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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

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将来の夢 星座になること
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エレベーターの恋

12/10/30 コンテスト(テーマ):第十七回 時空モノガタリ文学賞【 エレベーター 】 コメント:7件 そらの珊瑚 閲覧数:2021

時空モノガタリからの選評

最終選考

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 あの時エレベーターを待ちながら私は何を考えていたのだろう。
 しばらく待ってようやく来たエレベーターに、最後に押し入るようにして乗り込む。ブザーが鳴る。重量オーバーの知らせだ。私は中肉中背だったが、太っていますと言われたようで奇妙に恥ずかしい。すぐさま降りたのだが、なぜかもう一度ブザーが鳴った。手前の一人が降りた。ブザーはやっと止んで扉が閉まる。
 次のエレベーターを待つ間、乗車拒否されたもう一人をさりげなく観察した。背は高く、胸板が厚いのがスーツの上からもはっきりとわかる体格の良い男だった。その後誰も来なかった。私の後から男が乗り込む。
「何階ですか?」
 十八階だと答えると
「奇遇ですね。ぼくも同じ階です」
 そう言って男は行き先のボタンを押した。
「よくあるんですよ。エレベーターのブザーを鳴らしてしまうことが。痩せろって言われているみたいですよね」
 私は同意するわけでもなくあいまいに笑った。
「あっあなたに言ってるんじゃないですよ。すみません。失礼なことを言ってしまって」 男の顔にひとはけさっと描くように朱がさした。私と同じくらいの年で、善良そうな顔立ちであった
 これをきっかけにして同じフロアに入っている会社で働いているというその男と、その後何度かの偶然の出会いを重ね、私は付き合うようになった。
 四十を少し超えてする恋。最初から既婚者であるということは知らされていたので、はなから結婚は考えなかった。苗字を変え、誰かのために食事を作り、洗濯をし、想像するだけであるが結婚というものはもちろん砂糖菓子のように私の心を甘くさせるものだった。反面、それらがいっときの幻想であるのもうすうすわかりかけていた。第一、こうして家庭があるのに不倫している男が私の傍らにいる。まだ男を好きになれる、それだけでいいと思っていた。それだけで生活が華やいだ。
 彼との恋は思った以上に長く続いた。それから十年のち、彼の奥さんから「別れて下さい」と電話があったのをきっかけにあっけなく終わった。
 いつか終わりがくることを想定していたけれど、やはりさみしかった。それからひとつも恋をしないまま私は会社を定年で辞めた。携帯電話のアドレスは未練がましいかと思いながらも、最後の恋の記念にでもしようと、削除はしなかった。
 ある日懐かしい番号が携帯に表示された。彼の番号だった。
「もしもし」答えたのは予想とはずれた女の声だった。丁寧ではあるがどこか刺を含んだように冷たい。この声は一度聴いたことがある。彼の妻の声だった。
その電話で、現在彼は病気でそう長く生きられないと知らされた。私に会っておきたいと彼が希望したのだと言う。
「会いに行ってもよろしいのでしょうか」
「お待ちしています」
 その言葉が本心のはずがない。夫の不倫相手に、たとえ余命いくばくもない夫の頼みだとしても、そんな風に言ってのける妻というものがひどく切なく同時に妬ましかった。
 約束の時間に病室を訪ねると、彼はベッドでひとり新聞を読んでいた。てぶらというわけにもいかないので、買ってきたガーベラの花束を渡す。
「近眼でも老眼になるんだよなあ」
「私ももうすっかり老眼よ」
 彼の顔がぼやけているのは老眼のせいだけでないとわかっていた。
 それから彼の乗る車椅子を押し、中庭を散歩した。これが本当のお別れなんだと思いながら、そんな大切な日に言うべき言葉がみつからない。穏やかな秋の午後だった。
 病棟へ帰るエレベーターの前は既に人だかりで、私達が最後に乗るとブザーが鳴った。車椅子を引き戻しながら私はこみ上げてくる笑いを抑えることができなかった。彼も笑っていた。ひとしきり笑ったあと、とても悲しくなった。
「ふりだしに戻ったみたい」
「もうぼくはダイエットの必要はないけれどね」
「ふりだしに戻ったとして、また私と恋をしてくれる?」
「もちろん」
「痩せたね」
「痩せたけれどブザーは鳴るんだよね」
「生きているから、かしら」
「うん、生きているからだよね」
 彼を病室に送っていったがやはり奥さんはいなかった。先程贈った花束はなくなっていた。
 帰りがけに、なんとはなしに目に入った洗面室のゴミ箱の中に、ガーベラが捨てられていたのを見て、さようならを言い忘れたことにようやく気づいた。


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このストーリーに関するコメント

12/10/30 そらの珊瑚

画像はGATAG | Free Photo 2.0よりandrea.roseさんからお借りしました。

12/10/31 草愛やし美

そらの珊瑚さん、拝読しました。

切ない恋です、この手の恋はたとえ結ばれても、苦さが残ります。でも、好きになるってことは理性では抑えられない。エレベーターがとてもよい関係で二人にかかわっていますね。

捨てられていたお花……、私も主婦ですので、奥様の気持ちも、わかる気がします。最後の文がとてもいきていますね。

12/10/31 泡沫恋歌

珊瑚さん、拝読しました。

いや〜イイですね!
こういう切ない大人の恋の物語が好きです。

愛人の気持ちも妻の気持ちもよーく分かります。
ふたりとも女でひとりの男を巡って、死ぬまでライバルですね。

短い話に深く感動しました。
ありがとうございます。

12/11/03 ドーナツ

辛い恋ですね。でも、不倫のドロドロしたものを感じさせないところがいいですね。

ゴミ箱に行ったガーベラ、この場面で 奥さんの心、すごくよく感じます。

二人の女性 、どちらが辛いのかと思うと、どちらも辛い。
でも、好きな人と分かれる この男性も辛いか、といろいろ考えました。

12/11/04 くまちゃん

エレベターのブザーがこの小説を切ない中にもホッとする気持ちにさせてくれました。

12/11/06 そらの珊瑚

ドーナツさん、ありがとうございます。

どちらが辛いのか、立場が違うのでわかりませんが
もしかしたら人を好きになるって
楽しいことより、辛いことのほうが多いのかも、なんて思います。

捨てられたガーベラには何の罪もないのですが。

12/11/06 そらの珊瑚

くまちゃん、ありがとうございます。

エレベーターのブザーが鳴った瞬間って、どことなくコミカルですよねぇ。

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