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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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記念日

16/12/16 コンテスト(テーマ):第124回 時空モノガタリ文学賞 【 五分間 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:844

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きょうはめずらしくパパは家にいた。
ミエは、ママをいれて3人でテーブルをはさんで朝食を食べることになって、とてもうかれていた。
いつもは朝はやくに会社にでかけるパパだった。ミエは、毎日がこんなふうだったら、どんなにいいだろうと、テーブルの向うにすわるパパを、まんまるにみひらいた目でながめた。
だいぶ前にもいちど、パパといっしょに朝食をたべたことがあったが、そのときはひろげた新聞にくびったけで、ろくにこちらをみようともしなかったのに、今朝はなんだか人がちがったようにミエをみつめている。
ママもまた、パパがいるせいか、いつになく機嫌がよくて、さっきからなんどもその顔に笑みがこぼれるのにミエは気づいていた。
窓からさしこむ明るい陽射しがひろがるキッチンには、3人がたてる陽気な笑い声がたえなかった。
ミエが、マーマレードをたっぷりつけたトーストをたべおえ、シナモンの香りのする紅茶をのんでいるとき、パパがやっぱり紅茶茶碗を手にしながら、ふと口をひらいた。
「ミエちゃん、もしもだよ、この地球があと5分で壊れるとしたら、ミエちゃんだったら、なにをしたい?」
パパのいかにもほがらかそうな笑顔につりこまれて、ミエもまたほほえみながら、いまのパパの言葉を胸のなかでくりかえした。
この地球が、あと5分で壊れる………。いったいパパはなにをいっているかしら。と、けげんそうに思いながら彼女は、窓の外の、さわやかな光に照り映える庭の石垣を、みやった。
そこにはいま、春の風が、軽やかに花びらをはこんでいた。昨夜ふった雨に、湿り気をおびた石のすきまを、カタツムリがのんびりはっている。
こんな穏やかな平和にみたされた世界が、あと5分で壊れるだって―――ミエは答えるかわりに、おかしくなってふきだしそうになった。
そのあどけない笑顔に、ママもまた、白い歯をのぞかせた。
「ミエ、パパのご質問に、こたえてあげて」
ママにまでうながされては、いくら彼女でも、黙っているわけにはいかなかった。
「あと五分で、地球が壊れるとしたら、あたしだったら………」
ミエは本当は、とっくに答えをはじきだしていた。けれどもそれをすぐに話すのが惜しくて、いままで口をつぐんでいたのだった。でも、いつまでもパパとママをじらしてばかりいるほど、あたしはわるい子ではなかった。
「もちろん、その5分間のあいだ、パパにキスをしつづけるわ」
「ほんとかい、わあ、嬉しいな」
パパの、跳びあがらんばかりによろこぶ姿に、ミエは、大人ってこんなに単純になれるのねと、またくすくす笑いだした。
「ミエ、わたしにはキスしてくれないの」
ミエには、ママの不満そうな顔は、最初から目にみえていた。
「心配しないでママ。ママにだって、ちゃんとキスするわ。だけど、最初はパパのほうよ。5分間の半分半分、かわりばんこにキスしてあげるから」
それをきくとママは、心からほっとして、パパと顔をみあわせた。
そのふたりの様子に、ミエの首がわずかにかたむいた。いつもの二人なら、顔をあわすたびにきまって、がみがみいいあいをはじめるのだった。きっかけは、ミエがきいていても、ほんとにつまらない理由からだった。たとえばパパのぬいだ衣類が裏返しでおいてあったり、食べこぼしが床にちらばっていたり、お風呂のふたをしわすれていたりとかいった、とるにたりないことが原因で、激しい火花をちらすのだった。
今朝なんかも、パパはトイレからでてきたとき、パジャマの裾をひきずっていたし、テレビのリモコンをテーブルの真ん中ではなく自分の手元に置きっぱなしにしていたけど、ママはそれをみても、どうしたわけかなにひとつ、文句はいわなかった。
窓からみえる、穏やかな庭の光景が、室内にものびひろがるかのように、ミエの周囲はみちたりたやすらぎに包まれていた。
パパは、壁の時計をちらとみた。
「パパ。会社にはでかけないの」
「うん。きょうはお休みなんだ」
「ママは、お買い物はどうしたの。あたしもいっしょにいきたいな」
「スーパーも、おやすみよ」
「もしかして、きょうは、なにかの記念日なの」
ママはふいに、困ったような顔つきになった。
「こちらにきてごらん」
パパがイスをたって、窓際に歩みよった。そのあとからママも窓際に近寄るのを見て、ミエも二人のそばにいった。
二人はだまって空をみあげた。ミエもそれにならうと、いまそこに、まぶしくきらめくものが飛んでくるのがみえた。北の国から飛来した核搭載ミサイルはまもなくこの街上空に到達するはずだった。パパとママはその臨時ニュースを、五分前に知ったのだった。
「ミエちゃん、まもなく花火があがるよ」
「やっぱりきょうは、なにかの記念日なのね」
ミエが頭の上で手をたたいて喜んだ。


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