1. トップページ
  2. 人の群れ

越百まひろさん

性別 女性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

0

人の群れ

17/01/20 コンテスト(テーマ):第126回 時空モノガタリ文学賞 【 304号室 】 コメント:0件 越百まひろ 閲覧数:690

この作品を評価する

 久しぶりの仕事が入った。ここしばらくは何事もなく、平和な学生生活を送っていたので、ずっとこの幸せな時間が続くのかもしれないと錯覚さえ覚えてしまった。
 依頼内容は単純なもので、「N町のとあるアパート、その304号室の調査をしてこい」というものだ。依頼者はそのアパートの大家さんで、本人はあまり事情がよくわかっておらず、苦情がひどいのでどうしたらいいものかと悩んでいるときに、天童が相談に乗って依頼を受けることにしたらしい。
 噂が流れていたからそろそろ依頼が来る頃だろうと思っていたが、自分から売り込みに行くなよなとは思う。だって実際に仕事するのは俺なんだから。そこそこのお金が貰えるから直接文句は言わないようにしているけど、愚痴は誰かに言いたくなる。
 ちなみに噂というのは、誰も住んでいないその部屋から夜な夜な話し声やカチャカチャと耳障りな音が聞こえたり、周辺に妙な影を感じたりとよくあるものだが、いかんせん数が多い。

 某日深夜、例のアパートの前までやってきた。木造三階建てのアパート。事務所で説明を受けたときに、「三階以上の物件ならマンションでしょ」と電童に言ったら、「アパートとマンションの違いは、木造か鉄筋コンクリートか、構造の違いだぞ」と返されて、自分が無知みたいなように笑われたことを思い出した。はぁーっ、と深めにため息を吐いてイライラを抑えこむ。
 街灯が等間隔に点灯して道路を照らしているので、周囲はそんなに暗くない。アパートの部屋の明かりが全て消えており、全員寝静まっているようだ。その静けさは、歩くたびに自分の足音が反響するほどである。外観は一見特に変わった様子はない。しかし、回り込んでみると、一つの部屋からイヤな空気が視覚で見えた。どうやらアレが304号室らしい。
 足音に気を付けながら階段を上り、304号室の前に立つ。閉じ込められた瘴気がこんなにもあふれ出していたらそりゃ一般人も感じ取れるだろう。
 ドアを開こうとしたとき、背後に気配を感じて振り向いた。暗い影が真後ろに立っている。殺気も攻撃性もなくただ突っ立っており直前まで気が付かなくて、思わずギョッとした。数歩下がるとその影は、ドアにスゥーっと吸い込まれていった。周辺で見る影はこれのことか、と納得する。
 今度こそと預かった鍵でロックを解除してドアノブを握りゆっくりとドアを開いた。瘴気がドッと流れ出てくるかと身構えたが部屋から出たくないというように留まっている。
 「なんだこれは……」
 玄関に入りすぐ横にキッチン、斜め前に洗濯機、横の部屋がトイレと一般的なアパート構造だ。この時点ですでに瘴気が十分に濃く妙な圧迫感がある。しかし問題はその奥にある一室だ。押しのけるように進んでドアを開けると、それは想像以上の魔境だった。黒い陰が都会の満員電車の如く上下左右関係なしにうごめいている。
 その中心におそらく元凶であろうものが重鎮していた。
 「これは麻雀牌か……?」
 陰の一人が牌のひとつを取ってそれを自分の手元に入れる。そして何か言って並べられた牌を倒した。間をおいて嘆きのような声が部屋中に響き渡る。そして牌を崩してジャラジャラとかき混ぜて、また並べ始めた。
 まさかとは思ったが、麻雀をしているのだ、この影たちは。それでカチャカチャと音が鳴り、リーチ、ロン、ツモ、とその都度、プレイヤーやギャラリーが沸く。
 後に聞けば、ずいぶん前に雀荘に入り浸って借金を背負い家賃を払えなくなった男を追いだしたらしい。その男がのたれ死んでこの304号室に戻ってきて、似たような境遇の影を呼び込んだのだろうと天童は興味なさそうに言っていた。
 危害を加えるわけではないし、こういう密集するタイプの影は影同士で気持ちを分かち合えばまとめて勝手に消えてくれるので、自分としてはほっといても良かったのだが。
 牌を一つ適当に掴んだ。赤字で“中”と彫られている。と、その途端、影の視線が一斉にこちらを向いた。突き刺さるような殺気が込められていることもすぐに感じ取れた。余程大事な牌だったのだろう、割り込んだ自分が悪い。しかし、そうなってしまえば仕方がない。仕事だし、自分の身が一番大事だ。
 自身をドームで包み込むように手のひらを両サイドに広げた。
 シャボン玉のような、それでいて強度のあるうっすらとした虹色の膜が、徐々に大きく広がっていき、周囲の影を押しつぶしていく。グッと力を解き放つと膜が一気に広がり、 それに触れた影は、熱した鉄に水をかけたときのようにバッと蒸発して消え去った。
 「304号室の調査はこれで終わりだ」
 とつぶやいてふと気が付いた。そうだ、今日の仕事内容は“調査”だった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン