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白取よしひとさん

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性別 男性
将来の夢
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雪山美術館

16/11/09 コンテスト(テーマ):第122回 時空モノガタリ文学賞 【 美術館 】 コメント:0件 白取よしひと 閲覧数:565

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「浩二。私もう1本滑って来るわ」
 僕は何か飲んで来るよと板を突き立て数歩いて振り返ると、和美はリフトに向けてスケーティングをしていた。強烈な逆光の中、徐々に遠ざかる和美の姿は僕らの状況を象徴するかに見えて、僕はレストハウスの階段へ脱力感と共に腰を降ろした。

 和美と付き合って3年を過ぎた。僕らは美大の同期だ。学生の頃は夢を語っていればそれで良かった。僕は、学生時代コンテスト入選の常連組で自分には才能があると自負していた。同期の中でも将来抜きんでると信じていたんだ。
 就活の時期になり、和美は広告代理店に決まり手堅い道を選択した。僕は絵で食ってやるとバイトでつなぎながら創作に励んだ。しかし、コンテストには掠りもしなくなりそこから泥沼が始まった。
 和美は企画で手がけたイラストがクライアントに気に入られそれが頻繁に広告に使われると、そのタッチに興味を持った他の企業から問い合わせが相次いでいると言う。自分に自信を持ち、将来独立したいと夢を語る様になった。

 煙草に火を着けるとゲレンデの風に煽られ煙が流れた。
― 風が出てきた?
 その風に運ばれる和美の声に目を向けると、彼女はこっちへ来いとストックを掲げている。僕は雪塊から板を引き抜くと雪原を蹴った。風も出てきたし時間的にもこれが最後だろう。
「ラスト1本!」
和美は笑みを浮かべグラスを降ろした。山を仰ぐと雪で霞み山頂が見えない。そして天候は僕らがリフトに揺られている間に激変した。
「早めに麓へ降りてください」
山頂に降り立つや否やリストマンからアナウンスが飛んだ。顔面を打つ雪風で呼吸もままならない。不用意に吸い込むと肺が凍るのではないかと思う程だ。僕は和美の頬に顔を寄せ、クロカンコースで下ろうと叫んだ。叫ばないと吹雪の唸りで聞こえないと思ったからだ。和美は黙って頷く。
 リフト沿いに直滑降すると麓には最短で戻れる。しかしゲレンデは風を遮るものはなく、視界が効かないので危険だと判断した。クロカンコースなら森が風を和らげてくれる。

 和美が先行して滑り出した。僕らがペアで滑る時はいつもそうしている。僕は和美の姿を見失わない様に距離を保ちつつ追従する。コースガイドとなるポールすら霞んで良く見えない。そう思ったと同時に和美がコースアウトした。
− 和美!
 自覚のない和美は樹間を縫って森の深部に突き進む。僕は唯々後を追う事しか出来なかった。
 辿る樹間が無くなった時、異変に気付いた和美はエッジを効かせたターンで止まった。追い縋る僕も雪面を削り急停止する。僕らは辺りを見回した。視界1m。今下ってきた軌跡すら見えない。和美はいやいやと被りを振った。
「コースから外れたんだよ!」顔を寄せ叫ぶ。真冬の日没は早い。吹雪で明らかではないが明らかに空は陰りが見えていた。

― リフトマンは僕たちがクロカンコースに入ったのを見ていた筈だ。異変に気付いてくれるだろう。
「ビパークしよう!」
凍りついたゴーグル越しに大木を探した。吹雪の中、道具もなしに穴など掘っていられない。大きな木の下にはポッドが出来ると聞いた事がある。和美をストックで導き適当な木の元でスキーを外し、その板で木の根元を突くとガサリと雪が崩れ落ちた。
− あった!
穴に潜り込むと無風の為か暖かく感じた。しかし次第に体温が奪われるだろう。
「足踏みするんだ」

 どれほどの時間が経ったのだろう。ライターで照らすと和美の唇は黒紫に変色していた。幾分風が収まったのか。小さく空いた穴からは降る雪も然程見えない。
 穴の向こうに仄かな灯りが見えた。救助隊だろうか。僕が様子を見てくると伝えると彼女も来ると言う。独りになりたくないのだ。
 穴から這い出すと大きなログハウスが見えた。さっきは吹雪で見えなかったのだろうか。窓からは暖かな光が漏れている。

「どうしたんだね君たち!」
老人は雪まみれの僕たちを見て驚いた。中に導き入れ暖かいココアを出してくれる。毛布に包まれた和美は震えながら両手でカップを持ちそれを啜った。
 室内を見回すと壁面に沢山の絵画が掛けられている。それを眺める僕に老人が気付き語り出す。
「ここは自宅兼美術館なんだよ。自称ね」
「こんな山奥にですか」
もっとも冬は休館なのだそうだ。見たところ著名な画家の作品は一点もない。
「どうだい。なかなか良いだろう」
それらは自由奔放に描かれ絵筆を振るう楽しさに溢れていた。僕はいつ頃からこの楽しさを忘れていたんだろう。

「バリバリバリ!」

 空を裂く轟音に、眩しさに堪えながら目を開けると巨大な鉄塊が頭上に浮いている。僕は毛布に包まれがんじがらめに縛られていた。
「浩二!しっかりして私たち助かったのよ!」
懸命に僕を呼ぶ和美の瞳は真実だ。僕は死の狭間で見た幻を胸に明日を生きようと誓った。


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