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白取よしひとさん

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性別 男性
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8年目の聖夜

16/12/15 コンテスト(テーマ):第123回 時空モノガタリ文学賞 【 クリスマス 】 コメント:0件 白取よしひと 閲覧数:738

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 海岸線は弧を描き、日本海を抉(えぐ)りながら西にのびて岬を築く。突端は一際高い丘となり、そこには白亜の灯台が立っている。しかし容赦なく横に薙いで来る雪で霞み、その姿を認められない。

 海鳥が雪に揉まれながら頭上で群れている。私はその悲鳴から逃れる様にアクセルを踏んだ。ワイパーに絡む湿った雪は、ヒーターの甲斐もなくフロントの両端に盛り上がり前方の視野を悪くする。私は亀のように首を伸ばしハンドルにしがみつき岬へ向かった。

 吹雪の中、煽(あお)られた海は飛沫を上げて海岸線と鬩ぎあう。折からの寒風で路面はたちまち氷となり、ブレーキを踏む度に背筋が凍る思いだ。そこまでして私はなぜ岬を目指すのか。


― 12月24日。聖夜と呼ばれる日。


 半島部に入ると上り一車線の九十九折になる。山並みに遮られて風は穏やかになったが、黒光りする路面が起こす不安定な車の挙動が神経を逆なでる。唐突に海側の木々が途切れ、下界に海面がその姿を現した。

― 人!

 思わずブレーキを踏み込むと、タイヤは縋(すが)るものを失い車体は横に流れた。耳を裂く金属音と衝撃が走る。
 高鳴る動悸の中、閉じていた目を開くとガードレールを押しやった車体の側面は無残に削られ車は停止していた。アイドリングが空しく鼓動を打つ。

― 確かに女が立っていた。

 しかし見回してもその姿はない。

― 私は亡霊に憑かれているのか。

 とにかく灯台に向わなければならない。私は強引にガードレールを削りながら発進した。
 高台に至ると風雪で朧に霞む白い姿が現れる。横殴りの雪にめげず、すっくと立った灯台は8年前と同じく私を見下ろす。

― この雪だ。さすがに誰も来ていない。

 断崖の際まで歩を進めると、吹き上げる風とともに黒漆に似た海がうねりながらこちらを見上げる。時折、白波の綾が幾筋も流れその荒模様が伺えた。

― あの時、お前があんな事を言わなかったら。

 感傷に浸っている暇などない。確かめなければならないのだ。崖の際を右に辿ると、大人二人並べば肩が触れるほどの心細い遊歩道が崖伝いに降りて行く。しばらく辿ると海運と豊漁を祈願する小さな社(やしろ)があるのだ。風雨に洗われ白化している社を回り込み裏手へ回った。
 神楽の道具を納めた小さな小屋。あの時と同じく扉に鍵はかかっていない。邪魔な道具箱を外へ放り出し床板に手をかける。すると以前外した板はいとも簡単に再び床下を現した。

― 大丈夫だ。何も変わっていない。

 男が凝視した床下の土は周りのそれと何ら変わりなく、掘り起こされた形跡はない。板や道具箱を元に戻し、振り返ったその時だ。
 吹雪の中、長い髪を激しく靡かせた女が坂道を下って来る。その顔は定かに見えない。しかし身に着けているものは確かに見覚えがある。
「和美!」
 思わず漏らしたその言葉は風に紛れて消えた。女は手をこちらに差し伸べる。私は思わず後ずさりした。
「どうして」確かに和美はそう言った。

 8年を経た女の声は男の胸を貫くには十分だったのだろう。一瞬男は空を仰いだかと思うと後ずさりし、その姿は消えた。女が再び声を掛ける間もなくその身は崖下に落下したのだ。

「真美さん」
 岩蔭から飛び出した若い男は女の肩を支えた。そして手に提げたダウンジャケットを女の肩に掛ける。
「浩二さん。まさかこんな事になるなんて」
「とにかく警察を呼ぼう」

 8年前、姉は失踪した。最後の目撃情報は岬近くにある道の駅だった。しかしその情報の真偽は定かではなく同行者も不明だ。警察の調査も空しく結局真相は分からなかった。まだ中学だった僕は姉の部屋でメモを見つける。そこに「正雄」と端書があったのだ。それは姉の勤め先の上司だ。聞くと奴は既婚であり子供もいる。

― 不倫。

 中学でも、それくらいは推察できた。浩二は復讐の機会を待ち成長した。

 真美を大学で見かけた時、その姿に茫然とし思わず姉の幻に縋る様に後を付けた。彼女と接触する為、同じサークルに入った。そうして近づいた浩二だが、二人が恋に落ちるのには然程(さほど)、時を要しなかった。そして真美に打ち明けたのである。

― もし目撃証言が確かなら、その界隈で立ち寄るスポットは灯台だけだ。

「思い出のクリスマス。私はあそこで海を見てるわ」
 見た目が瓜二つのせいか声音も似ている真美に電話をさせた。そして姉が失踪前、よく来ていたワンピースを彼女に着せる。

  
 時折、泡を吹き上げ黒くうねる海面に男の姿はない。風の狭間、微かにサイレンの音が聞こえる。僕は真美の肩を抱いた。

― きっと姉は8年前の今日殺されたのだろう。


風に紛れ姉の歌が聞こえた。

ジングルベル ジングルベル 

鈴がなる

今日は楽しいクリスマス


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