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Breakfast with Russell

16/12/22 コンテスト(テーマ):第124回 時空モノガタリ文学賞 【 五分間 】 コメント:0件 ユウキ 閲覧数:916

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 7時58分。彼は話し出す。

 「世界は五分前に創造された。僕らの記憶や社会、文明が、突然発現した。それが現在であり、現実なんだ。
 世界五分前仮説。それは、懐疑主義者ラッセルが提唱した哲学理論だ。人々はこの仮説から、人間の知識体系そのものを問い直してきた。
 この仮説を仮定として、僕らの、人間の生活に照らし合わせてみる。世界は五分前に創造されたと、仮定してみる。それが真実だと信じてみる。
 そう。ここは、五分前に創造された現実という世界。」

 僕は、「また始まった。」と心の中で、ぼやく。
 彼は、カップのサイドに触れて、「熱い。」と短い言葉を発し、右手を跳ね挙げる。右手をゆらゆらとさせながら、彼は左手で僕を指差す。

 「例えば、君は今ドーナツを食べている。五分前はちょうど、あそこの店員にお金を渡していた。でも、その1秒前には世界は無かった。君はドーナツを買ってお金を払う。そうした行為を当然だと思うように、常識という名の記憶を植え付けられて、発現させられた。店員も、レジ打ちの方法を記憶しながら、発現させられた。そして、ドーナツとコーヒーは温かい状態で、発現させられた。その主体は神なのか、それともそれ以上の存在か。意外と、君かもしれないし、僕かもしれない。もしくはただの偶然の結果に過ぎないのかもしれない。偶然の結果であり、自然の結果。
 兎に角、その記憶に沿って、君はもはや無意識的に、お金を払い、トレイを席まで運び、椅子に座ってドーナツを食べている。これって、凄い事だと思わないか。なぜなら、そこにシステムエラーは起きてないからだ。ただの、一度も。これこそ完全なるシステムと言えるじゃないか。世界という名のプログラム。素晴らしいシステム。実に精巧で綿密な。」

 彼の左手を、つまりは僕を指差すその手を、僕は払い除けながら、ため息をつく。
「話が長いな。そんな長台詞こそが、システムエラーだと思うよ。」

 彼は、我関せずというように、ドーナツを頬張り、飲み込むとすぐに話を続ける。

 「世界というシステムも凄いが、その実行者たる人間も素晴らしい。実行者というか、演者かな。発現して五分で、1つのヒューマンエラーも起こしていない。それに、日進月歩の進歩を重ねてる。最初に与えられた記憶に、一瞬一瞬の経験を新たな記憶として追加することで、常にアップデートしていく。五分前の人間とは全く違う人間が、そこにいる。五分前の文明とは全く違う文明が、そこにある。五分前の世界とは全く違う世界が、そこにある。
 つまりは、無意識に、人間も世界も、物凄いスピードで進化してるんだよ。」

 彼は、コーヒーをすすり、最後のドーナツを口に押し込む。

 「何言ってるか、よくわからないよ。それに、朝一番、朝食の時間に話す内容なのかな。」

 僕は、苦笑いを浮かべ、コーヒーを飲み干す。

 彼は、シャツの裾に溜まったドーナツの欠片を、手で叩き落とす。

 「まあ、今の話は、世界五分前仮説が正しいと仮定した場合に限るんだ。実際、科学の進歩を、人類の歴史を、人間の感性を、全てを作られた記憶に過ぎないとする、この仮説は暴力的だ。なぜなら、この世界に100%ということが、存在しないからだ。でもね。でも、重要なのは、そんなことではなくて、五分前で人間が進歩しているという、事実だ。世界は五分前に創造されたものではないとしても、確かに人間は五分の間に、進化している。発展している。発達している。その蓄積が歴史である。この事実、そして真実こそが、我々人間にとって重要なんだ。」

 彼は、そう言うと、席を立つ。
 僕も、彼に続いて席を立ち、呟く。

 「ロマン、かな。」

 「いや、ストーリーだよ。」

 8時3分。なんでもない一日の始まり。それでいて、世界の始まり。そして、人間達の物語の始まり。


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