1. トップページ
  2. あなたの精神鍛えなおします。

比些志さん

ペーソスとおかしみの中にハッとさせられるなにごとかをさり気なく書いていきたいと思います。

性別 男性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

0

あなたの精神鍛えなおします。

17/02/12 コンテスト(テーマ):第127回 時空モノガタリ文学賞 【 新宿 】 コメント:0件 比些志 閲覧数:703

この作品を評価する

その店は新宿の大ガードをくぐって西口にむかう路地にひっそりオープンした。
店の名前はなく、ただ『あなたの精神鍛えなおします』という看板だけがぶら下っている。
安藤マミは歌舞伎町での飲み会の帰りに偶然その店の前をとおりかかり、看板の前で足を止めた。
こどものころからずっと精神力が弱いと親や教師に言われ続けた安藤マミにとって、それは心をくすぐる文句だった。
考えてみれば、精神力の弱さが災いして、いつもここ一番というところで失敗していた。そのため上京して五年たつが、仕事や私生活もうまくいかない。さらに都会での一人暮らしの孤独と不安と、持病の偏頭痛のせいで安藤マミの心は雑踏に踏みつぶされたボロ雑巾のようにズタズタになっていた。

ーーあやしげな店構えにためらいをおぼえつつも、安藤マミは看板の売り文句にいざなわれるように店先へ歩みを進めた。そして、気がつくとそのまま店の暖簾をくぐっていた。

すぐに初老の店主が現れ、鼻眼鏡のまま愛想よく近よってきた。
「いらっしゃいませ。精神を強くなさりたいのですね」
「いえ、いや、そうです。でも、どうやって、鍛えなおすんです?」
「それは企業秘密でお教えできませんが、まあわかりやすくいうと、鍛冶屋が刀を鍛えなおすのといっしょです。三日三晩、精神そのものに負荷をかけて丈夫にするんです。ここに来るまえは小樽で同じ店を出していましたが、いちどもクレームを受けたことがないのです。みなさんに、ご満足いただいていますよ」
「あのお、いくらです?」
「料金ですか?一万円です」
安藤マミはもともと断りきれない性格なので、代金を払うと、店主にいわれるがまま床几の上に仰向けになった。
すぐに掃除機の吸い取り口のようなものを口にあてられた。すると、内臓がのどからとびだしそうな気持ち悪さを感じて、あっというまに意識をうしなってしまった。

ほどなく目が覚めたが、それから店主とどのような会話をして、どうやって家に帰ったかもよくおぼえていない。

三日後の夕方、安藤マミは意識朦朧としたまま鉛のように重い体をひきずって、新宿へたどりつき、名前のないその店の暖簾をくぐった。
すぐに奥から店主が出てきて、ニッコリほほえみかけた。
「お待ちしてましたよ。準備万端です。いい具合に、がんじょうに仕上がりました。さあ、さっそく新品の精神を注入しましょう」
このまえとおなじように床几のうえに寝かされると、また掃除機の吸い取り口のようなものを口にあてられた。
すぐに目を閉じているにもかかわらず、まばゆい光がまぶたの裏までさしこんでくるのがわかる。そしてみるみるうちに全身に力がみなぎりはじめた。

「あなたの人生はこれからです。幸せをとりもどしてください」
という店主のやさしい言葉に安藤マミはおおきく子どものようにうなずくと、すくっと立ち上がり、跳びはねるように店を出た。
外はすっかり夜の帳が下りていたにもかかわらず、ガード下のモノクロの世界も、まるで自分の再生を祝福するかのようにきらびやかに輝いて見えた。

翌日から安藤マミの生活は百八十度変わった。仕事も恋愛も友だちづきあいも、すべてがうまくまわり始めた。もちろん、基本的に外見も能力も変わっていないので、うまくいかないことやがっかりすることは今までとおなじようによくあるのだが、いやなことがあっても凹むことなく前向きに考えるようになった。だから会社に行くのも休日にデートや食事会に出かけるのも、たのしくてしょうがない。ご飯もおいしいし、夜もぐっすり眠れる。おかげで持病の偏頭痛もなくなった。

ところがいいことはあまり長く続かなかった。それから二ヶ月後ーーその店の店主が詐欺容疑で逮捕されたのだ。
そのニュースをインターネットで見たとたん、魔法はとけた。安藤マミはもとの無気力人間にもどり、運にも仕事にも恋人にも見はなされた。
一週間後、安藤マミは店主が勾留されている新宿署の留置場に足をはこんだ。店主はこころよく安藤マミとの面談におうじた。
ひとくさり文句をいってやろうとおもったが、店主ののん気そうな顔をみるとなにもいえなかった。ただ詐欺師の口車にのり、生まれ変わったと勝手にいい気になっていた自分が情けなくて、涙がこぼれた。
「効果はあったでしょう?」
いつまでたってもなにもいわないので、店主がそういうと、
「ええ。でも、なくなりました……」
と、安藤マミはこたえ、またなにもいわずに涙をこぼした。
しばらくして、安藤マミは軽く会釈をして面談室をあとにした。そのうつむき加減の背中を目で追いながら、店主はため息まじりにつぶやいた。
「我ながら、最高の出来ばえだったっしょ。したって、いちど折れちまったらあ……もとにもどすのは至難のわざだべさあ」了


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン