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Fujikiさん

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三線を弾く部屋

17/01/16 コンテスト(テーマ):第126回 時空モノガタリ文学賞 【 304号室 】 コメント:2件 Fujiki 閲覧数:1495

時空モノガタリからの選評

三線を弾き小説を書く男とその部屋。「安定」と引き換えに失った自由や夢。日常の中に紛れ込む幻視的な光景。誰にでも起こりうる人生の選択への不安や迷いが、とてもうまく表現されていると思います。「決まった道」の人生を暗喩するかのようなモノレール。それに乗り通勤する和馬を、部屋が「悪魔」のように引きつけ、のみ込もうとする。緊張感がありますね。三線は、感情を思うまま表現することへの男の無意識の渇望の象徴なのでしょうか。部屋にのみ込まれそうになりながらも、ギリギリ踏みとどまったところは、幻想的になりすぎず良かったと思います。また三線とモノレールによって、沖縄の都市部の光景が目に浮かびました。沖縄という、県外の人間からすると自由なイメージの土地が舞台であるがゆえに、決められたレールを歩む人生への主人公の思いが、かえって強調されたのではと思います。筆運びも流暢で、緻密に構成された内容。上手さを感じる作品でした。

時空モノガタリK

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 出版社を辞めて県庁で働き始めてから和馬はモノレール通勤になった。電車も地下鉄もないこの島では一路線しかないモノレールが唯一の鉄道である。バスよりも正確に運行し、渋滞に巻き込まれる心配もない。家がある丘の上からは二十分で職場に着く。
 モノレールの中で和馬は毎朝車両の右側を向いて立つ。帰りは左側に体を向ける。自宅の最寄駅が終点なので朝は席が空いているが、あえて座らない。車窓から朝夕同じアパートの部屋を見るのが彼の習慣だった。
 その部屋の住人を最初に目にしたのは、ぼうっと景色を眺めていた朝だった。線路沿いに建つアパートのベランダで男が三線を爪弾いているのが目に入った。男は三十代くらいで和馬とそう変わらない。着古したTシャツに短パン姿で口には煙草。毛深い脚を組んで屋外用の椅子に座っていた。三線の柄を右手で支えているので和馬と同じ左利きだ。ロングステイの観光客というよりは地元の人間に見えた。
 次に男を見たのは同じ日の夕暮れだった。三線は外の椅子の上に出しっ放しにされていた。レースカーテンこそ引かれていたものの、蛍光灯のついた部屋の中は丸見えだった。男は窓に面した机に向かい、ノートパソコンの画面を睨んでいた。背後には合板の本棚に収まりきらない本が床に幾山も積み上げられていた。
 モノレールが通り過ぎる瞬間、男と目が合った気がした。乗客の顔が見えるはずがないのは分かっていたが、和馬は反射的に目をそらした。
 帰宅後、彼は妻に男の話をした。
「たぶん物書きだと思う。小説家かも。勤め人って感じじゃなかったし、部屋の中にあったのも小説の本ばかりだった。夜通し執筆して朝には放心状態になってるタイプだな、あれは」
「覗き見なんて悪趣味じゃない?」と、妻は夕食の皿から目を上げずに言った。
「人間観察って言ってほしいな。昔からの趣味だし」
「他人の部屋なんてジロジロ見るもんじゃないわ。覗いてるとこ知ってる人に見られたらどうするの?」
 妻の忠告に背き、和馬はモノレールがアパートの前を通るたびに男の姿を探すようになった。朝はたまにしか現れなかったが、夕方はほぼ毎日部屋にいた。男はいつもパソコンの前に座っているのだが、軽快にキーボードを叩いていることは少ない。腕組みをしたり、煙草を指に挟んだ手で頬の無精ひげを掻いたりして書きあぐねている様子だ。ベランダに出ている朝も、三線を持つ手をよく止めてうわの空の表情をしていた。
 男は作家志望で新人賞への応募作を書いているのではないか、と和馬は思った。かつて小説家を志していた自分自身の経験を踏まえた直感である。学生時代から二十代にかけてなりふり構わず小説を書いて賞に送ったが、和馬の作品は箸にも棒にもかからなかった。小説と関わり続けるために出版社で事務の仕事をしたが、来るのは自分史や歌集を自費出版する老人ばかりで和馬のように作家を目指す若者には出会えなかった。同僚の紹介で結婚し、ローンと妻の両親の援助で一戸建ても買った。生活の安定を得るべく県庁への転職に挑み、採用試験を勝ち抜いた。スーツ戦士になるとは十年前は想像すらしていなかった。
 ある朝、和馬は男の様子が違うことに気づいた。三線を手にしているのは普段どおりだが、ベランダの柵から身を乗り出して立っている。モノレールが来るのを待っていたかのようだった。和馬の乗った車両が通過する時、男は彼の目を見据え、三線の胴に当てた左手を軽く上げた。自分に向けて送られた合図だと和馬は即座に理解した。彼が通勤途中に部屋を見ていたことを男は知っていた。そして今、男は彼を呼んでいる。
 気がつくと和馬は次の駅で降りてアパートへ続く坂を上っていた。男と何を話すかは決めていなかったが、直接会えば何かが変わる気がした。毎日見ていた部屋の位置は分かる。和馬は階段を三階まで上り、見当をつけた部屋をノックした。だが、錆びた鉄のドアの向こうは静かなままだった。
「304号室は空き部屋だよ」ゴミ袋を持って出てきた隣室の女性が和馬に言った。
「えっ、でも三線弾いてる男が外から見えて……」
「夢でも見てたんじゃない? 隣に人が住んでたことは一度もないよ」
 この部屋に住めば俺はあの男になれる――悪魔の誘惑のような考えが和馬の脳裏に閃いた。仕事も妻も一戸建ても捨て、夢だけを追っていた人生を取り戻す。平日の朝にはくわえ煙草で三線を弾いてネクタイを締めた通勤者に見せつけてやろう。決まった道を進むだけの日常とは笑顔でお別れだ……。
 始業時刻には間に合ったため何の処分も受けずに済んだ。何が自分を引き戻したのか和馬にはよく分からなかった。二度とあの部屋に戻れないことは知っていたが、後悔の念は湧いてこない。モノレールを途中下車した出来事は白昼夢のように思えた。
 和馬がアパートで男の姿を見たのはその朝が最後だった。


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このストーリーに関するコメント

17/02/19 光石七

拝読しました。
主人公がモノレールから見ていた男は何者だったのでしょう? 幻だったのか、主人公自身が心の奥底で諦めきれていなかった願望だったのか……
日常と非日常の交錯に加え、沖縄という舞台が独特の雰囲気を醸し出していますね。
素敵なお話をありがとうございます!

17/02/21 Fujiki

光石さん、コメントありがとうございます!

「日常と非日常の交錯」はフィクションを読む醍醐味の一つだと思います。現実の生活において非日常に足を踏み入れる機会はなかなか訪れないものです。たとえ非日常が目の前で口を開いたとしても、その中に飛び込む勇気が出せるかどうか……。この話のように日常から足を踏み外しかける瞬間が自分にやって来たらどうするだろう、とたまに考えます。

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