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翡白翠さん

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ヘヴンorヘル

12/10/26 コンテスト(テーマ):第十七回 時空モノガタリ文学賞【 エレベーター 】 コメント:1件 翡白翠 閲覧数:1704

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 目を開けると、そこは小さな個室だった。縦に長い直方体の部屋。僕を支配している浮遊感。それに、閉められた扉の横と部屋の壁についている四角いボタン。ここは所謂、エレベーターというやつだろう。
「おはようございます」
 声をかけられた。そちらを向くと、銀色の綺麗な髪の毛をロングに流していて、微笑をまったく崩さない二十歳ほどの女の人が一人。美人だ。だが、妙なことに頭の上には白い輪っかが浮かんでいた。
 おかしいのは、そこだけではなかった。普通、1、2という階層が書いてあるはずのエレベーターのボタン。そこには、天国と地獄……その二つのボタンしかなかったのだ。
「ここは……どこなんですか?」
 恐る恐る、僕は口を開いた。
「天国……もしくは地獄への階段、といったところですかね。近代化が進んで、エレベーターになってますけれど」
「僕は……死んだのか……」
 自分の両手を見た。確かに、自分の両手だった。透けるということはなく、しっかりと血も通っている。
 もしこの手が他人の物だとしても、僕はそれを死んでいると信じることはできなかっただろう。それが自分ならば尚更だ。
「はい」
 彼女は、その微笑みの表情を何も変えずに、言った。
「貴方は、交通事故で死にました。ぼーっとしていたんでしょうね。交差点を止まらずに歩いて、車にドカンっ、と」
 彼女はそう言葉をつづけた後、地獄と印字されたボタンを押した。
「えっ!」
 僕は驚いたが、エレベーターは動き始めた。
「なんでっ……交通事故で死んだなら、少しくらい救いがあっても……」
「勿論、貴方が地獄へと逝くのは、交通事故で死んだ所為ではないですよ。生前の行いで、地獄か天国かは決まるのですから」
「なら……」
 僕はその言葉に「何故」と続けようとした。だが、それを聞くことは果たして意味があることなのかという問いが、僕の中に渦巻いた。
 僕は、死んだのだ。
 いや、本当に死んだのか?
「僕は……本当に死んだのですか?」
「はい」
 だが、交通事故に遭った記憶など何もない。
「即死ですからね。それは無いでしょう」
「え……言葉に出ていました?」
 僕は、思わず聞いた。さっきの思考を言葉として外に出した記憶など、微塵もなかったのだ。
「私は天使ですからね。人の心を読むくらい、造作もないことです」
 驚くほどのことじゃない、とでも言いたげだった。微笑は何も崩れていないが。
「まあ、信じられないのも無理はないでしょう。突発的な事故で、なおかつ即死ですから」
 そう言われると、僕は何だかその言葉を真実だと思えた。
 僕の生前は、日々サービス残業に苦しむ会社員だったはずだ。給料は上がらず、仕事の量ばかりが増えていく日々……それに、僕は嫌気がさしていたはずだ。自殺を考えたことも、一度や二度では無かった、と思う。
 向こうに残した、妻と子供が気がかりだが……
「彼女たちは、幸せに暮らしていますよ。貴方が死んだことはとても悲しかったみたいですが、慰謝料はたくさん取れたらしく、前よりよっぽど裕福な生活を送っています」
 少し、気が楽になった気がする。なんだか、この地獄逝きのエレベーターに恐怖心を感じなくなった。
「あぁ……そうだったんですか。なんだか、安心します」
 生前は、ちっとも構ってやれなかった子供。それに、会社が忙しくて中々話す機会を得られなかった妻。最後に、ちょっぴりでも幸福を分け与えられたのなら、僕の人生は、それでいいのかもしれない。
 そう思うと同時、目の前のドアが開いた。
「死んだ理由は、聞かないでおきます。今の幸福な気持ちに、魔が差されると嫌なんでね」
「はい。では、頑張ってください。地獄も……地上で伝えられるには、嫌なところではないらしいですから」
 僕は、エレベーターから出た。周りは禍々しい紫色の扉だったが、それほど恐怖を感じなかった。今からどんなことがあっても、耐え抜ける気がしたからだ。

 男が去った後、エレベーターの中では、天使が心底嫌そうに座っていた。優しげな微笑みなどどこにも見えず、世界を嫌悪するような目つきだった。
「この扉のシステム……ほんとやってらんねぇ……疲れた……」
 ある時まで、このエレベーターの扉は到着と同時に開いていた。だが、それだと地獄で罪人がうるさく、システムを変えることにしたのだ。
 この扉は、中の人間が死ぬことに満足したら開く。
「はぁ……あの人間、実は妻に刺されて死んだってこと知ったらどうなるかなぁ……」
 そこまでは、天使の職分ではないし、エレベーターの中の出来事でもない。
 天使は、どうにかして中の人間を死に対して満足させればいいのだ。
 たとえ、嘘をついてでも。


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このストーリーに関するコメント

12/10/26 草愛やし美

翡白翠さん、拝読しました。

こういったシステムで納得できて逝けるのもいいのかもしれませんね。天使という職務も苦労でしょうが、亡者のために頑張って欲しいものです。
でも、このことを知ってしまった私……、あちらに逝く時、不信感もちそうですね、どうしましょう。(笑)

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