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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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新宿文壇バー『黄金虫』にて

17/02/13 コンテスト(テーマ):第127回 時空モノガタリ文学賞 【 新宿 】 コメント:3件 冬垣ひなた 閲覧数:1002

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 新宿の昼の喧騒を夜に譲る頃、少し古びたネオンに明かりがともる。狭く雑然とした路地に差す煌びやかな光に、くだらない日常から解放されたがる大人たちが、次々と誘い込まれる。今日は馴染みの店か、それとも新規開拓か……。ここに来れば男も女も、酒と肴と噂話に飽きることがないのだった。
 歌舞伎町の一角、店がひしめき合う『新宿ゴールデン街』の赤い文字が眩しい。その片隅で、文壇バー『黄金虫』は今日も営業しているのだった。

     ◇

 あら、いらっしゃい。時空出版社の〇△さんお待ちしていたのよ、お連れの方は……佐田博さんというのね。
 貴方お若いのに、ママがこんなにおばちゃんでごめんなさいね。お年は?36歳?じゃあ、出身地を当ててあげましょうか、横浜でしょう?正解!
 ……何故分かるのかですって、ゴールデン街の女の勘は霊感並みに冴えているものなの。
 〇△さんはいつものね、佐田さんは何にされます?カクテルなんてどうかしら、新宿らしく『ゴールド・ラッシュ』はいかが?


 やっぱり貴方、初めて会った気がしないわ。このゴールデン街にはとてもいろんな方が来るのよ、ご存じかしら?出版、映画、芸術関係……有名な方々が酒を飲みに来られるし、ここから巣立っていった才能もある。
 うちもこの界隈じゃ古い方だから、そんな話の一つや二つはあるけれど……ええ、貴方も小説を書いていらっしゃるの?〇△さんがうちに連れてくる位だから、随分期待されていらっしゃるのね。
 そんなことないって?謙遜することはありませんのよ。貴方はまだこれから伸びるタイプ。ふふ、ゴールデン街の女の勘って鋭いのよ。


 佐田さんはミステリー作家なのね。それならエドガー・アラン・ポーの『黄金虫』はもちろん言うまでもなく……そう、あの暗号はコナン・ドイルの『踊る人形』にも影響したのよ。嬉しいわ、分かってくださるなんて。
 そんな貴方にはとっておきの物を見せようかしらね。任せといて、こんな小さな店にもちゃんとゴールデン街らしい伝説があるんだから。
 ……この原稿用紙、もうずいぶん人に見せたからみすぼらしくなっちゃったわね。このゴールデン街で出世した、とある小説家の生原稿よ。酔っぱらったついでに書き散らしたものだから、世の中に出回ってはいないのだけれど。でも、これを書いた後その小説家はずいぶん偉くなった。
 誰ですかって?うふふ、当ててごらんなさいな。


 出世した人が多すぎてわからない……?けれど、とても味わいのある文章?
 あら光栄だわ、私の書いたものをそんなに褒めて頂いて。
 私、これでも昔は小説家だったのよ。ちっとも売れなくて、ここで商売始めたらこっちが本業になって辞めちゃったけど。おかげでゴールデン街じゃ老舗になってしまったわ。
 あら……そんな、あからさまにがっかりした顔をする人も珍しいわね。
 それならこういうのはどうかしら。
 貴方がこの店に新しい伝説を作るというのは、牧野まことさん……なんで本名がわかるのかですって、 ゴールデン街の女の勘よ、勘!
 困ったわね……そう素直に驚かれると。あそこに燦然と並べてあるのは誰の本かしら?佐田博ってちゃんと書いてありますよ。伝説の第一歩として、私の店に貴方のサインなど頂けると嬉しいのですが。
 ……あ、やだ、ちょっと、貴方泣き上戸……。

     ◇

 嬉し涙が混じった4杯目の『ゴールド・ラッシュ』に、薄暗い店内の照明が差し込んで、キラリと光っていた。
 上を見上げればきりがない、僕は創作につまづき迷っていた時期だった。だがその黄金色を見ていると、これから掘り進めなければならない人生の強固な岩盤の中に、何人目か分からない成功者の証が、確かに埋まっているのだと信じるに至った。
 ひとの心の金脈は、常に形あるものではない。自ら求めなければ得られないし、信じて進まなければ見落としてしまうものなのだ。
 昭和の香りが残る『新宿ゴールデン街』で、僕はそれを見つけた。
 歌舞伎町一丁目のこの場所には、数えきれないほどの男と女がやって来る。この新宿でしたたかに逞しく生きてきた、夢の系譜につながっていたいという気持ちが、皆どこかにあるのだろう。古い店が畳まれるゴールデン街も、今少しずつ新しい店が増え変わってきていることを嬉しく思う。
 今夜も『黄金虫』の古びたドアを開けると、着物姿のママがそこに居る。
「あら、佐田さん。いらっしゃい」
「いつもの、頼みます」
 そして僕は、またこの店で『ゴールド・ラッシュ』を煽るのだ。
 ……直来賞作家になった今も、僕は文壇バー『黄金虫』によく顔を出すが、泣き上戸は治りそうにない。そして立派な賞よりも、夜な夜な現れては泣き続ける奇矯な男の伝説を気に入ってくれるママが、僕はこのゴールデン街で一番好きなのである。


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このストーリーに関するコメント

17/02/15 治ちゃん

雰囲気が良くでてます。懐かしく思います。酒が飲めなくなりもう行くことはないのかと思うと作品の中でお酒を飲んだつもりもいいかな。

17/02/17 冬垣ひなた

≪補足説明≫
・右の画像は「写真AC」からお借りしました。
・左の画像は山本高樹さんのジオラマ作品です(イベントの折撮影させて頂きました)

・文壇バー『黄金虫』は架空の店ですが、ゴールデン街文壇バーの登場する下記の作品を参考にさせて頂きました。
・映画「酒中日記」
・ フムフム・グビグビ・たまに文學 酒場學校の日々(金井真紀・著)

17/02/17 冬垣ひなた

治ちゃんさん、コメントありがとうございます。

上手く描けているのかドキドキしていたのですが、懐かしんで頂けて本当に良かったと思います。治ちゃんさんに少しでもゴールデン街の気分を味わって頂けて、とても嬉しかったです。描写ももっと頑張れるようにしていきたいです。

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