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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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坂の自転車屋

17/01/31 コンテスト(テーマ):第128回 時空モノガタリ文学賞 【 自転車 】 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1129

時空モノガタリからの選評

原因のわからない不幸な出来事が伝染的にループし続けるという、ホラーの定型的な構造がうまく生かされた作品だと思います。坂の途中の自転車屋という設定からしてなんとも危なっかしく不穏な感じですが、さらに顔色のわるい少年、「ふつりあいなまでに重く大き」い自転車などの不吉な要素が伏線となることで、全体としてまとまりがよく、シンプルな文体と繰り返しの構造は、わらべ唄やマザーグースのような素朴な怖さの要素ももたらしていると思います。また、自転車屋としての責任感が強い店主だからこそ、そのループに飲み込まれていくような展開には、不条理な怖さも感じました。ラストの妻の台詞の終わり方も、まるで唄のような繰り返しの余韻があり、良かったと思います。

時空モノガタリK

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坂の途中に店を出す自転車屋に、その少年はやってきた。
ひょろりして、病み上がりと思えるほど顔色もわるかった。その少年の押している自転車は、そんなに大型ではなかったがそれでも彼にはふつりあいなまでに重く大きく感じられた。店主は、整備していた自転車から顔をあげると、店の前で黙っている少年を訝しげにみやった。それはついさっき、ブレーキの具合が悪いといって立ち寄った少年だった。店主は自分で自転車に乗り、数メートル走らせてから、ぎゅっとブレーキをかけては、前輪がギィッと軋るのを確かめた。
「問題ないよ」
「ほんとですか」
「まちがいないさ」
「いくらです」
「百円」
その少年が自転車にまたがり、坂道を下っていってからものの十数分もたたない間に、また彼が店の前に自転車をおしてきたのだった。
「どうしたんだい」
「もう一度、ブレーキをみてもらえませんか」
「だから、大丈夫だって」
「みてください」
店主は、しぶしぶその少年の方に歩みよった。
こんどは自転車を抱えあげるようにして、前輪と後輪のブレーキのかかり具合を確かめた。
「ほら、なんともないだろ」
「本当ですか」
「きみもくどいな」
「ほんとにブレーキはだいじょうぶですか」
「忙しいんだ。不満なら、よその店にいってくれ」
「いくらです」
「代金はいい」
「ありがとうございます」
店主が無言で、もとの自転車のところにもどってまもなく、坂の下から、サイレンの音がきこえてきた。
店主は胸騒ぎをおぼえた。が、たったいま走り去った少年の身に何かあったとは思えなかった。それでもどうにも落ち着くことができずに、奥にいる妻に一声かけて、店
からでた。
坂の下では、救急車がとまり、そのまわりを何人かがとりかこんでいた。店主が近づいていくと、坂道の横の溝からいま、救急隊員たちが誰かをかつぎあげて用意された担架に乗せようとしているところだった。
手足が歪におれまがり、異様なまでに白いために最初、店主にはそれがあの少年の顔だとは認められなかった。が、何メートルも離れたところの、家の角に倒れている見覚えのある自転車をみて、彼はいそいでそこにちかづいていった。
真っ先に彼の目は、自転車の後輪の、ブレーキ部分をみた。ブレーキレバーからつづくワイヤーが、途中でちぎれていた。勾配の急な坂道を、後ろブレーキをかけて徐行しようとした矢先、突然ワイヤーが切れたので、前ブレーキを思い切りかけたとたん、自転車は前につんのめり、たまらず彼は坂の下の溝まで放り出されたにちがいない。
しかし、少年が店の前から走りだしたのは、つい最前のことなのだ………。
走り出す救急車を見送ってから、やがて重い足取で坂道を上がり出した彼の耳に、人々のやりとりが聞こえてきた。
「あれじゃまず、助からないだろうね。救急士が、首の骨が折れてるといってたもの」
店にもどってきた夫をひと目見るなり、妻は声をあげた。
「まあ、あなた、その顔色はどうしたの―――」
「坂の下で、少年が自転車から投げ出されて、首の骨を折った。たぶん助からないだろう。ブレーキの故障だ」
「ええっ」
「少年は二度、ブレーキをなおしてくれとここにやってきた」
「それで、なおしたのですか」
「べつに壊れていなかった。でも、もっとしっかりみてやっていたら、彼は無事だっただろう」
「そんな、考えすぎよ」
「―――いったい、二度目にきた彼は、誰なんだ」
「なんですって」
しかしもう、妻が何をいっても、彼は上の空だった。
それからの彼は、店にくる客誰彼なしに、ブレーキの具合を確かめるようになった。サドルの交換やチェーンの修理にきたのに、くどくどとブレーキの検査をやられて、怒る客もいたほどだった。
そのうえ彼は、店の自転車を一台、一台、試しに乗っては坂の途中でブレーキテストをするようになった。
そんな店主の、何かに憑かれたような様子に、不気味なものを感じてか、しだいに客たちの足が遠のきだした。

店にいた妻はそのとき、けたたましいまでのブレーキ音に顔をこわばらせた。たったいま夫が、また自転車にのって走りだしたのを見届けたあとだけに、心配になって表に出ようとしたとき、ふっと夫が目の前にたった。
「ああ、よかった」
安堵する妻を尻目に、夫はいつもの場所で自転車の整備をはじめた。しばらくしてから坂の下の方で、サイレンの音がきこえはじめた。
「なにかしら」
夫をそこに残して、妻は店からでた。坂の下で警光灯がしきりに回転している。彼女が下りていくのと入れ違うように、救急車は発進した。
「あの上の自転車屋さんよ」
ご近所の人の声がきこえた。彼女は茫然と辺りをみまわした。主人が乗っていた自転車が傍に倒れている。彼女は恐々、坂の上の店をながめた。
あそこで自転車を整備しているのは誰なのかしら。


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このストーリーに関するコメント

17/03/14 光石七

拝読しました。
二度目に来た少年は、妻が見た夫は一体……?
哀しく不思議なお話、堪能させていただきました。

17/03/15 W・アーム・スープレックス

光石さん、ありがとうございます。
そのつもりはなかったのですが、結果的にホラーめいた作品になってしまいました。
ファンタジーのひとつの究極が、ホラーのような気がします。

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