1. トップページ
  2. ギジベヤ

宮下 倖さん

宮下 倖です。 楽しくたくさん書いていきたいです。

性別 女性
将来の夢 誰かの心にひとつでも響く言葉が紡げたら幸せです。
座右の銘 臨機応変

投稿済みの作品

0

ギジベヤ

17/01/30 コンテスト(テーマ):第126回 時空モノガタリ文学賞 【 304号室 】 コメント:0件 宮下 倖 閲覧数:688

この作品を評価する

 大変申し訳ありませんお客さま、304号室はあいにく予約で埋まっておりまして……。
 平坦な声でそう言うと中年の男が慇懃に頭を下げた。いつも通り、一言一句違わず淀みない台詞である。ハルオは苛々と受付カウンターに身を乗り出した。
「三十分……いや十分でいい。ナツミと話したい。会わせてくれ」
「……ではナツミ本人に訊いてまいります。そのままここでお待ちください」
 男は恭しく一礼しカウンターから出る。そして、まっすぐに伸びるホテルの廊下の奥に足を向けた。ハルオが唇を噛んで見送るその歩みに音はなく、廊下の厚い絨毯が男の足音もハルオの苛立ちも柔らかく吸いとっていった。

 「ギジベヤ」というサービスが世に浸透してしばらく経つ。漢字をあてれば「疑似部屋」で、様々な人間関係を室内で疑似体験できるものである。
 絵に描いたような幸せな家族の一員になれたり、甘い新婚生活を満喫できたり、兄弟と微笑ましい喧嘩ができたり、会うことすら叶わなかった祖父母との時間をもてたりと多種多様な設定の部屋が用意されている。
 役者やその卵たちが演じる部屋がほとんどだが、素人バイトの新鮮さがうける部屋もある。
 主に高級ホテルのワンフロアが使われ、いかにもギジベヤ通いですという印象にならないのも人気の理由であった。
 ここのホテルの304号室は妹設定がなされているギジベヤである。ナツミという二十歳の女の子が待機しており、客の要望によって、ときに無垢な妹として甘えたり、ときに少々生意気な物言いでわがままを言ったりする。現役女子大生ということで人気部屋のひとつだ。
 ハルオが幾度目かのため息をついたとき男が戻ってきた。
「ナツミは今ちょうど休憩中でございまして……少しでしたら会うそうです。どうぞ304号室へ」
 感情の読めない平らな声が終わらないうちに、ハルオは廊下を小走りに駆け出していた。

「ナツミ!」
「お兄ちゃん! また?」
 ハルオが304号室の扉を開けるなり咎めるような声が飛んだ。水色のカットソーに白い膝丈スカートを合わせたナツミが腰に手をあてて仁王立ちになっている。
「こんなバイト、もういい加減に辞めろよナツミ」
「辞めないよ。時給いいもん。自分の学費くらい自分で稼ぐって言ってるじゃない」
「学費なんて俺が働いて何とかするし、父さんたちの遺産も少しはあるし……」
 言い募るハルオを、ナツミは首を横に振って制した。
「入学金出してもらっただけで充分だよ。それに、何度も言うけど、ここ変なバイトじゃないよ? お客さんの妹になりきってお話するだけなんだから」
「……俺も何度も言うけど、ナツミが俺以外の妹になるなんていやなんだよ」
「わがままだなあ」
 ナツミは表情を緩めると、うなだれるハルオの手をとった。
「大丈夫だよ。私のお兄ちゃんはお兄ちゃんだけ。ね?」
 やさしく諌められ、ハルオは不承不承といったふうにひとつうなずく。
「せっかくだからお茶でも飲んでく? 次のお客さんキャンセルするからさ」
 花が咲き零れるようなナツミの笑顔につられたようにハルオも小さく笑んだ。

―― * * * ――

「ナツミお疲れさん」
「主任……」
 ハルオが304号室を去りしばらくすると、受付カウンターにいた男が扉から顔を覗かせた。主任と呼ばれた男は、やれやれというように肩を竦めて部屋に入ってくる。
「いつものことながら珍しい設定を好むお客さんだよねえ。ちゃんと予約して来てるのに、オレまで小芝居に巻き込むんだもんな。妹萌え〜ってわけでもなさそうだし、ナツミ何か聞いてる?」
 ナツミはわずかに逡巡したが小さく話し出す。
「昨年……ご両親と妹さんを事故でいっぺんに亡くされたそうですよ。自分の住むアパートも304号室らしくて、何となくここ来たら同じ304が妹設定で気になったって最初のときに言ってました。いつも無茶やって手のかかる妹を叱るのが自分の役目だったんだ、って」
 主任はたいして興味もなさそうにふうんと鼻を鳴らした。
「今も妹を叱ることで心のバランスをとってるってとこか」
 仕事に戻ろうと踵を返した主任だったが、ふいに落とされたナツミの呟きに目を剥いて振り返った。
「わたしいつまで妹なんだろう。この部屋にいる限りダメなのかなあ。あの人の住む304号室だったら妹卒業できるのかなあ」
「ナ、ナツミ?」
 慌てる主任を尻目にナツミは「よし、がんばるぞー!」と声をあげる。
 いかにも女の子好みの内装に設えられた304号室の窓。桃色のカーテンの間から、夕暮れが深くなった群青色の空が見える。
 きらりと光る一番星がナツミを応援するようにやわらかく瞬いた。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン