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本宮晃樹さん

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おとぎ話のエビデンス

17/02/20 コンテスト(テーマ):第128回 時空モノガタリ文学賞 【 自転車 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:778

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〈エスぺランザ〉がどこにあるのか、正確には誰も知らない。
 伝承によれば〈断絶の砂漠〉を越えた先に、肥沃な大地が広がっているという。とても本当だとは思えないが、それがどうした? わたしはそのたわごとに賭ける気になった。死に絶えるのを待つだけの保守的な故郷にうんざりしたのだ。
「この地図によれば」ガリウム‐ヒ素型太陽光パネルが静かに電子を循環させている。「さらに東へ七十キロか」
「暑い」相棒はあごを突き出してばてているようす。「どうにかならないのか。いい加減再使用水はまずいし、冷房はいかれてる。あんたの口車に乗ったのがまちがいだったかな。自分の汗やら尿やらを飲み続けるのはもうごめんだね、あたしは」
「ぼやくなよ。新天地へいきたいって目を輝かせたのはそっちだぜ」
「忘れたね、そんなむかしのことは」
 全天候型機動装甲――故郷にあった文明の名残りで、焼けつく〈断絶の砂漠〉越え必須アイテム――付属の偏光ヴァイザに隠れて表情はわからなかったが、彼女は例の魅力的ないたずらっぽい笑みを浮かべていることだろう。
「〈エスぺランザ〉かあ」
「今日はやけにおしゃべりだな、え? 大将」
「出発してまる二年だぜ。あるのかね、本当に」
「信じるしかあるまい」
 正直なところ、もう見つからなくてもよいと最近では思い始めている。どこか永住できそうな廃墟を見つけて、相棒と暮らす。それでいいじゃないか。
「休憩はここまでだ。そろそろいこう」

     *     *     *

〈断絶の砂漠〉を夜間に移動するのはお勧めできない。
 むろん機動装甲のエネルギー源が隠れているというのもあるが、この荒涼の地には魔物が棲むと言われている。それは〈エコの暴虐〉時代に製造された、車ごと中身を破壊する殺人機械だという(伝説によればドイツという国がそれを作ったと即座に断定されたそうだ。そいつらは〈マンショニャッガー〉と呼ばれている。いずれもさっぱり由来は不明だが)。
「今夜は運がよかったな」と相棒。ヴァイザを脱いだ彼女の蓬髪は砂まみれ、汗まみれである。にもかかわらずなぜこうも魅力的なんだろう? 「屋根の下で眠れるのは何日ぶりかな」
 日没前に町の廃墟を偶然見つけたのである。驚くべきことに地下シェルターには食料と水がまだ残っていた。ここ最近空ぶりばかりで、これは雨が降るまでいよいよ超代謝抑制かと覚悟した矢先だった。喜びもひとしおである。
「さてね。ここんとこずっと野宿だったからな」
 彼女は肩をすくめたのち、「あたしさ、たまになにもかもばかばかしくなることがあるんだ」
 わたしは片眉を上げて先を促した。
「だってそうだろ。〈エスぺランザ〉に水も食料も、それどころか文明がそっくり残ってるなんてあまりにもおとぎ話じみてる」
「むかしむかし」わたしは朗々と吟じるように、「地球温暖化とやらが危惧された時代があった。それは究極的には単なる気候変動だったわけだが、なにを思ったか二酸化炭素を根絶しなきゃならんとのたまう過激派がいたと。この気体を酸素と炭素に分解する微小機械が空気中にばらまかれ、植物は光合成を維持できなくなって枯れ果てた。ちゃんちゃん」こらえきれずに吹き出した。「うん、確かにおとぎ話だよ、こんな与太はさ」
 真空封入された半永久缶詰から、得体の知れないしろものをすくって口へ運ぶ。実にまずい。相棒もそうしているが、彼女は食通から対極の位置にいると豪語している通り、意に介していないようだ。
「で、そのナノマシンを締め出すためにドーム型の隔絶都市が作られて、それがいまでもこの世の春を謳歌してる」あとを相棒が引き継いだ。「笑うなっていうほうが無理な話だね」
 わたしたちは顔を見合わせた。ひとしきり爆笑したのち、廃墟の地下シェルターで泥のように眠り込んだ。

     *     *     *

 廃墟を一通り見回り、さあ出発というとき、血相を変えて相棒が走り寄ってきた。「おい、ちょっとこっちにきてくれ」
 崩れかけたビルとビルの空き地に、何万はあろうかという〈自転車〉の山。頭をがつんとハンマーでやられた気分だった。
「これは〈エコの暴虐〉時代の遺物……か?」
「そうだよ!」相棒はすっかり興奮している。「〈車〉が温暖化の原因になるってんで、この〈自転車〉が推奨された。〈車〉に乗ってるやつは〈マンショニャッガー〉に殺された。確かそうだったよな」
「覚えてる限りでは」
「おとぎ話じゃなかったんだよ。これがその証拠になる」
 わたしは手近の〈自転車〉に触れてみた。幾星霜ものあいだ砂嵐にさらされたらしく、ぼろぼろに風化している。
「〈スエペランザ〉がある」次は大声で、「この世界のどこかにあるんだ!」
 相棒はヴァイザを脱いで、まぶしい笑顔を見せた。「いこうぜ。〈エスペランザ〉が待ってる」


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