1. トップページ
  2. 美術館の楽しみ方

糸井翼さん

読んで頂けたら嬉しいです。 評価やコメントを頂けるともっと嬉しいです。

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

0

美術館の楽しみ方

16/11/25 コンテスト(テーマ):第122回 時空モノガタリ文学賞 【 美術館 】 コメント:0件 糸井翼 閲覧数:614

この作品を評価する

美術館に来て、こんなに気分が悪いのは初めてじゃないかしら。

私は美術館が好きだ。とは言っても、美術とか芸術とかはよくわからない。有名な絵を見ても、何が良くて何が良くないのか、全く理解できない。じゃあなんで美術館が好きなんだ、って言われそうだけど、それは、静かだから。すごく静かな中で作品をぼんやりして見ていると、自分を見つめなおすことができるの。友達にはあまり理解してもらえないけどね。
だから人と美術館に行くなんて、あまり乗り気じゃなかった。まして、男となんて落着かないもの。でも、顔はそこそこの高学歴男子に誘われたら私は断れない。彼は、美術館によく行きますよ、ってなんとなく言った私の言葉を覚えていたらしく、美術館のチケットを渡してきた。どうせ無料だし、一緒にどうですか、って。嫌です、とは言えない。うん、断れない。
美術館に行くと、彼は高学歴うんちくを始めた。まあ、少し嫌な予感はしていた。彼はそういう人だというのは前から分かっていた。でも、ここまでとは。やたらと作品や作者の知識を語りだされると、静かさを楽しめないばかりか、作品を見て楽しむ、ということすらできなくなる気がする。というそもそもこの人は、知識はあるとして、その絵の良さが本当にわかっているのか疑問だ。
現代アートの展示室に入った。こういった作品は私の最も苦手とする分野だ。見ても理解不能。紙一面真っ青に塗られた謎の絵があった。これなんか私でもできそうだわ。ここでも彼のうんちくが入る。
「この絵なら私でも描けそう」
「一見するとよくわからないですよね。でも、この作品は作者の深い孤独と悲しみが描かれていてですね」
始まった。いや、この絵からそんな作者の気持ちまで感じ取れないでしょ。よほど病んでたのね、その作者。
ふと見ると、奥にある意味深な二つの絵の間に机があって、小さな手鏡が置いてあった。誰かの忘れ物かしら。こんなものを忘れるなんて変ね。よくわからない現代アート作品の可能性もあるな、と思ったけど、作品名も書かれていないし違うよね。
でも、いいことを思いついた。ちょっと彼を困らせてみようかな。
「ねえ、これはどんな作品かなあ」
彼はちらりと見る。彼の顔に焦りが見える。わからないのね。
「これか、僕も知らないですね。作品の説明は・・・」
周りをいろいろ見てみる。説明なんかあるわけない。強いて作るなら、「これは手鏡です」かな。
「知らないの」
わざと彼を焦らす。深く考えているみたい。作品じゃないってすぐわかるのに、彼は頭がよくても、常識的な思考が無いのね。
「これは多分、わからないですけど、鏡を見て、それでそこに映る自分の顔を見て、自分を見つめなおしてみよう、という作者の意図があるんじゃないですかね。そうしたことで、新たな発見があるかもしれない」
彼の苦し紛れの作品の解釈を笑ってやろうと思っていた。でも、その手鏡に対する解釈は筋が通っていた。本当にそういう作品なのかもしれない。それに、彼の言った、自分を見つめなおす、ということは自分が美術館に行ってしていることと一緒だ。美術館の作品にそういう力があるのは確かな気がする。
「なるほど・・・あなたはその鏡に何が見えるの」
「僕はですね・・・」
私が今日始めて彼に感心していると、小さな子供を連れたお母さんが早足でこっちにやってきた。
「あ、あった。私の手鏡。もお、しょうちゃん、だめじゃないの。これ、ママの大切なものなのよ」
「ごめんなさあい」
そう言って、お母さんは手鏡を持ってすぐに奥に消えていった。私は彼の顔を見た。彼は気恥ずかしそうな顔をしていた。
「さ、作品じゃなかったんですね」
その顔を見て笑ってしまった。彼も吹き出す。
「そりゃそうよ」
「気づいてたんですか。ひどいなあ」

ひどい一日になるかと思ったけど、なんだかすっきりしたわ。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン