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管理人の業務とは

17/01/26 コンテスト(テーマ):第126回 時空モノガタリ文学賞 【 304号室 】 コメント:0件 PineLeaf723 閲覧数:831

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 そのアパートは二階建てだった。しかも横方向には窓が三つ。つまり三部屋のみ。どう考えても、目指す304号室は存在しない。
「おかしいな」夕暮れに白い息を吐きつつ、俺は看板を二度見する。
 卒業以来、十数年ぶりに中学時代の同級生から年賀状が届いた。『遊びに来ませんか。相談があります』だそうだ。差出人がこいつでなければ、連絡など取らなかったろう。
 手土産のワイン瓶を握り直し、ひとまず入り口脇の階段を登ってみる。二階に上がると、階段はまだ上へと続いていた。不思議に思いつつ登ったら、何の問題もなく三階へ到着した。
「どうなってるんだ?」さらに延びる階段を、手すりから見上げる。小さなアパートのはずなのに、闇に霞むほどの高層階まで、つづら折りに続いていた。
 冷たい汗が脇に滲んだ。建物内は不気味に静まり返り、人の気配がない。階段ホールから廊下を窺うと、暗い照明の照らす寒々しい通路の片側に、スチールのドアが果てしなく並んでいた。
 冗談じゃない。後退った瞬間、ガチャリとドアの一つが開き、俺は悲鳴を上げかけた。
「わあ、時間ぴったり」
 T沢だ。早くも禿げ始めていたが、童顔に昔の面影がある。
 旧友は和やかに手を振り、なぜか頭も振った。「ようこそ。寒かったでしょ」
「何だこのアパートは、なぜこんなに部屋数が――」
 ほとんど恐慌状態で詰め寄る俺を、シッ、と奴が押し止めた。「大きな声で言わないで。ここの入居者、全員不法滞在者なの。大勢で住んでるってバレたら捕まっちゃう」
 遅まきながらT沢の格好に気付き、俺は唖然とした。片腕を三角巾で吊っており、前歯が欠け、メガネにはヒビまで入っていたのだ。

 T沢は建物の管理会社に雇われ、住み込みの管理人をしているという。
「帰省の時期でさ、静かすぎて寂しいよ」
 304号室に招き入れる際も、奴は頭をぐらぐら振っていた。まるで張り子の民芸品だなと思いつつ、俺は六畳間に上がり、大人しく炬燵へ足を突っこんだ。今はアパートの謎を追求するより話を聞きたい。
 T沢はワイン用にグラスを並べ、カセットコンロとオイルサーディンの缶詰めを運んできた。怪我人に代わって缶詰めを開け、火にかけてやる。そんな俺を、奴は嬉しそうに眺めていた。
「ハゲのおっさんに見つめられても嬉しくねえんだが」
「口の悪さも懐かしいよ。何だかんだ言って、キミだけは僕をいじめなかった」
「そうだったか?」
 とぼてけワインに口をつけた。いじめなかったというより、助けてやれなかっただけだ。あの頃の見て見ぬふりを、俺はずっと後悔していた。
「で、相談って何だよ」
「僕の代わりに、ここの管理人にならない?」
「はあ?」肩透かしを食った気分だ。今も誰かの暴力を受けているなら、今度こそ手を差し伸べよう。そう決意を固めていたが、気負いすぎだったろうか。「お前は辞めんの?」
「業務中に失敗しちゃって、この大怪我をね。管理会社からも退職を勧められた。あ、でも充分な手当てをもらったし、僕も納得してる話だから」
 引き受けるなら現在の勤務先と同等の給料をくれるという。無論、家賃はタダだ。
「その管理会社、ヤクザじゃないのか」話がうますぎる。
「とんでもない。事情があって正式には移住できない子たちを支援してる、素晴らしい会社だよ。ただ、事が事だから滅多な人間は雇えなくて」
 キミなら安心だ、と拝まれた。
「いい子たちだけど、こっちの習慣に疎いんだ。生ゴミの分別方法とか、無闇に人間を襲っちゃ駄目だってルールを、きちんと教えてあげられる人が必要なんだよ」
 聞き捨てならない台詞が、さらりと混ざった。
「おい待て、人間を襲うって何だ。まさかその怪我、住人の仕業かよ!」
「この世には、いろんな食文化の生命体がいるんだよ?」
「ふざけんな、俺は真面目に話してんだ!」
 何なんだ。こいつの大怪我も、この異界じみたアパートも。
「逃げよう、こんな所にいたら殺されちまうぞ」
 立ち上がり、強引にT沢の腕を掴む。その瞬間、ぞっと総毛立ち、本能的に振り払った。旧友の手が、異様なまでに冷たいのだ。
 奴の手はコンロにぶつかり、コンロは缶詰めごと吹っ飛んだ。飛び散ったオイルに引火し、炬燵布団が燃えあがる。
 俺たちは慌てて炬燵から飛び退いた。その瞬間、ごろっと落下したものがある。ぐらぐらだったT沢の頭だ。
 足元で生首が喚きたてた。「大変だ! そこの消火器、取って。ほら早く!」
 俺は絶叫をあげてアパートから逃げだした。走りながら振り返る。建物の上空に無数の黒影が集まりつつあった。

 翌年、再びT沢から年賀状が届いた。今もあの部屋で、管理人を続けながら後釜を探しているそうだ。
 また遊びに来てね、と書かれた年賀状を燃やし、流しに捨てた。
 すまん。お前のこと、俺には助けてやれそうもないよ。


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