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蒼樹里緒さん

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性別 女性
将来の夢 趣味と実益を兼ねた創作活動をしながら、気ままに生活すること。
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鮮やかなキャンバスの舞台に

16/11/09 コンテスト(テーマ):第122回 時空モノガタリ文学賞 【 美術館 】 コメント:0件 蒼樹里緒 閲覧数:946

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 父が仕事の取引先の人からもらったという美術展の特別優待券が二枚、私の手元に来た。
「俺は暇がないから、友達でも誘って行ってこい」
 そう気さくに言われて、せっかくだから大学の友人と二人で足を運ぶことにした。
 美術館というのは不思議なもので、小さな子ども以外は本当に幅広い年齢の人々が集まる場所だ。平日でも多いのは、やっぱり高齢者や私たちのような学生だけれど。熱心な人は、もう何回もこの美術展を訪れているのだろう。
 色々な人がひしめき合うロビーや展示会場の入口は、熱気に包まれていて。壁や高い天井には、足音や密やかな話し声さえもよく反響する。動物園や水族館、遊園地などの『遊び』を楽しむ場所とはまた違う。静けさこそがよしとされながら、展示品を愛する空間だ。
 日頃、趣味で絵を描く友人は、壁に飾られた絵画のひとつひとつを、じっくりと眺めていく。私は背が低いこともあって、長くても十秒くらい見ただけでさっさと次の作品へ移動する。人波に埋もれて、肝心の絵がさっぱり見えなくなってしまうのが嫌なのだ。いちいち背伸びをして、足が疲れるせいもあるけれど。
「ちょっと早くない?」
「ごめん」
 友人に突っ込まれて、苦笑するしかない。
 周りの人々の反応も様々だ。絵から少し離れた場所で、全体を遠目に見る人。絵に穴が開きそうなくらいに凝視する人。なるべく近くで眺めたいのか、前のめりになりかけた姿勢で立つ人。私のように、興味のない作品は特にちらっと見ただけでさっさと次の作品へ目移りする人。表情も真剣だったり、渋面だったり、ふっと穏やかに笑っていたり。作品に作者が込めた感情と、作品を見た人が抱く感情が必ず同じになるわけじゃないのも、芸術鑑賞の面白さのひとつだ。
 淡い照明に、色とりどりの絵画が照らし出される光景も、静かな夜の景色にいるような感覚が味わえる。美術館の外は、まだにぎやかな昼間なのに。
 私が自力で絵を描いた経験は、高校までにあった美術の授業くらいだ。美術展で絵画を見ても、綺麗だな、とかありふれた感想しか湧いてこないのだけれど。今回はその中でも、特に不思議と目が惹きつけられる作品があった。
 高さが二メートル以上はあるだろうか。大きな額縁に収まったその絵画には、水路を背景に、二人の女性の姿が描かれていた。ほぼ等身大なのかもしれない。けれど、肖像画じゃなかった。
 一人は怪しげな黒い仮面をつけて、もう一人は美しい顔から外した黒い仮面を手にしたまま、注意深く辺りを見回すか、相手から目を背けているようにも見える。片方が貧しげで、もう片方が高級そうな服装からして、二人にははっきりとした身分の差があるのだろう。
 わりと簡単に描かれた背景に比べて、彼女たちの描写は精密だ。透き通った色白の肌、艶やかな黒髪、風に揺れるヴェールなどが、写真のようなリアルさで描かれている。そして、二人の存在がぐっと前面に押し出されて、絵が立体的に見えてくるのだ。技術についてはよくわからない私にも、そういうことなら確かに感じ取れた。
 仮面の女性の手元をよく見ると、手紙が握られていて。もう一人の女性は、その手を押しのけようとしているみたいだ。それとも、周りに注意を払いながら手紙を受け取ろうとしているのだろうか。
 不穏な雰囲気を漂わせながらも、映画や演劇の一幕を連想させる一枚だ。見る側に『物語』を想像・解釈させるような作りに、私は心をがっちりとつかまれた。一度立ち止まった足を、少しも動かしたくないくらいに。

 ――フランチェスコ・アイエツ 『復讐の誓い』

 絵画の横に貼られたプレートには、そう刻まれていて。
 ――手紙には、一体何が書かれてるんだろう。復讐を誓う相手は誰? 何のための復讐? 身分差のある二人に、どんな秘密が共有されてるのか気になる!
 ただ絵画をこの目で眺めているだけなのに、わくわくと心が躍ったのは初めてだった。時間の許す限り、いつまでも見ていたい気分になる。
 不意に軽く肩を叩かれて、ハッと振り向く。あきれたように笑う友人が、横に立っていた。彼女は少し離れてべつの作品を見ていたのだけれど、満足して合流してきたのかもしれない。
「さっきから呼んでたんだけど」
「え、うそ。ごめん、気がつかなくて」
「この絵、そんなに気に入ったの」
「うん」
 友人にうなずいて、私はまたあの絵に目を向ける。
「なんか、戯曲みたいでさ」
 描かれた二人の女性が、女優にも見えてきた。
 そろそろ行こうと友人に促されて、やっと歩き出す。ほんの少し、名残惜しくもなりながら。
 鮮やかなキャンバスの舞台を、スポットライト代わりの天井の照明が、いつまでも静かに彩っていた。


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