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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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落ちてゆく新宿

17/01/24 コンテスト(テーマ):第127回 時空モノガタリ文学賞 【 新宿 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:922

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俺たちのような宿無しの、段ボール暮らしのそれでなくてもふだんから鼻もひっかけられない者のいうことなんかを、真にうけるものなど誰もいないにちがいない。しかし、これは本当も本当、難しい言葉でいえばリアルというやつなんだ。
そのときは俺と、おなじホームレス仲間のジュンという、名前だけだと若者っぽいが実年齢六十七の男がその出来事を目撃していた。場所は新宿ゴールデン街からほんのちょっといったところだった。酒店の横手に積まれた空瓶のケースをおろしては、一本一本瓶を傾けて底のわずかなアルコールをのむこと数十回、それでも俺たちはいい心地になって、今夜はひとつ、屋外で朝を迎えるかと寝心地のいい場所を探してうろついていた。
「ここなら、新宿の夜景が一望できそうだ」
そこは雑居ビルの屋上で、セキュリティーも何もないあけすけなビルの階段を俺たちはふらつきながら上っていった。
夜空の下にひろがる色とりどりのネオンと窓明かりがまるで宝玉のように光きらめく新宿の夜景に、二人はしばし目を奪われていた。
「毎日を仕事に追われていた当時新宿は、ただのごちゃごちゃした街意外のなにものでもなかったけれど、いま、昨日も明日も風まかせといった暮らしにどっぷりとなってからは、このごちゃごちゃ感こそが新宿の魅力だったとことに気がつくようになった」
そんなジュンの述懐めいた言葉を聞き流しながら俺は、まだあの何十本という空瓶の底の酒に酔いしれていた。と、いきなり前方の無数の宝玉が、地面に吸い込まれた。俺は何度も目をしばたたいて、おそらく瞳孔の誤作動か、あるいは瓶の底でさらなる発酵を遂げたアルコールの影響によるものか、とにかく自分の視神経の異常のせいにしようとしたとき,
「あれ、新宿が沈んでゆく」
と隣でジユンが、素っ頓狂な声をあげた。
俺たち二人は屋上のフェンスにしがみつきながら、いまなお沈下をくりかえしている前方の街を、くいいるように見やった。
「まるで、この世の終わりをみているようだ」
たしかにジュンのいうとおり、建物という建物が大地に吸収されてゆくさまは、世界の崩壊をまのあたりにしているかのようだった。にもかかわらず、俺もジュンも、どこか悠揚とおちついているのは、それはほかならないこの場にたれこめる異常なまでの沈黙と、当然あってしかるべき、足元を揺るがす地響きがまったくないせいだった。
しかし、たしかに俺たちが目にしているごちゃごちゃとした街並は、つぎつぎと崩落していて、いままた空にそびえる高層建築が、地面に食い込むように落ち込んでいるのだった。
「警察に通報しないと―――」
いろめくジュンに俺は、
「おれたちのいうことなんか、警察が信じてくれるはずかない。それに、これだけの大惨事だ、きっとほかにも誰かが目撃しているはずだ」
その俺の言葉を裏打ちするかのように、まもなく地上のあちこちからサイレンの響きがきこえてきた。
「どうする、ジュン」
「ここで朝になるのを待とう。俺たちはそれをするために、ここにきたんじゃないか」
「あんたのいうとおりだ」
それで俺たちは、その場にごろりと横になると、蒸し暑い夏の夜風に吹かれながら眠りの中に落ちていった。
俺が目をさますと、すでにジュンはフェンスの前に立っていた。すぐに彼の横に行った俺は、新宿のどまんなかにあいた、途方もなく巨大な穴を見下ろした。
「グランドキャニオンの崖っぷちから、切り立った絶壁をみおろしているようだ」
グランドキャニオンにいったことのない俺がそんな喩えを口にすると、すかさずジュンが、
「グランドキャニオンだと谷底はみえるが、ここの穴は深すぎて底がみえない」
「まるで俺たちみんなが抱える心の中にあいた空洞のようだ」
穴はまだひろがりつつあるようだった。アスファルトが次々に建物もろとも、穴に落ち込んでゆく。
「あ、あそこに人が―――」
拡大する穴の速度から逃げきれずにあちこちで人が、穴の中に真っ逆さまに落下するのが見えた。
「世界の終末がはじまった………」
と呟くジュンの顔がそのとき、なにか奇跡でもみたかのようにパッと輝いた。俺はふたたび、穴をみた。すると、下のほうから落ちたはずの人々が、ふわふわと舞い上がってくるではないか。
「穴の底からふきあげる風にのせられた人間たちだ」
浮かんでいる人間は最初こそとまどいをみせていたが、すぐに上昇気流を見切って飛ぶ鳥のように、たくみに風を切って飛行をはじめた。
「みろよ、あの、気持のよさそうな様子を」
新宿上空をかろやかに舞い飛ぶ人々をみていると、まるで人類の新たな進化が展開しているような気持がしてきて、俺もジュンもいつしか爽やかな笑顔を交わしていた。


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