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深夜にじさん

ラスト女子高生 春から大学生です。🌸

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いちごクレパス

17/01/09 コンテスト(テーマ):第125回時空モノガタリ文学賞【優しさ】 コメント:0件 深夜にじ 閲覧数:510

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 これでいいの。これでいいの。私はこれでいいの。
 体の中心に刻まれつつある呪文を何度も何度も繰り返し、人差し指に力を込める。指になじんだクレパスを細かく動かすたびに、柔らかい赤がスケッチブックの上で溶ける。
 クレパスは色合いが柔らかいから好きだ。クレヨンのように主張が強すぎるわけではないし、色鉛筆のように先端がとがってもいない。ただなめらかに、そして伸びやかに緩くほどける。
 ずうっとこんなふうで生きていたいのだ。つたない文句で意志を固くし、目の前のいちごにだけ集中しようとする。きりっと気合いを入れ直すのと同時に、昼下がりの図書室を満たす透明な空気がふわりと凪いだ。心地いい。手元がほんのり暗い机の上には、もう何度描いたかわからない、いちごを輪切りにした断面の絵。はっきりした深紅の存在感が、隙なくこちらを見つめ返してくる。
 結局、最後の最後まで教室に戻ることはできなかった。明日から三月、三年生の正規の授業はすでになくなっている。だから今ならこうして昼間の図書室にいてもきっと違和感はないけれど、当たり前に授業があった夏あたりから、この席は私の定位置だった。教室に入るのは辛いと主張して、授業には出ず、一人、図書室で自由気ままに過ごした。心の弱い不登校のまま、とうとう明日、梨木高校を卒業してしまう。
――あなたはちょっと優しすぎるの。だけどそのままじゃだめなのよ、大人になるって、強くなることだから。自分のペースでいいから、何とか頑張ってほしいな。
 私の周りの大人は優しい。何度も根気強い説得を繰り返してくれた。誰の目から見ても甘ったれの私を、誰もが、すごく慎重にくるんでくれる。大事に守り続けてくれながら、そっと背中を押してくれる。
 だけどやっぱり、絶対に絶対に、彼らの言うとおりにはできない。どんな励ましにも耳を貸さなかった。私はこのままでいいの、ずっとずっと、このままがいいの。それだけがただ一つの答えだ。
 誰かが誰かの足を引っ張る。頑張っている人を見てあざ笑う。できる人たちはできない人を馬鹿にする。弱っている人ほど、徹底的に潰される。強い人だけが自由に笑える。教室は結局そういう場所だ。そして、この先の社会もきっと、ずっとそういうところだ。世界は悪意だけで成り立っている。私は絶対に染まりたくない。そんな汚さを永遠に抱えて生きていくなんて、どうしても嫌だ。
 知らない。いい加減大人にならなければいけないとか、もうじき社会に出るからどうのとか、我慢しろとか強くなれとか、そんなこと全部、私は知らない。小学校のころから使い続けているクレパスだけを武器にして、ただひたすらに絵を描き続ける。どこまでも優しい色彩で頑なに自分を守り、温かな場所にとどまり続けようとするばかりの毎日。全然強くもないくせに、身勝手な理由だけ振りかざしては、甘ったれた自分のことを、なんとか肯定したくて必死だ。
 クレパスを握る力を弱めた。いよいよ輪切りの中心部に差し掛かる。ここが一番大事なところだ。
 断面の真ん中をくり抜く。赤いグラデーションの中央に、角の丸い三角形を横たえる。輪郭はクレパスの緩さでぼやけていながらも、輪切りの赤色と対比するとくっきり白い空洞ができあがる。空洞の内側には、さらに小さな赤い三角。
 いちごの真ん中には、小さい炎がある。それを教えてくれたのは、小学校の頃のクラスメイトだった。なんとなくアウトローな雰囲気がある女の子で、それでいていつも寂しそうで、孤高の眼差しを持っていた。自分の人生を自分で切り開いていく強さがにじみ出ていて、私は密かにあこがれていた。国語の授業で詩を書いた時、彼女が綴った綺麗な文句が、私はずっと忘れられない。いちごの真ん中。かわいらしい果実の中心には、永遠に消えることのない、柔らかな炎が燃えているのだ。
 だからわたしは、これでいい。話したこともないクラスメイトの何気ない気づきが、いつまでも私を支えてくれる。
 いかにも現代っ子風の弱さを存分に発揮して、厳しい世界から逃げ続け、自分の弱さに堂々とくるまって生きている。端から見れば、痛々しいほど甘いのだろう。だからといって、それだけで自分を否定しようとは思わない。汚い世界はやっぱり嫌いで、優しくないものは許せない。確固たる芯がいつもあるから、私はやっぱり、これでいい。
 クレパスを強く握り直した。輪郭の赤をどんどん濃くする。中に縁取られた白のトライアングルが、その内側の三角が、もっと、もっと引き立つように。
 春一番が吹き込んだ。私は私の内側で、優しい炎を守り続ける。


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