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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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夜の蝶

17/02/10 コンテスト(テーマ):第127回 時空モノガタリ文学賞 【 新宿 】 コメント:3件 そらの珊瑚 閲覧数:1539

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新宿の雑踏の中で、「おねえさん」と声をかけられた。
ふりむけば、年は、そうさねえ、かなりのばあさん。はて、知り合いかねえ。記憶にないが。もとよりばあさんに、ねえさん呼ばわりされる覚えはないのだけれど。
「秋乃です、ずいぶんとご無沙汰してました」
「秋乃? 燕楼の秋乃かえ?」
「わぁ嬉しい。覚えていてくださったんですね」
「もちろんさ。でもあたしが知ってる秋乃の面差しとはだいぶ違うねえ」
「そうでしょうとも。私はずいぶん長生きしてしまいましたから。それにひきかえ、おねえさんは若いまんま美しいこと。うらやましいです」
 芸事にも励み、遊女の頂点ともいえる花魁までやっと登りつめたのに、あろうことか身ごもってしまった。そして堕胎したあと具合が悪くなり、あたしは死んだ。自分のことだけど、ひとごとみたいにあっけないもンさ。引き取り手のないあたしの体は、遊郭近くの通称投げ込み寺に犬猫みたいに埋められた。それで浮世ともおさらばと思ったら、そのままここになぜか棲み続けている。何の因果だろうか。
「人に羨ましがられたのは初めてだよ。若いまんま死んじまうのも悪かないか」
「ええ、そうですとも。見てくださいまし、私の顔。しわしわでしょう」
 秋乃はあたしより七つほど年若で、十(とお)で燕楼に売られてきてからずっと、あたしが面倒をみてきた妹分だった。

「秋乃、おまえのこと心配してたんだよ。長生きしたんだね。嬉しいよ」
「ありがとうございます。おねえさんが亡くなったあと、良い人に身受けされまして子を一人産みました」
「そりゃあ良かった」
 遊女のほとんどが願っても叶わないような幸せを手に入れたんだね。他の誰かの話なら、妬んだろう。死んで仏になるなんて嘘っぱち。あたしという女の本性はなんも変わらない。あたしだってばあさんになるまで生きてみたかった。あたしを売った親が今でも憎いよ。貧乏な家に産まれちまった身の上を呪ってるよ。本当はわかってるんだ。あたしという魂が故郷へ帰らずにいるのは、そんな恨み辛みに縛られているからだろう。でも秋乃には嫉妬はない。これはふた心ないあたしのまことから出た想い。
「おねえさんのおかげです」
「あたしは何も。でもなンで? 幸せに命をまっとうしたはずのおまえが、何でこんなところをさまよってるのさ?」
「死んだあと、入ったお墓が窮屈でしてね。旦那のご先祖がたくさん入ってらっしゃるわけです。中にはあたしが遊女だったことをよく思ってない人もいて、素性がどうのこうのというんです。加えて陽の当たんない辛気臭さにも、ほとほと嫌になっちゃって」
「あの世でも性根の悪い奴はいるンだね。それで?」
「飛び出してきちゃったってわけです。今頃旦那は寂しがっているかもしれません」
 秋乃はぺろっと舌を出して笑った。
 ああ、この仕草、覚えている。十の頃の秋乃のまんまじゃないか。そんな秋乃があたしは本当に可愛かったのだ。

今は新宿と呼ばれているこの地に、夜が訪れようとしていた。太陽が沈むと、代わりにきらびやかな光でまみれる街。色恋という所詮まやかしに過ぎないものを銭に変える、そんな街。
「燕楼があったところにでも行ってみるかい?」
「はい」
 遊郭があった跡地は今はビルになっていて、その一室が昔でいうなら遊郭みたいなところだった。あたしはよくここで女達の不幸話を盗み聞き、孤独な憂さを晴らしていた。開店前のロッカールームに二十歳くらいの女が二人ソファーで話込んでいる。

「それで産むかどうか迷ってて」
「産んでどうすんの。育てられっこないよ」
「それはそうなんだけど」
「あたしなら産まない」
「後悔しないかな」
「後悔か……するかもね。でも産んでみて後悔したらどうすんの」

 あたしは産まない選択をしてどれほど後悔しただろう。無責任かもしれないが、どうせ死ぬなら産んでやりたかった。

「あの子、産むんでしょうか?」
 秋乃が身ごもっているらしい女の子を指さして云う。あんなに胸と腕をさらけ出して。おまけに身に纏っている布の薄さといったら蝶の羽みたいだ。体に障るじゃないか。
「さあ、どうだろう。大抵の子は産まないみたいだけど」
「おねえさん、私しばらくここにいてもいいですか?」
「いいけど。なンで?」
「どうするのか、ただ、見届けてあげたいんです。実はあの子と私、血がつながっているんです」
 そういえば、あの子の丸い顔、昔の秋乃によく似ている。

 人は皆、血縁という糸につながれている。

 あたしと秋乃を結ぶ糸はそれより細いけれど、切れてはいなかった。あたしがこの地に居続けるのも、そんな細い糸でさえ、たったひとつのよすがであったからなのだ。

 ねえ、秋乃。遠い昔、あたしたちも夜の光に集まる蝶だったねえ。


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このストーリーに関するコメント

17/02/12 治ちゃん

私は好きな感じのストーリーです。

17/03/08 光石七

拝読しました。
遊女と今の新宿を絡める手腕がお見事です。
女性の哀しさと幸せ、様々な縁、味わい深いお話でした。

17/03/28 そらの珊瑚

治ちゃんさん、ありがとうございます。
そういっていただけて嬉しいです。

光石七さん、ありがとうございます。
江戸時代にも新宿で人が住んでいていろいろな営みがあったのだろうなあ、それが現代とまったく無関係ではないのでは
と想像してこんなお話ができました♪

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