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本宮晃樹さん

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生物学はインスタント食品にあらず

17/02/25 コンテスト(テーマ):第100回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:622

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「よおしわかった」気鋭の生物学者はもう我慢の限界だった。「この水掛け論を終わらせようじゃないか。〈オラクル〉に思考実験をやらせよう。それでいいかい、キリスト教ファンダメンタリストのだんな」
「望むところです。すぐにでも始めましょう」
「そうしたいところだが、あいにく明日の飯にも困る貧乏研究者でね。〈オラクル〉の使用料は誰が負担するんだい。聞いた話によると一秒あたり百ドルとられるらしいよ。おまけに円貨で支払う場合、手数料は利用者負担ときた」
「負けたほうが全額負担する」キリスト教ファンダメンタリストの神父は自信たっぷりに、「これでどうですか?」
「実に単純明快で公平だな。あんたがたが進化論についてもそう考えてくれればいいんだが」
「そうした結果、創造論が正しいとわれわれは結論したのです。そもそも――」
「わかったわかった」年若い研究者は苦笑しながら両手を振って、神父から発せられる言葉の奔流を押しとどめた。放っておくとまたぞろ二時間ばかり水掛け論が始まってしまう。「でも〈オラクル〉の使用料は前払いだっていうぜ」
「喜んでわれわれが立て替えましょう」
「さすが宗教団体は非課税なだけある。資金は潤沢だってことか」
「立て替えなのをお忘れなく。いまから先行して請求書を作成させておきますよ」
 研究者はにやりと笑った。「そいつはよしといたほうがいいな。無駄になっちまうだろうから」

     *     *     *

ネオ・ダーウィニズム対インテリジェントデザイン論争とは?
 わたしたち聖書の教えにしたがう由緒正しいキリスト教徒からすれば、そもそもこんな論争は存在しないのです。なぜならこの世界を創始された主が、同様にこの世の生物をデザインされたのであり、それは疑問の余地なく旧約聖書に記述があるのです。
 いったいこれ以上の証拠が必要でしょうか? なぜ自然淘汰やら性淘汰やら弱肉強食やら突然変異やらの奇怪極まる概念を導入し、話をややこしくするのでしょうか?
 科学者たちが好んで使うフレーズに「オッカムの剃刀」というものがあります。これはものごとを説明する際に、より単純かつ明確にそうできる理論がもっとも真実に近いという格言なのですが、その伝でいけば明らかに進化論は袋小路に入っていると言えるでしょう。
 彼ら自身が提唱した「オッカムの剃刀」にまったく反する、ミノタウロスの迷宮もかくやといったパッチワーク理論を後生ありがたがっているのはひどく不可解に思えます。いっぽう聖書の見解がどれだけ単純明快なことか! 生物は次のように作られたのです。
 すなわち、「光あれ!」
 なお近々に、世界最高の処理速度を持つスーパーコンピュータ〈オラクル〉を使って、創造論の正しさを証明する試みがなされる予定です。このようすは世界同時中継され、主のご意志があまねくわれわれ原罪を背負った人間に示されることでしょう。

     *     *     *

「公平を期すために、お互いの生物発生条件の一切合財は〈オラクル〉に任せる。それでよいですね?」神父は上海の地下空洞いっぱいに広がり、なおも拡張を続けるシリコンチップのごたまぜを前にして、得意げにたたずんでいる。
「かまわんよ」生物学者のほうはあくびをひとつこれみよがしにやってから、首を左右に振ってこりをほぐした。「どうでもいいが、もう料金のカウントは始まってるぞ。さっさと始めたほうがいいんじゃないか」
「どうせ払うのはあなたがたですからね」ファンダメンタリストは鷹揚に微笑んだ。「それでは始めてください」
 神父は〈オラクル〉の操作員を促した。目にも止まらぬ入力。やがて画面には次のような文字が表示された。
 進化論主流解釈:有機物の混じった原始海洋とオゾン層形成後の適度な放射線。その他多数の自然現象
 キリスト教原理主義主流解釈:唯一絶対神の「光あれ」
「〈オラクル〉はこの解釈を導き出すため、現在にいたるまで発表されたすべての文献を検索し、それらを統合しました。お二人はこの条件に満足されることと思いますが?」
 お二人は満足していたので、操作員の問いかけに自信たっぷりにうなずいた。
「それではシミュレーションを始めます」
 モニタは二分割され、それぞれのシミュレーションでなにが起きているのかを対比できるようになっている。早速進化論のほうで変化が起き始めた。原始海洋に稲光が閃き、撹拌され、火山が爆発し、絶えず無数の化学的な刺激にさらされているうち、海洋のなかではなにかがかたちをなしつつある。
 いっぽうキリスト教のほうはシンプルだ。ぼんやりとした人影が(偶像崇拝禁止に配慮しているのだ)、すさまじい怒号を上げている。「光あれ!」
 進化論は順調だった。有機物が互いにくっつきあい、ついにアミノ酸の断片が姿を現した。
 いっぽうキリスト教はこんな調子だ。「光あれ!」
 そしてついに、タンパク質の塊の中心に、リボ核酸が生成されたではないか! それは逆転写され、おなじみのDNAが一丁上がった。
 もちろん対抗陣営はこんなあんばいである。「光あれ!」
 それからは早かった。目もあやな進化の系統樹。幾多の生物が生まれては絶滅し、それらは自然淘汰の圧力にさらされながら鍛造されていった。
 もうお伝えするまでもないだろうが、原理主義のほうはこんなようす。「光あれ!」
「な、言っただろ」研究者は肩をすくめて昇りのエレベータへ向かいながら、「請求書の発行が無駄になっちまうってさ」


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