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比些志さん

ペーソスとおかしみの中にハッとさせられるなにごとかをさり気なく書いていきたいと思います。

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ほんの五分間の願い

16/12/15 コンテスト(テーマ):第124回 時空モノガタリ文学賞 【 五分間 】 コメント:0件 比些志 閲覧数:664

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ほんの五分だけ世界中のありとあらゆる電気を消したら
たぶんきっと、だれも今まで見たことがないぐらいに
夜空は美しくきらびやかに輝くことだろう。

ほんの五分だけ世界中のありとあらゆる機械を止めたら
たぶんきっと、だれも今まで耳にしたことがないぐらいに
世界は深い静寂と生命力に満ちた自然の息づかいにつつまれることだろう。

ほんの五分だけ世界中のありとあらゆる人々が
飢えや戦争に苦しむの子供たちの
苦しみや悲しみをひたすら心に思い描いたら、
たぶん、まちがいなく、地球は今までにない平和な星になることができるだろう。

その朝、とある女性雑誌の編集長である栄田愛は、早朝にもかかわらず自分のデスクで文芸コーナーに寄せられた投稿詩歌の最終選考を行なっていた。短歌や俳句はスムーズに進み、現代詩の選考にとりかかったところで出くわしたのが上述の詩である。封筒の中に二つ折りで入れられたその便箋の詩を読んだ時、てっきり、作者は若い女性か少女だろうと思った。しかし、左下に書かれた作者の年齢を見たときには、一瞬我が目を疑った。ーー92歳故人と書かれていたのだ。そして便箋には一通の手紙が添えられていた。

……母は一週間前に天寿をまっとうしました。死の数日前、病床の母に、私がなにげなく、「人間が頭の中で想像できることはいつか必ず人間が実現できるらしいよ」と言ったら、その次の日、母から手渡されたのが、この詩です。母に詩を書く趣味があるなど考えたこともなかったので、その詩を見たときには正直びっくりしました。母の死後、叔母から聞いたところでは、子供の頃の母は、短歌や詩を愛する文学少女だったようです。でも私の記憶にある母はいつも家事や育児に追われ、文学や芸術とはまるで縁のないような主婦業一筋の女性でした。そんな母が人生の最後に書いた詩です。私には、つぎの世代に対する切なる願いをこめた精一杯のささやかな贈り物のように思われてなりません。かりに遠い未来であっても、母の純粋無垢な想像がこの地上のどこで本当に実をむすぶのならこれほど素晴らしいことはないと思います。題名の記載はありませんでしたが、母の想いを忖度して、『ほんの五分間の願い』としてください。どうかよろしくお願いします。……

一読した栄田愛は、人間の想像力について想いをめぐらした。

今この国は、AIと人間がいつ終わるとも知れない無益な衝突や小競り合いを続けている。近頃では暴動やテロにのような流血騒ぎもめずらしくなくなり、双方にかなりの犠牲者が出はじめた。いずれは民間人を巻き込む全面戦争になるのも時間の問題かもしれない。

栄田愛は頬杖をつきながら、ぼんやりと窓のむこうの青空にうかぶ白い雲を見つめていた。しかし白い雲は、雲にしか見えない。自分はやはりAIなのだと改めておもいつつ、それでも栄田愛はさっきから暇そうにソファの上で寝そべりながら選考結果を待ちわびている校正係の若者を大声で呼んだ。
「決めた。これで行くよ」了


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