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恵本とわもさん

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一目惚れをマカロウハイツで

17/01/21 コンテスト(テーマ):第126回 時空モノガタリ文学賞 【 304号室 】 コメント:0件 恵本とわも 閲覧数:740

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扉が開いて、その隙間から顔を覗かせた彼女と目が合った。瞬間、世界が制止したような気がした。
向かいの家で騒いでいた見知らぬ子どもたちの声も、近くの道路から響いていた車の音も、耳に入ってこなくなった。
僕は彼女に釘付けになった。
つぶらな瞳に、淡いブルーのまぶたが綺麗だった。アイシャドー、というものをつけているのだろうか。整った顔によく似合っている。程よく色づいた唇と、肩にかかった柔らかそうな髪も魅力的だった。
仕事中だということも忘れて、その場に立ち尽くす。彼女を見つけた嬉しさと、自分への戸惑いと、色んな感情が混じり合う。
――ああ、これが一目惚れというやつか。
僕は、自分の中に生じた新たな気持ちを噛み締めるように、ゆっくりと瞬きした。
「あの……?」
彼女は首を傾げた。手には印鑑を持っている。
はっと我に返った。僕は「すみません」と軽く頭を下げると、微笑んだ。
「お届け物です。印鑑お願いします」
僕は、両手で抱えていた箱を差し出した。箱に貼った紙には『食器』と書かれていた。もちろん、彼女の名前とここの住所もあった。彼女らしい華やかな名前だった。住所の最後は、『マカロウハイツ 304号室』となっている。
「はい」と彼女は所定の欄に印鑑を押した。白くて華奢な手をしていた。
「玄関に置いて大丈夫ですか? 重いので部屋の中まで運びましょうか?」
彼女がどんな生活をしているのか、部屋の中を見てみたかった。
彼女は頷いた。「部屋の中までお願いします」
「わかりました」
落ち着いた様子で答えたが、内心は踊り出しそうな気分だった。
お邪魔します、と心の中で呟き、靴を脱いだ。思わず箱を落としてしまわないように、しっかり支えた。彼女にかっこ悪い姿を見せたくはなかった。
「そこの机の上に置いてください。すみません、ダンボール箱がたくさんあって、歩きにくいですよね」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
と、言われた通りに机の上に置いた。
「……引っ越してきたばっかりで」
彼女は床に転がるダンボール箱に視線を落とした。
「そうなんですか」
僕は部屋の中を見回した。残念ながら、期待していたような生活感はない。ダンボール箱ばかりが目につく。
「ありがとうございました。またお願いしますね」
彼女にお礼を言われて、僕は部屋を出た。
まだ扉のすぐ向こう側に彼女がいる気がして、振り返った。扉を見上げる。『304』とあった。
彼女が住んでいるというだけで、『304』が特別な数字のように感じられた。好きな数字を聞かれたら、今なら『304』だと即答してしまうかもしれない。普段は、ただ荷物を届けるためにしか必要のない数字だというのに。


マカロウハイツから離れても、彼女の姿と、扉の数字『304』は、しばらく頭から離れなかった。
それから、何度か彼女の部屋に荷物を届けることがあった。僕たちは、他愛ない話をする仲にまで発展した。


僕は、両手で花束を抱え、304号室の前に立っていた。肩にかけたバッグの中には焼き菓子も少し入れてきた。今日は、配達員として彼女を訪ねるわけではなかった。
気持ちを落ち着かせるために、すっと息を吸った。インターフォンを押す。
「はい、ちょっと待ってください」
ドアのすぐ向こう側から、少しくぐもった声が聞こえてきた。彼女の声だ。
花束を持つ手に思わず力がこもり、慌てて緩める。『304』という扉の数字を見上げる。
扉一枚の距離がもどかしかった。
ほどなくして、ゆっくりと扉が開いた。


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