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小李ちさとさん

面白いと思ったことだけをやりたいのです。 space a:kumoというくくりで、ごそごそ活動しています。

性別 女性
将来の夢 砂漠で死ぬこと。
座右の銘 おれが おれがの がを すてて おかげ おかげの げで くらせ

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17/01/16 コンテスト(テーマ):第126回 時空モノガタリ文学賞 【 304号室 】 コメント:1件 小李ちさと 閲覧数:755

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うちのキャンパスには18個の文化系サークルがある。そのうち11個が、3階建てのサークルセンターに部室を持っている。各階に4部屋ずつの建物は、大学生のサークル活動に提供される施設にしては立派すぎるような気もする。それでも建てられてからかなりの時間が経っているから、あちこちにぼろが出て隙間風も入る。古い小学校みたいな空気がある。

1階は音楽系のサークル。軽音とか合唱とかギターとか、いつ通っても何かしらの音が流れている。2階は演劇が2つ入っているし、リア中の多い旅行同好会もあるから、こちらも賑やかで活気にあふれている。
それなのに3階だけが、いつもとても静かだ。人がいるのかいないのかも分からない。控えめで色あせた部員募集の張り紙、ぽつんと揃えられた靴、誰かが忘れて行ったビニール傘。みしみし鳴る廊下の音の方が大きく、下の階の喧騒が遠く、ひとりぼっちの気分になる。ここだけ世界が止まったみたいだ。いつ来てもなんだか淋しくて、小さい頃の留守番の記憶みたいなものに似た匂いがして、少しだけ苦手だ。今日みたいな寒い冬の日は、特に。

それでもここに来るのは、来たいと思う理由があるから。
写真部と無線研究室の先、それが僕の目的地。重い扉をぎっと開いて、小さく挨拶をする。返事はない。窓から差し込む光が眩しくて、部屋中がいきなり明るくて、苦しい。瞬きと深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。染み付いてしまった、油絵の具の匂い。

304号室、社会学部系美術部、部室。

やたらと明るいのは向かって左の大きな窓と、天井にも明かり取りの天窓があるせい。その昔、このサークルセンターを建てる時には著名な絵画の先生がいたそうで、だからこんな贅沢な部室になったようだ。当時は部員も多かったらしいのだけど、今ではもう、きちんと活動しているのは僕だけ。残りはみんな、存続のために名前を貸してもらった幽霊部員だ。そんな弱小サークルが流行るわけもなく、しっかり活動したい子たちは最初からうち以外の美術系サークルを選ぶ。
僕一人しか来ない部室は、明るいけれど隅のほうに確かに影が貼りついていて、少しずつ部屋が死んでいくような気がする。僕一人では、この部屋を守ることはできない。
それでも、ここに大事な人との大事な思い出があるから、しがみついている。

古めかしいストーブにマッチで火をつけて、物置と化している303号室から必要な物を持ってくる。足音、息遣い、キャンバスを置く小さな音までも、やたらとよく響く。1階から流れてくるピアノの音だけが、僕を外の世界と繋ぎとめている。

ことん、ぎし、ぱたん、かちゃり。
がたん、ちゃり、ぽとん、こつん。

昔はここにも、もっとたくさんの音があった。声があった。昔と言うほど昔でもない、たった2年前の話だ。差し込む光と同じくらいに部屋の中も明るくて、やさしくて、あたたかかった。

――ね、透くん。サークル移ってもいいのよ?

あの言葉も、やさしくてあたたかくて、心底僕を大事にしている声だった。

――透くんが私たちとの思い出を大事にしてくれてることは、よく分かってる。だけど、だからこそ、ここに一人でいるのは辛くない?

辛いです。僕はそう答えた。
でも別の場所に行ってこの場所を閉ざしてしまうのも、どう考えても辛かった。どっちを選んでも辛いなら、どっちを選べばいいか分からなかった。分からないなりに考えて、この部屋にもっと楽しい思い出を残していけばいいんじゃないかと思いついた。過去の思い出と同じくらい、未来の思い出を大事に出来ればいいと思った。
その答えを聞いた先輩は泣きそうな顔で笑ってくれたから、きっと正解なんだと思えた。

だけど先輩、今の僕は、正解なんでしょうか。

キャンバスを塗りつぶしながら問いかける。先輩に答えて欲しいわけじゃないと思う。自分で答えを見つけられないから、何かに縋っていたいだけ。この絵を描ききれば答えが出る気がして、ただ絵筆を走らせるだけ。左側から差してくる日の光が、懐かしく、あたたかく、淋しい。ストーブの匂いが冷たさに混じって広がっていく。

ざっ、がさ、みし、ごとり。
かたん、ぺた、とん、べた。

キャンバスの上に浮かび上がってくる。少しずつ少しずつ出来上がっていく。目の前の景色とよく似た風景。だけど目の前よりはるかにやさしい、この部屋の記憶。

これもまた、あの時描いた未来の思い出の一つなんだろうか。
変わらない過去の思い出なのだろうか。
僕はどこかへ行けるんだろうか。進んでいけるんだろうか。


いつの間にか、ピアノの音が消えていた。あの人もどこかに行ったのだろう。そしてまた違う人が来て、入れ替わって、空気は動いていく。みんなそうやって変わっていく。


3階の片隅、304号室。
僕だけが立ち止ったまま、過去を更新できずにいる。


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このストーリーに関するコメント

17/01/16 小李ちさと

「304 意味」で検索したらインターネットのステータスコードが引っかかりました。
詳しくないので正確には分かりませんでしたが、『前に来た時から更新されていないってことかな?』と考えたら なんだか興味深くて、こんなお話になりました。

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