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野々小花さん

野々小花(ののしょうか)です。文化教室に通って、書く勉強をしています。

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五分間の継承

17/01/02 コンテスト(テーマ):第124回 時空モノガタリ文学賞 【 五分間 】 コメント:0件 野々小花 閲覧数:830

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 冬の都大路に、全国高等学校駅伝競走大会のスタートを告げる号砲が響いた。
 一斉に、各都道府県の一区の選手たちが飛び出して行くのを、アンカーである津田将人は、最後の中継地点のモニター越しに確認した。
 一年生でありながら、最終区を任された。異を唱える者はいなかった。それだけの実力が将人にはあった。幼い頃から、常に同世代の先頭を走ってきた。他人の走りに興味はない。目に留まるようなランナーがいなかった。あの、五分間を見るまでは。

 二年前の、全国高等学校駅伝競走大会。真っ先にゴールテープを切ったのは、北菱(ほくりょう)高校の一年生アンカー、吉井宗一郎だった。
 十二位で襷を受け取ると、吉井は一気にスピードを上げた。ひとり、またひとりと躱していく。残り二キロ地点。吉井がギアを上げた。テレビ越しに見ていた、当時、中学二年生の将人にもそれがわかった。
 長身を生かした、大きく強いストライド。全身の筋肉が撓り、射るように前を見据えていた。ラスト二キロのタイムは、五分だった。驚異的な記録。テレビや雑誌で「吉井宗一郎の五分間」は何度も特集された。どんな結果でも、それが肩書のように、代名詞のようについてまわった。またあの走りが見たい。誰もが期待した。その重圧に、もがき、苦しみ、吉井は壊れた。
 将人が吉井を追いかけるようにして北菱高校に入学したとき、彼はもう選手ではなかった。練習の手伝いをする裏方の三年生。それが、吉井の姿だった。
 
「北菱高校!!」
 名前が呼ばれ、将人は襷渡しの中継線に立った。一区から六区まで、チームは先頭をキープし続けている。襷を受け取り、強く、風を切るようにして、将人は走り出した。
 沿道の控え部員から「三分半!」という声が飛んだ。後ろとのタイム差だ。この差なら、もう優勝は間違いない。勝負はついている。皆、確信しているだろう。でも将人にとっての本当の勝負は、まだ始まってすらいないのだ。
 あのときの吉井と同じ一年生。あの五分間の舞台となった最終区。将人は残り二キロを、吉井と同じタイム、五分で走ろうと決めていた。吉井がもう走れないと知ったとき、そう決めた。
 
 残り二キロ地点にさしかかり、将人は腕時計のタイム計測を開始した。ギアを上げる。一気に加速した。ストライドを伸ばし、前を見据える。二年前に吉井が走った道。吉井が刻んだ五分間。その五分間に、自分が重なっていく。そんな錯覚に陥った。沿道の声が、ふいに止んだ。荒いはずの自分の呼吸も聞こえない。無音だ。自分は、今、あの五分間を走っている。

 競技場内に姿を現した将人を見て、観客たちは湧き立った。その大歓声も、将人には聞こえない。ゴールテープを切った瞬間は、頭が真っ白だった。気づくと部員たちに両脇を支えられ、同時にもみくちゃにされていた。皆の笑っている顔を見て、自分が一番にゴールしたのだとわかった。
 時間は、どうだったのか。止める余裕がなかったせいで、腕時計のタイムは進み続けている。将人は当たりを見回した。抱き合う部員たち。泣いている上級生もいる。吉井がいた。フラフラと、将人はその胸に崩れ落ちた。
「時間は……時間……」
 絶え絶えの息で、将人は、独り言のように繰り返した。
「五分。ちょうど、五分だった」
 片腕で将人を抱えながら、反対の腕にある時計を、吉井は見せてくれた。たしかに、五分と表示されている。五分。たった五分。そのたった五分間に、吉井は今も縛られている。だけどもういいのだ。もう、背負わなくていい。代わりに自分が引き受ける。今日の走りは、吉井に宛てたメッセージだった。
 
 どうしてだろな、という声が、ふいに頭の上から落ちてきた。
「気づいたら、押していたんだ。お前が残り二キロの時点で、無意識に」
 そして、ゴールの瞬間に止めたのだと、吉井はつぶやくように言った。急に、音が戻った。歓声と悲鳴の、濁流のような喧騒に飲み込まれていく。まだ、全身に力が入らない。吉井に抱きかかえられるようにして、将人は立ち上がった。
 長身の吉井を見上げても、その表情はわからない。彼は、前を見据えている。吉井に支えられながら、ゆっくりと、将人は歩き出した。



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