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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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心やさしきバンパイア

16/12/25 コンテスト(テーマ):第125回時空モノガタリ文学賞【優しさ】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1275

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闇よりもまだ黒い影が、夜道をゆく女性の背後に忍びよったかと思うと、その姿はたちまち人間に様変わりして、鋭い牙をのぞかせた口が、女のやわらかなうなじにいままさにくいつかんとしたそのとき、はたとそこで、D氏の動きがとまった。
後ろ姿はまことに艶やかな美女かと思いのほか、前にまわってみたその顔は、十人並かややそれより劣った。D氏にとって、美女の生血を吸うことこそ先祖伝来引き継いできた吸血鬼の誇り以外のなにものでもなかった。いまここで、うっかりそれに適さない女の血なんか吸ったら、それこそ百年目だった。
だが、彼の腕の中で女は、恐怖に震えあがるどころか、みるからにうっとりした表情を浮かべている。いまここで、あんたはちがうと、すげなくつっぱねたりしたら、彼女のうける痛手ははかりしれない。へたをすれば世をはかなんで、自ら命を絶つことだってありえた。
D氏はさりげなく、女の首に手をあてた。はたしてだらりと血がそこから流れおちた。
あんのじょう、女が喜び勇んでかけさってゆく。彼女はこれから、でくわす人間たちに、吸血鬼に血を吸われたことを自慢してまわるにちがいなかった。
D氏は、手にしたビニール袋をみた。こんなこともあろうかと、事前にそこに詰めておいた血液を、吸ったふりして女の首に垂らしたのだった。こうしておけば、あの女も一応は体面を保てるし、こちらもまた美女でない者の血を吸うという不名誉な行為からは免れたというわけだ。
D氏はひとしれず、ため息をもらした。血は吸いたい。だが、吸血鬼のプライドを踏みにじってまで、美人でない女の血を吸うわけにはいかなかった。
このところ夜な夜な、夜道を歩く女の数が、めっぽうふえはじめた。吸血鬼が跳梁するこの地域にして、いったいどうしたことなのか。まさしくそれこそ、美女のみの血を求める吸血鬼の嗜好が招いた一種の社会現象だった。ふだん美女を自認している女たちが、夜の町にのりだしたのはいうまでもなく、吸血鬼に襲われるというおすみつきを欲したからにほかならない。逆にいえば、吸血鬼に襲われない女など、美女を名乗る資格はないということなのだ。
D氏の女をみる目が、一段と厳しくなったのはいうまでもなかった。上辺のきれいな女は山といた。美容整形も商売繁盛だ。D氏の不安は、血に飢えたあまりその手の女たちに、はやまって吸血行為にはしってしまうのではないかという懸念だった。そんなことをしたらさいご、吸血鬼としての矜持もなにも、いっさいは泥にまみれてしまい、自分がいつか灰になって地獄におちたとき、そこでまちうける歴代の吸血鬼たちにあわせる顔がなかった。
そんな理由からD氏は、ながいあいだ美女の生血にありつくことができずにいた。もうそろそろ吸わないことには、それこそ棺桶のなかでひからびきって、灰と化して永遠の眠りにつくことにもなりかねない。本物の美女の血に、一滴でもありつくことさえできれば、D氏のなかに、たちまち由緒正しき正統派吸血鬼のパワーが燃えさかるのだ。
―――月明かりに照らされた石畳を、ゆっくりとした足取りであるく女の姿があった。D氏はなんどもコウモリに変身しては、上から、側面から、また正面からと、めまぐるしく飛びまわっては女の全体像を仔細に観察した。
「これは、いける」
彼の目が、異様に血走った。
どこからみても、文句のつけようのない美女がいま、彼のすぐまえをあるいていた。
薄手の衣装におおわれたその身からただよう、ふるいつきたくなるような女の色香は、これまだD氏がふれてきたどんな女よりも艶めかしい魅力に満ちあふれていた。
D氏は激しい衝動にかりたてられて、一瞬後にはすでに、女の首筋に牙をつきたてていた。まがいものでない、純粋な美女の血液が、彼の体内にとくとくとながれこみはじめた。
「まあ、感激だわ」
その声にふくまれる、ある種の硬質感に、D氏ははっとなって女から顔をはなした。
「どうして、もっと吸ってちょうだい」
ますますつのる不信感にあらがえずに彼は、スカートの上からその下腹部に、そっと手をあてた。
「なんと、男………」
とっさに逃げ出しかけたD氏だったが、目の前で笑みをうかべる男の、その女以上の女らしさに、はげしく心を動かされた。
偽りの美しさにおおわれた女より、真の美に彩られた男の血のほうが、吸ってもなにひとつ違和感はなかった。げんに、いまの吸血行為によって彼は、全身のすみずみまで新たな活力がみなぎっているのを感じた。
この現代、吸血鬼が生きのびるためには、もはや性のちがいなどのりこえなければならないことを悟った吸血鬼D氏は、腕をひろげてまちかまえる彼のところにあゆみよると、ふたたびそのやわらかなうなじに、深々と牙をつきたてた。


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