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KOUICHI YOSHIOKAさん

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矢場荘304号室

17/01/19 コンテスト(テーマ):第126回 時空モノガタリ文学賞 【 304号室 】 コメント:0件 KOUICHI YOSHIOKA 閲覧数:665

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「あなた304号室に住んでいるって本当ですか」
 近所のスーパーで買い物をして帰っていると、突然エプロンをした婦人に呼び止められた。
「はい」と、昭夫はいつものように答えて頭をかいた。
 引っ越しをして来てからというもの、これまで同じ質問を何度されたことだろう。
「なにも変わったことはありませんし、いたって平和に暮らしていますよ」
 聞かれる前に昭夫は答えてしまう。
「髪の長い幽霊が出るんじゃないの?」
 興味を隠さない婦人は怪しむように昭夫の顔を下からのぞき込む。
「まさか、そんな恐ろしいものはでません」
 首を振って立ち去るが、婦人の視線がいつもでも昭夫の背中を突き刺さってくる。
 買い物袋を握って線路沿いの道を歩いていると、背広を着たセールスマンが立ちふさがる。
「あなたですか。304号室に暮らしている方っていうのは」
 黙って昭夫は頷いて、逃げるように早足でセールスマンから離れていく。
「宝くじに当たったんですか。いくら……」
 昭夫が無視してもセールスマンは後からついてくるので、たまらず走り出す。宝くじなんて買ったこともない。
 僕が304号室に住んでいることをどうして皆知っているんだ。矢場荘304号室、確かに若い女性が自殺している事故物件だということは引っ越す前から知っていた。格安家賃の理由を不動産屋はきちんと説明してくれたし、それを納得の上で304号室に決めたのだ。
それが僕にどんな関係があるというんだ。昭夫は実利を重んじる合理主義者だった。
 走って矢場荘に帰っている最中にも道行く人に何度か声をかけられそうになったが、昭夫はそのたびに振り切った。
 帰り着いてさあ安心か、と思えばそれは違った。すぐに誰かが呼び鈴を鳴らす。
「ポルターガイストがあるって本当ですか」「美人の彼女ができたって本当ですか」
 ドアを開けなくても、返事をしなくてもかまわず聞いてくる。隣の部屋から苦情が来ないのは幸いだったが、一日中いろいろな人が呼び鈴を鳴らしては、好き勝手なことを大声で聞いてくるのには辟易した。
 聞いてくる内容は多種多様だった。悪いことも、不思議なことも、幸運なことも、突拍子もないことも、なんでも構わず聞いてくる。話の根拠などなさそうだった。
「死体を冷凍保存しているんですか」
「アラブの富豪から遺産を相続したんですか」
「芥川賞の候補になったんですか」
 引っ越してきてからまだ六日しか経っていないというのに、昭夫は芸能人並に追いかけ回されている。
 不動産屋に相談しても「町の人は皆いい人ばかりですから心配はいりませんよ」と、ずれた返事をするばかりで、隣町に暮らす家主に連絡すると「304号室の人。ヒイッ」と悲鳴のように叫ばれて電話を切られてしまう始末だった。
 幸い昭夫はフリーのWEBデザイナーなので外に出て行かなくても家の中で仕事ができる。買い物もネット通販を利用すれば外出する回数も減らせる。
 そうはいっても部屋に閉じこもってばかりでは不便だし、一日中呼び鈴を鳴らされる生活はたまらない。「帰ってくれ」と追い返してもすぐに別の人がやってくる。呼び鈴がならないように電気コードを切ればノックされる。毎日わけのわからない質問が続く。
 忍耐強い昭夫もさすがに耐えきれなくなってきた。夜逃げをする方法もあったが、後ろめたいことがあるわけでもないのでしたくなかった。一度、警察に電話をしてみたが矢場荘304号室とわかると、なぜか急に警察は民事には不介入ですと言いだす。
 自分の力で解決するしかない。ある日、昭夫は台所から包丁を取ってくると、ドアを思いっきり開けた。
 すると大勢の人がドアの前に立っていた。何十人いるのか数えきれないほどの人だ。昭夫が包丁で脅して追い払おうとする前に一斉に人々がしゃべりだした。
「やっぱり幽霊がいるんじゃないですか」「金塊を守ろうとしているんですか」「恋人にフラれて自殺しようとしていたんですか」「悪魔と闘っていたんですか」「人を殺したことがあるって本当ですか」
 声が声に重なって次第に聞き取れなくなっていく。質問が目の前で渦を巻いている。
「やめてくれ、この304号室になにがあるっていうんだ。僕が何をした。ただ静かに暮らしたいだけだっていうのに」
 昭夫の叫び声は目の前の人々には届かない。まるで聞こえていないようだ。人々は入れ替わり立ち代わり決めつけの質問をしてくる。途切れることはない。
 昭夫は包丁を振り上げて周りの誰よりも大きな声で叫んだ。
「ああ、その通り。皆さんのおっしゃる通りだよ。宝くじも当たったし、人も殺したし、幽霊も出るし……全部あんたらの思っている通りだよ」
すると質問はぴたっと止んだ。
「やっぱり、そうだったのか」
人々は納得しながら部屋の前から去っていった。一瞬にして静寂が訪れた。


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