そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

投稿済みの作品

3

大福

17/01/22 コンテスト(テーマ):第126回 時空モノガタリ文学賞 【 304号室 】 コメント:4件 そらの珊瑚 閲覧数:941

この作品を評価する

 賃貸の内覧に来ている。

 同行している不動産屋のお兄さんが「すみません、階段きつくないですか?」と云ったが、三階建てにエレベーターがないことこそ、それが良かった。不便などと言ってはいけない。便利な生活は人を怠惰にさせるし、太らせる。そう、階段こそ(それも三階!)ダイエットに最適ではないか。ジムはお金がかかる。仕事のノルマに追われる身にはジョギングを続ける時間も忍耐もない。が、階段は無料だし、生活に組み込まれちゃってる。三十歳を越えたあたりから、給料は上がりもしないくせに、体重は右肩上がりに増えていく。代謝というものが年と共に悪くなるのは本当だったのだ。去年買ったスキニージーンズが入ることは入るがパンパンである。今住んでいるマンションの一階はコンビニだ。真夜中に突然甘いものが食べたくなり、大福を買っては食べている。大福を選ぶのはケーキよりカロリーが低いだろうという焼石に水的な発想なのだけれど。「キミのお腹、大福みたいだね」ある夜着替えている時、泊まりに来ていた彼氏に云われ、はっとした。無理して履いていたスキニージーンズのベルト部分の上に載った腹がまさに大福。「でもそれはそれでかわいいかも、柔らかいし」とってつけたような男の言葉に私は甘え笑った。男は胸を揉むように腹も揉むようになった。そして運動もせず真夜中の大福喰いは続く。今思えば共食いではないか。笑えない。
 それから数か月後彼氏に振られたのは大福のせいだったのだろうか。それとも男の言葉を真に受けて痩せようとしなかった私のせいか。新しい彼女は二十五歳らしい。彼のフェイスブックで知った。顔は普通だがスタイルは良い。でも三十歳を越えたら、大福になるよ、なるだろうさ。私と同じ年の彼もおじさんになるだろう。俺、禿る家系なんだよね、と、いつか彼が云っていたのを思い出す。その兆候が確かにある。どうやらみんな逃れられないらしい。逃れる? いったい何から。
 私と一緒に撮った写真は、全てさっぱりと消去されていた。

「エレベーターがない分、お家賃はお安くなっています」
 不動産屋のお兄さんに室内を案内される。
 西向き、角部屋。まぶしいばかりの太陽の光。
「冬は暖かいですよ」
「でも夏は暑いでしょうね」
「そうですね。でもエアコン完備ですから」
 夏の西日の強い午後三時。この1LDKの室内はさぞやサウナ状態であろう。私は心の中でほくそ笑む。またしてもダイエットに最適ではないか!
「築年数は十五年と多少経ってはいますが、床は張り替えてますし、トイレもリフォーム済みで新しいですよ」
 立っただけでトイレの蓋が開く最新式だった。
「わあ、すごいですね」
「でしょう」
 不動産屋のお兄さんも笑った。
「これ、何のボタンですか」
 壁のボタンに伸ばした私の指を、お兄さんの指がすばやく押しのけた。一瞬触れ合い、私の指は弾かれた。
「それ、今押したら水が飛び出しちゃいますよ。ウォシュレットのボタンですから」
私がこの物件を借りることになったらお兄さんの成績が上がるのだろうか。「ありがとうございます。実は今月一件も契約が取れなくて。もしゼロのままだったら首きられるところでした。あなたは恩人です。この御恩は一生忘れません。あなたにめぐりあえて本当に良かった。僕と付き合ってください」
 なんてそんなことにはならないだろうなあ。今どき韓流ドラマでもあり得ない設定だ。
それにお兄さんと心の中で呼んではいたが、二〇代半ばくらいかも。
加えて左手の薬指に指輪をしていた。
逃れられないものを抱えながらも、みんな売約済みになってゆく。みんなウォシュレットのボタンの正しい押し方を知っている。私以外の人はみなちゃんと幸せを目指していく。

 サッシを開ける。前の住人が残していったものだろうか、こげ茶色のゴム草履が置いてあり、それをつっかけてベランダに出てみる。
「見晴らしいいですね」
「はい、三階ですから」
 真夜中に死にたくなっても、ここの一階にはコンビニはない。
 死から逃れたくなっても、もう大福はない。いいのか? 自分。
「三階から飛び降りたら、死ねますか?」
 うっかり心が外へ漏れてしまったらしい。言葉が口から出てしまった事に気づいて振り向くと、お兄さんはぎょっとした顔をして立っていた。
 アブナイ客だと思ったかもしれない。
「なんてね。冗談ですよ」
「なんだ、冗談ですか。おどかさないでくださいよ」
 304号室から見る空は無駄に晴れていて、大福みたいな雲を浮かばせている。あの大福ならばいくら食べても太らないに違いない。
 誰からも弾かれてしまうこの手を、大福に向かって伸ばした。








コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

17/01/22 あずみの白馬

拝読させていただきました。
重い話なのに、軽いタッチで書かれているので、心に痛みを感じつつ、少しでも前を向きたい主人公を応援したくなりました。良作だと思います。

17/01/30 そらの珊瑚

あずみの白馬さん、ありがとうございます。
最後の一行は、読み方によっては全然違ったふうにもとれるかもしれないなあと思いつつ
前をむいて生きるという取り方をしていただけたのですね。
やはり大福なだけに、ビッグハッピーよ、いつか、です。

17/02/01 泡沫恋歌

そらの珊瑚 様、拝読しました。

たぶん3階くらいの階段の上り下りくらいでは痩せるのは難しいと思う。
うちは3階建てで毎日々階段上り下りしてるけど全然痩せないもんね [壁]ノω;`)シクシク

3階から飛び降りたら死ねるかという問題ですが、運が悪ければ死ねなくて・・・一生車椅子生活になるか、
寝たきりになるのではないかと思う。
ひとおもいに逝くにはちょっと高さが微妙かと思いますね。

おもっきり大福に手を伸ばそうよ。
それでいいじゃん、美味しい大福があれば生きていけます(`・ω・´)ハイ!

17/03/28 そらの珊瑚

泡沫恋歌さん、ありがとうございます。
うちは2階建てですが、二階さえも極力上がりたくないので、ダイエットより足の筋肉の衰えの方が気になります。
美味しい大福はもうそれがあるだけで、極上の幸せ、と思えることこそ幸せ♪です。

ログイン