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micchoさん

「世の中はつまらない小説で溢れている」 「こんな小説なんかより俺の方が数段面白いものが書ける」 小説を書き始めるまではそう思っていました。 まずは全作家の皆さんに土下座して謝りたいです。 あなた方は偉大です。 ふとしたきっかけで小説を書き始めて早半年、 アイデアの乏しさ、ボキャブラリーの貧困さを日々痛感ながら、こうして駄文を量産している次第です。

性別 男性
将来の夢 小説でもプログラムでも、とにかく良いものを生み出したいと思っています。
座右の銘 名誉を愛するものは自分の幸福は他人の中にあると思い、享楽を愛するものは自分の感情の中にあると思うが、ものの分かった人間は自分の行動の中にあると思うのである。

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勘違いは恋の始まりの終わり

17/01/28 コンテスト(テーマ):第126回 時空モノガタリ文学賞 【 304号室 】 コメント:2件 miccho 閲覧数:773

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 就職氷河期であったことに加え、就職活動に要求される「器用な立ち回り」スキルなどどこにも持ち合わせていない(おそらく生まれる直前に母親の胎内に置いてきた)僕は、結局100社近くの企業にエントリーする憂き目を見た。
 メールボックスが「ご縁がありませんでした」のメッセージで埋め尽くされ、僕の手元には「戦略的撤退・留年」「一発逆転・小説家」「大穴・専業主夫」など、ろくなカードしか残っていなかった。それでも幸運の女神はこちらをチラ見程度はして下さったようで、なんとか小さな不動産会社から内定を賜ることができた。

 社員数一桁の零細企業なので、入社後は研修もそこそこに、早速現場に投入されることになった。お客様対応の窓口となって、要望に沿った物件をご提案する仕事た。
 僕にとって記念すべき最初のお客様は、昼下がりにやってきた。新婚夫婦と思しき若いカップルだった。
 旦那さんの方は27歳くらいでシャープな輪郭にさっぱりとした顔立ちで、シルバーのメタルフレームの眼鏡が彼の知的な雰囲気を一層引き立てていた。一方の奥さんは、肩まで伸ばした黒のストレートヘアーが印象的な大和撫子タイプの美人だった。ほのかに香水の香りがカウンター越しに漂ってきて、上品な雰囲気が伝わってきた。旦那さんとの会話から、有希子さん(漢字は僕のイメージ)という名前であることを知った。問題はこの奥さんの方にあった。

 はっきり言って、滅茶苦茶タイプだった。有り体に言えば、一目惚れだ。完全に気持ちが浮足立っているのを感じた。だから僕が記念すべき最初のミスをよりによって有希子さんの前で犯してしまったのも必然だったのかもしれない。

 「コーヒー、紅茶、緑茶、どれになさいますか?」
 マニュアルに則って質問を投げた後、コーヒーをご所望のお二方の要望にお応えすべく、一度執務スペースに戻ってコーヒーを淹れた。
 そこで僕は、運んできたマグカップをうっかり倒して、盛大にコーヒーをこぼしてしまったのだ。さらに悪いことに、カップから自由の身となっとコーヒーは、机の上を元気に通り越して、旦那さんのスラックスめがけて果敢にダイブして行ったのだった。コーヒーの漆黒とは対象的に、僕の頭は真っ白になった。
「も、申し訳ございません!クリーニング代は弁償いたしますので」
 地方の変なお祭りの踊りのごとく両手をしっちゃかめっちゃかな方向に動かしてパニックの極地だった僕とは実に対象的に、落ち着き払った旦那さんが救いの一言を発してくれたのだった。
「気になさらないで下さい。どうせ黒なのでまったく目立ちませんから」
 完敗を僕は悟った。この人間としての度量、寛大さ。たった5年程度の人生経験の差では到底埋められない圧倒的な壁の存在を感じた。最初から0%だった有希子さんの恋人になれる確率は、0.0000%と一気にその有効数字の精度を上げた。
 叱責を免れた安堵感と、それ以上の人間としての圧倒的敗北感を同時に味わっていることなど露知らず、スラックスをハンカチで拭き終えた旦那さん、いや旦那様と有希子さんは、角がコーヒーに濡れ茶色く変色した間取り図を一緒に見比べながら、楽しそうに会話をしていた。

 結局彼らは4軒ほどの候補を内見した後、1軒のマンションの契約を決めた。それがレジェンド目黒304号室だった。駅からは多少距離があるものの、室内はシンプルだが落ち着いたデザインで、子供ができても十分な広さのこのマンションは、条件内で最も良い物件だと僕も思っていた。レジェンド目黒304号室もあなた方のような素敵な夫婦を迎えられてさぞお喜びでしょう。

 不動産屋としての開幕戦をホロ苦デビューで飾った僕は徐々に業務にも慣れ、その後は大きなミスを犯すこともなく気がつけば2ヶ月が経過していた。
 ある日の週末、近所のスーパーで夕食の買物を終えて自宅までの道を歩いていると、有希子さんの姿が視界に飛び込んできた。そうだ、このスーパーは有希子さん達のマンションの近所だったのだ。
 僕は足早に駆け寄ると
「先日はありがとうございました。新居はいかがですか。」
と声をかけた。目をパチクリさせながら目の前の男の正体を記憶から探っているようだったが、すぐに
「あ、不動産屋の方ですよね。素敵なマンションで、兄も喜んでいますよ」と、何とか僕のことを思い出してくれたようだ。いや、それよりも、兄?今兄っておっしゃいました?
「はい、私4月から就職で上京したんですけど、1人暮らしだと何かと大変だから、それで兄と一緒に住むマンションを探していたというわけなんです」
 完熟のりんごのような真っ赤な舌をペロと出しながら、彼女は笑顔で歩き去っていった。ふいに訪れていたはずの有希子さんへのアタックチャンスを棒に振ったことに気づくまで、しばらく僕は呆然としていた。


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このストーリーに関するコメント

17/01/28 沓屋南実

びっくりでしょうねえ、それはそれは! でも、諦めないでね。もちろん家を知っているからって、仕事上のかかわりだから訪ねていくのはご法度でしょう。
でもお兄さんと仲良しになる、という奥の手があるわよ、と主人公の親戚のおせっかいおばさんになって、言ってあげたい(笑)。

17/02/04 miccho

沓屋南実さん

コメント頂きありがとうございます!
経験の少ない彼にぜひアドバイスしてあげてください(笑)。
個人的には彼にはまず仕事を頑張れと言いたいです(笑)。

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