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本宮晃樹さん

ふつうにサラリーマンをしております。 春夏秋冬、いつでも登山のナイスガイ。 よろしくお願いします。

性別 男性
将来の夢 魁! 不労所得!
座右の銘 定時帰社特攻隊長

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歌舞伎町リピーター

17/02/01 コンテスト(テーマ):第127回 時空モノガタリ文学賞 【 新宿 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:753

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「それでお兄さんはどんなお仕事されてるんですか」言葉とは裏腹にとても興味があるように聞こえない。「この近くにお勤めなの?」
 ご名答。この近くにお勤めだ。店内は紫煙と酔客の大げさな笑い声に満ちている。刺すような頭痛がしてきた。無理にでも上司の誘いを断るべきだったのだ(当の本人はべつのテーブルで、一回り以上も年下であろう女の子の胸元と会話している)。
「すぐそこのオフィス街で、貿易関係の仕事をやってます」
「貿易!」しぐさがわざとらしい。「商社?」
「そんなところです」本当はちがうのだが、説明して誤解を解いたところでなんになる?
「お兄さんおいくつなんですか。ずいぶん若く見えるけど」
「いくつに見えますかね」歌舞伎町界隈に職場があるのは明らかにデメリットである。毎週金曜日の夜、定期的にキャバクラへ連行されるおそれがつねにあるのだから。「当てたらこのちょっと高いお酒、頼んじゃいましょうかね」
 彼女の死んだ魚のような瞳に活力が宿った。「えー、ちょっと待ってね」自分の念力がわたしの個人情報を透視できるとでもいうかのように固く目をつむっている。「二十六歳?」
「大あたり」本当は三十一歳なのだが。「参ったなあ。約束通り奮発するか」
 目の玉の飛び出るほどお高いアルコールがふるまわれた。なぜそうしていけないわけがある? 少しばかりの出費でこの場が円満に収まるなら――たったの五歳、彼女の予想がはずれたとお節介にも指摘して雰囲気をぶち壊すよりは――、きっとそうすべきなのだ。どっちが客だかわかったものじゃないが。
 わたしはお高いアルコールを景気よくあおった。

     *     *     *

「だってそうするしかなかったんだ、そうでしょうが」自分がなんの話をしているのかさえわからないほど酩酊しているようだ。「ぼくの田舎はひどいとこだった。出てこなきゃ野垂れ死に。選択の余地なんかなかったんですよ」
 キャバ嬢は寛容な笑みを浮かべて、規則的にうなずいている。
「娯楽も産業もなんにもなかった。ほんとの話、嘘みたいに魅力のない地域なんですよ。どうしてあそこを終の棲家にしようと両親が思ったのか、さっぱりわからなかった」
 ママはなんでも知ってるのよ、といったていの微笑。
「ずっとこんな町おん出てやる、二度と帰るもんかって思ってた。でもね、毎日客のわがままに付き合って納品日に輸入貨物をどうかこうか間に合わせてタイムカードを押すでしょ。それからめちゃくちゃに混み合った電車を死ぬ思いでやりすごしてさ、ようやくアパートの扉をくぐると……なんて言うのかな」
 キャバ嬢がそっとハンカチで涙を拭ってくれた。洟をすする。
「楽しかった田舎の思い出が遠のいていって、その代わり不確かな未来の圧力でつぶされそうになるんです。そんなとき、無性に誰かと話したくなる。わかるかなこの気持ち」
 彼女は黙ったまま空のグラスに例のアルコールを注いだ。氷が音を立てて崩れ落ちた。
「そこではたと気づくんですよ。ぼくは誰にも――いいですか、世界中の誰にも電話をかける人間がいないんだって。友だちも彼女もなんにもなし。ねえ教えてくれ。なんでこんなにぼくは孤独なんだろう」
 無数の酔客でごった返しているはずの店内が静まり返る。まるでわたしの泣き言を拝聴しようとしているみたいに。
「東京じゃ」色っぽいため息をひとつついた。「みんな孤独なんだよ。知ってた?」
「きみもそうなのか? とても信じられない」
「もうずいぶん実家に戻ってないし」声を落とし、秘密めかして耳もとでささやいてきた。「実はこのお店の娘たちともぜんぜん仲よくないんだよ」
「これだけの人間がひしめいてるのに、みんなが等しく孤独だなんてことがありうるだろうか」
 むしろおもしろがっているような調子で、「ありうるんでしょうね」
「どうすればそういう途方もなく悲しい現状を変えられると思う」
 歯を見せて彼女は笑った。「またここにきて、あたしを指名してくれればいいんじゃない?」

     *     *     *

 翌日の二日酔いは過去最大級だった。
 土曜日はもちろんありがたい。けれども例によってつるむ友だちはおらず、会いたくてたまらない恋人もいない。またぞろ無為に休日はすぎていくだろう。
 ぼんやりした頭のままパスタを茹でて、朝昼兼用の食事を作りながら、ふと思った。
 今度寂しくなったら、歌舞伎町のあの店にまたいこう。
 そして彼女を指名しよう。


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