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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
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死を招く絵

16/11/15 コンテスト(テーマ):第122回 時空モノガタリ文学賞 【 美術館 】 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1241

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その絵をみたものは、近日中に死ぬ。
―――そんな絵が、今回の美術展に展示されるという噂が、開催前から流れていた。ベルギーの画家の手になる十号たらずの作品で、『Rの肖像』の題名で、男の肖像を描いたものだった。ほかの画家たちの作品といっしょに展示され、その絵だけ特別に個室のなかに飾られることになっていた。
なぜそんな不吉な絵といっしょにするのかと言うと、理由は簡単で、ほかの画家たちの絵では集客力がなかったからだ。この絵を展示すると、入場者はあとをたたず、どの美術館も満員になるから主催者側としてはこれも、客寄せパンダの類かもしれなかった。
『Rの肖像』はこれまで何か国もの美術館で展示されてきたが、開催されるたびに鑑賞者の何人かがその後、なんらかのアクシデントでまた突然の病で命をおとす事例が重なり、いつしかこの絵は死を招く絵画というレッテルを貼られるようになった。
奇怪なのは、死者が出るたびに、絵のなかの男の顔が、凄みを帯びた笑いにかわっていくことだった。そんなばかなと、誰もが思ったのもむりはないが、たしかに初期のころのうっすら笑みを浮かべた顔とくらべると、それは歴然としていた。人が死ぬのをたのしむ顔というのがあるなら、ちょうどこの絵のような顔ではないだろうか。
今回我が国ではじめて『Rの肖像』が他の、やはり表現主義派のデモニッシュな作品群と一緒に展示披露されるわけだが、展示に際して主催者側が神経をとがらせたことはいうまでもなかった。『Rの肖像』だけは最後の最後まで梱包されたままで、開催日の前日にやっと、それもアイマスクでしっかり目隠しした係員が、手さぐりで壁にかけたという手のかけようだった。
そして美術展初日、はたして朝からぞくぞくと入場者がつめかけ、30分もたたないあいだに館内は超満員という盛況ぶりだった。とはいえ主催者側も、件の個室にはさすがに足をふみいれる者はないだろうと推測していた。みたいけれども、命は惜しい。その昔、フグを食する者のためらいに似た気持ちが、かれらに部屋に入ることを禁じていたにちがいない。
本田ルルコは、美術館入り口で入場券を買うと、鑑賞者でごったがえす館内に入っていった。彼女のお目当ては、いうまでもなく『Rの肖像』だった。
これまでなんども、自殺をはかったが、死にきれなかった。ルルコの手首にはいくつものためらい傷が生々しく残っていた。
死にたい理由をあげればきりがなかった。失恋とか、親しい者の裏切り、職場のパワハラおよびセクハラ等など、様々な挫折や不運をひとつひとつ羅列したところで意味もなく、自分は結局、それらをはねかえすだけの気力をもちあわせていなかったということにつきる。なんども試みた自殺さえ、まともにできない悔しさに悶々としていたとき、この『Rの肖像』の話を耳にした。絵をみた者は近いうちに命をおとす。それが単なる噂でないことは、現実に死亡した人々の存在が裏づけていた。
こんどこそと、意気込みもあらたにルルコは、勇んでこの美術感にやってきたのだった。
それぞれの絵に群がる入場客たちをかきわけながら、彼女は目的の個室までやってきた。部屋の前には、これまた多くの男女がたちはだかっていた。これはどの国のどの美術館でもおなじ現象らしく、『Rの肖像』をひと目みたいと願望はしても、どうしても二の足をふんでしまう連中がとる、いわばおきまりの光景といえた。
そんなことはルルコにはどうでもよかった。彼女は眼前にたちはだかる連中のあいだをすりぬけて、扉の前までやってきた。そしてためらいもなくそれを開いた。
十号の絵一点を展示するには広すぎるほどの部屋だった。窓には分厚いカーテンが閉ざされ、おとした照明の、ほの暗いなかに、これはなんとしたことか、数えきれないほど男女がぎっしり詰めかけていた。
当惑にたちすくむルルコに、女性客がひとり、すりよってきて、
「どうやらあなたも、自殺志願者のようね」
「というと、あなたも」
女性はあたりにひしめく連中をみまわし、
「ここにいる全員が、これまで何度も自殺未遂をくりかえしてきた連中なの。この絵をみて死ねるならと、はるばる海外からやってきた人もいるくらいよ」
ルルコは、ライトアップされた絵に、すがるようなまなざしをむける鑑賞者たちをながめた。なかには、手をあわせている人もいる。
「さ、あなたもはやく『Rの肖像』をおがんできたら」
うながされてルルコは、初めて目にする絵画にちかづいていった。
死者が出るたび、毒々しい笑いにゆがむ顔とやらを、思い描いていた彼女の目に、意外にもその肖像の顔は、まるで魂をぬかれたかのように悄然として、ほとんどデスマスクの様相を呈していた。
さすがの『Rの肖像』も、こう多くの死を望む者ばかりにとりまかれては、もはや生きがいをなくしてしまったのだろうか。


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このストーリーに関するコメント

16/12/10 クナリ

何とも皮肉なエンディングが、生きることの大切さを婉曲的に伝えてくるような気持がします。
一筋縄ではいかない価値観の多様さが、様々な物語を生むのですね…(^^;)。

16/12/10 W・アーム・スープレックス

もちろん生きることは大切だと私も思います。生きてこそ、なんぼの人生です。『死を招く絵』のご利益もなくなって人々が、こんどはプラス思考で美術館を後にすることを祈っています。

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