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KOUICHI YOSHIOKAさん

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【樅ノ木とクリスマス】

16/12/11 コンテスト(テーマ):第123回 時空モノガタリ文学賞 【 クリスマス 】 コメント:2件 KOUICHI YOSHIOKA 閲覧数:841

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 樅ノ木は辛かった。身体中を電飾でぐるぐる巻きにされて揺れることも出来ず、一日中つけられた明かりが眩しくて眠ることもできなかった。外灯の明かりに集まってくる夜の昆虫のように人びとは木の下に群れた。根元は踏みつけられ土は硬くなった。小鳥は寄りつかなくなり、闇夜は逃げていった。十二月は樅ノ木にとって一年でもっとも苦しく嫌な時期だった。
 市役所が建てられるずっと前から樅ノ木はそこにあった。県の保存樹に指定されるほど大きく立派な樹ではあったが、樅ノ木にしてみれば迷惑な話である。樅ノ木はただ静かにそこに在り、太陽や風や小鳥たちと対話したり、土の中を遊ぶ土竜や枝に止まる虫たちと触れ合ったりしたかっただけなのに。
「私は取り残されてしまった」
 樅ノ木はときどきやって来ては一番低い枝までよじ登る野良猫によく語りかけた。野良猫は身動きのできない樅ノ木を哀れんだ。
「僕は餌を求めてあちこち動き回らないと生きていけないけど、樅ノ木さんは太陽と雨があれば生きていけるじゃないの」
 野良猫は慰めるように言ったが、樅ノ木は自らの力で生きている野良猫が羨ましかった。
「昔はこの辺りは森だったんだよ。それは沢山の木があってね、すごく賑やかだったんだ。それが今では人間が木を切って建物を建てて、私だけがどうしたわけか残ってしまったんだ。動けるものならどこか山の中にでも行きたいんだよ」
 野良猫は同調するように頷いていたが、なぜ独りが嫌なのか理解できないようだった。野良猫にしてみれば仲間同士で醜く餌を奪い合うよりも、独りの方が遙かに幸せだったのだろう。
 身体中が電飾で飾られ人が多くなってからも野良猫は変わらずやって来ては樅ノ木に登った。樅ノ木の上は安全に身体を休められる場所のひとつだった。人から餌をもらったりする野良猫にとって、樅ノ木の周りに人が集まってくることは、けして嫌なことではなかったに違いない。
 クリスマスが近づいてくるほどに人々が樅ノ木を背にして写真を撮ったり、キレイと言いながら見上げたりすることが多くなっていった。樅ノ木はそんな人びとがうるさく耳障りだったが、それでも人々の幸せそうな笑顔そのものは嫌いではなかった。
「明日はここで子供たちのクリスマスコンサートがあるんだって」
 樅ノ木の上で野良猫が言った。
「なんだい、それは……」
「人の子供が大勢集まって、ここで歌を歌うんだよ。今年から二十五日はそうやって祝うことにしたんだってさ」
「人間ってやつはまったく余計な事を考えるものだ」
 樅ノ木にとってクリスマスとは人が最も集まってくる日、そして電飾で身体をぐるぐる巻きにされる最後の日のことだった。コンサートという言葉は今年はじめて聞いたが、例年以上に騒がしくなることは予想がついた。
 二十五日の夕刻、三十人を超える子供らが樅ノ木の前に集まってきた。幼稚園児から小学校低学年くらいで、皆白いジャケットを羽織り、白いベレー帽を被っている。
「もみの木おおきいね」「これLEDライトって言うんだよ」「歌詞まちがえないかな」「お母さんも来ているんだよ」「猫ちゃんが木の上にいるよ」子供たちの声が無秩序に溢れている。
 指揮棒を握った女の先生が現れると子供らは慌てて三列に並んだ。つい先ほどの賑やかさが嘘のように静かになった。子供たちの近くには大人たちが半円形に集まってきて真っ直ぐに前を向いている。
 樅ノ木はなにが起きるのか野良猫に聞こうとしたが雰囲気に飲まれて話しかけられなかった。野良猫はどこか遠くをみるように子供らを眺めていた。
 指揮棒があげられると、子供らは一斉に口を開けて息を吸い込み、そして大きな声で歌い出した。
「もみの木、もみの木、いつも緑ね……」
 子供らの歌声は風に乗り夜空を昇り、樅ノ木の枝や葉の間で渦を巻き色鮮やかに溶けていった。歌声が樅ノ木の身体にゆっくりと染みこんでいく。木の森からビルの森へと、静寂から喧噪へ、過去から現在へと景色が流れていく。ただ同じ場所にまっすぐに立つ、季節が変わろうと葉の色はいつも緑色、長い年月をかけて少しずつ育っていった己の姿が、巻き付けられた電飾よりも明るく輝いていきはじめる。
 樅ノ木は抑えきれず声をあげる。
「おい、一年に一回くらいは電飾で飾られて、騒がしい人の相手をして、眩しさに悩まされるってのもいいじゃないか。人はどうせ私よりも早く死ぬんだから、少しくらい我慢してやらないとな」
 興奮してしゃべる樅ノ木の上で野良猫はじっと木の根元を見つめていた。子供らの鞄が沢山置いてあって、その中から食べ物の匂いがしてくるのが気になって仕方がないようだった。
 樅ノ木は身体中をぐるぐる巻きにされて照らされる己が誇らしかった。そしてクリスマスが終わることをはじめて悲しく思った。


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このストーリーに関するコメント

17/01/08 光石七

拝読しました。
確かに、樅の木にしてみれば、クリスマスツリーとしての飾りつけは迷惑かもしれませんね。
でも、子供たちの歌で己を誇りに思えるようになってよかったです。
野良猫とのやりとりもいいですね。
心が温かくなる素敵なお話をありがとうございます!

17/01/14 KOUICHI YOSHIOKA

光石七様
コメントをいただき誠にありがとうございました。
コメント嬉しく思います。感謝いたします。

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