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若早称平さん

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「ヒト……」

17/02/23 コンテスト(テーマ):第129回 時空モノガタリ文学賞 【 都市伝説 】 コメント:2件 若早称平 閲覧数:1117

時空モノガタリからの選評

まさにホラーらしいホラーですね。様々な伏線が結末につながる構成が綺麗な作品だと思います。妻との楽しい思い出の描写が生き生きとしていて、それゆえにラストの切なさが際立っていると思います。こうした感情の伏線があるため男が霊の姿の妻に会おうとしたこと、またラストの穏やかで受容的な態度さえも無理なく感じられました。霊でもいいから妻に会いたいという夫の感情が、ラストの結末を招いてしまうというところは、なんとも皮肉で怖いですね。その他にも、「人でなし」という生前の妻の口癖と、霊の「ヒト…」というセリフ、ホクロなどの諸要素が、霊=妻であるとミスリードさせる仕掛けなっています。また「私のことを全然見てくれない」という妻の言葉もオチへの伏線になっていて、全体的によく考えられた内容となっていると思います。例え殺されたとしても妻への思いが消えない夫の愛情の深さは、ホラー的な結末の中にあって優しい印象を残しますね。

時空モノガタリK

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 フロントガラスを叩く雨に男は満足げな笑みを浮かべていた。濡れたアスファルトがヘッドライトを反射する。刻々と雨足は強くなっていった。

「あなたは私のことを全然見てくれない」
 ある雨の日、深夜に帰宅した男の元に妻が車にはねられたという連絡が入った。仕事が忙しく家ではいつもイライラしていた男と妻はその日の朝些細なことで喧嘩をし、男が乱暴にドアを閉める直前に聞こえた妻の最期の言葉だった。自殺なのか事故なのか未だに分かっておらず、妻の通夜を終えた男は仕事を辞めた。

 タクシー運転手に転職して二年が経った頃、仲間内で奇妙な噂を耳にするようになった。雨の日にある街道を通ると女の霊が後部座席に現れるという。よくある都市伝説だがそれが妻の死んだ場所に近かったということが男を駆り立てた。雨が降った夜は必ず一度は噂の街道を通った。

 うるさいくらいに雨の音が大きくなった頃、ふと後部座席に人の気配がした。ルームミラー越しに確認すると確かに髪の長い、白いワンピース姿の女が俯いて座っていた。
 男はスピードを緩め、ルームミラーを注視する。顔が見えないので確証は持てないのだが髪の感じや背格好は妻のように思えた。
「ユウコ?」
 男は試しに妻の名を呼んだが、女は反応しない。赤信号で車を止めると思い切って後ろを振り返った。角度を変えてみても長い髪で隠れて顔は見えなかったのだが、かろうじて口元のホクロが見えた。
「やっぱりユウコだ」
 男の声は先程よりも確信を持ったものだったが、女は身じろぎ一つしない。空車から回送に切り替え、適当な道を走りながら男は一方的に妻との思い出を話し始めた。
 カフェの軒先で雨宿りしていて出会った日のこと。遊びに行った先で電車が止まり、宿も取れず見知らぬ町で朝までおしゃべりしながら歩き「たまにはこういうのもいいね」と笑ったこと。一緒に観た映画の「人でなし!」という台詞が気に入り、なにかとそれを連呼していたこと。料理を作っていて出来上がり間際に全部こぼしてしまい、「人でなし!」と怒られたこと。結婚式で「幸せにするから」と言ったら、泣きながら「あなたのこともね」と抱きつかれたこと。時々女の反応を伺うが、俯いたまま微動だにしない。……そして、あの日のこと。

「君の言う通りだった。仕事ばっかりで俺は全然君のことを考えてあげられなかった。許してくれとは言わない、ただ謝りたかった」
「ごめんな」と男が頭を下げた時、「…ト……」と雨音にかき消されそうなかすかな声が聞こえた。驚いたように男が振り返ったが、女の様子に変化はない。
「見て分かると思うけど俺あの仕事辞めたんだ。ありがちだけど失って初めて大切なものに気付いたってやつだ。君ともっと向き合うべきだったって、今は後悔ばかりしてる」
 男がそれだけ言って黙ると車内は再び雨音だけが支配した。
「ヒト……」
 今度は先程よりもはっきりと聞こえた。意を決して男は路肩にタクシーを止めた。
「さっきから何を言ってるんだ? 何か言いたいことがあるのか?」
 シートベルトを外し、女に触れようと手を伸ばそうとして、相手が霊であることを思い出したが不思議と恐怖心はなかった。
「ユウコ……」
 その髪に触れる前に、男は逆に腕を掴まれた。女の手は氷のように冷たく濡れていて、男の肘からポタポタと雫が滴る。
「ヒト……」
 女の口が動くのが見えたがはっきりとは聞こえない。男はなんとか女の言葉を聞き取ろうと顔を近づけた。耳を口元に寄せた男の表情が変わった。目を丸くし、口をパクパクさせるが声にならない。
「ヒトチガイ」
 女の髪の隙間から見えた憎悪に満ちた目は男の妻のものとは似ても似つかなかった。
 女がゆっくりと、しっかりと男の首を絞める。男はそれに抵抗することなく女の顔を見ていた。そうか、確かに君の言う通り俺は君のことを全然見ていなかったんだな。目に涙を浮かべながら男はそう思った。男の妻の口元にあるホクロは首を絞める女の霊のものとは左右逆だった。
 もしもあの世で妻に会うことが出来たなら今度こそ謝ろう、男はそう思いながらそっと目を閉じた。

 夜半から降り続いていた雨が止んで朝日が昇る頃、路上駐車されたタクシーの中から男性の変死体が発見された。そこから数メートル先の電柱には二年前に亡くなった女性へ手向けられた花束が置かれていた。


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このストーリーに関するコメント

17/03/28 光石七

拝読しました。
途中まで主人公が後悔と懺悔を伝える、悲しいけれどもいい話なのかなと思っていたら……予想外の展開でした。
切なさと哀しさ、恐怖の中に仄かな安堵感も感じました。
面白かったです!

17/03/29 若早称平

光石さんコメントありがとうございます!
実はホラーが苦手なので、散々語った挙げ句人違いだったというコメディにしようと書き出したのですが普通に怖い話に着地したものです(笑)でもこれはこれでありですよね←

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