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Fujikiさん

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桟橋の名を持つバーで

17/01/20 コンテスト(テーマ):第127回 時空モノガタリ文学賞 【 新宿 】 コメント:2件 Fujiki 閲覧数:1177

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 一見客に敷居の高い店も少なくない中、フランス語で「桟橋」を意味する店名はよそ者でも入りやすそうな印象を与えた。たとえ長年の知己のように受け入れてはくれなくても、桟橋は旅に疲れた船を拒絶しない。遥か彼方から航海を続けてきた船乗りに一時の休息を与えてくれる場所だ。
 店名の書かれたアルミのドアを開け、暗くて狭い階段を上ると二階の入口には古い映画のポスターがベタベタと貼られている。中は五人座ればいっぱいのカウンター席と、四人がけのテーブル席が一つだけ。古いボトルに積もった埃と煙草の嗅覚信号が鼻をくすぐった。
 奥の壁には古いモノクロ映画のスチル写真が飾ってある。店の名前の由来になった映画で、舞台は第三次世界大戦直後のパリだ。SFとしてその作品を観た当時の人間は今となっては誰一人として生きていない。彼らの暦で二十一世紀の前半に起こった核戦争は人類をすっかり殲滅してしまったのだ。
 失われた人類の文明について知るには、仮想現実上に再構築した彼らの街にアクセスするのが一番である。放射線量が高い地球への一般航行はいまだに禁じられている。私みたいな普通の市民は太陽系の入口にある通過ポイントで即座に止められてしまうだろう。その代わり、仮想現実の街なら自宅からでもアクセス可能である。地球上にあった主要な都市はあらかた網羅されている。私はかつてシンジュク・ゴールデン・ガイと呼ばれたトーキョーの歓楽街にアクセスした。
 ベンチのように連なるカウンター席の端に腰を下ろすとピーナッツの入った皿が無言で目の前に置かれた。店のママも客たちも映像資料から再構築した幻影だ。注文のコマンドを発信すれば酒を出してくれるが世間話には答えてくれない。もっともギヨーム星人の体はアルコールに感応しないため、酩酊する感覚は今一つ分からないが……。健康リスクを冒してまで人類が酩酊状態を求めた理由を考えながら、私はニートのウィスキーの味覚信号を味わった。
「君も船乗り?」
 不意に背後から国際共通語での問いが聞こえた。「船乗り」とは仮想現実にアクセス中の者を意味する表現である。振り返ると、日焼け顔のモンゴロイドのアバターがあった。「ええ」と私が一言答えるだけで人懐っこそうな笑顔になる。
「そっか。俺はサバニ。君は?」
「クミコ」
 私は自分のログイン名を名乗り、差し出された手を握った。クミコ、二十代女性、モンゴロイド、ニッポン国籍――それが仮想現実上における私の人格だ。私の手を包むサバニの手は大きくて温かい。油断すると取り替え自在のアバターの手でしかないことを忘れそうになる。
 サバニは自分のグラスを手に取り、幻影の客を押しのけて私の横に座った。お互いの本名も素性も知らないのに、ちょっとなれなれしい。
「クミコは、ここはじめて?」
「ええ、でも店のことは知ってた。映画で有名だから」
「好きなんだ、映画?」サバニは壁のスチル写真を顎で指す。私はあいまいに頷いた。
 『ラ・ジュテ』をデジタル・アーカイブで視聴したのは数年前のことだ。主人公の時間旅行者は子ども時代の記憶にとりつかれている。大戦後の未来からタイム・トラベルした自分自身の死の場面を彼は目撃し、静止画の映像として心に焼きつける。破滅を予見しながら、それを避けることのできなかった地球人の運命そのものを見ているかのように思えた。
「ねえ、今から二人でカブキチョーのホテルに行ってみない? ここからなら散歩しながら行けるよ」
 サバニは早くも映画の話題に興味を失ったようだった。私の反応の薄さに失望したのか。あるいは、もともと酒場で他の船乗りを誘うことだけが目的だったのかもしれない。アバターの衣服を脱がせて一緒にベッドに入っても、有性生殖機能を持たないギヨーム星人にできるのは人類の性交の真似事に過ぎないというのに。五感の信号は再現できても、人間が得る快楽を実際に体験することはできない。映画の中で恋人たちが口づけをしても心の中で沸き立つ愛情を観客が共有できないのと同じように。
 私はサバニに手を引かれて店を出た。他者に導かれるまま手足を動かしているだけの自分は、まさしく自律航行を放棄した難破船に他ならない。もしかしてこれが酩酊するという感覚なのかしら? 外に出るとまばゆい電飾看板に照らされた幻影のヨッパライたちが揺らめくように歩いていた。船乗りも混じっているのだろうが、一目で区別するのは難しい。波立つ光の海の中ではぐいぐいと私を曳航するサバニの太い腕だけが頼りだった。
 滅びた人類の中にも一夜限りのつながりで寂しさを慰めあった者がいたのだろうか? もう現実には存在しない夜の街を歩くうちに勝手に涙が溢れ、私は背の高いサバニの肩に寄りかかった。街に染みついた孤独の記憶が仮想現実のデジタル信号を介して私の中に飛び込んできたかのようだった。


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このストーリーに関するコメント

17/03/06 光石七

拝読しました。
まさか【新宿】にSFを掛け合わせるとは……。
しかし、異星人からの視点かつ仮想現実であるにもかかわらず、新宿という街が見事に描き出されていて、感嘆しました。たくさん人がいてまばゆくて、でも孤独で寂しくて、かりそめの慰めや一夜限りの出会いや……
素晴らしかったです!

17/03/06 Fujiki

光石さん、コメントありがとうございます! 生活者の視点だと東京近郊に住む方々には絶対に太刀打ちできないと分かっていたため、よそ者が体験する新宿を仮想空間に見立てて書くことにしました。近々東京へ行く用事ができたので、本作の準備のためにGoogleストリートビューを使ってさんざん歩き回ったゴールデン街を今度は実際に歩いてみることにします。

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