1. トップページ
  2. ジブン美術館

せぷていさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

0

ジブン美術館

16/12/05 コンテスト(テーマ):第122回 時空モノガタリ文学賞 【 美術館 】 コメント:0件 せぷてい 閲覧数:944

この作品を評価する

 男は玄関の扉を開けたはずだった。
「ようこそ。ジブン美術館へ」 
 ふりむくと、受け付けと書かれたカウンターごしで、白髪の老人が立ち上がった。見知らぬ顔。自宅ではない内装。気がつくと、男がにぎっていたドアノブは消えてしまっていた。男はおそるおそる聞く。
「どなたですか」
「このたび、案内役を務めさせていただきます。分からないことなどございましたら、どうぞお気軽にお声掛けてください」
 男は顔をしかめ、聞いた。
「ちょっとまってくれ。分からないことばかりだ。なんなんだ、ジブン美術館とは。家の扉を開けたはずだが……おれは頭がどうかしてしまったのか」
「混乱するのも無理はありません。ここは現実の世界ではなく、生と死の狭間。あなたは車に轢かれて、死の淵をさまよっているのです」
「悪いが、さらに混乱してしまったよ。おれは家には帰れないのか。大事な日なんだよ、きょうは……あれ、なんだったかな」
 男が思い出そうにも、なにも浮かんでこない。まるで、記憶が抜け落ちてしまったかのようだった。自宅に帰りたいという記憶だけが残り、過去の記憶や、自分自身がだれだったのかも思い出すことができないでいた。徐々にだが、本当に死んでしまったのではないかと、心に疑惑の雲がわきはじめた。
「おいおまえ。ここはどこだ」
「ここは、ジブン美術館です。時間も限られていますし、そろそろ展示品を見に行きましょう。きっと、あなたの記憶は戻りますよ」
 男は老人の後を追い、館内を歩きだした。いくつもある扉を横切る。しばらく歩き続けると、ある扉のまえで老人は立ちどまった。その扉には、人の名前が記入されていた。
「ここが、あなたの展示室です。さぁ、どうぞこちらへ」
 老人は扉を開けると、男を部屋のなかへ招き入れた。
「ここが、自分の美術館……」
 室内を見まわすと、壁や台の上には、どこにでもありそうな物ばかりが展示されていた。ありふれた品々だった。だが、男にとっては、どれも見覚えのある物であった。
「これは、死んだ親父に買ってもらったゲームカセットだ。中学のころから使っているシャーペン……。結婚してからもらったカバン」
 展示品を見るたびに、記憶があふれでてきた。懐かしい記憶だった。悲しい記憶や、楽しい記憶。何気ない日常の記憶もあった。それらは、まぎれもなく自分の記憶だった。展示品を見るのに夢中の男に、老人は言う。
「走馬燈という言葉をご存じでしょう。それとおなじように、ここは人生をふりかえる場所だったのです。ここにある物はみんな、あなたを彩ってきた作品たちです」
「あぁ……」
 男はリボンのついた箱を手に取ると、涙があふれでた。そして、一つの絵のまえで膝をついた。
「思い出したよ……すべて。大事な用事も、死にそうなことも」
〈おとうさん だいすき〉クレヨンで描かれた絵にふれ、涙を流しながらも話をつづけた。
「きょうは息子の誕生日だったんだ。おれはプレゼントを買って帰る途中で、車に轢かれたんだ」
「記憶は印象深いものほど残りやすい。だからあなたの、自宅に帰らなければならない、という記憶は残っていたのでしょう」
 男の身体を突然、光がつつみこんだ。
「記憶を取り戻したならば、お別れの時間でございます」
「おれは死ぬのか」
老人はほほえむ。
「さきほども言いましたが、ジブン美術館はいわゆる走馬燈です。そして、あなたはまだ生と死の狭間をさまよっている。生きたいという強い気持ちがあれば、きっと目をさませるはずです」
「……そうさ。おれはまだ死ねない。やりたいことだって、まだあるんだ」
 男の感情がたかまるにつれ、身体をつつむ光が強くなっていった。
「お別れのまえにいいかい。あなたは一体だれなんだ」
「ご存じない方ですか。あなたが生きてきたなかで、もっとも印象に残っている人物が案内役となるのです」
 だんだんと、老人の声も聞こえなくなってきた。男は、意識が遠くなっていくのを感じながらも、じっと老人の顔を見つめる。
「あっ」
 男が声をあげた。これで、本当にすべて。思い出すことができたのだ。
「おまえは、おれを轢いた運転手じゃねーか!」


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン

ピックアップ作品