカイム」。最悪な夜にしか使わない魔法。だって、効力が薄れてしまうといけないから。

「映画?」
 素っ頓狂な声を発した僕の唇を、玲奈は指一本で制した。
「大声出さないで。私がバラしたって知られたらたいへん!」
 話があると呼び出された玲奈の部屋には、相変わらず本ばかりが並んでいる。とびきり頭が良くて気も強い彼女は、中二のくせに生徒会長になっ・・・

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エンドロールでもう一度

16/03/28 コメント:8件 石蕗亮

 シートに深く腰掛けてスクリーンに向かう。
「それでは上映致します。人生映画をお楽しみください。」
アナウンスが流れ照明が消える。
最初に生まれたばかりの赤ん坊が映し出された。
両親の愛を受けて可愛がられていた。
歩き始めた頃に転んで顔に大きな傷を負った。
蟲を捕まえるのが好きだった。
小学校に上がった。
悪戯をして怒られたり、嘘をついて後のいつかば・・・

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猫の就活

16/03/28 コメント:6件 夏川

 街にはスーツを着た若者が手帳片手に忙しなく歩き回っている。就活だ。
 しかし就活に勤しんでいるのはなにも人間だけではない。
 俺はスッと立ち上がり、ニャーと一声鳴いて気合を入れる。目指すは大豪邸で三食昼寝付き! 輝かしい未来に向けて足を一歩踏み出した。


 向かったのは高級住宅街。俺はあるお屋敷から出てきたマダムに目を付けた。

『お忙しいとこ失礼いた・・・

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便所飯アクアミュージアム

16/03/18 コメント:4件 クナリ

 便所飯、という言葉を初めて聞いた時は、衝撃的だった。
 言葉の響きや意味ではない。僕が小学生の時の塾の夏期講習で編み出し、高校一年生になった今でも実施している行為に、既に社会的に名前が付けられているということがショックだったのだ。
 てっきり、この行為は僕だけのオリジナルだと思っていた。誰も真似などできるはずがないと確信していた。それが、実は意外とありふれた行為だったなんて。
・・・

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江戸外れの怪談 「畳の眼」

16/03/06 コメント:11件 クナリ

 江戸の外れに、木賃宿を改装した一軒の家があった。
 家の主は名前を乙次郎といい、四十路に近く、身寄りはない。
 乙次郎は商才の多少ある商人だったが、その顔はあばたづらでいかにも醜く、ついぞ女に好かれたことがなかった。
「俺なんぞに惚れる女はおらん、一生独り者よ。寂しくなんぞないし、一人で生きる覚悟も出来ている」
と自らうそぶいて笑っていた。
 乙次郎は、近くの集落の・・・

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その灰が轍(わだち)に降り積もるまで

16/02/29 コメント:8件 滝沢朱音

 幽霊が去ったあとには、塩をうんと濃く溶かした水を作ることにした。それを鉄階段の錆びた部分にかける。お清めにもなるし、塩分は錆を進行させるらしいから一石二鳥。ロシアン・ルーレットだ。

「鉄は、錆びたほうがむしろ安定する。そのままだと極めて不安定な物質なんだ」
 黒沢はそう言いながら、黒板に『酸化鉄』と書く。あたしは最前列の席に座りながらノートも取らず上の空で、右手は頬杖をつき、・・・

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私はあの日のお茶を生涯忘れないだろう

16/02/15 コメント:9件 草愛やし美

アパートのノブを見た瞬間おかしいと感じた、隙間がある、出る前にちゃんと鍵をかけたはず……だのに開いている、慌ててドアを開けた。いない、太一がいない。

「雨降ってるしパンツはいてへん子は連れていかれへん、お留守番しときなさい。お母さんはそこの若竹市場まで行ってすぐ帰って来るから」
 そう言い聞かせて外へ出たのは三十分ほど前だった。あひるのおまるに腰かけさせた子は相変わらずぐず・・・

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猫が回る

16/02/15 コメント:1件 前田沙耶子

電灯の紐の先に小さな猫のぬいぐるみがくくり付けられていた。恋人が友達から貰ったものを持て余してそこに吊ったらしい。ダヤンにタキシードを着せてシルクハットを被せたような、すました猫である。何かの拍子、たとえばエアコンを付けたときや窓を開けたとき、くるくると回るのが面白い。俺はすぐにそいつを気に入った。

「缶詰の蜜柑が食べたいなぁ」
恋人が布団に入る前にしみじみと言った。
「・・・

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その花を君は見たか

16/02/14 コメント:2件 高橋螢参郎

 全自動茶摘機の独立ユニット、個体識別コードMX-P04Aは光学センサーで茶畑に白い着蕾が見られたのを認識すると、すぐに生育状況レポートを作成し本部へとネットワークを介して送信した。整然と並んだ茶畑の畝の間に敷かれたレール上を一日に何往復も行き来し、茶の栽培、収穫にあたるのが彼ら独立ユニットに求められた職能だった。
 本部、とは言ったものの、そこにも誰一人として人間はいなかった。かつては茶摘・・・

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賭博仙人と才三の話

16/02/12 コメント:1件 橘 聰

 賭博を極めて仙人になった男がいるという。人は彼を賭博仙人と呼ぶ。胡散臭い話ではあるが、そんな話を信じ、数年に及ぶ調査と探索の末、仙人の庵にたどり着き、弟子入りをした男がいた。彼の名は高倉才三。己の才覚の無さ、何より優柔不断な精神を何とかしたいと思い、賭博仙人に弟子入りしたのだ。伝説の存在であった仙人を見つけるという“賭け”に勝ったことは、才三にとっては密かに誇らしいことであった。

・・・

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どこでお茶を沸かす?

16/02/09 コメント:6件 橘 聰

 「僕はへそでお茶を沸かしてみたいです。」
 幼稚園のお誕生会での「大きくなったらやってみたいことは?」という問いに対して、僕はそう答えた。園に置いてあった『かんようく・ことわざ絵本』に載っていたその慣用句が妙にデタラメで面白かったのだ。そして折よく「やってみたいこと」を聞かれたので、自分としてはまったく当然の流れとしてその一文を言ったわけだ。ちなみに、一緒に絵本を読んだテツ君は「顔から火を・・・

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カルバドス

16/02/09 コメント:2件 W・アーム・スープレックス

見境なしにはいりこんだバーは、ちょっとばかし高級そうな店だった。
入り口のところで、「コートをお預かりします」と店の者からいわれてアキラは、照れくさそうに安物のコートを脱いだ。
テーブルに着いたアキラは、ため息とともに椅子に座りこんだ。会社で経理を担当する彼が、横領した金のすべてを競馬につぎこんだあげくすってんてんになって、残された道は死ぬしかないところまで追い込まれ、末期の酒をととび・・・

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純文学と名付けた人をきっとこの先も知らずに生きていく

16/02/01 コメント:13件 そらの珊瑚

 私が書店員になった理由のひとつが、あの日々につながっている。

 新刊が店に届く。バックヤードで、その荷をほどく時、その本の著書のひとりが、もしかしたら君の名前ではないかと、目で探してしまう。大学を卒業したあと、本屋に就職して十年。それはもうくせのように身にしみついてしまったようだ。作家になりたいと君は言っていた。夢が叶われたとしても、本名で本を出すかどうかもわからないのに。
・・・

2

誰かが淹れてくれたお茶

16/01/31 コメント:6件 アシタバ

 男は首をかしげた。
 寝室から起きてくるとダイニングキッチンのテーブルにお茶が用意されていたからだ。一人で住むには広すぎるこの家に住人は彼だけなのに一体誰がこれを用意したというのだろうか? 人が忍び込んだ形跡もない。湯呑の緑茶からは湯気がたっており、どうやら淹れたてらしい。普通に考えればこのお茶は不気味に思える。
 しかし、この男は何を思ったのか椅子に座りゆっくりと時間をかけて飲みだ・・・

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情報表示法の制定過程と純文学の危機

16/01/26 コメント:5件 橘 聰

 体に入る食べ物に何が入っているのか、安全かどうか、安全と言いきれないならどこまでが許容範囲なのか……。消費者意識の高まりとともに、そういった情報を得て可能な限り自身の手でリスク管理したいという要求が出てくるのは至極当然の流れであり、「食品表示法」という法律がかつて制定された。
 そして消費者意識は次の段階に入る。体が摂取するものの成分を知った後は心が摂取する様々な情報の成分を知りたくなった・・・

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僕の胸に開いた穴

16/01/15 コメント:3件 高橋螢参郎

「え、ちょっ、うそ……」
「どうしました?」
「手、抜けないんだけど」
 松岡先輩の右手首から先は、僕の胸に開いた穴へすっぽりと吸い込まれたまま一向に出てこなかった。
 胸にぽっかりと穴が開いた、なんて随分詩的な表現だと思われるだろうけど、僕の場合は違った。辛いことや哀しいことがあった時に比喩でも何でもなく、胸に穴が開いてしまうのだ。今もみぞおちの辺りがひゅっと引っ込んで、・・・

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スーラ・スールの咲かないザクロ

16/01/09 コメント:16件 クナリ

 スーラ・スールという名前は、十五歳の冬に私が自分で付けた。
 綴りが簡単で、女らしいが男かもしれない名前。

 昨日自転車を置き忘れた通りに行くと、既になくなっていた。
 辺りを見回していたら、冬枯れの木が並ぶ路地に痩せた家が建っており、そのドアの脇に私の自転車が立てかけてあった。
 家は、随分うらぶれている。空き家かもしれない。
 私は鍵のかかっていないドア・・・

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恋という妖

16/01/06 コメント:11件 石蕗亮

「こんな寒い夕暮れ時はストーブを背負って怪談をするに限る。
 寒さが孤独感を後押しして寂しさを増すから、話すなら悲恋ものが良い。」

雪で止まった電車を待つために駅の待合室には数人が集っていた。
田舎のため、駅員も居なければ復旧を告げるアナウンスも流れない、昭和の匂いが残る古い駅舎であった。
今時珍しく携帯の電波も届かないほどの田舎である。
下手に携帯を視ても情・・・

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全部ぶち壊せ!

16/01/04 コメント:9件 霜月秋旻

 消費している。僕はただ、毎日を消費して生きている。特別欲しいものは何も無い。知りたいこともない。そんなもの、あってもネットで検索すればすぐわかる。
 ぬるま湯に延々とつかっているような毎日だった。体温が、お湯の温度と共に熱を加えられることも無く段々と下がってゆく。そんな日々を、これから何十日も何十年も過ごしていかねばならない。そう思って窓の外の景色を覗いていると、突然、その男は現れた。

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純文学の書き方

16/01/04 コメント:2件 みや

まず風景や行動の描写を出来るだけ長くしてみて下さい。そうですね、鳥居を抜ける恋人達のこの写真を見てただ単に「二人は鳥居を抜けた…」ではなく、「二人は熱い想いをそれぞれの胸に秘めて真っ赤な朱色の鳥居を加速する鼓動の早さと同じ速度で通り抜けた…」と表現してみては如何でしょうか?そうする事により恋人達の感情が温度となって読み手に伝わりますし、芸術的要素も加味されるのではないでしょうか?芸術的要素は純文学・・・

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四人

16/01/04 コメント:4件 四島トイ

 平沢みずほからのガラガラに干乾びた声の電話だった。
 この世の果てから着信したような不吉さが滲み、思わず受話器を遠ざける。そのあまりの鮮明さに携帯電話の高性能さが恨めしかった。
 ひとみちゃあん、と泣き腫らした声がする。
「……どうしたの。同棲中の彼にでも夜逃げされた?」
「なんでわかるのお……」
「うんうん。大変だった。平沢は悪くないから。ウチに来な。話はそれから・・・

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顔で笑って心で泣ければ苦労はないから泣かせてよ

15/12/27 コメント:7件 クナリ

 たったったっ
 ガラガラ
 ばたん

 あれ、部長いたんですか。ちっ。
「ちって。お前こそ、花の女子高生が終業式の放課後に、文芸部の部室なんて来るんじゃねえよ」
 普段幽霊部員なものですから、人のいない時くらいは顔を出そうかと。
「いや普段来いそれは」
 いやー、冬休みですねえ。イベント色々ですよ。
「まあなー。俺は受験勉強づけだけど」

4

さよなら親指

15/12/23 コメント:4件 午前4時のスープ

 親指ばかり見ている。
 だって、こういう時、どこ見てたらいいのか……いい場所あったら教えてください。
 彼の目? いやでしょ。
 別れ話をしているんですよ。わたしたち。
 彼の目からは、付き合い始めた頃、わたしだけを見つめていたきらきら星は消えてるし。さっき、ちらっと上目遣いで見てみたら、まるで死んだ魚のような目をしてたし。

 彼の口? 冗談でしょ。
・・・

2

文字の雨が降る

15/12/19 コメント:4件 alone

空を覆う厚い黒雲。薄暗さのなか、銃声が響き、銃火が瞬く。
跳弾が火花を散らし、刹那の光景を照らし出す。
地表を覆う、無数の文字(アルファベット)。
それが、言葉革命によって迎えた、人類の新たな日常だった。

荒廃した都市、コンクリート製のビルに陣取り、ガラスのない窓から、俺たちは銃を構えていた。
風が凪ぎ、雲が黒さを増す。そろそろ頃合いだ。
コツン――と何・・・

6

小夜の石絵

15/12/14 コメント:8件 たま

あなたは小夜の石絵を知っています。
昼も夜もわたしたちが見上げる空に、小夜の石絵を見ることができるからです。

随分遠い昔のこと、小夜は海辺のちいさな町に生まれました。
幼いころお父さんと海に行って魚釣りをしました。小夜は浜辺の小石をたくさん拾って帰ります。小夜は石に絵を描くのです。
大好きな子猫の絵をクレヨンで描くと、石は(ねう、ねう。)と鳴いて小夜に甘えます。

1

「レッドマン」

15/12/12 コメント:2件 こうちゃん

 「赤い服を着たおかしな男に話しかけられ
ても、決して返事をしてはいけません」

 僕が小学生の時に、全身を赤い服で身を包
んだ男が出没するという噂が、口裂け女に続
く都市伝説として、僕らの学校の子供達の間
に広まった。実際に話しかけられた同級生も
存在し、 PTAでは危険人物とみなしてマーク
していたが、警察の事情聴取などから、なぜ
か問題・・・

3

兵士と吟遊詩人

15/12/13 コメント:3件 守谷一郎

女王の前で跪き、ガタガタと震える一匹の兵士の姿がある。
女王に問い詰められた彼はようやく重い口を開き、贖罪の弁をトウトウと述べ始めた。
「――自由に生きるその姿に憧れてしまったのです」

夏のある日のことでした。いつもの仕事場にいたとき、頭上から楽しげな音楽が聞こえるのに気がつきました。見上げると、何やら私どもとは勝手が違う者の姿があります。
その者は山のように大きな・・・

9

家庭内離婚

15/11/30 コメント:16件 泡沫恋歌

 妻の小夜子と家庭内離婚をして、かれこれ十年は経つだろうか。
 今年で銀婚式の夫婦だが、子どもたちが成長するにしたがって会話もなくなり、寝室も別になった。最近では食事も別々、夕食だけは妻が作ってテーブルの上に置いてあるので、仕事から帰ってからチンして温め独りで食べている。
 必要な連絡事項はメモしてテーブルに置くか、妻の携帯にメールで送信する。よほど事がない限り会話はしない。お互いに飽・・・

5

影絵屋《キリエ》

15/11/30 コメント:7件 笛地静恵

 影絵はそりかえり、あたくしの鋏から逃げようとしました。
 影絵屋《キリエ》。
 そこでは、亡くなったひとのたましいを、うすいうすい黒い影絵に切り抜いてもらえるそうです。ただ名前と、髪や爪という、生前に体の一部だったものを持っていけばよいと、そう教わりました。どこで、だったでしょうか。夢の中の細い路地かもしれません。
 記憶をたよりに小さな駅でお猿の電車をおりました。たそがれが空・・・

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奇人の娘

15/11/26 コメント:8件 6丁目の女

 私の父は奇人でした。父と暮らしたのは私が10歳の時から高校を卒業するまでのことで、それまでは父方の祖父母によって育てられたのでした。初めて父に対面した時のことはよく憶えています。血の繋がりとはいったい何であるのかと、子供心に衝撃を受けました。私がこの世に生を受けたのは、父が49歳の時です。ようやく娘を引き取る算段が整ったことと、高齢の祖父母が田舎へ帰りたいという理由から、10歳になった私は東京の・・・

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彼女の、いつもの朝

15/11/24 コメント:4件 ツチフル

 目を覚ますのは、いつも目覚まし時計が鳴り出す十分前。
 もう少し、あと五分とすがる自分を説得しながらのろのろと這い出して、愛しいベッドと決別する。
 眠い目をこすりつつカーテンを開き、朝の光を取り入れて大きく伸び。深呼吸。
 次にクローゼットをあけて、その日の気分にあったコーディネート。今日は白の上下にミントグリーンのカーディガン。
 着替えを済ませたら洗面所へ行って顔を・・・

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子供ヒモホスト猫サボテン、汚いポテトチップス

15/11/16 コメント:8件 クナリ

 大学生の頃、高田馬場界隈で、同性相手専門のデートクラブでアルバイトをしていたことがある。
 僕が在籍していたクラブでは、ボディタッチは少々、キスやそれ以上はなし(少なくとも建前上は)。
 無店舗型なのでただ適当にそこら辺を客と一緒に歩いて、時々食事して、せいぜい二三時間でバイバイという、「ソレ何が楽しいの?」と聞かれればこっちが客に聞きたいわと言いたくなるような仕事だった。
 ・・・

2

不信者

15/11/11 コメント:4件 ヤマザキ

 僕はとにかく自分に自信が持てなかった。
 常に疑念がまとわりつき、何をするにも不安が拭い去れない。
 それを取り除く方法はたった一つだけ。
 周囲の人間に合わせて行動することだ。
 多数派に埋もれることで僕は普通の人間に擬態する。
 そう、普通。
 誰もが普通にできる普通が一体何なのか、僕にはまるで理解ができない。
 一様に同じ服を着て、一つの方向へ吸い・・・

2

聖なる泉

15/11/07 コメント:2件 W・アーム・スープレックス

砂漠は、今日も砂漠だった。
当たり前といえば当たり前だが、実際毎日砂漠ばかりみていると、そんな金太郎あめ的心境におちいるのも無理はなかった。
俺の雇い主のクーカも、最初は砂漠の中に眠る秘宝を求めにいくぞとえらい意気込みようだったが、出発してからすでに一週間がたとうとしているいまは、いささか砂アレルギーに罹っているんじゃないだろうか。
その財宝というのがいったいなんぼのものなのか、・・・

3

タイムカプセルに埋めたもの

15/11/04 コメント:2件 FRIDAY

「タイムカプセル?」
 頓狂な声を上げた拓真に、俺は軽く頷いた。
「小学校を卒業する時だよ。あの頃つるんでた五人で埋めた。覚えてないか?」
 問うと、拓真はビールのジョッキを傾けつつ記憶を探っているようだ。
「埋めた気もする…はっきり覚えてないけど。でもそれが?」
「確か、十年後に掘り出そうって話だった。でも俺らももう二十七だ。十年どころか十五年経ってる。…思い出した・・・

2

その箱に熱い思いを

15/11/02 コメント:1件 ナポレオン

「お前の評判は常々聞いておる。私からは何も言うまい、あとは任せたぞ」
そう言って男は、迷宮の子細な地図を私に手渡した。銀の調度品で飾られた部屋は薄暗く、その男の身から溢れる冷気は空気さえ凍てつかせていた。私は仰々しく男に頭を下げ、震える足で部屋を出た。入り組んだ迷宮は壁や天井に至るまで銀の彫刻で飾られており、その全てがあらゆる生命を拒んでいるかのように冷たく輝いている。
ここは世界の果・・・

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もう、ただ一人

15/11/02 コメント:4件 久我 伊庭間

 私には特別なチカラがある。時間を巻き戻すことができるのだ。例えばコップに肘をぶつけて落として割ってしまった時、肘をぶつける前に戻してコップを片付けておく。カップ焼きそばの麺を流し台にこぼす前に戻すこともできれば、代わりに他のカップ麺を買うことだって出来てしまう。交通事故にあって大怪我を負ったとしても、死にさえしなければ、事故さえなかったことにしてしまうことが出来る。この世にはおそらく二人といない・・・

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ドクターコバヤシの不運

15/10/23 コメント:4件 坂上 沙織

「K0147よ、どうだ、似合ってるか」
 珍しくグラサンをかけたドクターコバヤシが、光沢生地のスーツの襟をぴっと伸ばしながらターンした。
「ドクターコバヤシ、衣服というものは、体毛の乏しいヒト亜族の体表を保護するとともに、汗の吸収と発散を助け、また体が冷えすぎないようにするためのものです。それなのにボタンを胸まで開け、靴下をはかないのはきわめて非合理的と言えます」
「この方がしゃ・・・

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「のほほん」

15/10/18 コメント:6件 こうちゃん

  どこからか「のほほん」と囁く声が聞こ
 えた。トイレの窓から星月夜を見つめながら
 私が用を足している時だった。
  自ら無意識の内に呟いていたのかもしれな
 い、睡眠薬で寝ている父を起こさない為に。
  昼間、コーネリアスに「のほほんってして
 るね」と、休憩室で言われた事を思い出す。

  コーネリアスとは私が働く社員食堂の同僚
 の主・・・

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ガジュマルは戦場で死んだ

15/10/05 コメント:11件 冬垣ひなた

ガジュマルの枝からキジムナーの姿が消えたのは、雨季の音が訪れた頃だった。精霊が何処へ去ったのかは定かでない。
枝から髭のように垂らした褐色の気根は、幹と変わらぬ強靭さで巨木を支え、いかにも長寿の風情を漂わせていたが、枝葉はまだ若い。
この、ハイビスカスの咲き乱れる南国の島では、豊かさや幸せは、海の向こうのニライカナイからやってくるといわれていた。楽土に渡れば憂いもないだろう。
大・・・

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この曖昧な世界に終止符を

15/10/05 コメント:4件 るうね

 僕の彼女には顔がない。
 正確には、僕には彼女の顔が見えない。全身の姿形は分かるのだが、顔の造作だけが見えないのである。目も鼻も見えず、のっぺりとした顔面が目に映るばかり。まるで怪談ののっぺらぼうのようだ。彼女だけでなく人間の顔全てがそう見えるのだ。
 子供の頃から何度か医者に診てもらってきたが、原因は分からなかった。人間以外のものは普通に見えるので、生活に支障はない。
 ただ・・・

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絞首台まで二メートル ――ミミタンの思い出――

15/10/03 コメント:6件 クナリ

 いつまで、こんな思いをするのだろう。
 朝、出社前にテレビをつけると、子供向けの番組がやっていた。
 今流行っているゲームか何かのキャラクタの着ぐるみが、アイドルと一緒にはしゃいでいる。
 CMに入ると、そのキャラクタのソーセージやふりかけの宣伝が流れた。
 一人きりのリビングで、ネクタイを締めながらそれを眺める。



 小学校の頃、週に一日、・・・

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メランコリック・ホリデイ

15/09/24 コメント:3件 泉 鳴巳

 僕は自分の仕事が嫌いだ。

 仕事柄、休日は多いが、出勤日は這い寄るようにゆっくりとしかし確実に近付いてくる。
 そろそろまた仕事が始まる……一度そう考え始めてしまうと、折角の休日でも心は晴れなかった。
 かといって大雨暴風洪水の大災害というわけでもなく、どんよりと分厚い雲が鎮座しているような不快感が僕を包み込んでいる。
 ソファに座り新聞を広げたものの、少し気を抜・・・

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私だけのアニメは ―断片的かつ微妙なmy historyっぽい話―

15/09/21 コメント:19件 光石七

 それらのアニメにはタイトルが無かった。ストーリーも定まっておらず、途中で巻き戻って別な展開に進むこともしばしばだったし、未完のまま打ち切られるものも多かった。それらのアニメを観ていたのは私だけだった。作っていたのも私。私の思い描くキャラクターたちが、私の望むストーリーに沿って、私のイメージする絵柄で動き、私の思う声で喋る。その時その時で漫画やテレビなどの影響を受けながら、私は一人の少女を主人公に・・・

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やわらかな檻

15/09/19 コメント:7件 そらの珊瑚

 絵を描くことが好きで入ったアニメーターの道だったが、納期の前にはこうして決まりごとのように徹夜が続く。

 おれはアニメーション制作会社の下請け会社に雇われているのだが、身分はフリーランス。商売道具の鉛筆一本さえ自腹だ。月収十万あればいいほうで、同期の仲間の半分はすでに辞めている。
 オレは都内の実家暮らしなのでまだいいが、隣りの席のミミちゃんは地方出身者。アパート代や生活費が・・・

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不発弾

15/09/16 コメント:0件 Fujiki

 久しぶりに町に出てみると表通りが通行止めになっていた。不発弾処理を行う旨の看板が立っている。バイクを路肩に乗り付けて看板を読んでいた背広姿の男が「またかよ」と独り言のようにつぶやいて走り去った。俺は別に急ぎの用事があるわけでもないからのんびり裏道を歩いて迂回すれば済む話だ。
 土産物屋のけばけばしい看板ばかりが目立つ表通りには趣のかけらもない。最近では地元の人間が経営する店は少なくなり、ヤ・・・

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メロンソーダが好きなタヌキ

15/09/10 コメント:2件 安城和城

 仕事から帰りテレビを点けてみると、暗い顔をしたタヌキのアニメがやっていた。画面右上に『メロンソーダが好きなタヌキ』なるテロップが表示されている。……メロンソーダが好きなタヌキ?
 帰りがけに買ったビールを冷蔵庫に入れるのも忘れ、俺はぼんやりとテレビを眺めた。セリフがないし、おそらくショートアニメだろう。タヌキは無言のまま、排気ガスのキツそうな現代社会をとてとてと歩いていく。……歩いている。・・・

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アニヲタ観察日記

15/09/10 コメント:6件 上村夏樹

 私の名前は新田美月。中学三年生の女の子だ。

「今日は夏休みの自由研究を発表してもらいます。発表したい人は挙手してください」

 理科の先生が尋ねるけど、教室内は静まり返っている。無理もない。一番手というのは、得てして緊張するもの。みんながやりたがらない気持ちはわかる。
 ここは学級委員の私の出番だ。私がトップバッターとなり、みんなの緊張を和らげよう。私は黙って手を・・・

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愛妻と、祭のあとに。

15/09/07 コメント:13件 滝沢朱音

 それは、剣先が触れ合うか否かの瞬間、相手の力量を見抜いてしまうようなもの。

 転校してきたばかりの君が軽音楽部の見学に来たとき、僕がギターをわずかに鳴らしただけで、君は落胆したはずだ。
 なのに僕ときたら見せ場はこれからとばかり、いかにも上級者な顔で、わざとハーモニクス音でチューニングしていたのだから。
「いつからドラムやってるの?」
 部長でもあるベースが尋ねる・・・

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モーリタニアまで(プリッと)愛を込めて!

15/09/07 コメント:6件 クナリ

 僕とタカシが夏の夜の沖縄のビーチへ駆けつけた時、ミユキさんは下半身を海に浸けて立っていた。
 僕は彼女と初対面だが、月明かりの中でも格別の美人であることが分かる。
「ミユキ、夜の海は危ないと何度も言ったろう。早く上がるんだ」
 タカシが波打ち際から叫んでも、ミユキさんは力なく首を横に振るだけだ。
「よすんだ、タカシ。ミユキさん、あなたはタカシとは結婚できない。そうですね?・・・

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お祭り改革委員会

15/09/06 コメント:6件 タック

嘆かわしい! 
実に、嘆かわしい!
なにがって、決まってるでしょう! 
わたしはね、あなた方の危機感の無さ、想像力の無さに、怒り心頭なんです! プンプンなんですよ!
まったく、なんなんですか、あなたたちは! なに普通に、お祭りなんかしちゃってんですか、普通に屋台なんか、出しちゃってんですか! 不道徳ではないですか! そうは、思いませんか!
だからね、今日はこの場をお借・・・

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山の彼方のヒマラヤンブルー

15/08/24 コメント:10件 冬垣ひなた

今年の夏の始まり、志を持った1人の青年が突然に天へと召された。
私は泣いた。
あの頃聞いた蝉時雨は、今はもうかすれて遥かに遠い。


8月も後半に入ったとはいえ、こんなに蝉が少ないのは、毎年残暑の厳しい大阪にしては珍しいことだった。
とはいえ、都会の風景に馴染んだ鶴見緑地も、昼はやや暑くなる。メタセコイアの並木道を通り抜けると、眼前に大きな噴水が広がっていて、ビ・・・

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小さな宇宙

15/08/20 コメント:13件 草愛やし美

 幼い頃、ばあちゃんの家で僕は宇宙に出会った。

 その日、ばあちゃんは田舎から上京してきた。だけど、いつものように大根も白菜も背中に背負っていない。僕はばあちゃんは必ず野菜のリュックを背負ってくる人だと思っていたので不思議で仕方なかった。きっとリュックを忘れてしまったのだろう。
 大勢の知らない人が黒い服を着てやってきた。ばあちゃんも黒い着物を着ている。たくさんのお線香がともさ・・・

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吊られっぱなしのヘイト・ソング

15/08/15 コメント:3件 クナリ

 メライ・メロは、恐らくは二十代前半の女性だ。
 ここ五年ほど、毎年夏に三日間行われるカーニバルの間、決まって僕を買う。
 買うけれど、三晩ともただ、手袋をした彼女の手を握って、話をして眠るだけだ。
 遮光カーテンに閉ざされた真っ暗な部屋に閉じこもっているメライの顔を、僕はまだ一度も見たことがない。
 彼女の肌の色も知らない。もしかしたら、以前迫害の果てに街から追放されたと・・・

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花になれなかったかまきり

15/08/10 コメント:2件 高橋螢参郎

 蘭の花畑を飛び回っていた蜜蜂たちのうちの一匹が、ある時ふっと姿を消した。仲間の蜂がその事に気付きしばらく探し回ってみたものの、見つからない。
 巣では幼虫と女王が待っている。たかが一匹の、それも替えの利く働き蜂の為にいつまでも時間を割くわけにはいかなかった。残りの蜂たちは決まった量の蜜をきっちりと集め終えるなり、元来た道をそそくさと帰って行った。
 蜂はこの花畑で一体どこへ消えたとい・・・

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友里子の初恋

15/08/10 コメント:4件 Fujiki

 日美子の遺体が見つかったのは翌朝だった。長い黒髪を静かな波にたゆたわせ、仰向けの姿で防波堤に打ち寄せられていた。最後の息を出し切った口元は緩み、薄く開かれた眼は青白い空を反照している。はだけた薄紅色の浴衣の衿からは白い乳房が顔を覗かせていた。
 旧盆の時期に海に入ると成仏できない霊たちに足を引っ張られると言われている。帰省中の娘の死に日美子の両親が言葉を失う中、年寄りたちは首を振りながらほ・・・

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わたしは罠にかからない

15/08/05 コメント:6件 梨子田 歩未

‐ぽきっ、ぽきっ
 冷凍のインゲンは、少し力を加えただけで気持ちよく折れる。
 朝の弁当作りに冷凍食品は欠かせない。最近では、野菜の冷凍も種類が充実してきて、カボチャ、ブロッコリー、インゲンなどは、お弁当に彩りを添えるのに重宝する。
 お弁当に入れるにはインゲンは少し長いので、解凍前のインゲンを半分に折っていく。
 共働きの我が家では、弁当作りはわたしの役割だ。そういうこと・・・

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全てのきっかけは……

15/08/01 コメント:4件 海見みみみ

 私には彼氏がいる。大井カズキ君、彼とは別々の高校だけれど、ある事がきっかけとなって付き合い始めた。
 ある日の放課後、私が暴漢に襲われそうになった所を、偶然大井君に助けてもらったのだ。
 大井君は部活動でボクシングをしている。暴漢を寸止めのパンチで気絶させた大井君はとても格好良かった。
 私達は今、とても幸せにつきあっている。



 だがそれには裏が・・・

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レゴとカルピスと夏と病葉(わくらば)

15/07/31 コメント:8件 クナリ

 私が小学五年生の頃、同級生が登校拒否になったことがあった。
 彼はフィリピン人とのハーフで、外国人の血が入っていることが顕著な外見だったので、元々クラスで浮いていた。
 私も小学校三年まで海外で暮らしていたこともあって、何となく日本の学校で疎外感を覚え、彼に対して親近感を抱いていた。
 私と彼、共に決まって聞かれるのが「外国語が喋れるの?」だった。
 その度に「いいえ」と・・・

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雨がやんだら

15/07/27 コメント:4件 梨子田 歩未

 横から叩きつけるような雨に傘は意味をなさない。
 サマーニットが雨粒を吸い込んで、歩みを進めるたびに重みを増していく。風を受けた傘は簡単に裏返った。
 わたしは傘を閉じて、降りしきる雨を直接体に受けた。大粒の雨は地面に落ちて、弾けた。傘を差していた時は、濡れまいと必死で体を縮め、小走りに近かった歩みが今や一歩一歩が地面に吸い込まれる様に遅くなった。
 その理由は、十分すぎるほど・・・

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シュガーキャッスル インザスカイ

15/07/24 コメント:14件 クナリ

 ノコノコと呼び出されて来た夏の校舎の屋上で、同級生のタカユキの唇が血の香りを残して、私のそれから離れた。
 私は思い切り、タカユキの頬を張る。
「悪いけど私、喧嘩する人嫌いだから」
 ごしごしと、制服の袖で口を拭う。
「彼氏でもないのにのぼせていきなりキスする奴も嫌い。彼女がいるのに簡単そうな女にキスする奴も嫌い。私を簡単そうな女だとみなす奴も嫌い。じゃあね」
 高・・・

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夜行バスの女たち

15/07/24 コメント:7件 W・アーム・スープレックス

 東京から関西に向かう夜行バスは3連休初日とあって、ほぼ満席だった。
  高速道路に入って一時間あまり、そろそろみんな退屈をもてあそぶ時間帯にさしかかったらしく、あちこちの座席から話し声がきこえはじめた。
 たまたまかも知れないが乗客のほとんどは女性で、男性客はわずか4人だった。
 そのため車内は彼女たちのあたりをはばからないお喋りで騒がしく、明日にそなえて寝ておこうとする・・・

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凸と凹

15/07/05 コメント:3件 つつい つつ

 初めて彼女の部屋に入った。マンションの入り口のドアを開け、一歩足を踏み入れたとたん固まった。たぶん、僕の顔はひきつっていただろう。「入って、入って」と彼女は笑顔で招き入れるけど、僕はただ呆然としながらその部屋を見渡していた。でも、驚くのは早かった。その先に広がる世界はさらに衝撃的だった。
 大学に入って半年、地味で冴えなくて、いい人ってことぐらいしか取り柄のない僕に彼女が出来た。それも、僕・・・

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美しい人

15/07/02 コメント:3件 メラ

 彼に初めて出会ったのは、まだ彼が小学生の低学年の頃です。私は当時中学生でした。
 あんな美しい子供を、人を、存在を見たことがない。私はまるで雷に打たれたかのように、あの子の美貌に打ちのめされ、数日間ロクに食事もできなかったほどです。自分がとても醜い生き物のような気がして、死んでしまいたいくらいの恥ずかしさを覚えました。
 そんなあの子と親しくなれたのは、あの子の高校受験のために、私が・・・

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消えないもの、消えるもの

15/07/02 コメント:4件 佐々々木

 放課後。教室にはほのかに赤みを帯びた日差しが窓ガラス越しに差し込んでいる。誰もいない教室は静かで、少なからず解放感を感じた。目を閉じると、木や金属、チョーク、紙、制汗剤などが混ざった独特の匂いがする。ソックス越しに感じる床の感触は固くひんやりとしていた。床の埃が気になり、穿いている白のソックスが汚れることには抵抗があったが、洗えばすぐ落ちるだろうと高をくくる。
 私は軽く絞った雑巾で自分の・・・

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正気と狂気の交差点

15/06/29 コメント:9件 クナリ

 放課後、私が家に着くと、玄関のドアが開きっ放しになっていた。
 中学二年生になったばかりの私は、両親と弟の四人家族なのだけど、ドアを開けておく癖のある人間は家族にはいない。
 嫌な予感がした。
 見慣れた家の玄関が、ぽっかりと口を開けて私が飛び込むのを待っている、得体の知れない怪物の口に見えた。
 朝出かけた時とは、家の中の空気の色が違って見える。
 何かが起きてい・・・

4

【点と点、ふたたびつながる】ケイジロウの過去

15/06/17 コメント:5件 そらの珊瑚

「あらら、派手にやったわね、義兄さん」
「いてて……もっと優しく出来ねえのかよ、ヨリちゃん」
「ふん、男に優しくしたら、つけあがるだけでしょ」
 ホテルの地下駐車場に停めた車の中、ケイジロウからの電話でかけつけた助手の依子がその顔の傷の手当てをしている。依子の愛車、緑のミラ・ジーノ。イギリスのミニ・クーパーを模したデザインがウケて発売して15年だが意外と愛好者がいる。大柄なケイジ・・・

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ご家庭で簡単に作れる江戸時代

15/06/15 コメント:10件 平塚ライジングバード

☆平塚頼子の簡単クッキング☆〜第84回「江戸時代」〜

※本レシピでは、市販の武士を使用しています。武士から作られる際は、新鮮な貴族をよく発酵したものをご使用ください。

【材料2、3人分】
@武士(三河産源氏系):300g
A征夷大将軍:20g
B関ヶ原:1片
C東京(泥付きのもの):1個
D足軽:大さじ1
E騎馬:小さじ1
F鉄・・・

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移ろひやすきは

15/06/15 コメント:15件 光石七

 染野の手が好きだ。あたしを撫でる優しい手が。染野の声が好きだ。「ふく、おいで」とあたしを呼ぶ温かい声が。染野の匂いが好きだ。染野の胸に抱かれると、伽羅の香りにほんのり甘さが混じって鼻孔をくすぐり、心地良い。染野と会えない時間は寂しいが、染野は客を見送ると真っ先にあたしの元に来て抱き上げてくれる。
「男よりふくのほうがええ。しなやかでやわらこうて。その赤い首輪、よう似合うてる」
あたし・・・

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掃除しなさいよね

15/06/15 コメント:2件 るうね

「ちょっと男子、掃除しなさいよね」
 わたしの言葉に、当の男子――日向太陽はあっかんべーをした。
「やーだよん」
「あっ、こらー」
 止める間もなく教室から駆け出て行ってしまう。
 まったくもう、あいつときたら。
 仕方なく、一人で机を片づけ始める。掃除当番は男女一人ずつなので、あいつが逃げた以上、わたし一人でやらねばならないのだ。
 あー、むかつく。なん・・・

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ゆうれい

15/06/13 コメント:8件 梨子田 歩未

 うだるような暑さの中、与吉は天井を見ながら寝転がっていた。与吉は絵師とは名乗っていたが、待っているだけでは絵師の仕事が来るはずもなく、その日暮らしをしていた。
 顔がなまじいいものだから、本人もそれを承知で、うまいことを言って女から銭を巻き上げていた。女を長屋に連れ込んで、色白で色っぽい女を描いてやれば、落ちない女はいなかった。
 だが、すぐにぼろが出て女たちは金を返せというのだが、・・・

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剛里羅園長の不安

15/06/10 コメント:4件 Nyaok

 S市にあるZ動物園は、老朽化が進んでいるため改築の計画が進んでいた。そんな折、いつも親身になって動物の世話をしている飼育員たちが、剛里羅(ごうりら)園長に折り入って話があるという。
「園長。動物たちが常日頃から不満を抱えておるようです。どうかこの機に聞いてやってはいただけませんか」
「いかんいかん。それはいかん。ストレスを溜めると病気になるからな。客も病気の動物を見たくはないもんだ」・・・

2

雨の動物園

15/06/08 コメント:2件 メラ

 上野動物園に来ていた。天気はうす曇から、弱い雨に変わった。
 香織さんは傘を持っていなかったので、僕が駅前で買ったビニール傘の下、二人で並んで歩いた。
 並んで歩いたといっても、僕は体の半分が濡れていた。香織さんは僕の恋人ではなく、僕の親しい先輩の恋人だからだ。
 先輩は香織さんとの約束を急遽キャンセルし――それはよくある事だった――、何故かその日暇な僕に先輩から声がかかり「暇・・・

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未だ消えぬ影

15/06/01 コメント:11件 光石七

 中途採用者の歓迎会はそこそこ盛り上がった。あまり飲めない私もノリで二次会まで参加し、楽しく過ごせた。でも同僚たちと別れて一人になると、一気に心細さや不安が押し寄せてくる。仕事や歓迎会の間は忘れていられたけど、今日は……。さっき駅で見た時計は午後十一時前だった。あと一時間……。ついカウントダウンしてしまい、余計に心がざわつく。
(コーヒーでも飲んで落ち着こう)
帰り道の途中にある自販機・・・

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未来動物園

15/06/01 コメント:2件 るうね

 俺がタイムホールを抜けると、そこはどうやら動物園のようだった。
 独特の獣臭が鼻をつく。
「よしよし、これは都合がいいぞ」
 思わず、独りごちる。
 生物学者である俺は未来の地球の生態系を調べるため、時空を歪めるタイムマシンを開発し、こうして未来にやってきたのだ。出口が動物園に繋がっているとは、幸先がいい。
 俺は辺りを見回し、おや、と思った。
 周囲にはいく・・・

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新宿バッハ

15/05/25 コメント:0件 時空モノガタリ

男が放った右ストレートの強烈な一撃が、ケイジロウの顔面を打ち抜いた。どうやらこの男は打撃系の格闘技をやっているらしいと気付いたのは、ケイジロウが後方に吹き飛び、壁に背中を打ちつけた時だった。一見すると男は普通のサラリーマンにしか見えなかったので、完全に油断していた。
 男は息もつかさず蹴りを放つ。ケイジロウはそれを避けるべく、コンクリートの床を前のめりで転がった。なるほど、スーツ姿でスニーカ・・・

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黒洞沼の鯰(くろうろぬまのなまず)

15/05/22 コメント:10件 クナリ

 ――沼だ。沼が。
 ――光作なら、喰われたよ――

 江戸時代、特に元禄期は、生活を脅かす戦が長く遠のいたこともあり、大衆娯楽の一大隆盛期となった。
 特に、絵の類は質・量ともに無類の充実を見た。
 ただし、表があれば裏もある。
 江戸は小石川の片隅に、格別名もなしていない絵師が長屋暮らしをしていた。
 周囲の家々では、腕のない絵師が貧乏長屋で食いつめて・・・

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ヴェネチア雑記

15/05/18 コメント:9件 そらの珊瑚

 ヴェネチアの島を訪れるには、陸路かそれとも水路を行くか、選択をせまられる。もちろん私達は後者を選んだ。
 ◇
 共に暮らすようになって丸十年。
 恋の蝋燭はほとんど溶けかかり、ゆらめく灯火さえ心もとなくなっている。
 お互いに秘密がなくなり(表面上はそう感じる)彼の下着を洗うことは毎日のことで実際に洗うのは洗濯機であるが「トイレに新聞を持ち込まないで!」と私は言い疲れ、機・・・

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真珠の眠る庭で

15/05/17 コメント:10件 冬垣ひなた

その濃い肌の女は、よく波止場にたたずんでいた。
年の頃ははたち半ば、短い頭髪にエキゾチックな顔立ちで、肉付きの良い身体を惜しげもなく海風に晒して、そんな垢抜けないさまに、隅修一は奇妙な親近感を覚えた。
コバルトブルーの海、浜風に色あせた陸、女の存在はそんな風景から孤立している。初めの頃、隅にはそれが不思議で、白人が作った近代的な港町がアボリジナルに全くそぐわないのだと理解するまで、時間・・・

5

海耳

15/05/16 コメント:6件 くにさきたすく

「大丈夫だよ。もう慣れた」
 息子はぶすっとしている。小学校に上がったばかりだから仕方のない事なのかもしれないが、母親としては気が気じゃない。
「何を言っているの。重い病気だったらどうするの? 耳が聞こえなくなってもいいの?」
「でも何か怪しい」
「変なこと言わないの。やっと見つけたお医者さんなんだから」
 私は息子の手を引いて古びた木造家屋の扉を開けた。

3

路地裏のコーヒーとメロンソーダ

15/05/09 コメント:6件 クナリ

 五月の夜は、あのやかましい葉桜が見えなくなって、気分が良い。
 僕はスカート姿で、路地裏の自動販売機の紙コップに、安いコーヒーが注がれるのを見ていた。
 良い匂いがする。でも、苦いだけで美味しいわけじゃない。
 触れるまでは良い気持ち。似たもの同士だから、つい飲んでしまうのかもしれない。八十円のコーヒーとお友達。楽しいね。
 僕が紙コップを自販機から取り出すと、横にいたナ・・・

8

三匹目の子豚

15/05/04 コメント:12件 光石七

 昨夜は眠れなかった。授業が始まっても菜緒の心は落ち着かない。
「内木、聞いてるのか?」
国語教師に注意された。すみません、と菜緒は小声で応える。
「まあ、大上の件でみんなもショックを受けてるだろうが……」
先週このクラスの生徒 大上彩がP駅の階段で転落死した。現場に居合わせた通行人が「足を踏み外すのを見た」と証言し、事故として処理された。だが、菜緒は知っている。彩は殺され・・・

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三十路目前グラビアアイドル

15/05/04 コメント:2件 夏川

 人生とは時間切れの連続だ。
 納期、待ち合わせ、締切、終電――誰もが時間切れを体験し、積み重ね、そしていつかは人生の時間切れを迎える。
 私も今、迫りくる時間切れと戦っている最中であった。





「ハァ……やっぱ厳しいよ、もう三十路目前だもん」

 真っ白な手帳片手にため息を吐くマネージャー。私は彼を奮い立たせようと肩を強めにたたく・・・

5

優しい狼

15/04/24 コメント:8件 夏川

 あるところに子豚たちが暮らす村があった。
 子豚たちに親はない。みんな狼が食べてしまったのだ。それでも子豚たちは森で食料をさがし、みんなで協力しあって暮らしていた。冬になって森に食べ物がなくなっても誰かが掲示版に食べ物の隠し場所を記した紙を貼っておいてくれるので、子豚たちは飢えることなく元気に成長していった。
 しかし子豚たちの生活は豊かなものとは言えない。住む家はボロボロ、修理した・・・

7

偽りのテーブル

15/04/20 コメント:9件 そらの珊瑚

 「いただきます」と手を合わせて、今夜も母の用意してくれた夕食を、私は食べ始める。
 しゃけの塩焼きが三人分。筑前煮も三つの小鉢に盛り付けられてテーブルの上に置かれている。ご飯茶碗も、汁椀も箸も三人分。母と娘の私と、それから父の分だ。
 ◇
 父が病気で亡くなり、一ヶ月ほど経った頃だった。母がこうして父の分まで作り始めたのは。
 最初、母は笑ってごまかした。
「いやあ・・・

7

目玉焼き騒動記

15/04/20 コメント:12件 泡沫恋歌

 騒動の発端はテーブルの上の目玉焼きから始まった。

 父は顔を洗うと朝食のテーブルに着く。献立は、ご飯、みそ汁、サラダ、そして目玉焼きだった。突然、父が大声を出した。
「おいっ、俺の目玉焼きが片目しかないぞ!」
 目玉焼きが大好きな父は、二個玉子を使った両目の目玉焼きを毎朝必ず食べている。それが、今朝は片目の目玉焼きが皿に乗っていたのだ。
「会社の健康診断でコレステ・・・

2

夢想

15/04/20 コメント:2件 W・アーム・スープレックス

 よせては返す波の,単調な調べが聞こえたような気がした。ワーダは、観測所の窓から外を見た。
 この、砂ばかりの無人惑星に観測員として派遣されてすでに一年がたつ。穏やかな気候、温暖な大気、地下からくみあげる水は豊富で、濾過することもなくのむことができた。しかしここには、川も湖も、そして海も、なかった。
「どうしたの、ワーダ?」
 ナオミの声に、彼は我に返った。
「波の音がきこ・・・

10

なぜ、その子はテーブルの上で息絶えていたのだろうか?

15/04/20 コメント:15件 草愛やし美

 五月三日、世間がゴールデンウイークで賑やかなその日、幼い姉弟の遺体が発見された。
 なぜか、姉はテーブルの上で絶命しており、弟は姉が乗ったテーブルの足元で蹲るようにして息絶えていた。腐敗が進み悪臭が漂ってきたことから同じアパートの住人が通報し、やってきた警官によって発見された。警官はその凄惨な姿に顔を背けた。

 空っぽに近い冷蔵庫の扉は開けっ放しのままで、床には調味料の瓶や容・・・

10

あしたのりんご

15/04/19 コメント:15件 たま

テーブルの上に、あした買ってきたりんごを置いてあると言う。
もちろん、そんなもの私には見えない。母だけが見ることのできるりんごだった。

今朝も雨が降っていた。桜の季節はいつも雨に邪魔される。と言っても、花見は好きじゃなかった。久しぶりの休日だし、すべては雨のせいにして春眠を味わう。たまには御褒美がほしい発育不良の大人だったから。
九時すぎに目覚めた。
「かあさん、お・・・

1

うわさ

15/04/05 コメント:2件 奇都 つき

 アパートとアパートにはさまれた狭い道を、僕を入れた5人で歩く。
 ついつい大きな声で話していると、洗濯物を干しにベランダに出てきたアパートのおばちゃんが僕らを睨んだ。
 指を口にあて、「しーっ」と、顔を見合わせ、声を少し小さくした。
「そういえば」
 カナちゃんは、更に声を小さくして僕らにしか聞こえないように「知ってる?」と投げかけた。僕はカナちゃんの言葉に首をかしげ、ダ・・・

3

新宿バッハ

15/03/18 コメント:5件 メラ

 男が放った右ストレートの強烈な一撃が、ケイジロウの顔面を打ち抜いた。どうやらこの男は打撃系の格闘技をやっているらしいと気付いたのは、ケイジロウが後方に吹き飛び、壁に背中を打ちつけた時だった。一見すると男は普通のサラリーマンにしか見えなかったので、完全に油断していた。
 男は息もつかさず蹴りを放つ。ケイジロウはそれを避けるべく、コンクリートの床を前のめりで転がった。なるほど、スーツ姿でスニー・・・

5

アバドン・グール・ガール

15/03/15 コメント:9件 クナリ

夜明けが近づくと、吐き気がする。
私と世界を優しく閉ざしていた蓋が開き、今日も空はあの、暴力的な青へと変わる。
鳥が啼き出す。
一声ごとに、私の内臓が鈍く重く、下腹部へ落ちて行く。

登校の支度は、無心になれば楽だった。
けれど、全ての準備が終わりに向かうと、思考能力が戻って来る。
お腹の中が腐り落ちる感覚が、繰り返す。
これが、いつまで続くのだろう・・・

6

田代くんの帰り道

15/03/13 コメント:6件 松山椋

まさしは3月の初春の日差しの差す商店街を歩いていた。
この物語の主人公、田代まさしくんは小学校3年生である。かつて一世を風靡したドゥーワップグループの一員でありその後芸能界入りした某お笑いタレントと同姓同名である。しかし覚醒剤所持という人として許されざる罪を犯したような男と一緒にされては困る。まさしは厳格な刑務官の父と優しくて美しい母に愛されて育った品行方正で将来有望なエリート小学生なのであ・・・

4

箱庭舞台

15/03/10 コメント:6件 四島トイ

 人混みの向こうに戸柿氏の小さな背中が見え隠れする。
 おかっぱ頭で髪が跳ねる。短いながらも残像を錯覚させる早足。ダブルのウエストコートが加速機能を備えた高機能装備のように見える。
 途切れ途切れに甲高い声が耳に届く。
「エキストラだからと甘くみたのか」
 そんなことありません、と喘ぐように雑踏を掻き分ける。
 冬の平日。午後の日差しが視界を白く霞め、原色のチラつく街・・・

6

現実的な異世界譚

15/03/09 コメント:8件 るうね

 将来、何になりたい?
 そんな質問に、子供の頃の僕は必ずこう答えていた。
 ――異世界に行って勇者になりたい!
 当時読んでいた漫画やゲームの影響だとは思うが、まあ幼い回答である。
 それでもあの頃は、本気でそう思っていた。
 自分は大人になったら異世界に行って、勇者になるのだ、と。
 だが、いつしかその夢も薄れ、小学校を卒業する頃には、現実の中に埋没してしま・・・

4

渋谷スイングバイ

15/03/08 コメント:10件 冬垣ひなた

ビルの最上階、『コスモプラネタリウム渋谷』の入り口前。
なんで、ツイてないんだろう?落とした百円は、自販機の下に隠れて見えない。
あたしが膝をついて下を覗き込んでいると、何かがその上を通過して、自販機のカチャッと動く音がした。
ああ、まだお金入ったままだって!思ったその目の前に、買うはずのチケットが舞い降りる。これがにやけ面の茶髪男ならナンパが目的だろう、しかし予想は違った。

3

慧悟

15/03/07 コメント:5件 堀田実

「ここが渋谷なのか」
世田谷公園からあてもなく歩いてきたホームレスの山中慧悟はボロボロになったジーンズの裾を引きずりながら、道玄坂の丘陵から見晴らす渋谷の街並みに見入っていた。
「電車で通っていた頃にはこんなにも近くにあるとは気づかなかったのにな」
慧悟はかつて自分自身があの歩行者たちのように街の一部に溶け込んでいたことを意外に思った。職業をなくして路上生活者となった今ではそうし・・・

5

妬きの野伏さり

15/03/02 コメント:11件 クナリ

まだ日本に、本格的な重工業が興る前の話である。
ある山中の村で、人死にの出た庄屋の屋敷を検分していた役人二人が、顔をしかめた。
「ひどいわ。幼い娘は首を絞められ、母はその隣で胸を包丁で突かれ」
「やれ、父親の平助も庭の蔵で死んどる」
蔵の中で、平助は衣服を乱して転がっていた。だが、外傷はない。
「こいつは何で死んだんやろう」
「強盗なら、全員刺し殺しとるわのう」・・・

14

跋丸くんの跋文

15/02/27 コメント:14件 松山椋

 さて、私(松山)は跋丸昌也くんの第153回芥川賞受賞作品『狂気の太陽』単行本の跋文(あとがき・解説)をこれから書かせていただくわけですが、まずこの場を借りて跋丸くんの受賞に心からお祝い申し上げたいと思います。本当におめでとうございます。
ところで、受賞作単行本のあとがきを書くというのは大変重要な仕事なわけなのですが、なぜ無名作家である私にお鉢が回ってきたのか、読者諸賢はきっと不思議に思って・・・

6

緑の目のおばけが灯油を借りに眠れぬ僕の窓叩く

15/02/25 コメント:6件 塩漬けイワシ

コンコンコン。
緑の瞳が見えた。丸く、感情のない目だ。持ち主の体格はずんぐりとした山のようで、目と手足以外のパーツは毛に覆われて見えない。ただ、正面を向いた一対の目が鈍く光っている。コン、コンコン。怪物は爪で僕の部屋の窓を慎重に叩いている。もう片方の腕は赤いポリタンクを下げている。僕は窓を開けた。深夜二時の冷たい空気が流れ込んでくる。怪物はただ、じっ、と僕を見つめている。
怪物は僕が5・・・

8

歸(とつぐ)―ある印判師の初恋―

15/02/22 コメント:10件 滝沢朱音

 左平が座敷に上がると、既に座っていた僧衣の男は居住まいを正し礼をした。
「恐れ多い……お顔をお上げ下さいませ、沢彦(たくげん)様」
 沢彦宗恩。昇竜の勢いの武将・織田信長の師である彼は、かつて京の妙心寺にいた僧だ。印章を作る篆刻(てんこく)職人の左平とは、若き日に友誼を結んだ仲であった。
 その沢彦が都を去って早や幾年月。ここ尾張へ招かれた左平は、歴史に名高い『天下布武』印の作・・・

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九分九厘あり得ぬ話

15/02/22 コメント:17件 光石七

 あの男がこのような暴挙に出ようとは。秀吉の援軍に向かわせたはずが主君を奇襲。信長は歯噛みしつつ、なだれ込んでくる兵に矢を放つ。
(光秀……!)
弓が折れ、信長は薙刀に持ち替えた。近づく兵を切りつけ、突き刺す。鉄砲の弾が信長の肩をかすめた。敵勢は更に押し寄せてくる。信長は応戦を諦め部屋に下がった。寺に火を放つよう蘭丸に言いつけ、奥の小部屋に向かう。
(ここで果てようぞ)
戸・・・

8

僕の目の前で、親にドブネズミと言われた少女

15/02/14 コメント:13件 クナリ

渋谷駅を出て、会社への近道になる裏通りへ入る。
すると脇の建物から、いきなり高校生くらいの女の子が転がり出して来た。
その建物の入り口には、似たような年格好の女子が三人程立っている。
「大げさに転ばないでよ。あんた、池袋かアキバに行けば」
転がって来た子は、成程、ヘッドドレスからロリータワンピース、リボンパンプスまで、ゴシックロリータで決めていた。
その子は三人を睨み・・・

3

夏芽さんにかまってほしい

15/02/13 コメント:6件 村咲アリミエ

「前世の記憶が戻ったんだよ、夏芽さん。俺、明智だった。明智のこと、好き? それとも織田信長の方がいい?」

 黒髪の美少女は、休み時間に入った途端に目の前に現れた同級生男子を華麗にスルーし、隣の席に座る友人に声をかける。
「焼きそばパン買いに行こうか」
「つれないよ、夏芽さん!」
 叫ぶのは、自称明智の生まれ変わりである、一史である。短髪黒髪は夏芽の好みだったが、絡み・・・

3

温かな手を

15/02/09 コメント:3件 四島トイ

 飴色の椅子が日曜日の陽光を反射する喫茶店で私は身を縮めた。店内は温かく紳士淑女は高尚な歓談に興じている。制服姿の私達に向けられた、あらあらまあまあ、というひどく古典的な音が混ざって聞こえた。
 怒られたわけでもない。むしろ対面する貝塚君は大変紳士的な高校生男子であり、衆人環視の下で同級生たる私を叱責するとは思えない。なにせ同じクラスという理由で日曜日にコンサートに招待してくれるような人物だ・・・

1

光秀奇談

15/02/09 コメント:2件 ナポレオン

この日、光秀は主君である織田信長公の私室に招かれた。急なことであったが、今すぐに来いという主君の命のために身支度もそのまま安土城の金の戸の前に馳せた。
戸の先に座る信長はいつになく神妙な顔をしており、それが招かれた光秀の緊張感をいっそう掻き立てた。今回は何があったのだろうか。急な呼び出しとは碌なことがない。戦の話であろうか、それとも俺が何か粗相を……。不吉なことを思い浮かべながら主君の前にい・・・

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クラシック音楽流れるうどん屋

15/02/05 コメント:14件 草愛やし美

 昭和30年代、私の実家は京都で大衆食堂を営んでいた。亡き父は大正生まれだったが、死ぬまでクラシック音楽を愛した人だった。毎日ラジオで音楽を聞いていたが、それがレコードプレーヤーやテープレコーダーを使うようになり、やがてアンプを配し左右のラッパに繋ぎステレオで曲を楽しむという本格的なオーディオへと手を伸ばすようになった。臨場感あるクラシック音楽を楽しむためには本物の音を再現するしかないという夢を叶・・・

2

きみの音は夜を照らす僕のともしび

15/02/04 コメント:2件 朝綺

 夕方降り始めた雨は、夜になっても止まなかった。ぱらぱらと窓を打つ音が硬いから、雨も凍っているかもしれない。
 庭付きの古い一戸建てはひとりで住むには広すぎて、冬中ずっと寒い感じが付きまとう。たぶんそれは寒さじゃなくて、寂しさとか孤独とか、そういう類の冷たさだ。
 パソコンのタイプに雨の音が重なるから、今日は音の種類が多い。ささやかなにぎわしさに思いを馳せると、思考は思わぬ所に着地した・・・

3

明日のない、嘘つき。

15/01/22 コメント:4件 橘瞬華

 飛行機の音が聞こえる。離陸する音、着陸する音、移動する音。窓から見える飛行機の数は多く、先ほどまで乗っていた飛行機がどれか、見分けがつかなくなってしまった。
「じゃあ、僕は土産を買わなければいけないので、ここで」
「はい。それではまた会社で」
 早朝の空港。他人行儀な挨拶。社交辞令ほどもない愛想。重たいキャリーケースを引きながら、私はつい数時間程前まで閨を共にしていた相手に手を・・・

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飛びます☆飛びます☆飛べません↓

15/01/19 コメント:12件 泡沫恋歌

「いい加減にしてください!」
 空港の国際線ロビーに若い男の怒号が響き渡った。
「シィー、佐藤君、声が大きい……」
 口の前に人差し指を立てて、辺りを窺うように中年の男が諫めた。
 二人は大和大学で細菌学を研究する山田博士とその助手の佐藤である。山田博士が培養したスーパー酵母菌が化学雑誌で取り上げられ一躍注目を浴びた。パリで開催される世界細菌学シンポジュウムで、その研究発表・・・

6

ダン・ド・リオン空港

15/01/17 コメント:9件 そらの珊瑚

 一面たんぽぽが咲いている野原、住人たちは、ここを『ダン・ド・リオン空港』と呼ぶ。春の陽を受けて、のどかであった。
 蜘蛛がたらした糸は、見事に地球に対して垂直を保っている。
「たんぽぽの皆様、本日は無風であります。全フライトは延期いたします」
 ピ、ピ、ピ。管制官の雀のアナウンスが響く。
 今日あたり、たんぽぽの離陸が見られると思い、見物に出かけてきた蛙のカップルが

8

ペットショップ哀歌

15/01/12 コメント:10件 そらの珊瑚

透明なアクリル素材で、各部屋は仕切られている。
スピッツの隣室は、一週間ほど空き室であった。以前は茶色のトイプードルがいたのだが、人気犬種のためか、すぐに買い手が付いて出ていったからだ。
 今日、そこへ新しい子犬が入居した。
 クシャっと潰れた顔のパグ。まだおぼつかない足取りで、一歩踏み出してはよろけている姿を、女子高生の客が「めっちゃ、ブサかわいい!」と言いながら、しきりに・・・

3

104号室

15/01/11 コメント:6件 ぽんず

 2015年最初の朝は、目覚まし代わりにしていたテレビの音に起こされて始まった。液晶の向こう側では、晴れ着姿の人気お笑いコンビが、新年を祝った特番を盛り上げている。
元旦から大変だねぇ。浩市は重い体を起こした。

新聞と年賀状を取りに(と、言っても年賀状は両親と会社くらいのものなのだが)玄関の扉を開けた。乾いた冷たい風が全身をなでる。
「うう、寒っ」ガクブルや。
寝間・・・

1

隣の部屋のゴーストシンガー

15/01/01 コメント:1件 安城和城

 そうだ早く眠らなくては、と私は思い出した。
 暗闇の中で光を放つスマートフォン、その画面の中央には00:59という太字。間もなく深夜一時。良い子も悪い子も眠るべき時間だろう。
 私は目覚ましアプリがON設定になっているのを確認して、スマフォを枕元に置く。そしてそれをもう一度手に取って、スマフォがマナーモードになっていないかを確認した。マナーモードになっていると目覚ましも鳴らないのだ。・・・

8

このP−スペックを、唯、きみに。

14/12/29 コメント:14件 滝沢朱音

 はずむ息を整えた。目の前には、まさにホームに飛び込もうとする僕。お気に入りのネオンカラーのダウンジャケットが軌跡を描き、ひらりと線路に舞い降りる。そこで泣いている幼い女の子を拾い上げ、ホームに押し上げた瞬間、背後から迫るライト。けたたましい警告音。ブレーキの摩擦音。そして、「びゃっ」という耳障りの悪い効果音。
(今、死んだ)
 自覚するより一瞬早く、透明だった自分の両手にほわんと色が・・・

7

洗濯師

14/12/29 コメント:7件 草愛やし美

 ついにこの日がやってきた、どれほどこの日を夢見たことか……。俺は生まれ変わるのだ。今までどれだけ惨めな人生だったことか、取り柄といえば体が丈夫なくらい、女に縁もなく、世間の奴らから守銭奴と罵られ、今じゃ命まで狙われる始末だ。貸した金を返して貰って何が悪い。だが、惨めな日々も今日までだ、全く新しい人生がこれから始まるのだ。今までの悲惨な日々はこの日の喜びのためにあったに違いない。
 卓越した・・・

6

隣りの小豆洗い

14/12/18 コメント:9件 みや

高校受験を間近に控え受験勉強という名目の夜更かしをしている僕の耳に、お隣の家からまたあの音が聞こえてきた。

ショキショキ ショキショキ ザー ショキショキ ショキショキ ザー

また来てくれたんだ、と僕は嬉しくなって自分の部屋から飛び出した。

初めてその音を聞いたのは、お隣の家が引っ越ししてすぐの事だった。
お隣には80歳くらいのおばあちゃんと娘さん夫・・・

3

さよなら、ソプラノ。

14/12/14 コメント:4件 橘瞬華

「 」
 日に日に掠れていく音。出なくなる高音。低くなる音域。全部、自覚してる。僕がソプラノにさよならを言わなきゃいけなくなる日は、近い。

「The first nowellのディスカント、お前なんだってな!」
 宮野が僕の肩をぽんっと叩く。それと同時に弾んだソプラノが僕の鼓膜を叩いた。……僕と違って、掠れていない綺麗な音。
「僕は、君が歌えばいいと思う」
 ・・・

9

メランコリック・ペンギン狂詩曲

14/12/14 コメント:13件 光石七

 空に憧れたペンギンの話を知ってるかい? 空を飛びたいと、崖から飛び降りては懸命に羽をバタつかせたペンギンの話。何度も挑戦するけど、失敗と怪我の繰り返し。もう体はボロボロさ。それでもペンギンは崖に上って飛ぼうとするんだ。このペンギン、最後はどうなったと思う――?

 天井の木目とシミがはっきりしてきた。カーテン越しの光と小鳥のさえずりが僕に朝だと知らせる。
(今日も生きてる、か…・・・

7

うそつき

14/12/10 コメント:7件 シンオカ

『月がきれいですね』、なんて、くっさい台詞だよね。ちょっとした悪戯心でわざと意地の悪い話題を振った僕に、君は細い眉をハの字にして、困った笑顔になった。
「確かにきざだとは思うけど、でも、文学的じゃない?」
 無闇に怒ったりしない温和な君は、やんわりとそう返してくる。放課後、僕らはふたり、こうして下校しながら話す。今日はたまたま授業で夏目漱石をやったから、いつか耳にした漱石の『I Lov・・・

1

寒椿

14/12/08 コメント:2件 ゆい城 美雲

なんでも器用に出来る方ではなかったので、色々苦労はしてきた。
図工の時間も、人の何倍も時間をかけなければ、標準的なものが作れない子供だった。
中学の頃、体育の、バレーの授業。あれは最悪だった。周りの子たちは、初心者で有れども二・三時間授業を受けたら、オーバーハンドパスも、アンダーハンドパスもできるようになっていて、ボールを落とさず繋げられるのだ。しかし私ときたら何時間練習しても、一向に・・・

6

納豆マンの独白

14/12/08 コメント:8件 泡沫恋歌

いやね、いつから、こんな体質になったのか自覚がないんですよ。
ある日、気がついたら指先から糸をひいてました。
触ってみたら、ネバネバして、いくらでも糸をひくんです。
手を洗ったり、ウェットティッシュで拭いても、また、すぐに糸をひくんで参っちゃいます。
でも、その頃はさほど気にしてませんでした。
だいいち医者に行こうとも思わなかったし、ちょっと面白いやんかと人前で自慢し・・・

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絡糸嬢の落日。

14/12/01 コメント:8件 滝沢朱音

久しぶりだね、直接会うの。例の新彼、その後どう? 今もエロ写メほしいとかって言う? ……へー、すごい、よく送れるね。アタシには無理だ。あ、悪口じゃないって。彼氏宛とはいえ、勇気あるなってだけ。まぁラブラブってことよね、いいじゃん、幸せそうで。

あ、気を遣わせてごめん。うん、そう。別れてはないんだけど、たぶんもう駄目。今日はそれ、ちょっと聞いてほしくてさ。

――最初はさ、・・・

12

ガロの死

14/12/01 コメント:14件 草愛やし美

 昭和三十年代、人々は貧しく食べるために必死になって働いていた、そんな時代の話です。

 我が家ではずっと番犬として犬を飼っていた。一番印象に残っている犬は、雑種だが洋犬のようにふわふわした薄茶色の毛並をした『ガロ』という犬だった。大衆食堂に加え近所の工場へ給食を提供していた我が家では、残飯が出るので犬の餌には困らない。ガロは小柄なのに、毎日、残飯が入ったバケツに頭を突っ込んで食べると・・・

3

奇病

14/11/20 コメント:5件 W・アーム・スープレックス

 インターネットでいくら検索してみても、自分の身におこっている奇病を、探し出すことはできなかった。
 兆候があったのは、ひと月ほどまえ、ちょうど乳首と乳首の間に、ぽつんとひとつ、小さなこぶのような突起物があらわれた。ちょっとばかしむず痒かったが、最初のころはたいして気にもとめずにいた。
 ぼくは、故郷からの仕送りのおかげで、1DKのマンションできままに一人暮らしを送る学生だった。<・・・

7

剣花のことわり

14/11/20 コメント:7件 クナリ

池田屋事件の後、乱戦の中で昏倒した新撰組の沖田総司は、しばらく体の不調を引きずっていた。
そのせいで慢性的な具合の悪さに慣れていた分、彼の死因となった結核の発見も遅れた。
彼は医者や関係者に何度も江戸に戻って静養するよう勧められているが、
「いやあ、ご免ですよ」
と全く取り合わない。
剣を握れば稽古でも実戦でも人に後れを取らないので、周囲はそれ以上強く沖田に言えずにい・・・

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子別れ

14/11/19 コメント:11件 そらの珊瑚

 彼女は生まれたばかりの命をそっと抱きしめて眠っている。

 去年は、命を産み出すことは出来なかった。それは自然の摂理だ。受精卵を孵すか、孵さないかは、母体の栄養状態によるところが大きい。

 去年はすべてのものが足りなかった。雨が少なかった乾いた森は、秋になっても木の実が極端に少なかった。通年だったら遡上する鮭で、川が埋まるほどであるのに、去年は一日待っていても、せいぜい・・・

3

逃避行

14/11/17 コメント:4件 四島トイ

 水田には緑の藻が浮いていた。
 踝が隠れるほどの高さの稲穂は微かな風に吹かれ、土手の陽だまりでは合鴨が丸くなっている。
「のどかだなあ」
「……そうですね」
 軽トラックの荷台に二人並んで座る。先輩は胡坐で。私は体育座りで。快晴の空の向こうには、名前も知らない山々が悠然とそびえていた。先輩は伸びをする。
「恋の逃避行といったら南の島だと思ってたけど。信州もいいもんだ・・・

12

ダンゴ虫学級

14/11/13 コメント:13件 草愛やし美

 僕は懸命に足を動かす、短足でゆっくりとしたものだが足取りは力強い。ここは快適、あいつもあの子も、行ったり来たり。同じ道のようで、みな違う線を描いている。平等を味わうことは心地良いと知った。全て世は事もなく、あるのは、絵の具で塗りたくられた山と海のみ。
 ◇ 
 転校生の平安君は、黒板の前にヌーと立ったまま、下を向いたままだ。初めから苛めの対象だって僕にはピンときた。僕も苛められてきた・・・

4

アヤカシ随想

14/11/10 コメント:5件 黒糖ロール

 ガラパゴス諸島、独自の生態系を持つ島の集合体。一昔前、旧式携帯端末の俗称の由来になった。他国とは異なり、この国では、やたらに多機能な製品が開発され、市場に出回った。そこに、八百万の神々に象徴されるアニミズムの思想を当てはめることは、いささか強引かもしれない。しかし、現在の我々の状況を鑑みると、あながち外れた話ではないように思える。
 万物に神が宿るように、携帯の中に多様な機能が宿ったように・・・

8

魂腐劣腐 チルドレン

14/11/04 コメント:16件 クナリ

十七歳の誕生日が、僕にもやって来た。
僕は、オタクである。
しかもメジャー作品にしか手を出さないあまちゃんなので、オタクヒエラルキの中でも底辺にいる。
趣味ですら色んな意味で取り柄になり得ない、というコンプレックスを抱きながらも、自分でも絵を描くようになったのは、中学三年生の時だった。
もちろん、受験勉強からの逃避がきっかけである。
『テスト前の部屋の掃除理論』により・・・

3

トコロテンブーム

14/11/03 コメント:6件 四島トイ

 書けない、と作業小屋の岬が卓袱台を拳で打つ。
「苛々するな。暑くなる」
 夏はまだ先だというのに陽光は強い。唸り声が続く。
「妹がこんなに苦しんでいるのに。冷たい」
「……お前の兄は炎天下でテングサ干してるんだが」
 手を止めて顔を上げる。視界いっぱいに敷かれた簾。水洗いした天草がじわじわとコンクリートを湿らせる。青空と海を背景に防波堤に広がった赤紫色が映える。

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水底で、両手いっぱいの野ばら

14/10/26 コメント:12件 クナリ

死体そっくりに育つ野ばらの話を、聞いたことがあるだろうか。
使用人の息子だった僕を、領主の娘のマルエルがこっそり庭園の片隅へ連れて行き、その野ばらを見せてくれた時、僕らは十三歳だった。
マルエルは、知り合いの魔女から教えてもらったのだと言って、壊れた石垣の付け根から伸びる、その野ばらを指差した。
なお、僕はその魔女とやらを見知っていたが、ただの変わり者の老女である。
野ばら・・・

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ピンポン小僧

14/10/24 コメント:22件 泡沫恋歌

 この一瞬のスリルに俺は全てを賭ける。
 各家のチャイムを押して回ると、誰にも見つからない内に、疾風の如くに逃げ去るのだ。単純なイタズラだけに面白くて止められない!

 希望退職を募っていたので、このまま働き続けても出世も昇給も望めそうもない俺は退職金20%上乗せという言葉に思い切って決めた。自分一人の判断ギリギリまで家族には黙っていた。
 まだ五十五歳、次の仕事はすぐに見・・・

2

夜な夜なかぐや姫

14/10/10 コメント:4件 村咲アリミエ

 俺は夜な夜な、近所の竹林の中をうろつくのが好きだ。目的もなく、週に二三回はうろつく。雨上がりの竹の香りは最高だし、晴れている日に空を見上げると、竹と竹の間から瞬く星が、言葉にできないほど美しい。
 そこで過ごす最高の時間のことを、俺は秘密にしている。誰だって、本当に大切なことは、胸に秘めているのだ。決して、我ながら変な趣味だと思っているわけではない。

 その日も、いつものよう・・・

10

空からお宝が……!?

14/09/29 コメント:12件 草愛やし美

 その町に入ったとたん、男は、町中の人々が空を仰いで歩いているという奇妙な光景に出くわした。あちこちでぶつかり合いイタタという叫び声が上がる。だが、額をさすりながら人々は再び空を仰ぎ歩き続けていく。
「何だ、空に何があるんだ?」
 道行く人に男が尋ねても空を見上げていて誰も答えてくれない。片端から尋ねていくとようやく一匹の猫が答えてくれた。
「時々、お宝が空から舞い降りてくるんだ・・・

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スーパーハッカー五十嵐 誠司の完全なる世界

14/09/27 コメント:14件 夏日 純希

俺の名前は五十嵐 誠司。世界屈指のスーパーハッカー。27歳既婚。
決め台詞は「This is my perfect world(これが俺の完全なる世界だ)!」。

ただいまハッキング中である。え、何をって?
俺の生死にも関わる最重要機密情報。つまり、

 妻の日記である。

ハッキングとは、ネットワーク経由でするものというイメージのあんた。
甘・・・

7

路地裏の、誰も聞こえない咳

14/09/26 コメント:14件 クナリ

『僕は、吃音だ。
けど、知的障害よりも生き易い、ということもない。
人は、目や耳の不具合には寛容な愛を示すが、発音の不自由は、甘えや、工夫の不足とみなす。
吃音持ちに「ゆっくりでいい、はっきりと話してごらん」と言うのは、盲目の人に「頑張って、よく見てごらん」と言うのと、同じだと言った人がいる。
僕もそう思う――』

一九六九年、ポーランドの少年、イギール・ポンセ・・・

9

ミッシング コントレイル

14/09/14 コメント:16件 クナリ

空戦において、僕だけが敵を撃てる位置関係をAとする。
その逆をBとする。
互いに互いを撃ち落とせる位置取りをCとする。
射程外がD。

十五歳で戦闘機に乗り出してからの四年間、僕が空戦の際に守り続けたのは、Bは厳禁、Cは四秒以内に離脱して、Aに出来る限り留まる――というルールだった。
殆どの先輩が、机上の空論だと笑った。またその殆どが、この辺境基地の空に散った。・・・

12

詩人の本能

14/09/08 コメント:16件 草愛やし美

 嬉しい時も、悲しく辛い時も、それでも蜘蛛は巣を編み続けます。詩人がそうであるように、息をするかのように糸を編み続けるのです。 
 ◇ 
 山奥の、とある橋の欄干に蜘蛛は巣を張るため草叢から這い出してきました。生まれて初めて巣を張るのです。蜘蛛の本能は生きるために、この橋の欄干に巣を張ることがよいと申しています。生まれ出る前から、その能力は備わったもの、人は本能と呼びますが、それは、ど・・・

7

約束の果て

14/09/08 コメント:11件 夏日 純希

名前で区別することはあまり重要ではないと思うから、
あいつらのことは、ただ単に『犯人』と呼ぼうと思う。

あいつらは、二人組の銀行強盗だった。

小学四年生だった僕は、お母さんと銀行に来ていた。
お母さんはATMに寄っただけだった。
しかし、タイミング悪くやって来たあいつらに銃を突きつけられ、
僕らは人質になった。

人質の数は、僕らを合・・・

6

甲羅の意思

14/08/29 コメント:12件 夏日 純希

一匹の噂好きのカラスが、池の水面へと伸びる枝にとまった。
そのすぐ下の、池にぽこりと浮かんだ石には、一匹の亀が今日も道路の方を眺めている。
亀の名は三平といった。
「初めまして。ちょっと世間話でもいかがですか」
カラスは、三平に話しかけた。
「別にかまわないけど」
三平の声はひどくしゃがれていたが、口調には、どこかあどけなさが残っていた。
「いま、ちまたで・・・

5

ある母親の独白

14/08/25 コメント:11件 タック

告白します。
私は息子を殺しました。
すべて、告白いたします。

息子は善良な子でした。性根のとても真っ直ぐな子でした。
近所の子達が子犬や捨て猫を平気でいじめる、あの無自覚な悪意の遊び。
その暴力的な嗜虐にも参加することなく、それどころかそれを嫌悪すらし、集団に毅然と立ち向かうこともあったらしいのです。後で、ご近所さんからの又聞きで知ったことでした。自分の中の・・・

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ひいらぎさん(の言い分)

14/08/22 コメント:8件 黒糖ロール

 柊さんとは、商店街の一角にある喫茶店で知り合った。日焼けした昭和の漫画が本棚に溢れ、内装はカフェであるのに我が物顔で演歌が流れている、そういう店である。お盆も過ぎ、残暑厳しいなか、夏の間にさんざ降り注いだ陽射しが熟成され、おっとりとした輝きに変わりはじめた朝だった。
 錆びたカウベルが鳴り、白い半袖ポロシャツに傷んだジーンズ姿の柊さんが入ってきた。
「マスター、夏の終わりが来てしまい・・・

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夏がかおる

14/08/17 コメント:10件 かめかめ

 初恋は6歳の夏。
 それは私にとって黄金の想い出。

 
 夏休み、私はまたここへ来た。
 蝉しぐれ、入道雲、青い空、喪服の人々。

 祖父が亡くなった。82歳。大往生。
 祖母は少し泣き、それから寂しそうに笑った。
 私は冬用のセーラー服の袖をまくりあげ、母に叱られている。この鬱陶しい長い髪だけでも切ってくれば良かった。

「紗・・・

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最後に、私だった日

14/08/11 コメント:13件 クナリ

僕が中学生の時に始めた詩サイトへの投稿は、高校一年生になった今でも続いていた。
暗く自虐的な僕の詩は、僕の年若さもあって高く評価され、今では僕はサイト内のトップランカだった。
対照的に、学校生活は冴えなかった。
何人かの女子と付き合ったけど、皆、すぐに別れた。
どうやら、僕が無意識に、パートナに文系の感性を求め過ぎるのが大きな原因だと思われた。
よく、彼女達に「バカな・・・

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マングローブの森

14/08/08 コメント:8件 山中

 バイクを走らせると砂煙が空高く舞い上がった。畦道のすぐ脇には海へと注ぐ河口が広がる。どこまでも続く荒れた大地に、茶色く濁った水と乾いた太陽。ベトナムの陽射しは容赦がない。昼時には観光客でなくても根をあげそうになる。こんな日はハンモックに揺られながら太陽をやり過ごすに限る。
 そんなことを考えながらしばらく走り続けていると、遠方に人の姿を見つけた。老人のようだ。湿地帯に足を踏み入れ、腰をかが・・・

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未来巡りは山手線外回りで

14/08/04 コメント:8件 鮎風 遊

 耕介は家業を継いで欲しいという父の願いを振り切り、10年前都会で働き始めた。しかし、現実はそう甘いものではなかった。それでも朝から晩までこま鼠のように頑張ってきた。その原動力は父に対する男の意地だったのかも知れない。
 そして最近のことだ、母が電話で、父が病に伏せたという。さらに、そろそろ初孫の顔を見せてくれないかと漏らした。
 今の暮らしでは、結婚なんてほど遠い。しかし、母の言葉は・・・

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【ルメール・フュテュール】朝顔は永遠に咲かない

14/08/01 コメント:15件 そらの珊瑚

 私は幸せだった。そしてそれが明日も明後日も、ずっと先の未来まで続くのだと思っていた。あの日までは。
 
 優しい夫と八歳の息子。去年購入したばかりの東京郊外の4LDKの一戸建て。庭には息子のひなたが植えた朝顔の苗。初めての蕾がついている。クーラーボックスの中には肉と野菜、焼きそば麺。ノンアルコールビールとジュース。小学校が夏休みに入ったばかりの日曜日。川遊びをしたあとバーベキューの予・・・

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ロボ人親王

14/07/31 コメント:5件 坂井K

 ロボ人親王はロボットであり、人でもある。人間の王様とロボットの夫人との間に生まれたのが、彼だ。親王はロボットの長所と人間の長所を併せ持つ。ロボットの正確さと記憶力を持ち、人間並に融通が利き、ユーモアもある。見た目は人間と変わりはないが、気持ちが昂ると高温を発するのが特徴だ。

 ロボ人親王はロボットであり、人でもある。親王は父親譲りの熱い気持ちと、母親譲りの冷静さを併せ持つ。表情は豊・・・

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笑顔と謝罪の崖っぷち

14/07/31 コメント:11件 クナリ

最初に職場でその男を見た時、私は
「こいつ駄目だ」
と思った。
何が駄目って、私が駄目だ。
筋張った体つき、癖っ毛具合、伸びた背筋、ストライクにも程がある。
その年下男は私達の支店に転勤して来たその日に、私の心を鷲掴みにしてしまった。

私は会社ではただ一人の女の営業職であり、それなりに結果も出している。
ただ、正直、鉄砲玉然とした私の仕事ぶりを、周・・・

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告白デッドロック

14/07/29 コメント:12件 夏日 純希

 これは告白できなくなった僕の悲しい話。
「今日はこれ奢ってくれるよね?」
 僕は反射的に肯定した。惚れた女の子に奢るのは御褒美だ。尻尾があったらフリフリものだ。
 例え、佐伯さんのお盆に学食最強のランチセットがあって、僕が学食最弱の具なしカレーがあろうとも。
 最強と言えど、たかが学食。文庫本一冊程のお値段。許容範囲。
「後ろの子の分も一緒にお願いします」
 ・・・

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不在の証明

14/07/26 コメント:5件 たま

 隣人は今日も不在だった。

 不在の証明を持たない隣人がアパートから消えたのは七月のこと。不在の証明というのは、あなたがこの世に存在しないことを証明しなさい……というもので、役所が定めた名称は「不在に不在の証明」というものだったが、一般には略して、不在の証明と呼ばれていた。
 毎年七月になるとこの証明を持たない住人は街を出てゆくことになるが、不在の証明といってもややこしい話しで・・・

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まるくて透明で、つるんとした

14/07/22 コメント:5件 suggino

 いま女と住んでるんだけど、と鉄男は言った。

 女、未来から来たんだ。銀色のぴたぴたしたスーツを着て、何ていうか、こう、まるくて透明でつるんとしたヘルメットみたいなの、被ってた。
 循環バスの運転手は、退屈だ。再就職にはおすすめしない。夕方帰宅ラッシュを過ぎると一気に客は減り、三、四時間で乗客なしというのもざらにある。とはいえ途中で帰る訳にもいかないし、一日中同じルートを延々廻・・・

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夜に光る、瞳の中の。

14/07/14 コメント:3件 橘瞬華

 街灯の少ない道を一人で歩いていた。遮る物のない風景にはちらほらと点在する民家と山、田圃だけが広がっていた。雲が月を隠し、かろうじて畦道が見える程度の薄い月明かりが洩れる。私が立てる足音以外に人の生活音はなく、山の方から僅かに虫の鳴く声が響くのみである。
 親戚であり恩師でもある人の法要で久方ぶりに訪れた田舎。親族の全てを包括する程の部屋を持つ家。古い木造建築特有の静けさ。歩く度に音を立てる・・・

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泣く真珠

14/07/13 コメント:10件 そらの珊瑚

 生まれたときから、わたくしには左右の目玉がありません。
 あるべきものがない其処は、ただの小さな空洞。
 
 ――何の因果だろう。あまりにも哀れだと嘆いた父は、南洋の海で採れたというそれは上等な天然の黒真珠を取り寄せ、わたくしのその空洞へ埋め込ませたということです。
 とはいえ、それが本当の目玉になるわけはございません。
 もとより視神経や血管、角膜などはないのです・・・

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アルマヘメラ

14/06/30 コメント:12件 光石七

 町なかを走るその車はひどく目を引いた。エメラルドグリーンとネイビーのツートンカラー。スタイリッシュなフォルム。バラの花をモチーフにした大きめのエンブレム。外観もさることながら、人々が注目するのは運転席だった。30歳ほどの男が座っているのだが、ハンドルを握っていない。シートにもたれて腕を組み、目を閉じている。助手席には誰もいない。それでも車は他の車と同じように走っている。ちゃんとカーブを曲がり、前・・・

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爆走疾走! 白線レース

14/06/27 コメント:10件 タック

深夜、商店街。
歩道には多くの若者が立ち並んでいる。道路を囲むように列をなしている。
――その、若者たちの目的はただ一つ。「白線レース」におけるタツミの疾走。
怪我により休業していたタツミの復帰を、間近で見ることにあった。

「白線レース」王者、タツミ。挑戦者、茶髪の若者。
道路の両端、コースである白線上にふたりは立っていた。
横位置をそろえ、戦闘の気合を・・・

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What Happened On The Road? ──道路で何かが起こっている

14/06/25 コメント:16件 草愛やし美

 太陽が昇ってきた。今日も、俺は熱せられるのか、アスファルトになってまだ二年、慣れないままだ。昨日、子供が落としたアイスクリンのため、俺の体の片隅に染みが残った。蟻がやって来るようだ。昔は、蛆が体を這ったこともあるが、今は蟻か……。
 田舎の田んぼだらけのど真ん中にできたアスファルト道、今どきの人間は違和感を持たないのだろうか。この辺りが急に賑やかになったのはつい三年ほど前だ。俺の前に開ける・・・

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はつこひ

14/06/21 コメント:4件 カシヨ

 村はずれの神社はすっかりさびれ、お供えはおろかお参りに来る人もほとんどいない。 祠の柱に体を預け、じっと息を殺す。足場の悪い山中をやみくもに走ったせいだろう。痛めた足首を押さえながら、ぎゅっと目を閉じるお通は、もうずいぶん長いこと闇の中にあった。
 ふいに名を呼ばれて顔を上げると、心配そうな面持ちの男が立っていた。
「……吾助」
「心配したっちゃ。明日は祝言ちゅうのに、花嫁がお・・・

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Blazing Red

14/06/17 コメント:7件 滝沢朱音

念願の車、BMW MINI Cooper。鮮やかなブレイジングレッドにブラックルーフ。この歳にして初めての新車だ。
俺は煙草を吸うふりで何度も家の外に出ては、少し離れた路上から愛車を眺めうっとりと悦に入る。ダークな背景に映えるメタリックな赤が美しい。
家を建てる際、外観だけは俺の思い通りにさせてくれと妻に頼んだ。濃グレーの外壁、焦げ茶の扉や窓。背高な狭小住宅だがモダンに見える。庭を兼ね・・・

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淵の底の泥と月

14/06/17 コメント:11件 クナリ

高校一年生の夏、私が髪をばっさり切った時、周りの誰もそれを話題にしなかった。
母にはそんな余裕がなかったし、父は警察に連れて行かれてもういない。
高校でも、春先に父が起こした事件の報道を受けて、私はクラスの汚物として扱われていた。
豊かな社交性が自慢だった母は、今では小さく背中を丸め、蚤の様に暮らしていた。少し禿げた気がする。
私は私で、中学の時の友達に電話するのさえ、人に・・・

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石蹴り

14/06/16 コメント:7件 光石七

 小学生の頃、よく石を蹴りながら学校から帰った。校門を出たら道端に落ちている石を一つ選び、それを蹴る。蹴ったら後を追いかけながら止まるのを待つ。止まったらまたその石を蹴る。それを繰り返すのだ。石は不規則な形をしているから、なかなか狙い通りには転がらない。まっすぐ前に蹴ったつもりでも大抵曲がって進む。通学路は車通りの少ない田舎道だったから、道の真ん中を歩いても咎められることはなかった。石が側溝などに・・・

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ミスユー

14/06/12 コメント:3件 村咲アリミエ

 苔の生えた腕を私に突き出して、彼は笑った。
「最高のギャグだろ」
「……何がでしょう」
「これが」
「………………」
 意味がわからず、私は曖昧に首をかしげた。多いときは週に一度、少ないときは二年に一度という自由気ままなペースではあるが、彼はこの宿のごひいきだ。適当にあしらってヘソを曲げられては困る。
 私からの無言の返事に、彼は「まじかよおー」と天を仰いだ。・・・

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中間宿主から終宿主まで

14/06/06 コメント:3件 五助

 空を飛ぶために私は空を見続けた。
 この木がなんという木なのかは知らぬ。ただ、日がよく当たる木であることから、この木に登れ、一番高い葉のところへ登れと、私は宿主であるカタツムリの脳に命じた。カタツムリの脳は、暑い。嫌だ、葉の裏が良いと反抗したが、私は、木の上はなんと涼しく、みずみずしいか、体が思う存分伸び上がるぞう。と吹き込んだ。カタツムリは抵抗の意志を少し見せたが、体を動かし木の上へ這い・・・

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転がる宝石のように!

14/06/05 コメント:21件 草愛やし美

 悦子は、先程から洗面所に閉じ籠っている。鏡の前で、しきりに顔の表情を変えていく。大きく口を目いっぱい開け、「あいうえおー」喉の奥まで見えるようにと手鏡を持つ手にも自然と力が篭る。口角を引き締める美容法だ。これを毎日やれば豊齢線など、への河童だと心に言い聞かせる。鏡の中の自分の顔の老いに気づいてもう何年になるだろう。若い頃、自画自賛できるほど、綺麗だった。道をゆけば、振り返る男もいた――はず、そう・・・

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今ではただの小さな小石

14/05/30 コメント:5件 FRIDAY

【ころがる石のように】 三年二くみ 久米木・みき也

ごろごろごろごろころがる石は
生まれたころはかどだらけで
でかくてえらそうな石だった
それも今では小さな小石

でかくてえらそうだったころは
いつもなんだかいばっていて
みんなのきらわれものだった
おれにちかづくとけがするぜって
かっこつけたりしていた
でもころがりはじめて・・・

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Dying Message

14/05/30 コメント:9件 ナポレオン

学園祭の終わった夕暮れの教室。名残惜しそうに残っていたクラスメイト達は、少しずつ散る様にして学校から去って行った。僕はというと、一人窓際の席に座りオレンジから群青に変わる空をただぼーっと眺めている。否。にやける顔を教室の皆に見せまいと窓の方を向いているのだ。
「ケン君に大事なお話があるんです」
放課後、教室で待っていてくれと言ったのはクラスメイトのソラという女の子だった。彼女はいつも一・・・

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デュアル・プリズム

14/05/26 コメント:2件 青海野 灰

私が辻先輩に声をかけたのは、十名程の部員がざわめく部内でもいつも一人でいる彼が一番話しかけやすそうであり、また、少し親近感を覚えたからだった。
彼はいつも文芸部室の窓際の陽だまりにパイプ椅子を置き、細長い足を組んで難しそうな本を静かに捲っていた。部室に舞う埃が秋の陽光を受けキラキラと光り、そこだけ時間がゆっくりと穏やかに流れているように見えた。
その視線の先の物語に向けられる、薄いフレ・・・

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おだやかな人

14/05/16 コメント:12件 murakami

 土曜の午後1時にその婚活パーティーは始まった。 
 33歳にして、そういうものに参加したのは初めてだった。だから、勝手がわからなかった。
 会場には男女合わせて50人程がいた。最初は女性と男性が1対1でテーブル越しに対面して、2分間の自己紹介。時間がくると、男性がひとつずつ席を移動する。次はフリータイム。そこで私は、大手商社に勤めるという男性と話が盛り上がってしまった。趣味が同じだっ・・・

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さよならの風はクチナシの香り

14/05/15 コメント:5件 青海野 灰

奏花は笑顔だった。それでいいんだと思う。
クチナシの花を配した純白のドレスに包まれ、皆から祝福されている姿を見ると、僕の胸に空いた穴が少しだけ塞がる様な気がした。

大きなガラス窓から六月の海が見える、白を基調とした式場で行われた結婚式は、参列者も大満足のようだった。
その後の空色のログハウス風披露宴会場も好評で、密かに式場選びに付き合わされていた僕も、肩の荷が下りた心地だ・・・

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おいどんを慕ったスパイ

14/05/11 コメント:2件 aspeman

(なんでも、異国では間者のことを『すぱい』っちゅうらしか。
その『すぱい』っちゅうやつが、おいの命ばつけ狙うとるらしか。
たしかに征韓論を通すこつばできもはんで、薩摩のモンばひきつれて、薩摩に帰って来もしたからなぁ・・・
おいの周りには若いモンが集まって政府を目の敵にしちょる。
不穏な空気ば感じ取って、『すぱい』が送り込まれても不思議はなか・・・)


<・・・

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ちょっとぉ妻と、いちおう亭主

14/05/04 コメント:10件 鮎風 遊

 このカップルは…神さまの悪戯?
 そうなのです、ほとんどの結婚が意外や意外の男と女の組み合わせ。誰も予想だにしなかった、いや、十年前には自分さえも夢にも思わなかった人と、同じ屋根の下で暮らすことになるのです。
 その動機は――もちろん好きだったからです。
 されども思い切って言わせてもらえば、イキオイとハズミで一緒になっちゃいました、ってことでしょうか。
 私の場合も思い・・・

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その予感は

14/05/03 コメント:10件 光石七

 仕事帰り、なんとなく一杯やりたくなって少し手前の駅で降りた。目についた居酒屋にぶらりと入る。連れで来ている客が多いが、俺のように一人の客もいる。カウンターの隅で飲んでいる男も一人のようだ。……ん? あいつ、どこかで見たような……。
「もしかして、尾渕?」
思い切って近寄り、声を掛けた。相手は一瞬きょとんとしたが、すぐに思い出したように目を見開いた。
「……日下?」
やはり・・・

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予感様

14/05/02 コメント:19件 そらの珊瑚

 深い山々に囲まれた小さな村。現代にあって、ここだけ時間が止まっているかのような村。外地へ行く道はいうなればケモノ道のようなものだけなのでした。車が通る道は災厄を連れてくるだろう、という何代か前の『予感様』のひとことで、その不便さをずっと村人は受け入れているのでございました。出ていくにも、来るにも歩くしかない。一番近くの町までゆうに三日はかかるという遠さです。
 私のふるさと。ここでは『予感・・・

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空から降ってきたモノは、

14/04/27 コメント:17件 泡沫恋歌

 街路樹と石畳が黄金色に染まっていく黄昏の街、古い曲だがエルトン・ジョンの「Goodbye Yellow Brick Road」いう歌をハミングしながら僕は歩いていた。
 爽やかな風が吹いて、初夏の汗ばんだ肌に気持ちがいい。
 人って意味もなく幸せだって感じる時があるよね? あの日の僕はそんな気分だった、何か良いことが起きる予感がしていたから――。

 一陣の風が舞い、ハラ・・・

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雨傘差しのエレジー

14/04/21 コメント:0件 四島トイ

 一寸先を遮るような豪雨だった。
 堤防の桜が竹のようにしなり、電線が縄跳びでもするようにびゅんびゅん跳ねている。生命の危険を感じさせる自然の脅威が唸りを上げていた。
 テレビの向こうで。
 上空を見れば、綺麗な夕焼けに雲がたなびいている。
 視線を戻すと濁流が映し出されている。定点カメラからだという映像には、誰かがバケツリレーで水を掛けているようだった。視点はぶれ、溺れた・・・

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レベルアップ

14/04/21 コメント:13件 かめかめ

シャンパンのグラスがカラになった。何杯目かは覚えてない。ルリは私には目もくれず、幸せそうに笑っている。
まったく、もう。私とルリが交わした約束は、きれいさっぱり反故にされた。
『行き遅れたもの同士、どんなステキな男性が現れても一生結婚しないで生きようね!』
「……なぁにが、一生結婚しないでだぁ」
舌がもつれる。二次会は立食パーティだったから、好きなだけシャンパンをおかわりし・・・

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雨に消える

14/04/18 コメント:4件 小李ちさと

声など消されてしまいそうな雨の中に、アートを見つけた。
もちろん芸術を発見したわけではなく、それは友人のあだ名である。小林彰人というのが本名で、だからアート。まぁ芸術と同じように爆発している。『晃樹』という男のような名前を持ち、女子生徒のくせに自分を『僕』と呼ぶ僕のことを、何故だか非常に気に入っているらしい。
だから僕の声も、アートには届いたのだと思う。大声で呼んだ3秒後、アートはゆっ・・・

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息づまる予感

14/04/13 コメント:12件 W・アーム・スープレックス

 交番のガラス扉をなんども叩く音に、田中巡査は机から顔をあげた。
 外には、青ざめた顔の若い女性が立っている。首に巻いたベージュのマフラーがふつりあいなまでに幅広くみえた。
 田中巡査は、いぶかしげに椅子からたちあがると、女性が入ってくるのをまった。
 が、なぜか彼女は、まるで入り口の開け方を忘れでもしたかのようにいつまでも、ガラス扉に手をかけたまま、動きだしそうにない。
・・・

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ネガティブ太陽

14/04/07 コメント:6件 欽ちゃん

30歳の誕生日を迎えた
なるべくして童貞のまま迎えた30歳の誕生日

仕事中にも関わらず、
「これで僕も魔法使いw」と自分へ皮肉を今日も2ちゃんねるに書き込む

職場では冴えず、いかに目立たないかに全力を尽くす
座っているだけで周りの女性社員にキモがられて、常にバツゲームの的になっている

寂しくなった頭、一年中テラテラと光沢のある肌、唯一前向・・・

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第三十三回 朝礼耐久選手権

14/04/04 コメント:16件 タック

「蝉時雨のひびく、夏真っ盛りの様相。太陽は輝き、この日の開催を祝福しているようであります。皆さん、おはようございます。本日はここ、上谷中学校グラウンドからお送りいたします、朝礼耐久選手権。天候は晴れ。湿度も良好。気温は早朝にも関わらず、二十五度と絶好のコンディションです。実況を務めますのは私、天気晴夫。そして解説には晴天大学教授、長雨不快さんにお越しいただいております。よろしくお願いします」

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コントラスト

14/03/31 コメント:20件 泡沫恋歌

 日向千夏は混血かと思うほど彫りの深い顔と長い睫毛、色白でスタイルの良い彼女は目を惹く美人だった。
 それに比べて無口で不細工な私は冴えない存在で千夏しか友達がいなかった。コントラストとして千夏という太陽が歩くと、その足元にへばりつく影のような存在だった。
 なぜ千夏が私を友人に選んだのか、その理由を知ってショックを受けた。
 ある日、千夏がデートに誘われたが一人で会うのが不安な・・・

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雨の素

14/03/24 コメント:4件 W・アーム・スープレックス

 部屋を整理していると、ふりかけのパックのようなものが三つ、押し入れのすみからでてきた。なにかのおまけにでももらったのか、口をあけることもないいまま、いつしか記憶からこぼれおちたようだった。記憶からこぼれるぐらいだから、たいしたものであるはずがなく、おなじように忘れられたきりかえりみられることのないしろものは、探せばいくらでもみつかるにちがいない。
 パックの一つは、『雨の素』とあった。その・・・

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きつねのよめいり

14/03/22 コメント:17件 そらの珊瑚

 川伝いに伸びる、でこぼこ道の向こうから
「菜の花がきれいね」
 と言い懐かしい人が光をまとってやってきた。
 クリスタル製の呼び鈴に似た、高く澄んだ鳥の声が真っ青な空いっぱいに響いている。

「あなた、ずいぶんともう大人になったのね、見違えたわ」
 と彼女は私を少しまぶしそうに見て笑った。
「大人も大人。まさかこんなおばあちゃんになるなんて、あの頃は想像・・・

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47分後から今も続く誰そ彼

14/03/11 コメント:6件 クナリ

ゲームセンタが、友達一人いない、高校一年生の僕の居場所だった。
僕が気に入っていた対戦格闘ゲームは、誰かが一人でCPU戦を遊んでいる時に、背中合わせに置かれた筐体の向こう側から、他人が乱入して対人戦を遊べる仕様になっていた。
中学の頃からこれまでに何百回も勝負を挑まれ、殆どを返り討ちにした。最後に負けたのがいつだかも忘れた。
これに飽きてしまったら、何をして寿命までの暇潰しをしよ・・・

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今日だけ言わせて!

14/03/06 コメント:6件 浅月庵

「奇跡的にカツサンド残ってたからゲットできた!」購買から戻ってきた同級生の鶴岡くんが満面の笑みで喜ぶ。周りの人も良かったじゃんと言うだけで、大して気にも止めていない様子。
 僕は教室の隅で、机の上に広げた昼食のお弁当そっちのけで、ぼんやりと考えごとをする。
 本当はこの世に“奇跡”なんてものは存在しないし、0.00001%でも望みがあるというのなら、その結果は奇跡なんかではなく必然にな・・・

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幻の影

14/03/06 コメント:11件 かめかめ

 忘れ物があるんだ、そう言って、田辺が消えた。

 1987年3月、僕らの母校は廃校になった。島に一つだけある小学校の最後の卒業生が僕たちだった。
 児童数の減少から廃校が決まっただけのことで、土地の二次利用などということもないまま、校舎は当時のままに残っている。
 集まりのため島に戻った僕と田辺は、寄り道することにして母校へ向かった。
たそがれ時の光を受けて木造・・・

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河童

14/02/28 コメント:21件 そらの珊瑚

 本当の名前は確か『かめきち』だった。
 でも彼のことを、みな『あほきち』って呼んだ。あほきちは僕よりだいぶ年は上だったけど、何を言われても、えへらえへら笑ってた。石をぶつけられても笑ってた。
 おれ、あほだから、って。
 
 あほきちの死んだばあちゃんが言ったらしい。『おまえのえがおは、日本一じゃ』って。

「一足す一は?」
「にー」
 あほきちが・・・

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スモーキング・ワールド

14/02/27 コメント:20件 泡沫恋歌

「星座を見てくる」
 そう言って俺はダウンジャケットと携帯用灰皿を持ってベランダにでる。ポケットから煙草を取り出し火を付け、一服深く煙を吸い込む。
 この寒空に誰が星なんか見たいもんか! 我が家は室内での喫煙は厳禁なのだ。妻は大の煙草嫌いで俺に禁煙しろと喧しい。「夫が煙草を吸うと妻の肺がんの確率が増加するし、私を殺す気なの?」と嫌味をいう。おまけに娘に喘息があり家族の前では絶対に煙草が・・・

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春の儀

14/02/26 コメント:8件 黒糖ロール

 ――今年も、おさな子がぐずついている。
 噂が天と地のあわいを吹く風に流され、春待つ樹木や草花の精たちをざわめかせる。ざわめきは地を縫い伝って、午睡する彼の耳に届けられた。
 暦の上では春間近。生類たちの呼気も吸気もわずかに勢いづく季節である。
「御子のお泣きになる姿が目に浮かぶのう」
 彼は笑みを湛えて立った。屋敷には清々しい空気が満ちている。
 周りをたなびく瑞・・・

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翻訳強盗

14/02/25 コメント:6件 五助

「金を出せ、などと私が言いたいわけじゃないんですよ。彼が言っているわけで、私がそれを通訳しているだけなんです。もちろん、もちろんそうです。共犯者なんかじゃありません。たまたま、通訳を頼まれただけなんです。レストランにいる奴らの国の言葉がわかるか、なんて言われて、大丈夫ですよ。なにか用事があるんですか、通訳しましょうか。なんて安請け合いしちゃったからこんなことに、ああ、大変だ。早くお金を出せって、早・・・

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三角形の崩し方

14/02/24 コメント:15件 草愛やし美

 綾の部屋に忍び込む。親友だった女だから彼女の習慣は熟知している。就寝前、必ず飲む甘い赤ワインに毒を盛る。夫の前で鼻を鳴らしていたあの得意顔の女は苦しみに歪んだ酷い形相で死に絶える。綾は死ぬしかない女。憎い、どうして親友の私の夫を寝取るなんてことができるのか。あいつは女の風上に置けない、いや、人間じゃない。ドラマのような酷い話が、吾身に起こるなんて思いもよらなかった。
 夫は私のもの、私にぞ・・・

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緒方は僕を見つめて、

14/02/24 コメント:11件 クナリ

緒方早苗がクラスの中でされていることを、俺が緒方のおばさんに勝手に話したのは、単に、俺がその状況に耐えられなくなったからだった。
あなたの娘さんは中学校でいじめられていますよ、などとは言わず、緒方の受けていた被害をなるべく冷静に、事実のみを淡々と説明した。
緒方がいじめられている、と言っていいのは、この世界で緒方だけだと思った。

おばさんはその日のうちに学校に問い合わせ、・・・

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冷たいハーブティ、そしてシャンティ

14/02/23 コメント:1件 おでん

 三年間付き合った光広と別れてから、約三週間が経った。私は身なりを整え、光広が働いていたヨガスタジオにやってきた。
 受付の女性に体験したい旨を伝えると、冷たいハーブティーを出され、必要書類に記入を求められた。たっぷり時間をかけて書類を仕上げた私は、
「こちらでお世話になっていました瀬川光広の知人なのですが、葵先生に是非ご挨拶させて下さい」
 と、冷静に言った。
 ほどなく・・・

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昏睡軽自動車

14/02/22 コメント:5件 タック

「……窓から見る星も、綺麗だな。虫の声も、オーケストラみたいだな」
「……なんだ、梶川。似合わない。お前そんなこと言うやつじゃないだろ」
「……はは、すまんすまん。たぶん、感傷的になってるんだ。こういう状況、経験したことないからさ」
「あたりまえだ。経験してたらおかしいだろ」
「うん、それは、そうだけど。経験してる可能性だって、捨てきれないぜ?」
「……だとしたら、お・・・

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鬼獣丸

14/02/21 コメント:20件 泡沫恋歌

 殿上人の姫君が鬼の子を産んだと京童たちの間で噂になった。
 治部卿の娘、一の君が父親の分からぬ赤子を産んだが、それは鬼の子だったというのだ。
 産み落とした我が子をひと目見るなり、余りのおぞましき姿に発狂し姫は身まかった。治部卿は異形の孫を葬り去ろうとしたが、陰陽寮の技官に鬼の祟りがあるやも知れぬゆえ、殺さず、人目に触れぬように生かせと助言された。一の君の産んだ男児は、屋敷の奥深く密・・・

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鼻の穴の中の奧の指輪

14/02/14 コメント:1件 五助

「どうされました」
「先生、鼻の穴に入った結婚指輪をはずしてください」
「はぁ」
「鼻の穴に入った結婚指輪をはずしてください」
 女は大きな声を出しました。ここは耳鼻科です。
「それは聞こえてんねん。なんで結婚指輪が鼻の中に入ったんや」
「鼻をほじったら、奥に入って取れなくなったんです」
「そんなあほな、ちょっと見せてみい」
 医師は女の鼻の穴にライ・・・

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【 閲覧注意 】全国不幸自慢大会

14/02/10 コメント:18件 泡沫恋歌

「みなさん、こんにちは。全国不幸自慢大会の時間でございます」
 市民会館の大ホール、観客席ほぼ満員である。
 七三に分けワックスで固めた頭に、今どき流行らない赤い蝶ネクタイ、黒いロイド眼鏡をかけたアナウンサーは胡散臭い男だ。
「では、本日の審査員をご紹介します。絶望の魔女と呼ばれる超辛口人生相談カウンセラーのクリスティーン・佐渡先生でーす!」
「ハーイ! クリスティーン・佐・・・

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ウーロン茶

14/02/04 コメント:3件 メラ

「ソレちょっとありえなくねえ?」
「でしょ?」
「ええと、何だっけそいつ?」
「うん?タカぽん」
「ぽん?」
「タカぽん。かわいいでしょ。本名は・・・」
「いや、どうでもいいけどよ。ユミもそんなんだからナメられてんじゃねえの?」
「嫌だー、カッ君。それ下ネタ?タカぽんとはまだ・・・」
「ばか、全然ちげえよ。空気読めよ」
「でも、タカぽんね、すっ・・・

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馬「昨日、助けていただいた馬です。」 俺「う、馬が喋った!?」

14/02/03 コメント:15件 平塚ライジングバード

馬「ヒヒーン。ヒヒーン。」
俺「遅ぇよ!!喋れるのは分かってんだよ。」
馬「すまんウマ。お騒がせしたウマ。」
俺「急に変な語尾をつけなくていいから!!で、何の用?」
馬「昨日助けていただいたお礼をしにまいりました。」
俺「え…!?俺、馬なんか助けた覚えないんだけど。」
馬「ええと…。昨日、誰かを助けたりしませんでしたか?」
俺「敢えていうなら、電車の中でお・・・

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深林、駆けるは灰色の馬

14/02/03 コメント:4件 タック

 体を揺らす振動に、少年は目を覚ました。続いて感じたのは背中を包む温もりであり、背後から回された腕の細さであった。骨ばった腕は少年の体を両側から支えるように伸び、黒光りした太い紐を握っている。その先では筋骨隆々とした灰色の太い首が、鼻息を漏らしながら激しく上下に動き続けていた。尻を突き上げる律動。少年は自分が馬に乗せられていることに、まだ覚醒の成らぬ胡乱な頭で思い至った。
 
 眠気に・・・

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変態

14/02/02 コメント:5件 都然草

「狂おしいほどに、君を愛してる。何人も僕らの仲を引き裂くことはできない…。」
僕は彼女を間近に引き寄せ、キスをして抱きしめる。
ああ、柔らかい。あまり力を入れると壊れてしまいそうで、僕はこの手を緩める。
素晴らしい夜だ。こんな夜が続くのなら、もう朝なんていらない。彼女の白く細い脚に僕の足を絡め、そのまま眠りへ落ちていった…。

そして、
朝起きると、
彼女・・・

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線香花火

14/01/31 コメント:7件 黒糖ロール

 真奈美の真上に夜空が広がっている。透明色にわずかだけ曇りをつけたガラスを通して見たような空だ。都市郊外の夜は弱々しい。まばらな電気の明かりと夜の闇が混ざっていて、物足りない。田園がまだ多く残る故郷では、星はもっとくっきり光っていて、背後の闇は深くて強い。ただ寒さについてはあまり変わりがないらしく、ベランダに立っていると靴下の薄い布地から冷たさが這い伝わってくる。寝間着の上に羽織ったコートの襟をか・・・

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死ニゾコナイ

14/01/30 コメント:19件 そらの珊瑚

 寝室の窓の外で
 また今夜も
 切れかかった街灯が
 青白い点滅を繰り返す

 この世に未練があるのか
 ただ惚けてしまったのか
 それとも
 死ニユク前のあがきなのだろうか
 今夜も
 静寂であるべきはずの
 オレの
 夜を
 不規則という規則にのっとって
 あいつが邪魔をする

 寒空の下で

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乙女倶楽部

14/01/27 コメント:16件 朔良

「あゝ小百合お姉様! サナトリウムに行つてしまはれたなんて! なんておいたはしい…。どんなにお辛いことでせう。あの冷たく切なき仕打ちもすべて私を思つてのこと。私はなんと愚かだつたのでせう! お姉様の清らかなる美しきお心も知らず貴子様と演奏会に行つてしまうなんて…」
 レェスの半巾を握りよゝと泣き崩れる美代。
「ホホホ、小百合様は美代さんにお怒りになつてゐるわ」
 貴子が黒ゝとした・・・

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愚か者

14/01/22 コメント:25件 草愛やし美

 あれほど心焦がした純粋な想い、あのエナジーを表す言葉なんて見つからない。目を瞑ればあの刹那が網膜を焦がし蘇る。だが、愚か者に答えは見出せない。蒼ざめた唇が砂を噛んだ日々は二度と戻らず。

 記憶の糸を辿る、何も、ここに来て哀愁に浸るつもりなどなかったはずなのに……。洋子と離婚調停が纏まったからだろうか? なぜここに来てしまったのか、自問自答しても答えは出ない。自分が、生きてきた証を失・・・

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死神の憂鬱

14/01/19 コメント:12件 黒糖ロール

 ヘッドフォンを耳に押しつけ、大音量でロックを聴いていると、心が落ち着く。今もベッドにもぐりこみ、激しい音の波に自分を埋没させている。今頃、両親と妹は、テレビを見ながら夕食をとっているのだろう。
 プレイヤーの音量を上げた。ヴォーカルの絶叫が、階下の家族団欒の想像を少しは壊してくれる。
「あんた生きてる意味ないよね」
 友人の言葉がフラッシュバックする。「冗談きついなあ」と返しな・・・

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すきやきの日

14/01/17 コメント:24件 泡沫恋歌

 私が小学校の頃、昭和の日本は貧しい国だったと思う。
 いや、違う! 貧しいのは我が家なのだ。昭和三十年代、冷蔵庫や洗濯機といった便利な家電品が一般庶民にも持てるようになってきたが、貧乏の子たくさん、もう絵に描いたような貧しい一家は小さな住宅に大家族で暮らしていた。
 収入源は父の給料と、朝から晩まで母は内職の電動ミシンで割烹着を縫っていた。
 貧乏な我が家の唯一の楽しみといえば・・・

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夕と夜の間に

14/01/13 コメント:10件 平塚ライジングバード

「あぎょうさん、さぎょうご、如何に?」
夢の中で語りかけられる。

私は、その謎の答えを知っている。
私は、その妖の正体を知っている。

しかし、私は答えない。
ここが夢であることを認識しているから、夢であることを理由に私は黙りこくって、寝た振りをする。

そして、私は呪われた。



「朝戸さん、朝戸理絵さん。いい・・・

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草汁おばさん

14/01/13 コメント:12件 W・アーム・スープレックス

 草汁おばさんはきょうも、朝からドリンクの配達に飛び回っていた。
 バイクの荷台の冷凍バッグには、まだ半分以上の草汁が残っている。おばさんは放射能予防マスクのなかで大きく息をすいこむと、バイクのアクセルをグイと握りしめた。
 脳科学者たちが開発した草汁には、ひとを認知症にみちびく成分が含まれている。飲み続ければいずれ、認知症患者同様の物忘れに陥ることだろう。最終戦争のことも、放射能のこ・・・

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ひだりうま

14/01/07 コメント:6件 かめかめ

 美代子は左手でもてあそんでいた舞扇で、ふと汗ばんだ襟元をあおいでみた。宗家に見つかればどれだけ叱られるかしれない。虫の居所が悪ければ「破門だ!」と怒鳴りつけられるかもしれない。
「それもいいのかな」
 ひとりごちて美代子は稽古場の柱に肩をもたせ掛けた。

 小さな流派だ。宮部流というのは。
 片田舎に残る土着の地唄舞。
 宮部村に住むもの意外で宮部流の名はおろ・・・

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白百合渡る蒼穹に

14/01/06 コメント:4件 青海野 灰

盗んだパンを抱え、汚れた灰色の石の街を裸足で駆け抜けた。身に纏うのは街よりも汚れたボロ一枚。背に浴びる怒号は風よりも早く遠ざかる。私の足は、富と贅肉を持つ大人には決して捕まらない。
暗い路地裏の塵捨て場に身を隠し、乱れた息のままパンを齧る。足の裏に刺さった硝子片を抜き取り、腰袋に入れた。袋の中にかちりと落ちるその音を聴くと、少しだけ心が弾む。笑みを浮かべ再びパンを齧る私の耳は、背後の微かな足・・・

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昭和先生

14/01/05 コメント:4件 るうね

「廊下は走るな、といつも言ってるだろう! 何回言えば分かるんだ!」
 克也が注意するとその男子生徒は、すみません、と頭を下げた。不承不承という言葉が、しっくりくる態度だった。それが、克也の癇に障る。
「大体、お前らはだな」
「あの」
 その男子生徒は最新型のスマホを取り出して時間を確かめると、そう口を開いた。
「そろそろ部活の時間なんで、行ってもいいですか」
 ・・・

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野良猫の事情、ブルーラグーンの空

14/01/01 コメント:19件 そらの珊瑚

  空というものは、大きな宝石だ。朝陽が昇る時間には燃えるようなルビーの赤になり、それから爽やかなアクアマリンの青空に変わる。所有者のいない宝石。誰のものでもない。神様が用意してくれた誰のものでもない、美しいもの。
「ニャーオ」
 おお、そうだった。おまえも宝石を持っていたね。エメラルドの瞳。毎朝の日課である散歩の途中で、この浜で会うだけの、首輪がないし、汚れ具合からみると、たぶん野良・・・

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Lovers End Worlds

13/12/23 コメント:5件 青海野 灰

人類が未知のウィルスにより死滅してから、もう五十年が経つ。

科学者であった夫が作った私の義体は、必要な熱量の摂取さえ怠らなければ問題なく稼働し続けていた。彼の最期の贈り物――今も胸部ドライブで回転を続ける思考ユニットが、無機物である私を、彼の妻であった私という人間に保ち続けている。
でも、それももう、限界に近い。
体は問題ない。自己修復の素材により老朽化の傾向も見せず、自・・・

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その再会に喜びは無く

13/12/21 コメント:4件 タック

「また、あなたに会えるとは思ってませんでしたよ」
 
 小さな円が出来ている。数人の男女が寄り集まり歓談に興じている。老年、若者、年齢層や外見は種々様々な集団だが、共通している一つの事柄があった。一人の、俯く男を全員で包囲しているのである。

「い、いやあ、その節は本当に、その、すみませんでした……あ、あはは」
 
 苦笑いを作る男は額から汗を流し、この場から逃・・・

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雪鳴り

13/12/16 コメント:14件 そらの珊瑚

『雪は音もなく降っていた』という記述に、この本の作者は雪国を知らないと直感的に思った。雪が降る時ほんのかすかな気配だけの音がするのだ。生まれてからずっと北の最果てと呼ばれるこの街に住み続けている私には分かる。ホントの事なんて当事者しか分からない。私は読みかけのハヤカワミステリの文庫本を閉じた。
「しばれるなぁ」
 駐在のおまわりさんだった。『この顔にピンときたら110番!』顔写真入り・・・

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雪は知っている

13/12/12 コメント:8件 alone

ソノは思いつく限りの防寒着を身に着け、ひざ掛けの上に手袋をつけた手を乗せ、僕が押す車いすに座っていた。
「今日はやっぱり寒い?」
こちらを振り向くことなく、ソノは僕に訊ねた。僕は車いすを押す手を止めることなく、押したまま答える。
「そうだね。少し肌寒い」
「そう……」
ソノは寂しそうな音を含んだ声を漏らし、そのまま黙った。
乾燥した空気が冷たい風に揺り動かされる・・・

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     白

13/12/07 コメント:3件 かめかめ

まっしろいへや


まっしろいおんなのこ


まっしろなおやつ


まっしろなおんなのひとが


まっしろなてでおんなのこを


まっしろなとびらのむこうへ



雪崩くる丸太、丸太、丸太、丸太の洪水。
押し流される、押しつぶされる、そして


        ・・・

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雪をわたり、蝶にのる

13/12/03 コメント:12件 クナリ

桜も盛りを過ぎた頃の休日、私は大きめのハンカチを手に、昼の山道を歩いていた。
振り返ると、先日卒業した短大が麓に小さく見える。
冬は雪の降る地域なので、春になっても肌寒い。
そこここに、山桜の花弁が散っていた。



あの日、気付くと私は、円筒状の建物の底にいた。
苔むした、石造りの塔のようだった。
塔内部の丸い空間は、私が数歩で横切れる程度・・・

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お父様、旦那様、これが私の復讐ですわよ

13/12/02 コメント:14件 平塚ライジングバード

「強大な壁に守られし、香しき車。それを頂戴するため、彼の駒を前進させる。」
僕は大声で叫んだ。

これは、貴方を巡る僕の戦い。
この対局の一挙手一投足、その全てが貴方へのプロポーズなのだ。



出雲将棋の醍醐味は口上にこそある。
盤面で決着がつくことが珍しい出雲将棋は、手数よりも口数が勝敗を左右すると言っても過言ではない。
プロの対局・・・

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雪響 ――ミグナッハはかく歌い――

13/11/22 コメント:19件 クナリ

私が十九歳で、合唱団最高格の歌姫を辞め、駆落ちした夜は、酷い雪だった。
大陸の端の一大都市、『歌と水の町』の冬。
貴族院付きだった私の逃亡は、団の名に泥を塗ることになる。<脱走死罪>の団の私兵をやり過ごすために私達は雪に潜り、長い時間、道端に伏せた。
追手が諦めて去る頃、私に覆い被さった恋人は凍死していた。私も寒さで病み、お腹に宿していた命が流れて散った。
歌う為に生きてき・・・

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コアントローの昼下がり

13/11/18 コメント:7件 朔良

「ゆかり、シュークリーム作ってよ」

 …それを今、この場面で言う?

「ぜぇーったい、いや」

 あたしは小鼻にしわを寄せて、相馬ののほほんとした顔をにらんだ。

「やっぱり?」
「なんで、今シュークリームなんて言うかな? バカなの? 死ぬの?」

 三日前に決別した元彼の新しい彼女が「サークルのみなさんに差し入れでぇっす」って持・・・

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記念日スイーツ

13/11/13 コメント:25件 草愛やし美

 私は、ケーキを焼いている、スポンジケーキだ。さっき、クッキーも焼けた。香ばしい匂いがキッチンに漂よっている。


 夫に三か月前、離婚を言い渡された。その夜、夫に何を言ったかよく覚えていない。たぶん、罵ったのだろう。夫に女の影を感じてから、もう一年以上になる。夫は、その夜から、平気な顔をして夜遅く帰ってくるようになった。居直ったのだろう。離婚の理由を散々問いただしたが、愛がなく・・・

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ヘンデ・ホッフ、ベラルーシ

13/11/07 コメント:18件 クナリ

『リグルフ様へ

お目覚め、いかがでしょうか。
今貴方のいる、この窓もない小部屋は、亡父の友人の助力で建てたものです。ここから出るには、目前のドアの錠をを開けるしかありません。しかし鍵は、生きて貴方の手に届く所にはありません。
随分お歳を召した貴方をここへ閉じ込めた理由は、貴方が大戦中、同胞である私の父を撃ち殺した、その意趣返しに他なりません。
重傷の兵士が、負担にな・・・

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十一月に噛み裂いた花

13/10/31 コメント:18件 クナリ

未明の、自分のアパートの不燃ごみ捨て場の中。
私は、壊れた机らしい木組みに挟まれてうずくまっていた。
短大に通い始めてふた月が経っていたが、友達はできず家族とも没交渉の日々。
こうしてごみの中にいると心が安らぐのは、自分をごみのようだと認識しているからなのだろう。
ふと、目の前で足を止めた人がいた。高校生くらいの、痩せた男子。
これは趣味なので放っておいて、と言う前に・・・

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かごめかごめ都市伝説

13/10/28 コメント:13件 草愛やし美

かあごめかごめ 籠のな〜かん鳥は いついつ出やる よあけの晩にぃ 鶴と亀が滑ったあ〜後ろの正面だ〜れ
かあこめ囲め 籠の中の囚われ いついつ出やる 夜明けの晩げ つるりと滑った 後ろの正面だあれ

 またこの歌……このところ毎夜、眠ると聞こえてくる歌。わけがわからず気味が悪い。マリッジブルー? きっとそうだ。でも、不安で居たたまれない。昼間も残響のように歌が聞こえ耳を塞ぐこともし・・・

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シベリア

13/10/24 コメント:17件 そらの珊瑚

 JR御茶ノ水駅で降り商店街を歩く。丸善、レモン画廊を通り過ぎニコライ堂の緑青のドーム屋根が遠くに見えた。約束の店はすぐ見つかった。『兎や』は間口いっけんほどの小さなケーキ屋だった。がらがら……。自動ドアを見慣れた眼には硝子の引き戸が過去の遺物に感じる。
「こんにちは」「はいよー」
 店の奥から声がする。店の棚はがらんとして商品はない。もう予約販売しかしていないというのはどうやら本当ら・・・

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座る男と隣の女

13/10/21 コメント:4件 タック

 女は苛立っていた。男がまるで話す素振りを見せないのである。

 光源がテレビのみの、真っ暗な部屋の中、男は女に構う事なく、胸糞の悪いニュースを眺め続けている。女が二の腕に触れるも、男の反応は無く、空しい冷たさが、返答として翻るだけである。
 
 もう、飽きたのかしら。女は考える。

 男との同棲を決意してから、まだ幾ばくも経ってはいない。半ば狂乱のうちに実行し・・・

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おじさんの楽園

13/10/21 コメント:25件 泡沫恋歌

 どうして、こんなことになったんだ!?
 気がつくと俺はジャングルの中に倒れていた。大きな草に囲まれて周囲が見渡せない。草叢からオームが現れた。ナウシカに出てくる巨大な甲虫だ。しかし……ただのダンゴ虫だった。大きな蟻も歩いていた。
 不思議なことに俺の周りの物が巨大化しているぞ! いや待て、この俺が小さくなっているのか?

 昨夜は、地方に転勤させられる俺の送別会だった。<・・・

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セミ、うるさい。

13/10/17 コメント:10件 みけん

 事が果てると、ゆっくりと体を彼女から離した。
 専門学校へ通うため無理して上京してきた身分だったから、相応に狭いワンルームの安アパートは、残暑の暑さと、二人の熱気で蒸れていた。汗が引かない。傍らのティッシュを何枚か引き抜いて包みこみ、ついでにそれで額の汗を拭った。彼女は「汚い」と笑いながら言う。汚くなんかない、と反論しようとするけど、やめた。
 彼女は裸のまま立ち上がって窓を開け放っ・・・

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きになるひと

13/10/15 コメント:17件 猫兵器

 自慢だった長い髪には青々とした若葉が混じり、ほっそりとした素足からは土を求める透明で細やかな根が伸びていた。
「ごめんね、けい君。わたし、樹になるんだ」
 そう言って寂しそうに笑ったミヤコの頬には、優しげな葉脈が目立っていた。

 ミヤコのお母さんも、お祖母さんもそうだったらしい。
「家系なの。言えなくてごめんね。いつかはこうなるって、分かっていたんだ。でも、ずっと・・・

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マイ エドワード

13/10/12 コメント:16件 そらの珊瑚

「おはよう、エドワード」僕は心の中でささやいた。ベッドで寝息を立てているエドワードを起こさないように。エドワードは本名ではない。外国人でもない。かつ僕専用の秘密の呼び名。そう呼ばれている本人でさえこの呼び名の存在を知らない。大学の友達や君の恋人も君を「エド」と呼ぶ。苗字が江戸だから。頭の中で自然とカタカナ表記になってしまうのは君のルックスによるところが大きいだろう。おじいさんがスウェーデン人らし・・・

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再生は、喪失の中で

13/10/12 コメント:8件 クナリ

睡眠薬なしでは眠れなくなってから、どれくらい経つだろう。
二十代も終わろうとしている今、働きもせず、私は狭いアパートの隅で、虫のように暮らしていた。
水商売をしていた頃には堅気じゃないお客も来て、時には物騒な都市伝説を教えてくれもした。
「人殺しが死ぬ間際には、走馬灯の中に必ず自分の殺した奴が出て来るんだと」
刺激的だったのは、話ばかり。
今は荒れた畳の上に転がり、カ・・・

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告白

13/10/11 コメント:22件 murakami

 1976年のことです。私は高校を出て、就職したばかりでした。ある日、同じ職場の3歳年上の男性から結婚前提の交際を申し込まれたのです。まじめで優しそうな方だったので了承しました。交際するうちに彼の誠実さに惹かれ、週末のデートが何よりの楽しみになりました。
 ところが3ヶ月程たったある日、二人でドライブ中に事故にあってしまったのです。助手席に座っていた私は、追突された拍子にダッシュボードに顔面・・・

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テクマク・マヤ・コンプレックス

13/10/07 コメント:17件 平塚ライジングバード

ナメクジに砂糖をかけるとどうなるか知っているだろうか。
想像力の足りない人間は、牧歌的な速度で地面を這う彼らに、一つまみでも二つまみでも降り注いでみればいい。
自分が行ったことの残虐さをきっと思いしるはずだ。



「私のことを蛍光ペンでなぞって!きっとあなたにとって大切な存在になるから。」
蛍池ひかりの言葉を合図に、ファン達は一斉に黄色のサイリウムを彼・・・

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宅配アイドルでーす!

13/10/03 コメント:15件 泡沫恋歌

 ピザを頼んだら、玄関に変な女が立っていた。
 インターフォンが鳴ったので、てっきりピザ屋だと思って、俺は二階から駆け降りた。台所に置いてある母親の財布からピザの代金を掠めて、慌ててドアを開けたら、
「宅配アイドルでーす!」
「はぁ? なにソレ? そんなの頼んでないから!」
 そう言って、鼻先でバタンとドアを閉めた。
 なんだよ、あの女は? ヒラヒラのミニワンピ着て、・・・

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クラスメイトは孤独に歌い

13/09/25 コメント:4件 タック

 商店街は空気さえも色を失ったようだった。無味乾燥なシャッターが景色の多くを占め、活気を生む声も人々の行き交いも無く、悲しい静寂だけが、荒涼とした場を満たしている。崩壊に向かっているのが分かりながらどうにもできない、そんな諦観に、壊れかけの街は包まれていた。
 細々と、僅かに残り続ける古くからの店。その一つである肉屋に向かう最中、ひどく音割れのした時代遅れのポップスが耳に入った。さびれた雰囲・・・

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夢待ち

13/09/23 コメント:2件 堀田実

 いつになっても訪れない夢に金城孝之はやきもきした気持ちを抱えながら、ギィギィと音を立てる古びた椅子の背もたれに凭れ掛かっていた。指折り数えながらいったい何日が経過したかを思い返してみる。日の光がカーテン越しに淡い色を放ちながら注いで部屋の隅から隅をぼんやりと照らし出している。角の木枠に隠れていた蜘蛛もそっとタンスの背後へと隠れる。小学生になると同時に買ってもらった勉強机には蕾のままのチューリップ・・・

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無人駅の子

13/09/20 コメント:27件 草愛やし美

「しいちゃんここで待っていて、母さん、すぐに戻って来るからね」
 そう言って母は、改札を出て行った。田舎の駅、初めて来た知らない駅。誰もいないホームにポツンと一人残された私は、母を待った。手には母が置いていったジュースの小瓶と、少しばかりの菓子の入った袋を持ち待っていた、何時間も無人駅で。最終列車らしきものが、通り過ぎても母は戻って来なかった。山奥のその駅の近くの人からの通報で、私は、その駅・・・

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“劣化コピーライター”ネオ写楽

13/09/09 コメント:8件 平塚ライジングバード

−さて本日は、「零沢直樹」、「風立たぬ」でお馴染みの“劣化コピーライター”ネオ写楽さんにお越しいただきました。本日は、よろしくお願いいたします。

どうも。劣化コピーライターのネオ写楽です。
劣化コピーライターという職業は、あまり馴染みがないかもしれませんが、要するにヒットした作品のパロディを作り、流行の恩恵にあずかるという非常にやりがいのある職業です。

−先日、「・・・

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ゲジ

13/09/06 コメント:11件 そらの珊瑚

 駅前の日比谷花壇で白い百合を買った。白い菊を、と言いかけて止める。二月の雨の日に菊ではあまりに似合い過ぎている気がしたからだった。
 若い女の店員がくるくると手慣れた手つきで花束をこしらえながら、カサブランカですと言った。カサブランカ? 二、三秒のタイムラグの後、ああ、この花の名前? と理解した。そういえば三人でそんな名前の映画を見たことがあると思い出し、ふいうちをくらったように涙腺が熱く・・・

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待ち人来る

13/09/05 コメント:5件 メラ

「待ち人来る」
 確か正月に近所の神社で初詣した時、おみくじにはそう書いていたと思う。夏美はそんな事を思い出したが、それは今の状況にとってなんの慰めにもならなかった。
『ごめん!どうしても仕事が終わらない。必ず埋め合わせはするから』
 交際相手である雅人からそんなメールが届いたのは、待ち合わせ場所に着いてからだった。
「ありえない」
 夏美はそう思ったし、そう返信した・・・

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桜で終るふたつのストーリー

13/08/28 コメント:5件 W・アーム・スープレックス

 昭和九年 三月吉日

 一日千秋の思いとは、この事でございましょう。
 いつも、手紙をポストに投函してからというもの、あなたからの返事を待って、気もくるわんばかりの日々を送らなくてはなりません。
 いっそ汽車に乗って、あなたのところまで一散に飛んでいきたい衝動に、何度駆られた事でしょう。
 けれども、いくつもの山河を越え、方言さえ異なるあなたの町に何日もかけて・・・

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カミツレとジギタリス

13/08/26 コメント:18件 クナリ

辺境の女子孤児院を、リラの花弁が彩る季節が来た。
十年前の革命暴動の際の孤児が多く居るこの施設で、私とフラヴォアは七歳の時に出会った。今年、お互いに十七になる。
フラヴォアは貴族の血を引く端麗な容姿の持ち主で、その金髪碧眼は院内でも目立っていた。毅然とした立ち居振る舞いに憧れている子も多く、彼女と友達であるということは私の自慢でもあった。ただ、友情と言うよりは、憧れに近い感情ではあった・・・

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コーヒーブレイク

13/08/26 コメント:1件 山中

「相変わらず静かな店だな」

郊外にある気取らない雰囲気の素朴なカフェ。古くからの友人が私の店にやってきた。私は友人を見るなり、どこか気力のない空気を漂わせていることに気がついた。

「元気がないな。悩み事か?」

カウンター越しから伝わる友人の憂鬱を感じながら、私は丁寧にドリップされたコーヒーをカップへと注いだ。

「悩みといえば確かにそう・・・

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ある橋の下で

13/08/19 コメント:3件 佐川恭一

 まったくねえ、神様なんてものがいるはずないんですよ、もしいたなら、私がこんな目に遭ってる理由がわかりません。私はね、昔ちゃあんと働いてたんです、女房と一人娘がいて、慎ましくも幸せな生活を送っていたんですよ。それなのに、私が証券会社に騙されて借金背負わされると、女房は娘と逃げちまいました。私は借金がばれて会社もクビになって、まったくの無一文。毎日借金取りに来られてどうしようもなくなって、強盗に入っ・・・

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神は……

13/07/31 コメント:9件 光石七

「ありがとうございます。先生は神様です」
患者の家族が涙ながらに感謝してくる。難度の高い手術を次々とこなす私を「神の手だ」ともてはやす輩もいる。私はそのように言われるのが好きではない。もちろん心臓外科医としての矜持も、それなりに鍛錬を重ねてきた自負もある。担当した患者が元気な姿で退院していくのはうれしい。しかし、どこかやりきれない思いが残る。
 患者全員を助けられるわけではない。手術の・・・

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君の知らない黒歴史

13/07/29 コメント:10件 平塚ライジングバード

ああ、もう何でだろう。自分のことが嫌になる。軽蔑する。
僕の大大大好きな人が隣にいる。それなのに。それなのに。
「体調でも悪いの?」
心配してくれてる。
一言も喋れない僕に、彼女は優しい言葉を投げかけてくれてる。
でも、言えない。
「大腸が悪いんです。」なんて言えない。
「漏れそうなんです。」なんて絶対に言えない。
もう嫌だ。本当に嫌だ。帰る方向が・・・

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幕間物語

13/07/27 コメント:2件 汐月夜空

 扉を開けるとそこは真っ白な空間だった。
 影という影も、光という光もなく、ただ何もないその空間の真ん中に。
 薄いクリーム色をしたロココ調のテーブルと同じ色をした二脚の椅子。
 右手側のその椅子に腰かけた、存在感が薄くぼやけているような男が。
 銀色のティーポットからブラウンの液体をティーカップに注ぎ、言った。
「やあ、よくここまで来てくれたね。座ってくれ」
・・・

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彼女が無口な理由

13/07/15 コメント:14件 光石七

 高校生活がスタートして二ヶ月が過ぎた。初めのうちは同じ中学出身者同士で固まっていたけれど、今はもう新しい仲良しグループができている。休み時間にダベったり、お弁当を一緒に食べたり、買い物に付き合ったり、私もそれなりに楽しんでいる。
 クラスの中にどのグループにも属さない女子がいた。琴田さんだ。かわいい顔をしているのに、大人しくてあまりしゃべらない。話しかけても簡単な返事を返すだけ。授業で同じ・・・

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酒の音

13/07/15 コメント:7件 W・アーム・スープレックス

 あのときはまだ、昭和だったかな。
 ぼくはせまいアパート住まいで、部屋には風呂がなくていつも、近くの銭湯にかよっていたときのことだ。工場の仕事が終わって、一汗ながしにいく風呂は最高で、ときどき入れ墨した人が横に入っていることもあったけど、肌と肌のふれあいの場だから、それもしかたがない。
 銭湯の帰りにはかならず、たちよるところがあった。労働で油にまみれた体を洗いおとして、さっぱりした・・・

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【猫探偵】ショートグッドバイ

13/07/12 コメント:17件 そらの珊瑚

 とある雑居ビルの二階の南西角部屋がワタクシ『猫探偵』の住居を兼ねた事務所である。午前八時きっかりにドアが開く。事務員の時子さんの出社だ。何事にも正確であることをモットーにしている。
「おはようございます、先生」
 今日もただの一本の後れ毛もなく髪を頭頂部でシニヨンでまとめ(はやくいえばひっつめ髪ですな)そのためいくぶん目尻のシワは伸ばされ若干つり目になっている。見た目はとても五十歳に・・・

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チャラ男とツン子

13/07/07 コメント:14件 泡沫恋歌

「バカ野郎! もう来るなっ!」
 そう叫んで、立ち去る男の背中に向けてテッシュの箱を投げつけた。だが間一髪、玄関のドアに阻まれて当たらなかった。
「ちくしょう!」
 ドアの向こうから笑いながら立ち去る男の靴音が聴こえる。
《あんな無慈悲な男とは絶対に別れてやる!》
 病人の私を見捨てて出て行った、男への怒りが収まらない。

 ここ数日、風邪を引いてアパート・・・

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鋭い目

13/07/01 コメント:5件 

僕の近所には探偵がいる。探偵といえば、よくテレビで華々しく活躍しているけど、僕は知っている。探偵とは、もっと地味なものだ。
実際、近所の探偵は、こじんまりとした事務所兼自宅にいて、表にでている看板も控えめな大きさで申しわけなさそうにたっている。そんな事務所にいる探偵も探偵で、見た目はどこにでもいそうな普通のおじさんだ。むしろ、昼夜かまわず、コンビニ弁当を持って帰る姿ばかりみかけるので、探偵と・・・

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最後の暴君

13/07/01 コメント:8件 光石七

 国王が急な病で床に就いた。二十歳を過ぎたばかりの王太子が留学先から密かに呼び戻される。国王の病状は深刻で、もはや治る見込みがなかったのだ。
「畏れながら、まもなくあなた様は一国の王となられるでしょう。どうかお心づもりを……」
側近が王太子に告げる。王太子は頷き、国の現状を尋ねた。
 まもなく国王が崩御した。新国王の誕生だ。国民は新しい国王を歓迎した。外国で見聞を広め、旧態を打破・・・

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盤上の風

13/06/29 コメント:13件 そらの珊瑚

 故郷の春を想う時、それは『からっ風』と呼ばれる山々を越えてきた強い風が吹いていくる。あの風に背中を押されるように、俺は小学校に入学する前から近所の将棋センターに通った。
    ◇
 古い木造家屋の硝子戸に顔を寄せてじっと中の様子を見ていると、先生と呼ばれるそこを経営しているおじさんがやってきて、「坊や、また来たんか」と中へ入れてくれる。
 
 ダルマストーブの上にはシュ・・・

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Looking for somebody

13/06/20 コメント:12件 光石七

『ぬこ様の肉球にかけて、俺は真実を暴く!』
テレビから聞こえるドラマの主人公の台詞。今話題の深夜ドラマ『ぬこ厨探偵 猫川唯斗』だ。
「そうそう難事件に遭遇するかよ。この決め台詞、意味不明。どうせ犯人はあの医者だろ? 知識を利用して、犯行時刻を遅らせたんだ」
ぶつぶつ文句を言いながらも、何故か毎週見てしまう。
「お前も好きだな。明日は早いんだから、さっさと寝ろよ」
所長・・・

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迷人(めいじん)

13/06/07 コメント:11件 yoshiki

 俺はその日いつものようにパソコンに向かっていた。ウェブの小説サイトに短編を掲載するのが俺の楽しみだった。しかしそう簡単に作品は出来ず、悩んだり、苦しんだりするのはいつもの事だった。やっと書けそうになって、画面に向かいキーボードに指を乗せると、いきなり肩をこずかれて俺は不愉快そうに振り返った。瞬間、俺は天井を突き抜けるくらいに驚いた。いや、本当に驚きすぎて心臓が口から飛び出てしまいそうだった。俺は・・・

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信夫と友子の場合

13/06/05 コメント:3件 おでん

 平成二十五年六月の福島に、田所信夫という男がいた。歳は二十四であるが、年齢にそぐわぬ頼りなさがその風体から滲みでていた。ひょろな体型に加えて、顔も不細工であったから、友人らからはよく馬鹿にされていた。
 しかし信夫は別にかまわなかった。村田友子という幼なじみであり彼女でもある女のことを思い浮かべれば、身にふりかかる嫌なことなど全て忘れることができるのだ。友子は美しく心の優しい女であった。信・・・

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四十ニシテ惑ハズ

13/06/05 コメント:13件 光石七

 いつの世にも優柔不断な人間はいるものだ。木野弥生も幼い頃から何かを決めるということが苦手だった。外食したら、他の者はとっくに注文しているのに、最後までメニューとにらめっこするのが弥生だ。好きな人ができても告白すべきかどうかでまず迷い、友人に励まされてやっと告白すると決めても、手紙がいいか、直接告げるのがいいか、いつどこでどんな形で告白しようかと散々悩み、結局その間に他の子が相手に告白してカップル・・・

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時は短し選べや決めろ

13/06/04 コメント:6件 alone

この度の戦場は、○×中学食堂脇にありし券売機の前。
許されうる時間は、わずか十数秒。
決着は一瞬。誤れば、味わうは後悔という敗北の味。
選ばねばならぬ。どちらを。
今日の昼食。A定食か、それともC定食か……。

私は券売機前に連なる長蛇の列に身を置きながら悩みに悩んでいた。
今日の昼食、どちらにすべきか。
量りに掛けられたるはA定食とC定食。どちらも・・・

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