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つつい つつさん

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お望みの人生

16/12/25 コンテスト(テーマ):第124回 時空モノガタリ文学賞 【 五分間 】 コメント:0件 つつい つつ 閲覧数:601

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「五分ほど階段を上がれば、天国に着きますから」
 ふと目を開けると、面識のない人の良さそうなおじさんに言われた。なんのことかわからず辺りを見渡したけど、ぼんやりと白く光る空間にただ階段だけが存在していた。さらにわけがわからなくなり、そのまま立ち尽くしていると、おじさんが心中お察し申し上げますって表情でうなずいた。
「あの、あなた死んだんです。交差点で信号無視して突っ込んできた車に轢かれて」
 私はどうりで実感がないはずだと納得した。車にぶつかったことも気づかないまま死んだのだろう。いつものように大学に行って、いつものように授業を受けるはずだったのに、私はあっけなく死んでしまったらしい。案内係と名乗るおじさんに別れを告げ、私は階段を上がった。
 四分程上がると、上のほうに燦々と光り輝く空間が見えた。あれをくぐり抜けると、天国なんだろう。思えば二〇年なんてあっという間だった。優しい両親に恵まれ、楽しくて頼りがいのある友達に囲まれ、そして最近は不器用だけど優しい彼氏も出来た。順風満帆だった。幸せだった。そうやって人生を振り返っていると、天国はもう目の前にあった。その時、この階段が下にも続いていたことが急に気になり始めた。私は方向転換をして、元の場所に戻った。
「あの、どうしました。未練かなにか?」
 おじさんが不思議そうな顔で聞いてきた。
「その、実は、下に降りられないかなと」
「は? 下って下は地獄ですよ」
「はい。このまま天国に行くのもつまらない気がして。駄目ですか?」
 おじさんは頭を抱える。
「いや、悪いんですけど、あなたの魂では地獄に行けません。そんな綺麗な魂では入れないんですよ」
 私はがっかりして下を向いた。
「あの、魂が綺麗ってすごくいいことなんですよ。みんなそれを目指して生きてるっていうか」
 おじさんは励ましてくれたが、そんなことを言われても、そういう問題じゃなかった。私は自分の魂が綺麗だなんて思わなかった。綺麗なんかじゃなくて平々凡々と生きてきた、ただの普通のような気がした。
「あの、裏技とか、ないんですか?」
「裏技?」
「綺麗な魂でも地獄に行ける裏技です。んー、例えば、今、あなたの首を絞めるとか」
 おじさんは、呆れた顔で私を見た。
「私の首絞めても私は生きてるわけじゃないんで、痛くもかゆくもないんですけどね」
 そう言うと、おじさんはしばらくこめかみをポリポリ掻きながら考え込んだ。
「まあ、時間はいくらでもあるので、よく考えて下さい。魂にとって天国ほどいい場所はないんですよ」
 それから何時間経ったかわからない。私は腕を組みながら考えているような駄々をこねるような表情でいつまでもムスッとしていた。そんな私をおじさんは穏やかに朗らかに微笑みながら見守っていた。そして、私はあることに気づいた。
「考えて下さいってことは、地獄に行く方法あるんじゃないんですか?」
 私はおじさんをズバッと指さし、難解な謎を解いた名探偵のように決めてみせた。おじさんは、やれやれという顔をした。
「まあ、地獄は無理ですが、現世に生まれ変わることは出来るんですよ」
 私は少し悩んだ。また現世に戻ったって、どうせ平凡な人生をくり返すだけなんじゃないかって思った。
「でも、このまま天国行くよりはいいかな。じゃあ、それで」
「じゃあって軽く言いますけど、あなたの場合天国に行った後ちゃんと現世に生まれ返れば、また清らかな魂の親の元へ生まれることが出来たんですよ」
「どういうことですか?」
「急に生まれ変わるってことになれば、どんな魂の元に生まれるかわからないし、それに、場所だって平和な国かどうかもわからないんですよ」
 私は興奮気味におじさんの両手を握った。
「それがいいです」
「なめてるのかな。環境が悪いってことは、あなたが想像出来ないくらいきついことなんですよ」
 私は何回もうなづきながら、おじさんの話を聞く。おじさんは急に険しい表情になる。
「誰も助けてくれない。誰も愛してくれない。誰も味方してくれない。そんな経験、あなたにはないでしょ、わかってます?」
 そう言われても全く耳を貸そうとしない私におじさんはそっと囁いた。
「地獄なんかよりもっとつらい場所に生まれ変わるかもしれないんですよ」
 私はそれを聞いて安心した。
「それでお願いします。それが必要なんです」

 病室に一際甲高い赤ん坊の泣き声が響きわたると、赤ん坊は笑顔の女性に優しく抱きかかえられ、そのまま病室のベットの傍まで連れて来られた。
「可愛い女の子ですよ」
 赤ん坊を差し出された母親は無関心な表情で赤ん坊を一瞥すると看護師に言った。
「ねぇ、たばこ吸いたいんだけど」
 病室にさらに甲高い赤ん坊の泣き声が響きわたると、母親は眉間に皺を寄せ、チッと舌打ちをした。


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