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秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。こんにちは。 

性別 女性
将来の夢
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1の夜明け

16/12/03 コンテスト(テーマ):第95回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 秋 ひのこ 閲覧数:874

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【クリスマス】投稿作品「512の夜」続編(約8000文字)


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「どう、一(はじめ)。気に入った?」
 普通にしていても微笑んでいるように見える丸顔の母が、隠そうとしても隠し切れない不安を滲ませた目でじっと僕の様子を伺ってくる。その隣で、浅黒く太眉、筋骨隆々、誰より男らしい父もまた同じような目で僕を見つめていた。
 小学6年のクリスマス。1日早くイブの夜に両親から贈られたものは、懐中時計だった。それも、大人が持つようなくすんだ金縁の。
「うん、すごくかっこいい。ありがとう」
 半分は気を使って、半分は本気でそう言った。途端に、空気がふっとゆるむ。
「良かった。来年は中学生だし、長く使える何かを贈りたかったの」
 ねえ、と母が父を見やる。父は僕に向かって大きく頷いた。
「わかってる。こんなのどこの小6が使うんだって話だし、大人っぽいを通り越してとんでもなくジジ臭いよな。――と、俺は言ったんだが、母さんが気に入っちゃってな。いますぐ使わなくていいし、合わなければずっと引き出しにしまってたって構わない。ただ、長く持ってくれると俺も母さんも嬉しい」
 いますぐ使えるものじゃなくて、ごめんな、と父は繰り返し、母は黙って微笑んだ。
 自分たちの思いをまっすぐに伝えてくれるこの両親が、僕は好きだった。
 時計の裏を見ると、今日の日付と僕の名前が刻まれていた。そして、「ありがとう」という言葉も。
「ありがとうって、何が?」
 さほど関心のない振りをしながら、聞いてみる。もっと言葉が、聞きたかった。
 両親は顔を見合わせ、少し照れながら同時に口にした。
「うちの子になってくれて」
「うちの子でいてくれて」
 
 3年前のクリスマス、正確にはイブの日に、僕はこのふたりの子供になった。だから、クリスマスは僕ら家族の記念日だ。

 僕は箱に入ったままの懐中時計を、蓋を開けた状態で勉強机に飾った。チチチ……、という秒針の音が新鮮で耳に心地良い。確かに、学校には持って行けないし、使い道がよくわからない。本当は新しいゲームソフトを期待していたけれど、裏の「ありがとう」を見れば、これはこれでいいか、と思える。世界中で僕だけ特別な気にも、なれた。



 僕があのふたりからクリスマスプレゼントをもらうのは、これで3つ目。
 それまでは、子供ばかり集めた養護施設で全員同じものをもらっていた。さらにその前は『前の母』とふたり暮らしで、『サンタクロース』からもらうものだけだった。新品のおもちゃか何かをもらっていたはずだけれど、『前の母』がいつの間にか隠してしまい、気がつけばなくなっていた。
 
 この家にくる10歳まで僕は「ルキア」と呼ばれていた。漢字は、忘れた。ただ、いまの父が「大人でも読めない」と言っていたことだけ印象に残っている。
 ルキアだった僕は、別の街の別の家で、随分長い時間ひとりでいた。いつだって、ひとりだった。
 保育園の途中あたりから、『前の母』は「ここは開けちゃ駄目。開けるとお化けが襲ってくる。お化けに喰われる」と言い始めたので、僕は自分から玄関のドアを開けたことがない。
 開けようとしたこともあったけど、開かなかったし、開けようとしたことがバレると死ぬほど殴られて、3日くらいごはんも抜きになるので、僕はドアを開けることを諦めた。それに、本気でお化けが怖かったのだ。
 保育園がもともと嫌いだったのはよしとして、外で遊びたい、という気持ちはあったけど、まあ、お化けに喰われたりごはん抜きよりは、大人しく家に閉じこもっていた方がましだった。

 『前の母』は綺麗で、『いまの母』がとうてい着ないような服を着て、髪ももっと明るい色で長くてふわふわで、それから、臭かった。煙草とお酒と、あと、すごくきつい花とシャンプーと飴を混ぜたような、とにかく強烈に甘ったるい臭い。
 たまに知らない男の人が家に来て、僕を見ると道端で犬の糞でも踏んだような顔をした。
 男の人が家にいるときは、『前の母』は僕を押入れに閉じ込めた。暗くて怖いと訴えると、ゲーム機をくれた。少なくとも、手元だけは明るくなった。明かりを手に入れた以上に良かったことは、時間を考えなくて済むようになったことだ。
 それから、あの家では、いつもお腹が空いていた。
 何を食べていたかよく覚えていない。ただ、いつも食べ物を求めていた。
 

 6歳のクリスマスの夜のことは、一生忘れない。
 保育園にも幼稚園にも行かず、ものだらけ、ゴミだらけの部屋に閉じこもり、ただひたすらゲームをして、寝て、食べ物を探して、『前の母』を待ちわびて、誰とも会わずまたゲームをするだけの日々。自分の体がボソボソに崩れて部屋のゴミと同化していくような感覚が常にあった。
 
 日付の認識はまったくなかったものの、クリスマスがくる、『サンタクロース』が今年もやってくる、ということは、テレビでなんとなく知ったのだと思う。
 あの日、知らない人がやってきて、暗闇で僕を見下ろしているのを見たとき、直感で「これが『サンタ』だ」と思った。その人は大きな包みをくれた。でもそれは食べ物じゃなかった。僕はがっかりして、多分、ちょっと怒った。
 すると、一度は去ったその人がまた戻ってきて、布団の上に何か置いた。
 飴がふたつ、転がっていた。
 からからに干からびた口の中のどこに水分が残っていたのか、唾液が沸いた。
 僕は夢中で包みをはがし、口に入れた。最初はいちごミルク。それから、塩キャラメル。甘くてしょっぱくて、胃がきゅう、と締めつけられた。本当に、どこにそんな水分があったのだろう。僕はぼろぼろ泣きながら飴を舐めた。そして、いつの間にか眠ってしまった。

 次に目が覚めたとき、知らない場所にいた。
 白い服を着た知らない男の人や女の人が僕を覗き込み、警察っぽい人もいた。
 僕の腕や胸に何本も管がくっつけられ、それが側の機械につながっていた。
「もう大丈夫だからね。もう何も心配しなくていいのよ」
 目に涙を一杯に溜めた知らない女の人が、僕の手を握ってそう言った。僕は一体何がだいじょうぶなのか、何をしんぱいしなくていいのか、わからず、また眠りについた。

 僕は何日もその部屋、――病院にいた。
 『前の母』は現れず、でもそれはいつものことだったのでそこまで心配ではなかった。
 驚いたのは、いい匂いのする新しい乾いた服をもらえて、いちご味の歯磨き粉で歯を磨くことを教えてもらったことだ。
 困惑したことは、毎日3回、ごはんを食べさせてもらえたこと。嬉しいとかではなく、どうしていいかわからなかった。それまで決まった時間にごはんをもらったことがなかったから。おまけに、3時のおやつまで。それも、食べたことのないものばかり。
 食べ慣れていないせいで、最初僕は野菜がきらいだった。肉も、魚も、白いごはんもきらいだった。甘い菓子パンか、コンビニのおにぎり、ポテトチップスやプリンばかり欲しがっていたらしい。
 『前の母』と暮らした家には、二度と帰ることはなかった。『前の母』とも、3回くらい病院の先生や、養護員の中島さんと一緒に会っただけだ。僕は、病院から子供ばかり集められた施設に移された。

 そこには、僕のように親と暮らせない子供、そもそも親がいない子供ばかりいた。下は3歳から上は15歳まで、結構出入りが激しかったけれど、大体いつも15人くらい。
 無口で、一番おとなしいのが僕だったけれど、ひとたび口を開けば誰より言葉使いとお行儀が悪かったのもまた、僕だ。
 特に深く考えず、気に入らないことがあると「しね、ごみ、ばか」を連発した。特に、「しね」を多く使った。悪いことだと思っていなかったし、しょっちゅう『前の母』から聞いていたから、自然と口から出るようになった、それだけだ。
 でも、徹底的に注意され、なおされた。
 気に入らなかった。
 手づかみで食べる、歯を磨かない、風呂に入らない、トイレを我慢せず服や床を汚してしまう、友だちとものを分けない、友だちのものを奪う、友だちを無視する。全部注意され、なおされた。
 ムカついたし、何もかも嫌になるときも多かった。大声で叫んで手に触れるものすべてめちゃくちゃに壊してやりたかった(そして、実際に何回か実行した)。でも、施設の大人は僕を決して殴りはしなかったし、ごはん抜きの罰も、なかった。
 代わりに、何度も何度も、話をした。特に中島さんは。
 繰り返し、話をした。話すことが何もなくても、朝まで一緒に何冊も本を読んだりした。
 

 9歳のとき、丸顔のぷよぷよ太ったおばさんと、がっしり強そうな色の黒いおじさんが現れるようになった。毎週末、何度も何度も僕に会いにきて、帰って行く。
 半年が過ぎた頃、「うちで一緒に暮らさないか」と言われた。
 おじさんたちの子供になる、ということがいまひとつどういうことか理解できなかったけれど、その頃には僕はおじさんとおばさんが僕のお父さんお母さんだったら良かったのに、と本気で思って夜中にひとりで泣いたこともあったほどで、飛び上がるほど嬉しかった。
 ただ、ひとつ『約束』をさせられた。
 
 おじさんたちの子供になる、ということは、名前が変わるということだ。そして、僕の場合、丸ごと全部、名前を変えなければならない、と言われた。
 これまでの「島田昴星亜(ルキア)」から「沢尻一(はじめ)」へ。
 はじめ、という名前はおじさんがつけてくれた。
「家族としてはじめの一歩、新しい人生のはじまり、希望に満ちた未来のはじまり。な、悪くないだろ?」
 悪くない、と思った。
 ルキアという名前は施設でしょっちゅうからかわれていたし、漢字が読める中学生の養護生からは「それ、どうやったら『ル』で、『キ』なんだよ。お前の親、馬鹿なんじゃねぇの? 漢字の読み方もわかんねぇでつけたんだよ。その字に『ル』と『キ』の読み方なんてないんだからな」と言われた。
 別の中学生は「お前の親、ガイジン? だからそんな変な名前なんだろ。何人だよ。日本で何やってんだよ。そんな名前使うくらいなら国に帰れ」などと本気で嫌そうな顔をした。
 それに引き換え、「一」はいい。イチ、と読めるところもなんだか気に入った。
 一等賞、一番、日本一、世界一。
 ルキアより、断然いい。
 中島さんも、「普通は下の名前は変えなくていいんだけど、ルキア君の場合、沢尻のおじさんとおばさんがルキア君のためにどうしてもって。わたしもそうした方がいいと思う」と言ってくれた。それに、新しい名前が「一」と知ると、「かっこいいね。まっすぐで、背筋がピンと伸びる感じ。似合うよ、その名前」と笑った。
 似合うよ、と言われたことが照れくさく、自分でもその気になった。

 手続きとかそういう難しいことがあって、そこからさらに半年以上待った12月24日。10歳の僕は、正式に「沢尻一」になった。
 


 僕はもらった懐中時計をもう一度ひっくり返してみた。
 
『ありがとう 
 20年 12月24日 沢尻一』 

 うん、やっぱり悪くない。
 学校に持って行ったら先生に怒られるかもしれないけど、冬休みの間に、友だちに見せようと思った。
 それから勉強机に向かい、書きかけの手紙の仕上げにかかる。お小遣いで買ったクマの便箋。宛て先は、『サンタさん』。
 12歳は、『サンタクロース』からプレゼントが届く最後のクリスマス。これは、僕からサンタさんへの、最後の手紙。


 『サンタクロース』が子供にプレゼントをくれる。それは常識だ。
 良い子も悪い子も、金持ちも貧乏も、世界中どこにいたって、12歳までの子供なら、『サンタクロース』にプレゼントをもらえる。
 でも、実際に『サンタ』に「会った」子供は果たしてどのくらいいるだろう。
 誰も見たことがないけれど、誰もが知っている『サンタクロース』。でも、僕は見た。あの6歳のクリスマスの夜に。
 見た、と言うと施設のみんなに嘘つき呼ばわりされて、中島さんも誰も信じてくれなかったから、それ以来誰にも話していないけれど、僕は見たんだ。
 巷にあふれている『サンタクロース』の姿は、赤い服を着て白ひげを生やしたおじいさんがほとんどだけど、僕が見たサンタはまったく違った。
 でも、僕にはわかる。あの人が、本物のサンタだ。


 後から聞いたところ、あの時サンタが飴をくれなければ、僕は死んでいたかもしれないらしい。それほど、弱っていたそうだ。
 市の人が僕の家に来たのが、12月25日。それまでも何度か来ていたらしいけど、『前の母』が追い返したり、留守だったり(僕はずっと家にいたけれど)で1度も中に入れなかった。
 それが、ついに『前の母』抜きで部屋に入ってきた。警察と一緒に。
 僕は布団でうずくまっているところを発見された。手には飴の包み紙。意識はなかったのに、病院に運ばれる間もずっと放そうとしなかった、と中島さんは言った。
「秘密を言うとね、わたしたちには『要救助リスト』っていうのがあって、この家庭は本当にまずいっていうところから順に強制訪問するの。ルキアくんの名前もリストの下の方にあるにはあったんだけど、あの日、じゃあ行きましょうかってリストを見たら1番上にきていた。変でしょう。あれ? そうだっけ? って言いながら、でもリストにあるからっていうんで行ったのよ。行って大正解だった」
 中島さんはこの話をすると、いつも最後は涙ぐむ。
「あの日発見しなかったら、ルキアくん……、あんな部屋でひとりで……」
 そして、決まってこう言うのだ。
「クリスマスだったもんね。神様の思し召しかなあ」
 リストのことは知らないけれど、僕がいま生きているのは、あの飴のおかげだ。
 助けがくるまで生き延びる力を与えてくれた、いちごミルクと塩キャラメル。

 だから僕はこうして毎年、手紙を書いている。いつも朝起きると手紙はなくなっているから、読んでくれているんだと思う。でも、念には念を入れて、毎年同じ情報を入れる。だって、たったひとりで世界中の子供を相手にするわけだから、僕のことなんかすぐ忘れちゃうかもしれないから。
 

『サンタクロースさんへ

ぼくは12さいだから、今年でさいごですね。
今までありがとう。
とくに、6さいのとき、アメをくれてありがとう。
おかげで、ぼくは今、新しいお父さんとお母さんといっしょにくらしています。
もう「しね」とかいいません。
「ばか」はたまに言っちゃうけど、言ったあと「しまった」って思います。
歯もみがくし、学校で勉強もしています。
サンタさん、ありがとう。
ぼくは、しあわせです。

沢尻一
(まえは「島田るきあ」でした。知ってると思うけど、ねんのため)』


***


 512は手紙を手にし、愕然とした。
 そして、思わずベッドで眠る子供の顔をまじまじと見入る。
 6年前、ゴミに埋もれた部屋で横たわっていた痩せぎすのあの子供。512に気づき、真っ向から「話しかけてきた」子供。
 あの落ち窪んだ眼窩と、獣のような臭いはいまも記憶にこびりついている。
 サンタクロースは作業中、「懐中時計」で時を止める。そうすることで、誰にも見られることなく、一夜にしてひとりあたり数千人という子供のもとを訪れることができるのだ。そして、時が止まらない相手は、その日、日が昇る前に息を引き取る者のみ。 
 あの時、あの子供は自分の姿を見た。
 だから、もうこの世にいないものだと思っていた。
 目の前で眠る子供に、あの不気味で鬼気迫る面影はない。時が止まっている間、臭いや温度はわからないので、この子のそれはわからないが、さらさらの髪が額にかかり、健康そうなふっくらした頬は、まるで別人のようだ。
 だが、間違いなくこの子だ。
 そして、この子は自分のことを、覚えている――。


 6年前、512は規定違反を犯した。
 サンタの任務は、リストに基づいた対象者に、リストに基づくプレゼントを贈る。そして、子供が用意したサンタ宛ての手紙やちょっとした贈り物は、原則持ち帰る。それだけだ。
 あの日、512は「時が止まっていない」子供と対峙した。悪臭漂うゴミだらけの部屋。ゴミと同化したような対象者。サンタを見るや、自ら食い物を要求してきた。いかなる場合でも対象者と会話は禁止、という規則だけは遵守したが、512はリストにはないものを、贈った。
 飴をふたつ。
 別の対象者がサンタに贈ったものだ。
 個人の感情は一切排除して任務のみ遂行するよう訓練されているサンタクロース。よって、同情や哀れみのような特定の感情が沸いた、というほど大きなものではなかった。
 しかしまさかそれで6年も現場から干されるとは思わなかった。

 内勤の連中は知っているのだろうか。あの子供が生き残ったことを。おそらく、知っていたのだ。だから、6年も外された。仲間のサンタは、飴を置いただけにしてはあまりに処罰が重いと言い、自分でも腑に落ちなかったが、あの子供が生きているとなれば、話は別だ。

 ようやく現場復帰が叶った今年、N地区からD地区に移されたこと、そこに当時はN地区にいたあの子供がいることも、おそらく偶然ではない。
 顔見知りの内勤、H7が配置換えを告げた際にこうも言っていた。
「サンタは事務的で機械仕事だけどさ、現場要員も、たまには良いことあってもいいよね」
 彼女が、何か小細工をしたのだろう。 
 子供は12歳。今年で最後だ。


 世界には劣悪な環境下で生きざるを得ない子供たちが大勢いる。
 食べ物をねだったあの子のように、ひとりひとり「本当に必要なもの」を選別しているときりがない。それでも、サンタクロースはプレゼントを配りに行く。
 彼らは疑問を抱かない。
 世界の成り立ちにぴったり当てはまるわけではなく、あってもなくてもいい存在。それでいて、あることが当たり前の存在。
 そういうもの、そういう存在、としか言いようがないのだ。


 512があの時の子供――手紙によると、名前は「はじめ」――に贈った最後のプレゼントは、懐中時計。
 512が使うそれとよく似ていた。
 贈り物をベッドの傍らにある勉強机に置き、ふと見ると、箱に入ったままの懐中時計が飾られていた。こちらも、512の時計とよく似ている。
 期せず、口の端が緩んだ。
 机の上には、大きな文字で「サンタさんへ」と書かれた手紙と、飴がふたつ。
 512は読み終わった手紙と飴をポケットにしまうと、キャラクターが描かれたパジャマを着て眠る子供の顔をあらためて見つめた。

『現場要員も、たまには良いことあってもいいよね』

 H7の言葉が頭に浮かぶ。
 この家では、廊下の突き当たりに両親が眠っている。たぶん、ここは温かくて、食べ物と笑顔に満ち、この子の風呂上りはシャンプーの匂いがするに違いない。
 『ぼくは、しあわせです』と書いたこの子の人生を、そういう風に想像する。
 512はポケットの飴をひとつ取り出し、口に放り込んだ。
 いちごミルクの甘ったるい味が口一杯に広がった。
 

(終)


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