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【継母の毒】

16/11/30 コンテスト(テーマ):第123回 時空モノガタリ文学賞 【 クリスマス 】 コメント:0件 64GB 閲覧数:792

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漆黒の闇の中をアロンとヘレウスが郊外へ向けて歩いていた。
迫害が続くローマでキリスト者は、毎年クリスマスの日を変えた。
ミサに集まった所を一網打尽にするのが皇帝のやり方であったからである。
「我々はあなた方と同じように生きていた」
見張りの男が闇から声をかけた。
「あなた方も我々と同じようになるだろう」
アロンが答えた。合言葉である。
「よく来た」
と言って、見張りの男が案内してくれたのは、地下墓所への入口だった。
城壁内に墓所を作ることを禁じられていたために、城壁外の街道沿いに作られていた。
アロンとヘレウスは見張りの男と別れて地下墓所に入っていった。
通路は人が一人やっと通れる広さしかなく、壁をくり抜いて作られた場所に死骸がそのまま置いてあった。骨の間を通り抜けてきた空気はどこかすえた匂いがする。
歩く音が反響してどこまで奥が深いのかわからない。
進んでいくと人の気配がしたのでヘレウスが言った。
「イクトゥス」
すると
闇の奥からも「イクトゥス」と返事が返ってきた。
『魚』という意味のキリスト者同士が使う隠語である。
アロンとヘレウスはそこに座り祈りの歌を捧げはじめた。
静かな歌が終わる頃、近くでガチャンと大きな音がした。
剣を落とした音だ。二人はローマの兵隊が迫ってきていることを知った。
先に来ていた者が完全な闇の中を奥へ向かって走り出した。アロンとヘレウスは初めて来た場所で真っ暗闇の中を走ることは出来ないので死骸の横に潜り込んだ。
(この響く墓所でこれほど近づかれて気がつかなかったとは!)
彼らが隠れている場所にローマの兵士が松明を持って現れた。
(まずい!灯りを持っている)
ヘレウスはアロンを逃すために兵士に襲いかかった。
しかし、神の護りはなく二人とも捕まってしまった。

ヘレウスは地下牢の冷えた石の角に膝を打ち付けて目を覚ました。
鞭打たれること、腹をネズミにかじられること、歯を抜かれること様々な拷問を受けた。仲間の名前を話せと言われ続けたが「知らない」と言い続けた。

ヘレウスは切れ切れの意識の中で思った。
(なぜ?こんなところにいるのだろう?キリスト者だからか……)
ヘレウスは一年程前にコロッセオでライオンに食い殺されるキリスト者達を見た。
絶望の頂点で彼等は笑っているように見えた。なぜ殺される直前で笑えるのか?キリスト者の生き方が衝撃だった。私もそのように生きたい、それがキリストを信じるきっかけだった。

「ヘレウスよ」
牢番ではない声がした。
四十代の王族のような気品に満ちた男が立っていた。
「……」
「イクトゥス」
「!」
まさかローマの地下牢でキリスト者に会うとは思わなかった。
「ヘレウスよ!」
「私はここにおります」
「お前は主の僕、仲間の名前をしゃべらなかった」
「そんなことはありません。もともと知らないだけです」
「お前はこの後すぐコロッセオでライオンに食い殺される。救い出すことはできないが、せめて痛みなく天に召されるように、この薬を飲むがよい」
そう言ってグラスに並々の茶色の液体を差し出した。
「なんでしょう?」
「継母の毒と言われているしびれ薬である。痛みは感じなくなるはずだ」
「やはりそうですか……ありがとうございます」
そうしてその『継母の毒』を喉を鳴らして飲み干した。
「私にしてあげることがあるとすれば、こんなことくらいしかないのだ」
その男は、ヘレウスからグラスを受け取ると、牢番にお金を握らせて階段を上がって行った。
この地下牢にも神の手は届く時代が来ているのだ。ヘレウスはたとえ死んでも希望があると確信した。一人が死んで土に還れば大きな麦の穂をならすように、いずれこの国もキリストの教えが広がり、ローマ市民の享楽の生活も終わるだろうと思った。

「さあ!出ろ」
大きな罵声をかけられヘレウスはコロッセオの四万人の視線を受けた。
「殺せ!殺せ!」
場内の歓声が地鳴りのように響き渡る。皇帝が手をあげると観衆は静まったが、その手を勢いよく下げた時、観衆は気が狂ったように叫び、歓喜した。
皇帝の許可が出たのだ。
「ヘレウス!生きていたか!」
見るとボロボロになったアロンだった。
「まだ生きているよ。まだな」
すると観衆の中で不思議な事を言う者がいた。
「どうして! 彼等は笑っていられるんだ!」
ヘレウスは笑ってはいなかった。
アロンも笑ってはいなかった。
ただアロンも『継母の毒』を飲んできたのだろう。口にグラスの毒の跡がついている。
ヘレウスは悟った。
その形が遠巻きに見ると笑顔に見えるのだ。そうか。そうだったのか。
ヘレウスはアロンの姿を見て高らかに笑った。
「はははははっ!」
その笑いはさらに多くのキリスト者を生んだ。


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