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isocoさん

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屋根裏へ恋を放る

12/10/23 コンテスト(テーマ):第十七回 時空モノガタリ文学賞【 エレベーター 】 コメント:0件 isoco 閲覧数:1578

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 そろそろ現実と向きあわないとやばいよね。友人がビールのジョッキをかかげながら言った。きたばかりの枝豆をいくつかつまみながらニヤけている。変だ。まだ乾杯したばかりなのに、もう酔っているのだろうか。
 現実と向きあわないと何がやばいの。居酒屋特有の喧騒が鬱陶しいので、顔を寄せて聞いてみた。後ろではネクタイを緩めた男衆が大きな笑い声をあげている。友人の言葉を静かに待っていると、わたしたちのテーブルだけ、あまり光が当たっていないように感じられた。
 友人いわく、将来がやばい、そうである。いままで何度か聞いたことはあったのだ。現実と向き合わないと、という言葉を。仕事の休憩中とか、テレビとか、飲み会の席などでしばし耳にしていた。けれどもいつもピンとこなかった。なんとなく分かっているつもりで、首を縦に振っていた。
 そうするのにも理由がある。そもそも、現実って、何だ。わたしには分からないのだ。改めて向きあおうとして、向きあえるものなのか。向きあっていない間は何をしていたのだ。現実に背を向けていた? 顔を上げると何が見えるの?
 そう友人に問い詰めると、舌打ちをされた。おりしもテーブルの横を大量のジョッキを持った店員が通りすぎた。舌打ちの矛先が自分だと勘違いしたのか、店員はきょとんと立ちどまった。若い男の子で、大学生風で、どこはかとなく現実的だった。
 何が現実的なのかは分からない。たぶんなんとなく。なんとなくだけど、確実に。
 そのあと、折角だからとその子にあれやこれやと注文し、ビールを数杯飲んでから日本酒に切り替えたところまでは覚えているのだけれど、その後の記憶はあいまいだ。帰宅して布団に飛び込んだ瞬間は覚えている。廊下だけ電気が付けられており、その明かりを横顔で受けながら寝ようとした。
 安に眠れず、まぶたの裏でお酒がぐるぐる廻るのを感じながら、現実とは何だろうか考えていた。そうしているうちに廊下の柔かい光が遠くへいくように思われ、あっさり眠った。

 けっきょく、一夜明けたけれど、答えは見つかっていない。というか、エレベーターが動いてくれない。
 いつも通り、出社したのだ。ハイヒールで暗い廊下を走って。そう。わたしのマンションは全体的に暗い。エレベーターはとくに。天気がいいせいもあるのだろう。中に入るとやたらに薄暗く感じ、階数を選択するボタンは血色が悪く見えた。一階を押して、上をみる。誰もいないのに、緊張するニオイがする。
 テンポよく一階へ降りていたはずなのに、いきなり外で爆発音がすると、真っ暗になって揺れた。盛大に揺れたので足がもつれ、ヒールが折れてしまった。足首も痛いし、頭も痛い。重力の悪戯か、耳に膜が張ったような感じがする。
 というわけで、エレベーターに閉じ込められてしまったのだ。非常ボタンを押してみるも、作動しない。暗闇に目が慣れてきたけれど、体を挟まれるような圧迫感にはなかなか慣れない。
 完全に遅刻である。昨晩、深酒しなければ。そう思うと、一緒に飲んだ友人が暗闇から浮かびあがってきた。
 現実と向きあわないとやばいよね。手にはグラスが。素知らぬ男衆は顔を真っ赤にして上司の愚痴を叫び、居酒屋を居酒屋らしく盛り上げていた。
 わたしたちも大分酔って、そろそろかと日本酒に切り替えたとき、友人は言った。
 俺、結婚するんだよね。

 エレベーターがまた揺れた。暗いまま、がたん、と揺れた。
 友人はたいそう嬉しそうだった。お酒で柔かくなった笑顔は、つるつるして綺麗だった。現実のものとは思えないほどに。そう、赤ん坊みたいに、つるつる。
 わたしがずっと隠してきた片想いのように、つるつる。

 わたしにとっての現実とは。考えると、預金通帳が浮かぶ。それから、両親のこと。あとは、健康のこと。それに、やっぱ、恋か。
 どれも期限付きだなぁ。そう思うとなんだか笑えた。ふっと漏れた息は、他人臭いエレベーターに浮かぶ。その溜息みたいなものが、いちばん現実的のような気がする。でも、つかめない。
 お金、親、健康、恋愛、現実って、どれも重い。どんどんどん、と肩にのしかかってくる。重いなぁ。上をみて呟いてみた。何も見えないので、本当に上を向いているのか怪しい。重いよぉ。ちょっと泣き声になってしまった。木霊した言葉は、かえってこない。
 がたん、またエレベーターが揺れた。続けてぱちぱちぱち、拍手みたいに蛍光灯がともる。どうやら復旧したらしい。
 もう少し暗いままでいてほしかった。まだ、外にでる整理ができていない。
 動き始めたエレベーターによろけながら、それでも、折れたヒールを握りしめる。
 向かい合うべきものが、分かったような気がした。
 上を見て一階を待った。もう、到着が、待ち遠しい。


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