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キッドさん

キッドです。名前の由来は偉大なプロレスラーから。 主に 小説家になろう http://mypage.syosetu.com/912998/ comico http://novel.comico.jp/author/1728430202/ で怪談、作詞、BL、恋愛、電波系のSFを中心に書いております。 ホラーとSFが好きですが、なんでも書きます。よろしくお願いします。

性別 男性
将来の夢
座右の銘 招かれる者は多いが、 選ばれる者は少ない。

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新宿白昼夢。

17/02/05 コンテスト(テーマ):第127回 時空モノガタリ文学賞 【 新宿 】 コメント:0件 キッド 閲覧数:896

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 冬の午後。柔らかい陽射しが騒々しい街中に降り注ぐ土曜日。
「新宿の皆さ〜〜ん!ギルガ、メッシュ!!」
 巨大な液晶画面に大写しになった眼鏡の男が甲高い声で叫ぶと、横断歩道を歩いている男たちだけがブンっと音がする程勢いよく液晶を見上げた。自分と同じぐらいか、それより年上であろう男たちの群れ。男しかいない街。新宿。アルタ前。ありふれ過ぎているくせに、実際に足を踏み入れる事は稀な場所。
 不意に目に入ったビルの屋上に人影。赤い雑なシャツにジーパンだけ。どうやら裸足のようだ。金網をすり抜けて建物のフチに立つ。
「彼の背中を押すのは何だと思う?」
「怒りか、絶望か、悪魔のささやきだろう。」
「違うね。…理性さ。」
 生きる意味、生き甲斐、やる気、耳触りのいい言葉だけを聞きたがる小さな王様どもに嬲り殺しにされた生真面目な兵隊たち。彼らは錯乱の末に旅立つのではない。

 昨日、暗い曇り空の下で。
 好きでもない相手とのセックスがこんなに苦痛だと思わなかった。好きでもない相手を求める事と、求められる事とではこんなに差があるなんて。時間の無駄、汚れるだけ無駄、精液の無駄。得られるモノなど何も無い。快楽すら無い。いつも付けただけの避妊具に手を触れないように紙で包んで捨てる。間接的にだって触れたくもない。何も生み出さない、何も放出しない、ただ気怠い相槌のように這入って行って体を動かして、頃合いを見計らって終わらせる。相手の吐く息を吸い込まないように、退屈な表情を見られないように体を抱き寄せそれらしく力を込める。普段あれほど欲している吐息も匂いも何もかもが醜悪で不快。もはや惰性ですらない、義理を果たすためのセックス。自分は喧しい小さな喚き声を残して寝室へ引っ込む癖に、自分の疲労を否定されると雨上がりの植木鉢の様な顔をして沈み込まれる。こんな家に帰ってくるために休みも無しに働いて一万円か二万円の小遣いを貰うくらいなら。理性が太陽と天国に背いてゆく。砂で出来た塔のような毎日が急に揺らいで、風に舞って消えてゆく。

 昨日、暗い曇り空の下で。
 無限の土くれの中を猛烈に進む目の無い巨大生物が表層にズバン!と顔を出したとき、記憶は食い千切られ、後悔は引きずり込まれ、巨大生物の餌食になる。そうして人はヒトのことを忘れ去ってく。アレほど好きだった人が不意に如何でも良くなったり、死ぬほど後悔していた出来事にアッサリ見切りを付けたり。窓の外は雨。賑やかな歓楽街、煌びやかなイルミネーションに包まれた表通りは昼も夜も大渋滞。駅構内もごった返している。一人で歩く人、集団で歩きまわる連中、色んな顔が色んな体をして歩いて居る。そして暗く冷たい空の下へ真っ直ぐ歩く。他人事の宝庫の周囲を少し歩き回って、意を決して足を踏み入れた。昭和の洒落た佇まいがそのまま年月を重ねた様な追憶の集合体。ガタピシと軋みながら変わりゆく街並みを見つめてきたのであろう、回廊を繋ぐ洒落た階段も、ひしゃげた集合ポストも、様々なセンスと主義が交じり合う看板たちも、みんな新鮮でおもしろい。こんな世界があったんだ、普段の生活と地続きなのに、まるで別の国、別の常識、別の空気を吸って生きているところへ来たみたいだ。薄汚れたクリーム色の床を踏みしめて狭い廊下を歩く。階段を昇って二階へ。
「ぎゃはははははは!」
 突然、すぐ傍のドアの向こうから笑い声がはじけた。男も女も入り混じったごく陽気な声の塊が、申し訳程度のバルコニーから見え隠れする低い夜景に溶けていく。さっきまで歩き回っていた場所を少し上から眺めてみると、その雑踏を見下ろすような場所にも色んな空間に色んな名前が付いて点在している事に気が付く。目当てのドアは閉ざされている。少し立ち止まってみるが往来の喧騒と建物の奥底から響くようなズンという重低音だけが足元から登ってくるだけだった。この古ぼけたモダン建築に不釣り合いなほど可愛らしく派手な色遣いで書かれた店の名前を写真に撮ってまた歩く。数歩先には再び小さなドア。ここはそういう店、空間、名前の集合体。今度は和風の店構え。かすうどん、とだけ書かれた紺色の少しほつれた暖簾に年季の入った引き戸。思わず手を掛ける。カラカラカラ、と小気味良い音を立てて左から右へ、引き戸を開いて暖簾をくぐる。するとそこには、何処までも晴れ渡る青い空と穏やかに揺れる紺碧の海を渡る鉄道橋が、ひたすら真っ直ぐ伸びていた。遥か遠くに人工島とおぼしき影がかすんでいるほかは、何もない。ひたすら青い空と海を縫うように伸びる鉄橋と線路。音もなく、風もない、燦々と降り注ぐ陽光がまぶしいが、空気の温度も感じない。全くの静寂。歩いても歩いても、あの島には着きそうもない。空だけが晴れていて、海だけが揺れている。


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