1. トップページ
  2. 高橋氏主催のイベントでございます

たっつみー2さん

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

0

高橋氏主催のイベントでございます

17/01/29 コンテスト(テーマ):第126回 時空モノガタリ文学賞 【 304号室 】 コメント:0件 たっつみー2 閲覧数:557

この作品を評価する

 2棟並ぶ5階建ての高橋ハイツ。その南側正面に公園があり、イベントテントが設置されている。そこで、マイクを手に声を張り上げているのは、御歳64歳の大家さん、高橋氏である。
「さあ、いよいよクライマックスですよ」
 梅から桜へと主役が変わろうとするこの時期、すっかり恒例となったイベントは盛り上がりをみせている。公園に集まった近所の人たちは、月灯りの下、高橋夫婦が無料配布したお汁粉を頬張りながら、視線を目の前の建物へと向けている。
 さてさて、高橋氏はというと、長テーブルに置かれた抽選会などでよく目にする丸穴のあいた箱に手を入れ、クルクルと掻き回している。
 高橋氏が箱から取りだした手、そこには白いピンポン球があり、彼はそこに書かれた数字を読み上げた。「303!」
 マイクを通して響き渡る数字に、あちらこちらで思い思いの声が上がった。さらに、高橋氏は隣にある別の箱から同じように取りだし、「304!」
 その数字に、公園はこの日一番の盛り上がりとなった。建物を目にしている誰もが今の状況をしっかりと理解している。つまり、これで勝負が決するということだ。
 高橋氏は、マイクを手に視線を建物へと向け、「303号室の佐藤さん。今の気持ちをお聞かせください」
 1号棟の3階ベランダ。公園からは部屋の灯りで黒影しか見えないが、そこに佐藤家の奥さんの姿がある。部屋の中には赤ちゃんを抱え、あやしながら奥さんに熱い視線を向ける旦那の姿が見える。
 奥さんが拡声器を手にして声を上げた。「とにかく頑張ります」
「シンプルですが気合いが伝わってきます。それでは304号室の永井さんはいかがでしょうか」
 高橋氏は視線を隣の棟へと移した。
 2号棟、同じように灯りのともる部屋のベランダに立つ影が拡声器を手にし、「庶民にだって負けられない闘いがあります。絶対に勝ってみせます」
 二人の言葉に拍手が起こった。
「この熱気、いいですねえ。なんとも嬉しいかぎりです」
 高橋氏はハンカチを取りだして目頭を押さえ、「そんな2人への応援を込めて、私から1曲お送りします。『祭り』」
 涙など微塵もこぼれていない高橋氏が立ち上がると、すかさず声が飛ぶ。「いいから早く進めろ!」
 親しみのこもったヤジに笑いが起こっている。
 高橋氏は大げさに口を曲げてすねた様子で、「ジョークば、ジョークば言いとっとです」
 その返しに、笑いはさらに膨らんだ。ひと笑いの後、腰を下ろした高橋氏は表情を一変させ、真剣モードで力強い声を、「それでは問題です」
 2つの影は拡声器を置き、手の平サイズのボタンを手にしている。
 公園が静まり返る。
 高橋氏は手にした紙に視線を落とし、「世界で一番高い山といえば」
 すかさず、テント横のスピーカーから――ピコン!
 ベランダの手すりに簡易で付けられた赤色灯は、両方が点灯している。
「おっと、これは同時か」
 高橋氏はマイクを横に座る妻へと向けた。
「審査員長。判定は?」
 彼の奥さんは姿勢を正し、無言のまま腕を上げた。
「右腕ということは、解答権は永井さん」
 304号室の影が拡声器を手にした。小さい子と女性の重なり合った声が、彼の部屋から聞こえてくる。「パパ! がんばれ!」
 永井さんは声援を後押しに自信のこもった声で、「エベレスト!」
 すかさず、スピーカーから――ブッブー!
 高橋氏の奥さんの手がテーブル上のボタンに置かれている。
「あらら、永井さん。問題はまだ途中でした。えーっと、佐藤さんもボタンを押しちゃっていますから、佐藤さん、お答えを」
 1号棟の影は問題の続きを想像し、頭を巡らせているのか、沈黙している。
「さあ、時間切れになっちゃいますよ」
 佐藤さんの奥さんは拡声器を手にし、自信なさげなに問いかけるように、「……富士山?」
――ピンポン!
 その音に拍手が起こった。
 1号棟の影が飛び跳ね、もうひとつ影が増え、赤ちゃんの泣き声が響いている。
「素晴らしい。問題の続きは、世界一高い山はエベレストですが、では、日本一高い山は? でした。見事正解です。ということは、永井さんは射ぬかれとなります。部屋の照明のほうをお願いします」
 304号室のベランダから、肩を落した影が消え、部屋の照明も消えた。真っ暗な部屋から、怒気をたっぷりと含んだ子どもの声が、「もーう、パーパ!」
 すでに誰もが結果は分かっている。それでも、高橋氏のコールを待っている。
「104! 204! 304! 404! 504!」そこで一拍置いて、「はい、ビンゴ!」
 ポツポツと負けた部屋の灯りが消えている中、2号棟のその縦1列は並んで消えている。
「よって、今年の勝者は1号棟となりました」

 この結果をもって、来年度のゴミ置き場の掃除当番は、2号棟の住人が交代で行うこととなった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン