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泉 鳴巳さん

泉 鳴巳(いずみ なるみ)と申します。 煙と珈琲とすこしふしぎな方のSFが好きです。文章を書くことが好きです。短編が好きです。 まだまだ拙いですが皆様の作品を拝読して勉強させて頂きたいと思います。宜しくお願い申し上げます。 HP:http://izmnrm.wpblog.jp/ Twitter:@Narumiluminous

性別
将来の夢 不労不仕
座右の銘 見ている世界を信じるな

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ガールフッド

16/12/25 コンテスト(テーマ):第125回時空モノガタリ文学賞【優しさ】 コメント:3件 泉 鳴巳 閲覧数:966

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 遺品を整理していたら、カーペットの下に一冊のノートを見つけた。
 パラパラと捲って気付く。これは、彼女の遺した日記だ。
 どうしてこんなところに。疑問に思いながらも、蚯蚓の這うようなか弱い字を目で追っていくうち、私はその内容に引き込まれていった。

4/5(日)晴れ
今日から私は日記を書くことにしました。
私は重い病気で、ほとんど布団から出られません。そのため毎日同じような内容になってしまうかもしれません。
それでも昨日と今日は全く同じじゃないし、今日と明日もきっと違っています。
だから毎日の出来事を、小さなことでも書いていきたいと思います。
これから弱音や泣き言も書いてしまうと思います。心配をかけたくないので、ママとパパには秘密にします。

5/9(土)晴れ
今日は久しぶりに外へ出ました。
ママが「今日は体調も良さそうだから」と、お散歩に連れていってくれました。
パパも一緒です。それから飼い犬のマックスも付き添って、家族みんなでお散歩です。
私の乗った車いすをパパが押してくれながら、みんなでゆっくりと歩きました。
本当は遊園地やショッピングモールに行ってみたかったけれど、こうして出かけられただけでも今日はとても良い日です。
久しぶりに浴びたお日さまの光はとても気持ちが良くて、なんだか心までぽかぽかしました。
途中、近所のおばさんたちが変な顔をしてこっちを見ていました。あれは何だったんだろう。病気の私が珍しかったのかな。

6/10(水)曇り
今日は、ママが絵本を読んでくれました。
お昼過ぎにやってきたママは突然「絵本を読んであげる」と言いました。
思わず「小さな子じゃないのよ」と言ったら、なぜかママはちょっと驚いたようでした。
ママは「いいじゃない」と言って布団の傍に腰掛け、本を開きました。
私は強引だなあと思いながらも、気付けばママの声に耳を傾けていました。
読んでくれたのは、百万回も生まれ変わった猫のお話でした。
最後の場面をママが読み終えた時、私は心が温まるような、だけど悲しいような、不思議な気持ちになりました。
私が死んだ後、もし生まれ変われるとして、私はそれを選ぶでしょうか。すぐには答えが出そうにありません。

7/13(月)雨
最近特に身体がだるいように感じます。
お布団でずっと寝ているのは退屈なので、本を読んだり、編み物をしたりしていましたが、ここ最近は身体を起こしているのも辛く、ずっと横になっています。
こうして日記を書いている時も、ペンを持つ手の震えが止まりません。
ママとパパは「きっと治る」というけれど、本当に私の病気は治るのかな?

8/9(日)曇り
最近食欲もなくて、ほとんど何も食べられません。
マックスが心配そうに寄り添ってくれたのに、思いっきりなでてやれなくてごめんね。
それから、私は気付いています。ママとパパは、時々すごく疲れた顔をしています。
私の前ではいつも笑顔でいてくれるけれど、きっと私の看病で迷惑をかけているのかな。
ごめんなさい。パパ。ママ。マックス。

9/20(日)晴れ
病気がなかなか治らなくても、遊園地に行けなくても、私は幸せです。
私が死んでも、きっと私は生まれ変わらないと思います。なぜなら、ずっと、ママとパパの子どもでいたいからです。
優しいママとパパと、マックス。とってもあったかい家族に囲まれて、私は本当に幸せです。
明日ももっと楽しくなると良いな。
みんな、大好きだよ。

 日記はそこで終わっていた。理由は明白だ。翌日9月21日の朝、彼女は眠るように息を引き取ったからだ。
 静かにノートを閉じると、私は頬が濡れていることに気付き、驚いた。涙など、とうに枯れ果てたと思っていたから。
 葬儀の日、参列した彼女の知人と交わした言葉が蘇る。

「この度はご愁傷様です」
「お心遣い恐れ入ります」
「……大変だったでしょう? 自分のことを少女だと思ってたとか」
「ええ、私を母、夫を父だと……」
「そう、それは、何と言って良いか……」
 黙礼する私を視界に入れながらも、彼女はどこか遠くを見つめながら呟いた。
「……でも、あなた達のおかげで彼女、幸せなまま逝けたでしょうね」

 私はその場で、肯定も否定もできなかった。
 私たちの行いは、演技は、本当に彼女のためだったのだろうか?
 分からない。日記を見た今でも分からないままだ。
 記憶の中の彼女は、ぼやけて滲んでしまった。
 幼い私の手を引いてくれた彼女。私の結婚式で涙を流し喜んでくれた彼女。その姿が、どうしてもはっきりと思い出せない。
 濡れた頬のまま、私は日記に向かって呟く。
「私はもう一度、貴女の子どもに産まれたいよ。お母さん」
 もちろん日記は何も言わない。
 溢れた雫の弾ける音だけが、音の無い部屋でやけに大きく響いた。


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このストーリーに関するコメント

16/12/30 あずみの白馬

拝読させていただきました。
余韻を残したラストがよかったです。まさかこんな落ちとは思いもしませんでした。
素晴らしい掌編だと思います!

16/12/31 クナリ

少し作りすぎているかな……と思いましたが、最後まで読むと優しさというテーマが込められたプロットの方が印象的でした。

17/01/24 泉 鳴巳

あずみの白馬様

勿体無い程のお言葉、お褒めに預かり光栄です。
私はお婆ちゃん子だったので、お婆ちゃんモノにはついつい力が入ってしまいます。(その力が空回りすることもしばしばです汗)
お読み頂きありがとうございました!


クナリ様

ご指摘のとおり日記部分がわざとらしいかな……とも思いましたが、書きたかった流れを優先させわかり易さをとることにしました。
「優しい嘘」というテーマはよくありますが、それは誰から見た優しさなんだろう……と考えていたらこの形になりました。
お読み頂きありがとうございました!

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