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Fujikiさん

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優男のこと

17/01/11 コンテスト(テーマ):第125回時空モノガタリ文学賞【優しさ】 コメント:0件 Fujiki 閲覧数:972

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 はじめに断っておくが、優男の読み方は「やさおとこ」ではなく「まさお」である。でも僕らは彼を「やさお」と呼んでいた。
 やさおという呼称のきっかけは、ポテトヘッドというあだ名を持つ文学教授が担当した大学三年次のゼミだった。最初の授業でポテトヘッドは登録簿の氏名と教室にいる学生の顔を交互に見ながら丁寧に出席を取った。
「仲宗根リカルド君……西野松子君……西銘やさおとこ君? ほう、君はあの草食系男子というやつの一人かね?」
 この日から、鼻の下のひげを引っ張りながら考え込むポテトヘッドの仕草は僕らのあいだでモノマネの定番ネタになり、優男はやさおになった(「西銘やさおとこ」はさすがに長過ぎるので少しアレンジを加えたのだ)。
 名前に似合わず、優男は我が強くて負けず嫌いだった。もともと酒が強いわけでもないのに、夏休みに行ったビーチパーティーでは酒豪のリカルドに島酒の飲み比べを挑んだ。既にビールで赤ら顔になっていた優男は、小橋川聡美からの頬へのキスを賭けたいと申し出た。聡美は僕らの仲間うちでは一番の美女だ。大学祭でミスコンのファイナリストに選ばれたこともあった。
「なんでウチが? ほっぺにチューなんて馬鹿みたい」と、聡美が呆れ顔で言った。
「口にならいいば?」と、すぐさまリカルドが茶々を入れた。
 二人の顔を見据える優男の表情は真剣だった。
「最後まで酔いつぶれなかったほうが聡美にキスしてもらえる。そういうことで、いいな?」
 勝負はなかなかつかなかった。日はとっくに沈み、波打つ海面が月を照り返してきらきらと光って見えた。優男とリカルドは互いの顔を睨みつけたまま、その場を動こうとしない。リカルドがプラスチックのコップを口に運ぶと優男も食い下がった。
「もう引き分けでいいんじゃない? 肉もぜんぶ食べちゃったし」と、誰かが言った。
「俺は、まだ大丈夫」と、リカルドが答えた。歯を見せて笑顔を作ったものの、白目まで真っ赤になっている。
「やさおは?」
「……」
「ヤベッ、目開けたまま寝てる!」
「生きてるか!?」
 いくら呼びかけても優男は酒臭い息を苦しそうにふうふうと吐くばかりだった。僕らは大柄な彼の体を二人がかりで担ぎ、タクシーで病院に連れて行った。優男の意識は病院に着く前に戻ったけれど、僕らは揃って医者から大目玉を食らった。騒ぎのせいで飲み比べの勝敗を口に出す者はおらず、聡美のキスは結局うやむやになった。
 あの夜、病院に向かうタクシーの中で聡美は優男の上半身を膝の上に載せ、彼の手をいつまでも握っていた。瞳を涙で潤ませた彼女は恋する女の顔をしていた。目を開けた優男は焦点の定まらない視線を聡美の顔に向けると、安心したように彼女の腹部に顔をうずめた。飲み比べには負けたものの、優男は頬のキス以上のものを手に入れたのだと僕は思った。
 だから四年次になり、聡美が退学してカナダの大学に編入したと聞いた時、彼女の留学そのものよりも優男が何も知らなかったことに驚いた。優男と聡美はずっと連絡を取り合っていたものだと僕は思っていた。だが、卒論ゼミの冒頭で聡美の留学を事務的に報告するポテトヘッドの言葉を優男は他の学生と同様に目を丸くして聞いていた。
「言ってくれれば、みんなで集まって送り出してやれたのに」と、学食でタコライスを頬張りながらリカルドが言った。
 優男は冷静な様子だった。
「気を遣ったんじゃないかな。俺たちもそれぞれ就活やら卒論やらで忙しいから。こうして会うのだってひと月ぶりくらいだろ?」
「やさおは何とも思ってなかったわけ、聡美のこと?」僕が思わず口に出した言葉は、頭の中で考えていたより直球の詰問口調だった。
「好きだよ。去年からずっと好きだった」
「なら、こくって付き合えばよかったのに」と、リカルドが口を挟む。「今からだって遅くないんじゃない?」
「無理だよ、そんなの。今さら好きだなんて伝えても相手の負担になるだけだし。遠距離になるなら、なおさら」
 僕は優男に対するいらだちを抑えきれなくなった。
「何それ、聡美に対する優しさのつもりか?」
「違う。正直、どうしていいか分からなかった。拒否られて傷つくのがスゲー怖かったし、立ち直れなくなって今の公務員試験の勉強に集中できなくなるのも心配だった……結局、俺は自分に優しいだけだ」
「勝手だな」
「悪いか? 今は将来のこととか考えて行動しなくちゃいけない大事な時期だ。卒業したらみんなバラバラになるから、恋とか友情とかよりも自分自身のことをまず優先させないと。聡美もそう考えて留学を決めたんじゃないかな」
「やさお……」僕は返す言葉を見つけられなかった。
 午後からバイトを入れてあるから、というリカルドの言葉をきっかけに僕らは席を立った。外に出ると、風が運ぶ若草のにおいが季節の変わり目を告げていた。


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