1. トップページ
  2. 明日、消えるかもしれないこの光を

冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

投稿済みの作品

16

明日、消えるかもしれないこの光を

16/12/19 コンテスト(テーマ):第123回 時空モノガタリ文学賞 【 クリスマス 】 コメント:16件 冬垣ひなた 閲覧数:1405

この作品を評価する

 そうだ、今日は星がとても綺麗で、どれか一つでもいい、木の上にこぼれ落ちて来たら立派なツリーになるだろう。
 父さん、母さん、メリークリスマス。
 この手紙がいつ届くかは分からないけれど、ロンドンに帰れなくてごめん。愛してる。
 24 December 1914 
 フランドルにて ブライアン


 土を掘って身を隠す塹壕のぬかるみに、軍靴の足先は凍てつき、もう感覚もない。戦場で迎える初めての冬、僕は泥と血にまみれて、寒気や恐怖に震えていた。
 この人類最初の世界大戦争は、平和に飽きたあらゆる人々から、ロマンティックな騎士道精神で熱狂的に受け入れられていた。祖国イギリスでは、ドイツ軍などたやすく蹴散らし、クリスマスまでに戦争が終わる。誰もが信じた。
 だがどうだろう。ヨーロッパを縦断する西部戦線は膠着したままで、塹壕戦でドイツ軍と血なまぐさい睨み合いを続けもう2か月になる。生きて帰れるのかより、今日を生き残るのに皆、精一杯だった。
 手にした真鍮製の缶には、メアリー王女からのプレゼントだという煙草が入っていたが、歩哨の交代を知らせるので、僕はそれをポケットにしまい懐中時計を見た。
 午後10時、僕は銃を抱え立ち上がる。
 戦場は静寂に満ちていた。100ヤード(約91m)ほど離れたドイツ軍の塹壕からの機銃掃射も今は止んで、風になびく葉擦れだけが物悲しく響く。


 深夜12時。12月24日を生きながらえ、神に感謝した。クリスマスになったが、敵の動きに変化はない。
 僕は煙草を思い出し、クリスマスに感謝しながら、早速火をつける。
 壁にもたれ一服していると、耳に微かな声が届いて、僕は慌て、身を低くして塹壕の外に銃身を向けた。
 ドイツ軍の塹壕まで横たわる中立地帯には、闇が大きく口を開いている。漆黒で塗りつぶされた視界の先には、敵と味方の屍が累々と横たわっているはずだ。
 しかし。
 聞こえる。
 歌声が。
「Stille Nacht, heilige Nacht,……」
 歌詞はドイツ語だったが、馴染みのある『Silent night』だ。故郷で歌うはずだったメロディーを、僕たちも小さな声で口ずさんだ。


 事態が飲み込めたのは、空が白み始めてからだった。
 数名のドイツ兵が、こちらへ歩いてくるではないか!
 手には銃の代わりに、ラム酒の瓶が握られている。

「メリー・クリスマス!」

 僕たちの何人かが、恐る恐る塹壕の外に出て、ドイツ兵に握手を求める。他のドイツ兵も塹壕から顔を出し、僕たちに手を振った。双方の上官は名刺を交わし、戦場はパーティーのような賑わいとなった。
 クリスマスを祝おう、一日限りの休戦だ。
 この奇妙な成り行きを、誰も拒むものはなかった。

「やあ」、僕がドイツ兵にカップを差し出すと、ラム酒を注ぐ。お礼に僕が煙草を2本渡すと、ドイツ兵が集まりだし煙草の減った代わりに、僕のポケットは子供みたいにお菓子で一杯になった。
 不思議な感覚だ。僕たちは昨日まで殺し合っていたというのに。
 ラム酒は喉を通り僕のかじかんだ心を温かくした。
「君、年は幾つ?」、流暢な英語のドイツ兵はイギリスで暮らした事があるという。
「18です」、世間話をしながらお互い家族の写真を見せ合い、肩を抱き聖歌を歌った。皆、友達のように気さくな奴らばかりだった。

 午後からは戦死した仲間を手厚く葬った。
 このわずかな中立地帯を奪い合い、僕たちが殺したドイツ兵がいて、彼らに殺されたイギリス兵もいる。
 時計の針は戻らない。なかったことにはならないんだ。
「見ろよ」、隣で作業していたドイツ兵が僕の肩を叩く。
 驚いた。
 荒野の夕暮れにたくさんの鳥が羽ばたいていた。穏やかなこの日を待っていたのか。
 だが、日没とともに僕たちはまた敵同士だ。
 彼の顔に憎しみはない。
 ただ悲しそうだった。
 こんな風に戦場で出会うべきじゃなかった、と。


 ……奇跡は終わった。
 新年が近づき、夜もまばらに銃声は響く。
 しかし、弾は互いの塹壕には飛んでこなかった。
「Danke!(ありがとう)」、去り際に長く固い握手をしたその手で、僕は引き金をひいた。
 彼らがそうするように、星のない空に向かって、何度も。
 せめて煙草とお菓子がなくなるまでの間は、僕は人を愛していよう。
 しかし俄にパラパラと音がして、見上げた僕の顔を冷たい痛みが走る。
 灰色の雲から星屑のような氷の粒がひどく降ってきて、友となり得た僕たちをさらに苦しめるのだった。凍てついた絶望の季節は、そこまで迫っていた。
 耐えるようにコートの襟を立て、塹壕の中、僕は残り少ない煙草に火をつける。
 燃えながらいつかは、僕たちの胸の奥から消えてゆく光だけど……。
 僕は懸命に、てのひらで守った。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

16/12/19 冬垣ひなた

≪クリスマス休戦について≫

 第一次世界大戦(1914〜1918)の最初の年1914年12月24日から25日にかけて、英独軍の戦う西部戦線で自然発生的に起こりました。ローマ法王の休戦の呼びかけと、戦場が互いの祖国でなかったことが大きな理由かもしれません。そのため公式の記録には残っていませんが、日記・手紙や写真などが残っていて、当時の新聞でも取り上げられました。

 しかし上層部の厳命と、毒ガスなど戦争が過酷となり、翌年以降クリスマス休戦はほぼなくなります。近代兵器の登場により泥沼化、情勢は混迷し、最終的に世界規模で戦死者1600万人、戦傷者2,000万人以上を記録する犠牲者を出しました。

この時長引く戦いに英国で開発されたのが「トレンチ(塹壕)コート」、最近では、クリスマス休戦をテーマにした、SEKAI NO OWARIさんの『Dragon Night』があります。遠い話のように思えますが、100年以上たった今も、身近な形で残っています。

16/12/19 冬垣ひなた

≪補足説明≫
・画像はクリエイティブ・コモンズからお借りしました。
【左】当時の新聞 https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Christmas_Truce_4.jpg?uselang=ja(作者:Riottoso 表示-継承 4.0 国際)

【右】赤いポピーは、英国では第一次世界大戦の戦没者への哀悼のシンボル https://commons.wikimedia.org/wiki/File:High_Wood_cemetery,_France.jpg?uselang=ja(作者:Gerrit 表示 - 継承 3.0 非移植 )

・設定上、日付など細かい仕様は英国式にさせていただきました。
・ドイツ語の『Stille Nacht』ば著作権の消滅したパブリックドメインです。

16/12/20 野々小花

冬垣ひなた様
拝読いたしました。
恥ずかしながら、クリスマス休戦のことを今まで知りませんでした。こんなことがあったなんて。
若い主人公の悲しみ、葛藤が胸に残ります。素晴らしい作品、ありがとうございました。

16/12/23 クナリ

厚い内容を読みやすく仕上げる手腕、さすがです。
少ない字数で表された人間味のある登場人物の、顔まで浮かぶようです。

16/12/25 待井小雨

拝読致しました。
クリスマス休戦についてを、事実としてだけでなく物語として描き出される表現力に感動しました。
戦争に対するやるせなさや哀しさが伝わり、彼らの心中を思わずにはいられませんでした。

16/12/26 冬垣ひなた

≪参考文献≫
・戦場のクリスマス 20世紀の謎物語(グイド・クノップ著 中村康之・訳)
・DVD BBC世界に衝撃を与えた日14・クリスマス休戦

16/12/26 冬垣ひなた

野々小花さん、コメントありがとうございます。

自分の調べた事がお役にたてたなら幸いです。元々「平和」で書く予定で準備していたのですが、今回のテーマの方が、クリスマス後の葛藤まで掘り下げて書けて良かったと思います。こちらこそお読みいただき感謝します。


クナリさん、コメントありがとうございます。

難しい内容の話はいつも、10代の人に分かってもらえるような所を意識して書いています。イギリスは18で飲酒喫煙可なのですが、大人の描写を少年で書く事は今回どうしても必要だったので、そこが難しかったです。


待井小雨さん、コメントありがとうございます。

ノンフィクションの題材の中で、小説化しやすいものはいつも小説にしています。両軍でサッカーの試合など他にエピソードもあったのですが、後半部がテーマの核でしたのでそこに合わせ全体を推敲しました。彼らの気持ちに伝わるものがあったなら嬉しいです。

16/12/27 霜月秋介

冬垣ひなたさま、拝読しました。

恥ずかしながら、クリスマス休戦の存在をいま知りました。
ディテールまで御丁寧に説明いただきまして有難うございます。勉強になりました。

17/01/02 冬垣ひなた

霜月秋介さん、コメントありがとうございます。

私も「戦場のアリア」という映画で最近知った所です。フィクション色が濃いですがいいストーリーでした。読者様が内容に集中していただくため、時代背景は切り離して今回コメント欄を使わせていただきました。分かりやすいように、なるべく頑張りたいと思います。


海月漂さん、コメントありがとうございます。

近代兵器が導入され大量殺戮になっていく時代の流れの中でも、人々がとどまることを考えていたのだという過去は、今回一番描きたかったことでした。中には新年まで休戦が続いた所もあったようですね。
戦場のクリスマス。これから来る現実については極力控えめに描写しました。こういう話は胸が痛くなるのですが、読んで頂く方のために精一杯書き続けようと思っています。

17/01/05 そらの珊瑚

冬垣ひなたさん、拝読しました。

ラストシーンの煙草の火が、戦下におけるあやうい兵士の命をイメージさせて
それを懸命に守ろうとするブライアンの願いが胸を打ちます。
悲惨な戦争のさなかでも、クリスマスによって兵士が人間性を取り戻す
そのことにほっとしました。

戦争をするなんて人間ってなんて愚かなんだろうと思うけれど
果たして自分がそれに巻き込まれないかと問えばまったく自信ありません。
日本がこのまま戦争をしない国であり続けますように、
世界の戦争がなくなりますように。

17/01/05 石蕗亮

拝読致しました。
よくこの字数でまとまりましたね!濃厚でムダがなく、なのに窮屈でないまとまりに驚きです!受賞願っております!

17/01/06 Fujiki

感傷的になりすぎず、的確な描写で多くを物語っている見事な掌編ですね。ヘミングウェイの初期の短編小説を思い出しました。特に「煙草とお菓子」や「星屑のような氷の粒」といった象徴的なイメージは、若い兵士のあどけなさと大人びたさま、聖夜の奇跡と冷酷な戦場といった相反するものが併存している状態を効果的に表現していると思います。さらに冒頭の「今日は星がとても綺麗」と記された聖夜の空と、終盤における休戦後の「星のない空」の対比には構成の巧みさを感じました。ぜひともお手本にしたい作品です。

17/01/08 光石七

拝読しました。
戦場の細やかな描写、クリスマス休戦の穏やかなひととき、再び戦闘が始まり胸を占める悲しみや葛藤……。素晴らしい作品でした。
出会ったのが戦場でなければ、友となり得たはずの兵士たち。
平和を願わずにはいられません。

17/01/14 奈尚

「明日、消えるかもしれないこの光を」拝読いたしました。

戦争のやるせなさ、おかしさについて、改めて考えさせられました。
異国の人が同じイベントを祝い、つかの間でも友好を深めることができる。
そう考えると、クリスマスというのは素晴らしいイベントですね。
心に残る作品を、ありがとうございました。

17/01/20 冬垣ひなた

そらの珊瑚さん、コメントありがとうございます。

いつもですが、力不足だと分かっていて、でもこの機会を逃すといつになるのか分からない、だから書きたいという思いに突き動かされて執筆しています。
その後彼らがどうなったのかは分かりません。やはり戦争はあってはならない事だと思います。この時代の他のエピソードでも、当時戦争は愚かなことだと感じ、やはりその流れを押しとどめようとした人たちがいて、いずれまた取り組めたらと思います。


石蕗亮さん、コメントありがとうございます。

今回はどのように説明したらよいのかと考えましたが、作中でしてしまうと余韻が壊れてしまうと思い、このような形にしました。今後もできうる限り分かりやすく書きたいと思います。


Fujikiさん、コメントありがとうございます。

説明に多く文章が割かれてしまうタイプの作品で、いかに詩的に、短い描写で物事を伝えるのかという事に苦心しました。心象をあらわす情景描写が好きなのですが、細部にわたって丁寧にお読みいただき、頭の下がる思いがいたします。今後も精進を怠らず頑張りたいと思います。


光石七さん、コメントありがとうございます。

皆、クリスマスに家に帰れると信じ戦っていましたが、終戦まで4年の歳月の中でおびただしい死傷者が出ました。最初から結末が解っていたなら戦争は起きなかったかもしれません。心から平和を願ってやみません。


奈尚さん、コメントありがとうございます。

宗教は憎しみを生むことがあります、けれど愛し合う事も出来るのです。
キリスト教徒にとってクリスマスというイベントがいかに大切かという事を、とても考えた話でした。戦争で荒んだ彼らが、たった一日でも心通わすことができて良かったと思います。

ログイン