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つつい つつさん

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ピューっと鳴る音

17/01/14 コンテスト(テーマ):第125回時空モノガタリ文学賞【優しさ】 コメント:0件 つつい つつ 閲覧数:575

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 家に帰ると急に疲れが出た俊彦はリビングのソファにぐっと腰を下ろした。今日は昼から妻の香織と息子の大樹と公園で遊び、夜はファミレスで食事をして一日を過ごした。
「お疲れなさい」と、香織がコーヒーを用意してくれた。
「大樹、もう寝たのか?」
「うん、一日遊んだから、もうおふとん入ったとたん寝ちゃったわよ」
「それにしても大樹、サッカーうまいな。どこかサッカーチームでも探そうか?」
「まだ五歳よ、早すぎるわ」
「いやいや、才能は早いうちに伸ばしたほうがいいよ。でも、大樹は頭もいいし、どこを伸ばしたらいいか悩むね」
 香織は大樹の将来について真剣に考える俊彦の様子を微笑みながら眺めた。
 月曜日の朝、俊彦は香織の準備してくれたトーストと目玉焼きを慌てて頬張ると、コーヒーで流し込んだ。要領の悪い俊彦は人より早く出勤し遅くまで働く。コピー機の営業をしている俊彦は、電話があれば何時でも顧客の元へ駆けつける。成績の良くない俊彦は今ある顧客に契約を切られないように必死だった。平日は香織や大樹とほとんど顔を合わせることも出来なかったが、幸い土日は家族と一緒に居られたから、失敗しても怒られても会社にしがみついていた。
 水曜日の晩、たまたま早く帰れた俊彦は家族揃って夕食を食べた。食事の後、TVのバラエティ番組を観ていると、たくさんのタレントが口笛を吹けるかどうかをやっていた。ほとんどが吹ける中、どうしてもヒューヒューと息の漏れる音しか出ないタレントがいた。
「遺伝だから、しょうがないんだよ」と、そのタレントは悔しそうに言い訳をしていた。司会者の解説によると確かに口笛を吹く為に舌を丸めるには、遺伝の要素があるらしかった。両親どちらかが丸める遺伝子を持っている場合は丸めることが出来る子も出来ない子も両方生まれるが、両親どちらも丸められない場合は、出来ない子しか生まれないらしかった。試しに俊彦は口笛を吹いてみたが、ヒューヒューとしか鳴らなかった。香織も試してみたが同じように鳴らなかった。なんだ、家族全員鳴らないのかと笑いが起こりそうになった瞬間「ピュー!」という綺麗な口笛の音が室内に響いた。
「やったー、僕、出来るよ」
 そう言って大樹は飛び跳ねて喜んだ。俊彦は大樹は香織に似て器用だから出来るんだろうくらいにしか思わなかったが、香織はなぜか真っ青な顔で大樹を見ていた。
 それからしばらくしたある日、いつものように遅く帰ってきた俊彦が夕食を済まし香織の入れてくれたコーヒーを飲んでいると、大学病院の名前が書かれた封筒を渡された。中を確認すると、そこには大樹は99.9%の確率で俊彦の子供ではないと記されていた。「自分のせいだから、離婚でもなんでもします」と、香織は泣きながら謝ったが、俊彦は事態を飲み込めずにいた。
 その後も平穏な日々が続いた。香織は時折問うような眼差しを俊彦に向けたが、俊彦はあえて気づかないふりをしていた。俊彦は大樹が自分と血が繋がっていないという事実について考えてはみたが、どれほど考えてもやはり妻は大切で、そして大樹は可愛かった。香織と出会うまで女性と付き合ったこともないモテない自分が家族を持てただけでいいじゃないかと本気で思った。俊彦はちゃんと香織に家族三人今まで通り一緒に暮らそうと伝えようと決心していた。
 だけど、それは昨日の土曜日、いつものように公園んで帰った後に起こった。普段なら家に帰ると疲れてすぐ寝てしまう大樹が珍しくもっと遊びたいとせがんだ。俊彦は喜んで誘いに乗り二人でTVゲームをした。一時間くらい遊ぶと、さすがに大樹も目をこすり眠そうにしていたので、俊彦は「そろそろやめようか。じゃあ、一緒に片づけよう」と、促した。
「いや、片づけといて」
 いつもは素直な大樹がなぜか言うことを聞かなかった。それでも俊彦は「遊んだら、きちんと片づける約束だろ」と、やさしく大樹の頭を撫でた。
「いい、もう寝る」
 そう言ってそのまま子供部屋に戻ろうとする大樹を見た俊彦は思わず持っていたゲームのコントローラーをその場に叩きつけ、「片づけろって言ってるだろ!」と、叫んだ。
 生まれて初めて俊彦に怒られびっくりした大樹はわんわんと泣き始めた。キッチンでその様子を見ていた香織は固まったまま「ごめんなさい、ごめんなさい」と泣きながら呟いていた。そして、俊彦自身もどうしていいかわからず、結局、リビングのソファに座ったまま夜を明かした。
 俊彦が目を覚ますと誰も居ない様子で、テーブルの上には「実家に帰ります」とメモが残してあった。俊彦は何年かぶりに自分でコーヒーを入れるとソファに座り口笛を吹いた。でも、やっぱりそれはヒューヒューと息が漏れるだけで、音は鳴らなかった。


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