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八王子さん

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遠い彼女

17/01/31 コンテスト(テーマ):第128回 時空モノガタリ文学賞 【 自転車 】 コメント:0件 八王子 閲覧数:517

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「あのさ〜、あれあれ。あれだよ、あれ」
 麻衣佳がミニストップのソフトクリームを舐め、あれあれと空を見上げながら言う。
 十二月の夜は寒くて堪らない。
 麻衣佳はマフラーと手袋、コートの下にも重ね着しているにも関わらず、寒空の下でソフトクリームを食べている。
 俺は自転車を押して、麻衣佳の歩調に合わせて歩く。
 学校帰りの寄り道はいつものことだが、冬の夜は早く訪れるし、近くには雑木林があったりして、人気がない。
 その代わりに、冬のこの時期は空を見上げれば星がいくつか見える。
「自転車で月に行くやつ」
 脈略のない麻衣佳の話は相変わらずだが、そこは長年の付き合いで、なんとなく言いたいことを察してきた。
「映画の『E.T.』か? それがどうしたんだ?」
 俺も麻衣佳も生まれるずっと昔の映画だから、本編を見たことはない。
 それでもそのネタだけは知っているが、あのありふれた見た目の宇宙人が月に行ったのかまでは知らない。
「あたしも自転車で空を飛んだらさ、どこか遠くに行けないかなって」
「どこかってどこに行きたいんだよ」
「わかんない。孝介じゃ追いつけないところ」
「なんでだよ」
「いつも孝介に迷惑かけてばっかりだしさ、たまにはあたしが孝介を引っ張ってあげるんだよ」
 そう言って麻衣佳は自転車の後ろに座る。
「早く帰ろう」
 どこの誰が俺を引っ張って行くっていうんだ?
 俺が自転車に乗らずに持ち歩くのは、あっち行ったりこっち行ったり落ち着かない麻衣佳を強制的に連れ帰るためのものだということを忘れるな。
「だってさー、あたし自転車持ってないし、乗れないし、暗いし、早く帰りたいし」
 なら、寄り道せず暗くなる前に帰ればいいんだ。
「あ、そうだ。この週末にあたし親戚の美貴ちゃんのところに一人で行くんだよ。スキー教えてくれるんだってスキー」
 麻衣佳がスキーを滑れるイメージがまったく思い浮かばない。
 まだ自転車に乗る方が可能性がありそうだ。
「あたしがスキー滑れるようになって、孝介に教えてあげるからね。そしたら一緒にスキーしよう」
「寒いのは嫌だ」
「ぶーっ! 絶対に行くんだからね」
 ひょい、と麻衣佳は自転車から飛び降りて、住宅街の方に歩いていく。
「明日の朝は早いから見送りいらないからねー。じゃあね、孝ちゃん」
 大きく手を振って麻衣佳は駆けていく。
「孝ちゃんって、またなんて懐かしい呼び方を……」
 俺は自転車にまたがり、冷える夜道をペダルを強く踏んで家路に着いた。

 昼過ぎまで寝ていた俺は、家の電話が鳴り続ける音で目を覚まし、寝ぼけ眼で受話器を取った。
 電話口の向こうの声は告げる。
『麻衣佳ちゃんたちの乗ったバスが事故で――』
 あまりにも呆気なく麻衣佳が死んだ。

 俺は家を飛び出し、自転車に跨った。
「くそったれー!」
 叫びながらペダルを強く踏む。
 太ももがはち切れんばかりにペダルを漕ぎ、自転車を加速させる。
 どれぐらい走ったかわからない。
「どこに行こうとしてんだよ、俺は」
 電話口の麻衣佳の母親は声を震わせていた。
 麻衣佳に似てどこかのんびりした性格の、娘を「ちゃん」付けで呼んじゃうようないつも優しい人。
 雑木林の間を縫うように作られた車道をひたすらに走り続けた。
「はあはあ……」
 長い坂を一息で登り切り振り返れば、頭に血がのぼっているせいか、ぞっとするような高さに感じる。
「ここから落ちたって死ねないよな」
 どんなに急だろうが所詮は坂道だ。
 二輪の自転車では転んで怪我するのが関の山。
「麻衣佳……」
 俺、あいつになにも言ってない。
 お前のことが好きだって一度も言ってない。
 子供の頃からずっと一緒にいて、クラスが違っても毎日のように登下校を一緒にして、家は少し離れているのに、いつだって隣にいて。
「スキー教えてくれるんじゃないのかよ。自転車の乗り方いくらでも教えてやるからさ……。だから、どこにいるのか教えてくれよ。俺を引っ張ってくれるんじゃないのかよ、麻衣佳!」
 自転車を百八十度回転させて、下り坂に向かって全速力で走る。
 顔を、耳を、手を、冷たい風が切り裂くように撫でる。
 ごおおおーーーっ、と風の音が強く耳に突き刺さり、このまま身を投げ出してしまおうとハンドルを握る手から力を抜いた瞬間のことだ。
 ききーっ、と甲高い音をさせて自転車が坂の途中で勢いが死ぬ。
 なにか踏んだか、チェーンでも外れたか、坂の途中で足をついて振り返ると冷たい風が坂の上から吹き付ける。
 思わず顔を背けた直後、それが坂の上の空に見えた。
「麻衣佳……?」
 雪遊びで使うようなソリに座ったなにかが月へと上っていくような光の筋が――。

(了)


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