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湯だまりさん

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逃亡的エレベーター

12/10/30 コンテスト(テーマ):第十七回 時空モノガタリ文学賞【 エレベーター 】 コメント:0件 湯だまり 閲覧数:1345

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 祐一はその朝、昨夜の深酒が祟ったらしく不快な目覚めをした。
「あー」
 祐一は布団に仰向けのまま、体を起こそうといった意思もなく、とりあえず唸った。
「あー」
 また、祐一は唸った。アルコールの残存した重苦しい体が、じわじわと不快感の中へと沈んでいく心地がした。不快感の泥沼は祐一を離さない。だが不快感は昨日の深酒のせいだけだと決め付けるのはまだ早い。というのも、昨日祐一にはどうしようない災難が降りかかったからだった。実を言うと、布団でうな垂れている彼、祐一は、彼女に別れを告げられたのである。
 男には二種類ある。お気楽に軽々と恋愛する男、四苦八苦と重々しく恋愛する男。彼は後者であるし、それに加え未練がましい男であったから、彼女にふられた日に悲しみのあまり大泣きしながら酒を流し込み、翌朝、二日酔いと未だに止まぬ悲しみを痛感するのは当然だった。仮に彼が前者であったなら、彼は少しだけの酒を飲み、今日を新鮮に迎えたに違いない。
 彼女が彼に別れを告げた理由を悉く隠そうとするのが、余計彼の悲しみをひどくした。彼は昨日、酒を飲みながら思った。
「もしや、浮気されていたのではないか?」
 その途端、あくまで想像に過ぎぬ事なのに、彼女の浮気が事実であるように勝手に思い込んで、自分自身が情けなくて悲しくなる。
 そのような感情を持ったまま朝を迎えた彼は、もはや布団から起きる気がしなかった。今日が休日であるのが不幸中の幸いである。
 彼女との思い出は尽きる事無く祐一の頭上で旋回し、彼女を思い出しても悲しみが増すだけだと知りつつも、なすすべなく彼は思い出にどっぷりと浸る。不意に尿意を感じた時には既に布団の中で一時間の時を経ていた。
 ぼんやりと立ち上がり、彼はトイレへと、ふらふら歩く。足を出すたびに胃のアルコールが飛び出しそうだった。やっとトイレに着いて祐一は便座にまたがり排尿を終えると手を洗おうと台所に向った。
 彼が見たもの。それは何の変哲もないエレベーターだった。だが、それが台所にある事が異常だった。
 台所の冷蔵庫がエレベーターの入り口に変わっている。普通、その光景が突如目の前に現れると人は、喫驚のあまり卒倒する、或いは幻覚だと考えて病院行きを検討する。
「え、なんでこんな所に?」
 彼は一度驚いた。その後はそれが幻覚であると思って、手に取ったコップに水を入れると顔を上げて一気に飲み干した。
 コップを置いて、冷蔵庫がある場所に目を向けるとやはりエレベーターの入り口があった。 
「なぜ?」
 不思議が山ほどある。まずここにエレベーターがある事、それにエレベーターの階数表示が二階まである事。家は一階建てだった。それにもっと可笑しな事は、閉じたエレベーターの向って左側の扉に張り紙がしてある事。
「辛い事があるなら、扉を開けるボタンを押してください」
 汚い手書きでこう記してある。まるで彼の今の悲しみを知っているような張り紙である。
「もしや、これは神からの送りものかもしれない」
 祐一は扉の前で突っ立ちそう考えた。だが安易に押してしまうのも、どうだろうか。と自分自身を戒める。
「どうなるか分からないではないか」
 彼は自分の可能な限りの想像でもって、このエレベーターのもたらす物を考えた。
「過去に行ってやり直せる?それとも楽しい異世界へ行ける?」
 彼は十五分程考えた。またコップに水を入れ、顔を上げて飲み干し、エレベーターを見ると張り紙の文字は変わっていた。
「過去に行けます」
 こう記してある。ここまで来ると最早、これは神の仕業であるとしか考えられなかった。思考を覗くなぞ神以外にできようか?
「しかし本当に過去に行けるのか?」
 不意に祐一はエレベーターの事で忘れていた彼女を思い出した。
「過去に行けば自らの間違いを正し、彼女との真の幸福を掴めるかも知れぬ。あの昨日の災い。突如、レストランで彼女に別れを告げられるという事態は防げるかも知れぬ。この張り紙が嘘なら僕は死んでしまうかもしれないが、このボタンで幸福を得る可能性があるなら僕は賭けに出るとしよう」
 彼は興奮していた。もう彼の中では彼女との幸福が芽生えているのだった。
 ふぅ、と息を吐く。
「えぇい!神よ!頼む!」
 彼はエレベーターの開くボタンを押した。
 ビー、と音がして冷たい空気を吐き出すと共に、ゆっくりとエレベーターの扉が開いた。
 
 開いたエレベーターの奥の大きな鏡に張り紙があった。紙には手書きでこう記してある。
「そんな都合のいい事はこの世にありません」
 
 気付けば布団の中にいた。携帯を開いて日付を見ると別れを告げられた日の丁度ニ週間前だった。彼は長い夢を見ていたらしい。


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