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ケイジロウさん

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拾われゼリフ

16/11/21 コンテスト(テーマ):第121回 時空モノガタリ文学賞 【 捨てゼリフ 】 コメント:0件 ケイジロウ 閲覧数:533

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「こんな店、閉めちまえ!」
と、その客は捨てゼリフを吐いて店を出ていった。プラスチック製のレンゲがゆっくりと床に落ち、安っぽい音が小さな店内に響いた。
 オレは一瞬戸惑ったが、その捨てられたセリフを拾い、思いっきり投げ返してやろうと、調理場からカウンター席に飛び出した。その客は、引き戸をバタンッと開け、店を出ようとするところだった。が、オレはその客の醜い背中をただただ睨みつけることしかできなかった。とてつもない怒りがオレの胃のあたりで暴れだしたのを感じた。今なら間に合う。あの客の背中に「二度と来るな!」と言ってやることに。
 しかし、オレはやめた。4席しかない小さなカウンターの右端に、その客が食べ残したラーメンが放棄されていた。一口か二口しか手をつけられていないそのラーメンはぐちゃぐちゃにかき回されていた。どんなに飢えた犬でもこの悲惨なラーメンを食べたいと思わないだろう。なんだか、今までのオレのラーメンに費やした時間とエネルギーを、いや、オレの人生そのものを真っ向から否定しているかのように思えた。
 あまりにも突然の出来事だったので、オレはしばらく茫然とした。怒りというよりもショックの方が大きかった。まだ実際に何が起こったのか消化できていなかったのかもしれない。
 開けっ放しの引き戸を閉めると、冷たい新鮮な風がとまり、湿った脂っこい空気が店内を占領し始め、オレは今どこで何をやっていたのか思い出した。オレはあの客が座っていたカウンター席に腰を下ろした。頭に巻いていたタオルを取り、煙草に火をつけた。
 もしかしたらダメかもしれない、オレは調理場にこもる湯気をカウンター越しに眺めながら思った。客席から眺める調理場は、学園祭かなんかの仮設調理場よりしょぼく見えた。この小さなラーメン屋を始めるために作った借金のことを思った。しかし、それは大した額ではない。何年かサラリーマンをやれば十分に返せる程度のものだ。オレはそんな破壊的なことを考え始めた。
 ぐちゃぐちゃのラーメンがまたオレの視界に入り込んできた。湯気はもうでていない。冷めたことによって、そのラーメンはより惨めで醜い姿になっていた。
 オレは床に転がっていたレンゲを拾った。生ぬるいスープをすくい上げると一口啜ってみた。
 悪くない。ただ、普通だ。調理時間の短縮や経費削減のために用いた数々の妥協をこのスープから見つけられるはずはない、とオレは自分自身に言い聞かせた。悪くない。しかし……。
 もしかしたら、それはオレの傲慢なのかもしれない。知らず知らずのうちに客を見下していたのかもしれない。
 オレはもう一度生ぬるいスープを飲んだ。
 まずい。これは本当にまずい。こんなものにカネを払えるか。これを大切な人に食わせられるか。これならカップラーメンの方がまだマシかもしれない。
 くそっ
 その時、引き戸が開いた。
「まだやってんの?」
 学生風の3人組が顔を火照らせて覗いて来た。たぶん酔っぱらって、気が大きくなっているのだろう。オレは煙草を灰皿に押し付けると、一度大きく深呼吸をした。
「あっスミマセン、もう閉店でして」
と、学生の尖がった靴を見つめて頭を下げた。何でこんな奴らに頭をさげなくちゃならないんだ。
「んだよ!んなら、暖簾ぐらい下げろよ。ったく!」
 そう捨てゼリフを吐いて、学生たちはどこかへ行った。
 冷たい風が妙に気持ちよかった。オレはゆっくりと腰を上げると、引き戸を閉じた。
 さてと
 オレはタオルを拾い上げると、それをきつく頭に巻いた。暖簾を下げ、カウンター席の明かりと外灯を消した。
 オレは、あの客の残飯を捨てた。次に、鍋でぐつぐつと戯言を言っているスープをすべて捨てた。そして、調理場にあるすべての化学調味料を捨てた。そして、あの客が捨てていったセリフを拾いあげ、調理台の上に丁寧にのせてみた。
 さてさて、今夜は徹夜かな
 頭に巻いたタオルがこめかみのあたりに食い込んでいるのをオレは感じた。その締め付けが、妙に心地よかった。


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