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あとらさん

性別 女性
将来の夢 作家
座右の銘 一日一歩

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母猫の残したもの

17/01/27 コンテスト(テーマ):第126回 時空モノガタリ文学賞 【 304号室 】 コメント:0件 あとら 閲覧数:471

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『忠豊さん、頼まれたもの、持ってきた?』
とあるマンション304号室の前で男女が大荷物を持ってやってきた。
「勿論、出来る男だからね。」
忠豊と呼ばれた男は鍵をゴソゴソと探す。
「あれ、今月の鍵の管理は絵里だったか?」
『今月は忠豊さんよ?』
「そうだったかっと......、おぉ、あったわ。」
どこにでもあるような鍵を、穴に差す。
音を立てずに部屋の中に入ると、シャーッと威嚇される。
『しー、静かに。貴女がここにいるの大家さんには内緒にしているのよ?』
母猫に近づき注意をすると、
『きゃっ!!』
「絵里?!」
爪で引っ掻かれ、手から血がポタリと流れる。
「思ったよりも早かったな。絵里、母猫から一旦離れよう。出産の近い猫は、気性が荒くなる。」
『うっ、うん......。』
忠豊に連れられ、絵里は別室で怪我の手当てを施される。
『痛っ!!』
不器用な手当てで、薬が染みる。
「ごめん、つけ過ぎたみたいだね。」
『大丈夫、だけど、どうして妊娠の事だけは、私よりもそんなに詳しいの?」
「憧れていたから。」
救急車のサイレンが聞こえ、一瞬寂しそうな表情を浮かべる忠豊。
その表情を変えて良い相手は別にいる。
どんなに愛おしく思っていても、絵里と忠豊の道は繋がらない。
替えのきく代用品は、忠豊に一定以上の感情を持つ事を許されない。
今までそう思って過ごしていたのに。
真冬の寒空の下、雪を頭に積もらせた母猫が窓を叩いてたあの日から、絵里と忠豊の関係を大きく変化させた。
『あの子は、十字架がついた首輪をしていた。でも、名前も電話番号も書いていなかった。』
飼い主を探していたのだが、とうとう見つからず、出産の時だけが刻々と迫る。
「望む非現実より、今は起こる現実に力を入れよう。1番辛いのは母猫の方さ。」
忠豊の胸元から見える、銀色の指輪がキラリと光り、絵里の胸はチクリと痛み抑えようとしたその時。
「んにゃあごぉ......。」
「この声は。」
忠豊は立ち上がり、そっと隙間から母猫のいる部屋を除く。
『忠豊さん、中に入らないの?』
絵里は忠豊に寄り添うと、ダメだと首を振られる。
「出産が始まった。ここは自然に任せよう。」
と言いつつ、その場を離れようとはしない。
『......自然に任せるんじゃなかったの?』
絵里の問いかけに忠豊は応えず、ただじっと母猫の出産を見守り続ける。
力む母猫からコロン、コロンと出てくる2つのドロドロとしたまるで焼きリンゴのような物体。
焼きリンゴが猫の形になる頃には、窓から朝日が差し込み、子猫をキラキラと照らす。
何と神秘的な光景だろう。
命の輝きに思わず絵里はため息をつく。
ところが母猫の方は出産が終わると、フラフラの体で部屋の外に出ようとする。
『ちょ、ちょっと!?』
思わず絵里は母猫の側に駆け寄る。
『ど、どうしたの?!ご飯ならあるわよ!?』
以前母猫の為に買い置きしたご飯がある。
それを出そうと絵里は、袋をガサゴソと漁る。
しかし、忠豊は何を思ったのか窓を開け、母猫を外に逃がしてしまう。
忠豊のした行動に驚きを隠せず、絵里は大声で抗議する。
『忠豊さん、正気!?』
「......きっと、餌を探しに行こうとしたんだよ。」
絵里の怒鳴り声を、冷静に淡々と返す。
『そんな訳ない!!だって今までここでご飯を食べていたのよ!?餌がある事くらいあの子には分かるはずよ!?』
一番考えたくない可能性を拒否したくて、忠豊にあたり続ける。
だが、
「......絵里。」
陽の光に照らされた頬を伝う涙を隠すように、忠豊は絵里を抱き締める。
その行動だけで、絵里は全てを察した。
あの母猫には子を育てる力がなかったという事を。
「......あの子猫は僕が引き取る。僕の家は猫を飼っても大丈夫だから。だから、名前を、君がつけて欲しい。」
震える声、震える背中。
支えたい気持ちを必死で抑える絵里。
今の今まで命の輝きに感動した絵里は、母猫のその後の行動に苛立ちと悲しみで涙を流しそうになる。
だがここで忠豊に感情のぶつけても、絵里はあの母猫と同じ立場なのだ。
それなら、絵里が取るべき行動はただ一つ。
『......イヤです。』
絞り出した絵里の声からでた答えに、目を見開く忠豊。
彼の目は泣いていたからか、真っ赤に染まっている。
「......どうして?」
対して絵里の目は、朝日に照らされ美しく輝く。
『私が付ければ、怪しまれちゃう。だから、こうしよう。』
絵里は忠豊から離れ、ブチ母猫と違う、恐らく父猫と同じであろう模様の子猫を抱き上げる。
そして、精一杯の笑顔を作り忠豊に向けた。
『私の家も猫飼って大丈夫なのよ。』
その日以降、304号室の扉は開かれる事はなかった。


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