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木野 道々草さん

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若者の五分間

17/01/01 コンテスト(テーマ):第124回 時空モノガタリ文学賞 【 五分間 】 コメント:0件 木野 道々草 閲覧数:610

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 先週、俺は大学で不思議な体験をした。十八年間の人生経験で、理解できることではなかった。
 月曜日の午後、基礎ゼミナールの個人面談のため、担当教員の研究室へ行った。いちいち癇に障る話し方をする女の教員で嫌だったが、一年次の必修科目なので我慢している。
 その日は、この気に入らない相手に「できない」を言わせてみようとした。子供じみた試みだった。
「先生は、手品で五分間を五日間くらいにできますか」
 こんな質問をされれば、誰でも「できない」と答えるに決まっている。
「くらい、でいいのですか」
 まるで、できるような返事だった。戸惑っていると、相手は別の質問をしてきた。
「道坂君のいう、五分間を五日間にするというのは、どういうことですか。まずそこから始めましょう」
 そこで俺は、手に持った十円玉を千円札に変える手品を見せた。
「十円の投資、千円のリターンです。こうやって、増やすってことです」
「そのように、ですね」
 そう念を押すと、本棚に目を向けた。
「では、この研究室と道坂君の時間を使いましょう」
「えっ」
「簡単な手品です。道坂君は、五分間この研究室で過ごし、五分後研究室を出ると、五日前に戻ってきています。五分間の投資、五日間のリターンです」
 そう言うと、棚の本から紙切れを一枚取り出し、俺に手渡した。
 数式が書かれていた。
「なんですか、これ」
「存在を表す数式です。手品で必要です」
 存在
 と、ホワイトボードに書き、その数式と説明を加えた。
「このように、存在の数式は、時間や空間などによって定義されています。観客は疑い深いですから、この数式を確かめてもらいましょう。消去と出現は一致する、という次の定理を用います」
 消去=出現
 と、ホワイトボードに書き、定理の解説をした。
「もし、この定理で存在の数式を証明できなければ、全ての存在は否定されます」
「はあ」
「今週の金曜日までに、数式を確かめてきてください」
 俺は色々腑に落ちなかったが、その日は帰ることにした。研究室を出てからすぐに、スマホで時刻を確認した。午後四時だった。

 約束の金曜日、再び研究室を訪ねた。
 この日まで、存在の数式や定理について調べてみたが、全く情報が得られなかった。きっと、全てでたらめだからだ。
 そもそも手品に数式を持ち出すのがおかしい。おそらく、観客に「確認できない」と言わせて手品を中止させるつもりだったのだ。そうすれば、できないことをせずに済む。
 俺は、何としても相手に手品を続けさせようと思った。
「先生、手品で観客に何かを確かめさせるのは、信用のためですよね」
「そうです」
「では、その確認に数式は必要ありません」
 そう言って、紙切れを返した。
「ここで起きることは全て信じます」
「わかりました」
 俺は、見届けるぞと身構えた。
「まず、道坂君を数式で表します」
「すみません。手品に関係あるんですか」
 相手は無視して続けた。
「存在の数式は、人間にも応用できます」
 ホワイトボードに、存在の数式を書いた。
「一説によると、現代の若者は、五分間を五日間分に相当する時間の使い方をしているそうですから、若者の五分間は五日間に等しいと定義しましょう」
 五分間=五日間
 と、ホワイトボードに書いた。 
「この新たな時間の定義を存在の数式に加えて成り立つのか、若者つまり道坂君の存在を数式で表せるのか、例の定理で証明します」
 長い計算が始まった。時折説明されたが、俺には理解できなかった。数字や記号が消えて現れ、数式が姿を変える様を、あれは俺なのかと眺めていた。
「と、少々強引でも、なぜか数式は証明でき、存在が成り立ってしまいました」
 担当教員は、ホワイトボードに書かれた「五分間=五日間」を指差した。
「私には、この若者の五分間の定義が、生き急ぐ姿に見えます」

 相手は話し続けたが、俺は長い計算に付き合わされて疲れ、内容が頭に入ってこなかった。こっそりスマホ見ると、午後四時だった。そろそろ帰りたいと思った。
 パンッと、手を叩く音がした。
「すみません。忘れていたことがあります。道坂君、ちょっとそのまま待っていてください。五分で戻ります」
 そう言うや否や、研究室の外へ出て行った。
 俺は、スマホで時間を潰していた。一体何を忘れていたのだろうと思った時、スマホの画面の時刻が、午後四時五分になった。ドアの向こうから担当教員の声がした。
「道坂君、両手が塞がっています。すみませんが、開けてください」
 ドアを開けたが、誰の姿もなかった。あれ、と思い廊下に出て確認した。やはり誰もいなかった。
 俺は、研究室の外にいた。
 そのことに気づき、まさかとスマホの画面を見た。
 午後四時五分。
 今週月曜日の日付だった。


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